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12/18

12 Upside down

 「......母ちゃん......!」


 ウィルは叫ぶと同時に、我を忘れたように扉へ駆けだした。


「ま、まって!」


 ルナの制止も聞かず、少年は勢いよく飛び出していく。

 彼女は一瞬だけ立ちすくんだが、すぐに足を踏み出した。


「お、おいルナ! そんなにアイツに肩入れする義理がどこにある!」


 リヒトは驚いて少女を止めるが──


「だって、ほうっておけない!」


 ルナは、まっすぐな瞳で答えを返した。

 燃え盛る村。自分を迫害していた村人すら助けたいと思った彼女が、まして自分と似た境遇を持つ少年を放っておけるわけはない。

 リヒトは思わず目を(またた)かせ、ぽかんと口を開ける。


「……はぁ」


 短く息を吐くと、長い金髪の頭をポリポリとかいた。


「ったく。お前ちょっと……優しすぎるぞ……」


 そう言うと、彼も一歩踏みだす。


「……万が一荷物持ちに死なれては困るからな。一応俺も行ってやろう」


 こうして、二人もまた街に繰り出した。


 ***


 建物の瓦礫(がれき)が降り注ぎ、街は一瞬にして地獄と化していた。

 破片が地面に叩きつけられてはさらに破片となり、周囲を壊してゆく。


「逃げろぉおおっ!」


 四方八方から悲鳴があがり、人々は互いを押しのけるように── 滑っていた。

 こんなときですら、彼らはまだ自身の足を使っていない。

 その頭上を、巨大な影が通り過ぎる。

 塔から伸びた触手が、建物をオモチャのようになぎ払い、悲鳴ごと飲み込んでいく。


「この街はクソでかいペットでも飼ってたのか!?」


 リヒトが上空を見上げて叫んだ丁度そのとき── 巨大な瓦礫が、二人の頭上めがけて降ってくる。


「チッ......!」


 脅威に対応しようとしたその瞬間。


 ── ぼうっ。


 炎の灯る音がした。燃え盛る巨大な翼が広がり、リヒトとルナを包み込む。


『不死鳥の加護』── その絶対の守護。


 瓦礫は炎に触れた途端、灰となって消え失せ、跡形もなく宙に散った。


 やがて、人の流れと逆行するように、二人は塔の足元にある広場へと辿り着く。

『アフィアート・ハート』の門扉は、崩落でなかばひしゃげていた。

 隙間から、赤黒い光が漏れ出している。


「ウィル......!」


 茶髪の少年が、その隙間に吸い込まれていくのが見えた。

 二人もその後を追い、塔の中へと足を踏み入れる。


 ***


 塔の中へ足を踏み入れると、外の喧騒はぴたりと途切れた。

 重い空気。湿気。

 壁一面を光脈がはい、赤黒く光る。

 足裏はやわらかく沈み、ぐにりと肉を踏むような感触がした。


「......完全に、化け物の体内だな......」

「……ここ、こわい……」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。

 ルナは小さく震えながら、リヒトの袖をぎゅっと握る。


「── 母ちゃん……母ちゃーん!」


 ウィルの声が、遠くに反響して聞こえてきた。

 奥へと続く通路は緩やかに傾斜し、闇が続いている。

 二人は慎重に歩みを進める。


「……っ」


 進むにつれて、鼻を突く生臭さが増す。

 足元はぬめりを帯び、靴裏が滑った。


 やがて──通路の先がぽっかりと口を開けているのが見えた。


 壁を這う光脈は、全てそこから伸びているようだ。

 四方の壁からはときおり粘液が滴っては床へ落ち、ぬちゃりと嫌な音を立てる。


「……ここが、中心部みたいだな」


 リヒトはつぶやくと、その空間へと足を踏み入れる。


 ***


 中に足を踏み入れると、へたり込んで呆然と前を見つめるウィルの姿が目に入った。

 広い空間。壁全体が光脈に覆われ、赤黒く光る。


 その中心に──異様な存在が鎮座していた。


 それは、巨大な『(まゆ)』だった。

 ドクン、ドクンと心臓のように波打つ膜の内側に、いくつもの塊が動いていた。それは、()()()をしている。


「……っ!」


 ルナは思わず息を呑み、視線を逸らす。

 膜の中で、無数の人影がゆらゆらと漂っている。


「......か、あ、ちゃん......?」


 ウィルの声が聞こえた。

 彼の視線は、その中の一人の女性を凝視している。

 光を失った瞳で漂うその姿に、少年は呆然としているようだった。


「ウィル!」


 少年に駆け寄ったルナが、その肩に手を添える。

 ウィルはゆっくりと彼女の方を向く。


「............ル、ナ......かあ、ちゃんが......かあちゃんがあああ!」


 彼はそのまま胸元に顔を埋めて泣き叫んだ。

 少女はその背を優しく抱きしめる。


「……塔の中は触手の化け物の体内……ヤツが魔力を供給していたのか? 人間に制御できるものとも思えんがな……」


 二人の横で、リヒトがつぶやいたそのとき──。


「──その通りよねぇ」


 突如、女の声が響き渡った。

 ねっとりと甘く、それでいて冷え冷えとした声音。


「人間にいいように扱われちゃ困るわぁ」


 声の主は、繭の影からゆっくりと姿を現した。赤黒い光がその体を照らし出す。

 妖艶な笑み。こちらを見透かすような切れ長の瞳。

 ──コーデリアだった。

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