15 Die with a smile
「か、母ちゃん……!」
光に包まれた母の顔は、かつて家で見せていたような穏やかな表情をしていた。
少年の肩が震え、せきを切ったように涙があふれる。
「母ちゃん! ごめん、ごめんよ……俺、何にもできなくて!」
ウィルは泣きじゃくりながら、光へすがりつこうと手を伸ばした。
だが、その手は光をすり抜けるだけだ。
「ウィル……聞いて」
女性の姿は、崩れそうなほど儚く揺れていた。
それでも、瞳だけはしっかりとウィルを見つめている。
「私はね……あなたを心から愛してる。どんなに苦しくても、どんなに遠く離れても……母さんの愛は消えない」
ウィルの頬をなぞるように、光の手が触れる。
その手に触れることはできないが、少年は必死にそれを感じ取ろうとした。
「あなたが生きてくれるなら……それだけで、母さんは幸せだから……」
やわらかな微笑みを浮かべながら、女性の姿は光の粒となって溶けていった。
「……母ちゃん!!」
ウィルの叫びが響く。
周囲の光の珠も次々と天へ昇っていく。ふわり、ふわりと舞い上がるたびに、かすかな声が空気聞こえた。
「……ありがとう……とむらってくれて……」
「……ありがとう……」
犠牲となっていた、老若男女の声がこだまする。
ウィルは赤くはらした瞳のまま、いくつもの光が頭上を通り過ぎるのを見ていた。
やがて、光はすべて消え、静寂が訪れる。
「………….まさか、本当に話せるなんてな………….」
ウィルは涙の跡を袖で乱暴に拭いながら、リヒトを見やる。
「……そういえば、あんた名前は.....」
お礼を言おうとして、彼の名前をまだ知らないことに気づいた。
リヒトが答えるより早く、ルナが口を挟んだ。
「かみさま」
ウィルは一瞬きょとんとした後、くしゃりと顔をゆがめて笑った。
「ははっ……あんなの見せられたら、本当に神様だって信じちまうぜ……」
そして、震える声で言葉を重ねる。
「.......ありがとう。神様、ルナ」
不器用な神様は、ポリポリと頭をかくだけで何も返さない。
「ウィル、しんじゃだい二ごう」
信者第一号が胸を張り、誇らしげに宣言した。
その言葉に、少年は再び笑顔になるのだった。
***
「お、おい! 誰か出てきたぞ!」
やがて、半壊した塔の中から出た三人。
塔の周りには、動きを止めた触手の発生源を見にきたのだろう、いつの間にか人だかりができていた。
「き、き、貴様らは昼間のおおお!」
群衆の中から、恰幅の良い中年男性が叫んだ。
昼間、塔の前で演説をしていた市長だ。
「貴様らあの魔獣に何をしたあ! アフィアートをめちゃくちゃにしやがってえ! どうすんだよこれから我らの生活はあ!」
市長は怒りに満ちた表情で叫んだ。
しかしリヒトは、淡々と答える。
「お前らの事情など知ったことか」
傍若無人。彼はどんな状況であれ、人間の都合など意に介さない。
その一言に、市長の肩が怒りでプルプルと震える。
「ひ、ひ、ひっとらえろおおおおお!」
怒号とともに、数人の兵士たちが武器を構え、リヒトたちを取り囲む。
彼らが飛びかかろうとした、その瞬間──
「随分騒がしいね」
群衆の中から、爽やかな声が響いた。
人混みを割って現れたのは、緑がかった髪を後ろで結った行商人──ロレイン。
リヒトたちを見つけた彼は、わずかに面食らったような顔をしたが、すぐに苦笑を浮かべて口を開いた。
「……やれやれ。ほんと、人を怒らせる才能があるみたいだね」
青年は、市長の怒りの矛先となっているリヒトへ視線を送り、肩をすくめた。
「ロレインさん、危険です!」
そばにいる市長が慌てて叫ぶ。
「おい兵士、ロレインさんをお守りしろ! せっかく偶然にもアフィアートにお越しいただいたのだ! 怪我でもされたら大変だぞ!」
その言葉に、兵士の数人が慌ただしくロレインの前に立ちはだかる。
「......『ロレイン』、お前、そこの男と知り合いだったのか?」
リヒトの問いかけに、ロレインが答えるより早く、市長が青筋を浮かべて前に出た。
「よ、呼び捨てだと? 貴様、何様のつもりだ!」
顔を真っ赤にし、声を震わせながら続ける。
「このお方は、数々の商会や行政を立て直してきた伝説の経理相談役──『帳簿の賢者・ロレイン』さんだぞ! 貴様ごときが呼び捨てできる方ではない!」
「....................................行商人じゃなかったのか?」
リヒトのもっともな問いかけが、広場に響いた。




