12 Upside down
「......母ちゃん......!」
ウィルは叫ぶと同時に、我を忘れたように扉へ駆けだした。
「ま、まって!」
ルナの制止も聞かず、少年は勢いよく飛び出していく。
彼女は一瞬だけ立ちすくんだが、すぐに足を踏み出した。
「お、おいルナ! そんなにアイツに肩入れする義理がどこにある!」
リヒトは驚いて少女を止めるが──
「だって、ほうっておけない!」
ルナは、まっすぐな瞳で答えを返した。
燃え盛る村。自分を迫害していた村人すら助けたいと思った彼女が、まして自分と似た境遇を持つ少年を放っておけるわけはない。
リヒトは思わず目を瞬かせ、ぽかんと口を開ける。
「……はぁ」
短く息を吐くと、長い金髪の頭をポリポリとかいた。
「ったく。お前ちょっと……優しすぎるぞ……」
そう言うと、彼も一歩踏みだす。
「……万が一荷物持ちに死なれては困るからな。一応俺も行ってやろう」
こうして、二人もまた街に繰り出した。
***
建物の瓦礫が降り注ぎ、街は一瞬にして地獄と化していた。
破片が地面に叩きつけられてはさらに破片となり、周囲を壊してゆく。
「逃げろぉおおっ!」
四方八方から悲鳴があがり、人々は互いを押しのけるように── 滑っていた。
こんなときですら、彼らはまだ自身の足を使っていない。
その頭上を、巨大な影が通り過ぎる。
塔から伸びた触手が、建物をオモチャのようになぎ払い、悲鳴ごと飲み込んでいく。
「この街はクソでかいペットでも飼ってたのか!?」
リヒトが上空を見上げて叫んだ丁度そのとき── 巨大な瓦礫が、二人の頭上めがけて降ってくる。
「チッ......!」
脅威に対応しようとしたその瞬間。
── ぼうっ。
炎の灯る音がした。燃え盛る巨大な翼が広がり、リヒトとルナを包み込む。
『不死鳥の加護』── その絶対の守護。
瓦礫は炎に触れた途端、灰となって消え失せ、跡形もなく宙に散った。
やがて、人の流れと逆行するように、二人は塔の足元にある広場へと辿り着く。
『アフィアート・ハート』の門扉は、崩落でなかばひしゃげていた。
隙間から、赤黒い光が漏れ出している。
「ウィル......!」
茶髪の少年が、その隙間に吸い込まれていくのが見えた。
二人もその後を追い、塔の中へと足を踏み入れる。
***
塔の中へ足を踏み入れると、外の喧騒はぴたりと途切れた。
重い空気。湿気。
壁一面を光脈がはい、赤黒く光る。
足裏はやわらかく沈み、ぐにりと肉を踏むような感触がした。
「......完全に、化け物の体内だな......」
「……ここ、こわい……」
先ほどまでの威勢はどこへやら。
ルナは小さく震えながら、リヒトの袖をぎゅっと握る。
「── 母ちゃん……母ちゃーん!」
ウィルの声が、遠くに反響して聞こえてきた。
奥へと続く通路は緩やかに傾斜し、闇が続いている。
二人は慎重に歩みを進める。
「……っ」
進むにつれて、鼻を突く生臭さが増す。
足元はぬめりを帯び、靴裏が滑った。
やがて──通路の先がぽっかりと口を開けているのが見えた。
壁を這う光脈は、全てそこから伸びているようだ。
四方の壁からはときおり粘液が滴っては床へ落ち、ぬちゃりと嫌な音を立てる。
「……ここが、中心部みたいだな」
リヒトはつぶやくと、その空間へと足を踏み入れる。
***
中に足を踏み入れると、へたり込んで呆然と前を見つめるウィルの姿が目に入った。
広い空間。壁全体が光脈に覆われ、赤黒く光る。
その中心に──異様な存在が鎮座していた。
それは、巨大な『繭』だった。
ドクン、ドクンと心臓のように波打つ膜の内側に、いくつもの塊が動いていた。それは、人の形をしている。
「……っ!」
ルナは思わず息を呑み、視線を逸らす。
膜の中で、無数の人影がゆらゆらと漂っている。
「......か、あ、ちゃん......?」
ウィルの声が聞こえた。
彼の視線は、その中の一人の女性を凝視している。
光を失った瞳で漂うその姿に、少年は呆然としているようだった。
「ウィル!」
少年に駆け寄ったルナが、その肩に手を添える。
ウィルはゆっくりと彼女の方を向く。
「............ル、ナ......かあ、ちゃんが......かあちゃんがあああ!」
彼はそのまま胸元に顔を埋めて泣き叫んだ。
少女はその背を優しく抱きしめる。
「……塔の中は触手の化け物の体内……ヤツが魔力を供給していたのか? 人間に制御できるものとも思えんがな……」
二人の横で、リヒトがつぶやいたそのとき──。
「──その通りよねぇ」
突如、女の声が響き渡った。
ねっとりと甘く、それでいて冷え冷えとした声音。
「人間にいいように扱われちゃ困るわぁ」
声の主は、繭の影からゆっくりと姿を現した。赤黒い光がその体を照らし出す。
妖艶な笑み。こちらを見透かすような切れ長の瞳。
──コーデリアだった。




