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9 お風呂場のお姉さんと無慈悲なルール

 「......なあ、さっき言ってた、『神の子』ってなんなんだ?」


 ふとリヒトが問いかけると、彼女は切れ長の瞳をルナへと向ける。


「目よぉ。その、真紅の目。──昔から赤い瞳は魔力の貯蔵量が多い証として有名なの。だから、魔法使いは羨望(せんぼう)を込めて赤い目の人を『神の子』って呼ぶのよぉ」


 女の言葉に、ルナは言葉を失った。

 迫害される理由にすらなったこの目。それが、別の場所では羨望の対象だなんて考えもしなかったことだ。


「……わたしの目が……うらやましい……?」

「ふふ、そうよぉ。私も欲しいわぁ」


(こいつの父親も『神の子』だったってことか……)


 そう思いつつ、リヒトは問いかける。


「……お前も魔法使いなのか?」


 彼女は胸に手を当てて答えた。


「自己紹介がまだだったわねぇ......私はコーデリア。一応魔法使い......かしらぁ」


 コーデリアは腕を伸ばし、黒髪を指でいじる。


「ちょっとクセのある魔法しか使えないのよぉ」


 少し気にしているような彼女の言葉に、リヒトは鼻を鳴らす。


「ふん。個性がある方が、ないよりはるかにいいだろ」


 彼は個性的な人間の方が好きだ。......もちろん、天界から見ていて面白いからだが。

 少女にそうだったように、彼女にもその真意は伝わらなかった。


「……あら、そういう言葉、嬉しくなっちゃうわねぇ」


 コーデリアが(なま)めかしくささやく。

 いつの間にか、リヒトとコーデリアの距離は肩と肩が触れそうなほど近くなっていた。


「ち、ちかすぎっ!」


 ルナがばしゃんと湯を跳ね上げて間に割り込む。

 頬を真っ赤にしてリヒトの腕にしがみつき、必死にお姉さんを牽制する。

 コーデリアは手を口元に当て、楽しげに笑った。


「あら、可愛い守り手がいるのねぇ」

「......このおんな、きけん......」


 湯の中でぶくぶくと泡を立てながら、ルナは半目で彼女を睨む。


「ルナ。アホなことやってないで離れろ、暑苦しい」


 リヒトが声をかけると、少女は抗議の目で振り返った。


「かみさま......きょにゅーのがすき? そんなに、このおんなのとなりに......」

「お嬢ちゃんのもすぐに育つわよぉ」

「き、きにしてないもん。かみさま、わたしにえっちなことしようとするし.....小さくても、だいじょうぶ!」

「してねえぞ!?」


 突然とんでもない濡れ衣を着せられ、リヒトは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 横で聞いていたコーデリアは、引くを通り越し、もはや青ざめた顔でリヒトを見ていた。


 ***


 誤解をなんとか解いたコーデリアと別れたあと、二人はさらに通りを進んでいく。

 やがて、先ほど見た巨大な塔の足元にある広場へとたどり着いた。


「──市民諸君!」


 広場の一角で声を張り上げるのは、恰幅(かっぷく)のよい中年の男。


「市長として、皆様の快適な生活のため、この『アフィアート・ハート』を守り抜くことを誓いましょう!......」


 塔を背に立ち、群衆に語りかけていた。

 人々は足を止め、耳を傾けている。

 ── 二人が群衆の後ろを通り過ぎようとした、そのときだった。


「……母ちゃんを返せ!!」


 突如、叫び声が上がる。

 人々の動きがぴたりと止まり、送った視線の先には、悔しげな表情をした一人の茶髪の少年が立っていた。


「母ちゃんを返せ! あの塔に連れていかれたんだ!」


 群衆の間に一瞬ざわめきが広がるが、すぐに視線は少年へと再び集まる。

 だが、それは同情ではなく、()()()()()()()()だった。

 市長が呆れたように口を開く。


「何を()()()()()()()を──」


 ため息をつき、再び声を張り上げた。


「『アフィアート・ハート』は、皆の奉仕で動いている! 生産性が一定以下となった、老人や重篤(じゅうとく)の病の者ですら、その身をこの塔に捧げることで、街の繁栄に貢献ができるのだ!」


 群衆は拍手し、うなずき合う。「祖母も去年、『塔に召された』よ」「立派なことだ」なんて声も聞こえる。


「へえ、使えなくなった住人を魔力の供給源にしているのか? 人間の割には中々合理的なシステムを考えるじゃねえか」


 リヒトは顎に手をあて、感心したようにうなずいた。地球の神様が聞いたら涙を流しかねない薄情さである。


「.....いてっ......ルナ、いきなり何すんだ!」


 そんな慈悲ゼロの神様を、ルナは無言で殴る。

 彼女だって、この街の発展には心を奪われていたのだ。

 歩かなくても勝手に前へ進める靴、気持ちのいい浴場──その便利さに「すごい」と何度も思った。

 けれど、その仕組みが誰かの犠牲の上に成り立っていると知った瞬間、胸の奥が冷たくなった。


「……このまち、キライ……」


 それは、少女にとって許せないことだった。


 ***


 少年は周囲の冷ややかな声に押しつぶされそうになり、顔をゆがめた。

 やがて、感情をこらえきれなくなる。


「う、うわぁぁぁああ」


 珍しく普通の靴をはいていたその少年は、悲鳴のような声を上げながら、市長めがけて飛びかかろうと駆け出した。

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