第百八話:地下魔力炉の攻防~農民、暴走エネルギーを「収穫」する~
……今の俺に何ができる?
俺はポイント残高を睨みつける。
現在、**12,450pt**。
『身体能力強化【初級】』の50,000ptには遠く及ばない。だが、焦っている時間はない。ジルヴァの言っていた「イベント」が何であれ、俺の手持ちのカードで対応するしかないのだ。
「……ッ!? ルークス殿、あれを!」
窓の外を見張っていたギデオンさんが、鋭い声を上げた。
彼が指差す先、王城の北側に位置する区画――王都の魔力供給を管理する「魔導地区」の方角から、不気味な赤黒い光が立ち上っていた。
直後、ズズズ……という重低音が腹の底に響き、宿の床が微かに振動する。
「地震……? いや、違うな」
『主よ、嫌な匂いだ。焦げ臭いような、腐ったような……魔力が腐敗している匂いがするぞ』
フェンが鼻に皺を寄せ、俺の足元でグルルと喉を鳴らす。
魔力が腐る。そんな表現、魔法学の本でも読んだことがない。だが、フェンの感覚はいつだって俺の『鑑定』スキルよりも早く、そして正確に危機を捉えてきた。
「行きますよ、ギデオンさん! フェン!」
俺たちは部屋を飛び出した。
廊下に出ると、他の宿泊客たちも何事かと顔を出している。不安そうな顔、泣き出す子供の声。
前世の記憶がフラッシュバックする。災害時の混乱。情報の遮断。
――大丈夫だ。俺には力がある。
俺は走りながら、視界の端にウィンドウを展開した。
決して十分なポイント額ではない。だが、使いようによっては奇跡だって起こせるはずだ。
俺は農民だ。畑のトラブルも、魔物の襲撃も、いつだって知恵と工夫で乗り越えてきた。王都の心臓が相手だろうと、やることは変わらない。
***
王都のメインストリートは、異様な雰囲気に包まれていた。
遠くで鳴り響く警鐘の音。
パジャマ姿のまま通りに出て、赤い空を見上げて呆然とする人々。
俺たちは路地裏を抜け、最短ルートで魔導地区を目指した。
近づくにつれ、空気の温度が上がっていくのが分かる。まるで真夏のビニールハウスの中にいるような、湿った熱気。
そして、鼻をつく刺激臭。フェンが言っていた「腐った魔力」の匂いだ。
魔導地区の入り口にある巨大な鉄のゲートは、無残にもひしゃげていた。
鍵が壊されたのではない。内側から何かが爆発したような跡だ。
「警備が……いない? ここは最重要施設だぞ」
「恐らく、宰相オルコの手の者が意図的に配置を外したか、あるいは……」
俺は足元の石畳に目を落とす。そこには、真新しい引きずったような血痕が点々と続いていた。
ジルヴァの手口だとしたら、あまりにも容赦がない。
「地下へ降りましょう。急がないと」
ゲートをくぐり、地下へと続く螺旋階段を駆け下りる。
一段降りるごとに、熱気は増していく。呼吸をするたびに肺が焼けつくようだ。
『主よ、結界を張れぬか? 魔力の密度が高すぎて、肌がピリピリする』
「ごめん、結界魔法は高くて手が出ないんだ。……もう少しの辛抱だ」
俺は袖で口元を覆いながら、**スキル『識別』**を発動する。視界が青白く発光し、空間に満ちる魔力の解析情報が流れる。
**【警告:環境魔素濃度・致死レベル】**
**【発生源:王都第3地下魔力炉】**
**【状態:制御術式崩壊。臨界点突破まで、推定残り時間12分40秒】**
「12分……! カップ麺を作って食べてる暇もないじゃないか!」
思わず悪態をつく。
最下層の重厚な扉を、ギデオンさんが体当たりで押し開けた。
ゴォォォォォォォォッ!!
扉が開いた瞬間、暴風のような熱波が俺たちを襲った。
目に飛び込んできたのは、地獄の釜の蓋が開いたような光景だった。
広大な地下空間の中央に、それは鎮座していた。
高さ10メートルはある巨大なクリスタルの柱。それが、どす黒い赤色に明滅し、不規則な鼓動を刻んでいる。
クリスタルには無数のパイプやケーブルが接続されているが、そのいくつかは破裂し、高圧の蒸気がシュウシュウと音を立てて噴き出していた。
制御室のガラスは割れ飛び、数名の魔導技師たちが床に倒れ伏している。
生死を確認する余裕はないが、彼らを助けるためにも、まずはこの暴走を止めなければならない。
「酷い……。冷却装置が完全に停止している」
ギデオンさんが呻くように言った。
俺は制御盤に駆け寄る。複雑なレバーや計器が並んでいるが、どれも限界値を振り切って震えている。
これは、ただの故障じゃない。
安全装置が物理的に破壊され、さらに外部から強制的に過負荷をかけられている。
「どうすれば……。俺には『修理』スキルも『結界』スキルもない……!」
焦りが思考を鈍らせる。
あと10分足らずで、このクリスタルは爆発する。そのエネルギーは王都の半分を消し飛ばす規模だ。
『爆発処理キット』? いや、魔力爆発には無意味だ。
『上級結界魔法』? 1,500,000pt。桁が二つ足りない。
思考の沼に沈みかけたその時、フェンが俺のズボンの裾を引いた。
『主よ、落ち着け。……見ろ、あそこを』
フェンが鼻先で示したのは、魔力炉の根元。
床のコンクリートがひび割れ、そこから赤黒い魔力の液体が染み出し、土が露出している部分だった。
そこには、名もなき雑草が一本だけ生えていた。
だが、その雑草は枯れるどころか、魔力液を吸って、不気味なほど大きく、太く育っていたのだ。
「……魔力を、吸ってる?」
ハッとした。
俺は再び『識別』を発動し、魔力炉ではなく、その「現象」を解析する。
**【解析結果:過剰魔力による環境変異】**
**【対象:雑草(名称不明)】**
**【状態:魔力過多により急成長中。エネルギーを養分として吸収】**
――これだ。
俺の中で、バラバラだったパズルのピースが「カチリ」と音を立てて嵌った。
俺はずっと「機械を直そう」と考えていた。だから行き詰まったんだ。
俺は農民だ。機械屋じゃない。
農民なら、農民のやり方がある。
「土壌が栄養過多で腐りかけているなら……それを吸い尽くす『作物』を植えればいい!」
俺は震える手でポイントショップを開く。
検索ワードは『魔力吸収』『植物』『成長速度』。
ヒットしたアイテムの中から、俺は迷わず一つを選び出した。
**【購入確定:吸魔の種(変異種)×50袋】**
**【説明:魔力枯渇地帯に生息する特殊な雑草。空気中や土壌の魔力を貪欲に吸収して成長する。繁殖力が強すぎるため、一般的には栽培禁止】**
**消費ポイント:500pt**
「栽培禁止? 知るか! 今は毒をもって毒を制す時だ!」
俺は亜空間収納から、麻袋に入った種を取り出した。
ザラザラとした、黒い砂のような種だ。
「ギデオンさん! フェン! 魔力炉から離れてください! 何が起きても、絶対に近づかないで!」
「ルークス殿!? まさか、爆破する気じゃ……」
「いいえ! 『緑化』します!」
俺は魔力炉に向かって駆け出し、その根元のひび割れた大地へ、袋の中身を全てぶちまけた。
黒い種が、赤黒い魔力の水たまりに吸い込まれていく。
そして、俺は両手を地面に叩きつけた。
「頼むぞ、俺のポイント! そして俺の魔力! 全部持っていけ!!」
**スキル発動:『植物成長加速』!!**
**スキル発動:『土壌改良(魔力置換)』!!**
瞬間、俺の体から力がごっそりと抜け落ちる感覚が襲った。
血管の中を流れる血液が、全て根っこに吸い取られるような強烈な脱力感と寒気。
「う、おおおおおおおおっ!!」
ズガガガガガガガッ!!!
地面が爆ぜた。
コンクリートを突き破り、腕の太さほどもある緑色のツタが、数十、数百と噴き出したのだ。
それはまるで、獲物に襲いかかる蛇の群れだった。
ツタは魔力炉に絡みつき、脈動するクリスタルを締め上げるように覆い尽くしていく。
『主よ! 魔力が足りぬ! 我の魔力も使え!』
フェンが俺の背中に飛び乗り、その膨大な魔力を俺の体に流し込んでくる。
熱い。焼けるように熱い。だが、それが今の俺には命綱だ。
「ありがとう、フェン! ……いっけぇぇぇぇぇッ!!」
俺とフェンの魔力を受け、吸魔の種は爆発的な進化を遂げた。
ツタはさらに太くなり、赤黒い蒸気を吹き出す亀裂にその先端を突き刺す。
チュドォォォォ……という不気味な音が響く。
植物たちが、暴走するエネルギーを「ジュース」のように吸い上げているのだ。
「な、なんだこれは……!? 草が、魔導炉を……喰らっているのか!?」
後方でギデオンさんが腰を抜かしているのが気配で分かった。
赤黒く輝いていた魔力炉の光が、急速に弱まっていく。
毒々しい赤色が、植物の管を通るたびに濾過され、鮮やかな緑色の光へと変わっていく。
地下空間に充満していた腐敗臭が消え、代わりに森の中にいるような、濃厚な草の匂いが満ちていく。
ミシミシ……ピシッ。
魔力炉を完全に覆い尽くした植物たちは、やがてその成長を止めた。
そこにあるのは、もはや機械ではない。
巨大なクリスタルを抱き込んだ、一本の巨木のような植物のオブジェだった。
その枝には、握り拳ほどの大きさの、青白く光る実が鈴なりになっている。
**【警告解除:魔力炉のエネルギー値、正常範囲内で安定】**
**【環境浄化完了】**
視界に浮かぶ青い文字を見て、俺は糸が切れたように地面に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……。収穫、完了……です……」
全身が鉛のように重い。指一本動かせない。
だが、鼓動は心地よかった。
守れた。王都も、ここにいる人たちも。
「……信じられん」
ギデオンさんが、呆然とした表情で歩み寄ってくる。
彼は巨木と化した魔力炉を見上げ、それから俺を見て、深く頭を下げた。
「ルークス殿……あなたは、一体何者なのですか? これはもはや、大賢者の御業だ」
「ただの……農民ですよ。ちょっと、肥料の加減を間違えただけです」
俺は引きつった笑みを浮かべる。
フェンが俺の顔を心配そうに舐めた。
『無茶をする。……だが、見事だったぞ、我が主よ』
その時だった。
破壊された天井の通気口から、パチパチパチ……と、乾いた拍手が降ってきた。
「ブラボー。本当にブラボーだ。最高だよ、ルークス君」
ギデオンさんが弾かれたように剣を抜き、天井を睨む。
姿は見えない。だが、その声には聞き覚えがあった。
「ジルヴァ……!」
「僕の『キャンプファイヤー』を、まさか『観葉植物』に変えてしまうとはね。予想外だ。いや、予想以上だ」
声は楽しげに響く。
「だが、忘れないでくれ。これはまだ、チュートリアルだ。王都という盤上には、もっと面白い駒がたくさん配置されている。……君が守りたい『可愛いお姫様』も含めてね」
気配がフッと消えた。
「逃げられましたか……」
「ええ。でも、宣戦布告は受け取りました」
俺はギデオンさんの手を借りて、よろりと立ち上がる。
魔力炉に生った青い実をもぎ取ってみる。ずしりと重い。
『識別』すると、【高純度魔力結晶果実】と出た。
「これ……一つ売れば、結構なポイントになりそうですね」
「ルークス殿、あなたという人は……」
ギデオンさんが呆れたように、しかし安堵の表情で笑い声を上げた。
地下室を出る頃には、東の空が白み始めていた。 朝が来る。 だが、それは安息の朝ではなかった。
「帰りましょう、ギデオンさん。……まずは風呂に入って、それから朝ごはんです」 「そうですな。……あなたの作る飯が食えるなら、徹夜も悪くない」
俺たちは、緑に覆われた地下室を背に、光の射す地上へと歩き出した。 だが、その安らぎは一瞬で破られた。
懐に入れていた通信用の魔道具が、けたたましく鳴り響いたのだ。情報屋のロイドからだ。
『おい、坊主! 無事か! 魔導地区が大変なことになってるって聞いたが……』 「ああ、なんとか止めたよ。それよりロイドさん、どうしたの?」 『大変だ! どさくさに紛れて、宰相オルコの手の者が動きやがった! 奴ら、この騒ぎに乗じて「軍の第三倉庫」に何かを運び込んでる!』
「……第三倉庫?」 『ああ。ゴードンの親父さんが納品した武具が保管されてる場所だ! 奴ら、そこに「偽の粗悪品」を混ぜて、ゴードンを失脚させる気だぞ!』
俺とギデオンさんの顔色が変わる。 ジルヴァの起こしたパニックは、陽動だったのか。あるいは、この混乱さえも利用するつもりなのか。
「……休んでいる暇は、なさそうです」 ギデオンさんが、剣の柄を強く握りしめる。 俺は、泥だらけの顔を袖で拭い、頷いた。
「行きましょう。ゴードンさんの誇り、絶対に守り抜きます!」
**【読者へのメッセージ】**
いつもお読みいただきありがとうございます!
第108話「地下魔力炉の攻防」をお届けしました。
ジルヴァの仕掛けた爆弾を、ルークスならではの「農民スキル」で強引に解決する回でした。
魔力炉を植物に変えてしまうという荒技でしたが、これで王都は救われました……が、もちろんタダで済むはずもありません。
次回、この「やりすぎた解決策」が新たな波紋を呼び、王都の政治劇へと発展していきます。
そして、手に入れた「魔力結晶果実」の使い道とは?(ヒント:美味しいアレです)
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