16 この街の原罪
ロレインはリヒトの言葉に、気まずそうに頬をかいた。
「……いやあ、やっぱり異世界に来たら美少女とイチャイチャしたかったというか……行商人になったら、出会いもあるかなーって思ったんだよ……ほら、狼の化身とかさ」
『帳簿の賢者』として働いていたこの青年に恋心を抱いていた女性は少なからずいたのだが、彼はそれら全てを放り投げる選択をしていた。顔もいい、性格もいい、仕事もできる……ただし、致命的に人生が下手。
そこまで言って、ロレインは小さく咳払いする。
「……っと、脱線したね」
市長へ視線を移し、話題を切り替えた。
「えーと、市長さん。あの三人って触手の怪物とどういう関係?」
「さあ、わかりませんが……あいつらが、召喚でもしたんじゃないですか!」
市長の言葉に、ウィルが反論する。
「ち、違う! 俺たちはなんもやってねーよ! 女が初めから塔の中にいたバケモンを暴走させたんだ!」
リヒトを指差しながら、さらに言葉を重ねる。
「むしろ、ここにいる神様がアイツを止めたんだよ!」
ウィルの隣で、ルナもコクコクとうなずく。
「……って、言ってるけど?」
「ま、まあ……話は詰所で聞けばよいでしょう。おい、連れてけ」
兵士たちがリヒトたちに近づこうとした、その時。
ロレインが一歩前に出て、爽やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「気になるのはさ──さっき市長さん、『あの魔獣に何をした』って言ってたよね?」
軽い調子とは裏腹に、その声には鋭さが混じっている。
「まるで、あの怪物が初めからここにいたみたいな口ぶりだった」
群衆にざわめきが広がる。市長の顔がひきつった。
ロレインは言葉を続ける。
「いやまあ、金髪はどうでもいいんだけどね。でも、子供まで巻き込むのはさすがに可哀想だしさ……知ってること、正直に話した方がいいんじゃない?」
青年の言葉に、群衆からも説明を求める声が上がる。
市長の額に脂汗がにじむ。
しばらくグヌヌ......という声で唸ったのち、やがて街に横たわる巨大な触手を見て、ボソリとつぶやいた。
「……もう死んでるし、秘密なんてどうでもいいか……」
そうして、彼は開き直ったように声を張り上げる。
「……いいだろう、聞かせてやる! あの化け物がなんなのかをな!」
***
── 元々、『アフィアート』はただの村だった。
それが、ある夜一変する。
村はずれに『それ』が横たわっていた。
動かぬまま、呼吸だけを繰り返す巨大な影。
── 『魔獣』
最初は恐るだけだった人々。だがあるとき、村人の一人が気づく。
「......こいつから、魔力引けるんじゃ?」
昔から、魔獣の魔力効率── 魔力を体内に貯める速度と量── が人をはるかに凌駕することは有名だった。
試しに、古びた魔導具のランプをその体に挿してみると──
パァァァ……。
「……ついた……」
「おい見ろ! 村中のランプを繋いでも消えねえぞ!」
──あっという間だった。
魔獣を基盤として、村は急速に発展していく。
街灯といった公共魔導具はもちろん、民家にもコンセントよろしく魔力の引き込み口が設置される。誰もがほぼ制約なく、魔導具を扱えるようになったのだ。
腕利きの魔導具士たちも次々と集まり、さらなる魔導具が生まれる。するとさらに人が集まった。
しかし──力は代償を必要とした。
「……魔力供給が……減っている……?」
村人たちは頭を抱えた。
徐々に、魔導具の稼働が鈍ってきたのだ。
そんなとき、ある不幸が起きた。
ボチャンッ!
ある男が足を滑らせ、魔獣の『口』のような場所に落ちてしまった。
助け出すため、勇気を出して魔獣の『鼻の穴』から体内に入ると、その男は繭の中で命を落としていた。
だが、その直後。
「……戻った……? 魔力が……元に戻ってる……」
誰かが青ざめた顔でつぶやく。
「.....もしかして、定期的に人間を食わせないとダメなんじゃ.....」
住人たちは気づく。
試しに死人を入れてみたこともあったが、生きていないと意味がなかった。
誰もが今後の対応に悩む中、村の有力者が口を開いた。
「……働けぬ者を、エサとしよう」
「だが……!」
「いや、死を待つだけの者を……せめて街の糧に変えるのだ……」
葛藤の末に合意が結ばれる。
そして人々は、その恐ろしい行為に名をつけて覆い隠した。
「『魔獣のエサ』ではない。『塔へ召される』のだ」
──こうして、アフィアートに『塔』が生まれた。
***
市長は肩で息をしながら、一気に語り終える。
「この街の繁栄は……すべてあの魔獣の力があったからこそだ! そしてこれからも、そのはずだった! もはや、叶わぬ夢となったがなあ!」
塔の『真実』に、誰もが口を開けなかった。
「......コーデリアは何歳なんだよ......」
リヒトがボソリと漏らす。
その隣で、震えながら話を聞いていた少年が顔を上げた。
「──魔獣なんて、もうこの街にいらねーよ!」
響いた声に、一斉に視線が集まる。
ウィルは真っ直ぐに前を見据えていた。
タコを逆さにした感じの魔獣です。




