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六花の龍騎兵 〜滅びの眷属と白き龍〜  作者: 枝垂桜
第二章 遥かなる旅路への門出
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第一話 旅路は遥か遠く

 街につき、先に立ち寄ったのは居酒屋。ガテムは慣れた手つきでいくつかの注文を終えるのを見て、シュクアもまた彼と同じもの頼む。


「この後、南に向かうと言ったな。その南には、何があるんだ?」

「暫くは森が続き、途中にも町や村が多くある。それはを中継地点として旅を進めて……」


 そこで言葉を切ると、コツコツと指で机を叩いて続ける。


「……砂漠に出る」

「砂漠だって? 荒野でもなく砂漠? そんな準備は出来ていないぞ?」


 突拍子もない単語が出てきたことに目を食らって、噛み付くようにそう言えば老兵もバツが悪そうに眉を寄せる。


「食料もだが、水はどうする? まさか砂漠を縦断するわけじゃないよな?」

「砂漠を縦断する」


「それは賛成できない。食料も水も持てる量には限りある。砂漠を縦断するのに必要な日数は? まさか数日で渡り切れるとは思っていないだろう? そんな大荷物、例えリリィが成長しても無理だ」

「わかっている。だから今、それを考えているのだ」


 正直言うと、砂漠を縦断するくらいなら遠回りでも迂回していくべきだとシュクアは考えている。無論、砂漠を通った方が追っ手を振り切れるとは言え、砂に囲まれた真っ只中で干からびるのはごめんだ。


「あるいは、山を越えると言う手もあるぞ」


 ガテムが持つ地図を思い出して、思わずえずく。砂漠を縦断するのが最短距離だとすれば、巨大な山脈を越えるのは次の手段だ。

 図面の最短距離ならそっちの方が近いが、高低差と寒暖差に加えて、砂漠にも劣るとも勝るとも言えない過酷な環境だった。


「飲み物は雪を溶かせばいい。山に辿り着くまでに時間もあることだ、お前さんの魔法技術ももう少し上達すれば使えるものになるだろう」

「何が違う?」


「魔法を使っても無から物を生み出せない。物の本質を変えて……例えば砂を水に変えるのは相当な力を使う」

「なるほど、な。超高度の山でも、砂漠よりは利用できるものがあるわけか」


 何もない砂漠よりも、多少でも何かがある山の方がいい。飲み物は雪を溶かし、食べ物に至っても雪の下に生きる小動物を捕まえるなどしてどうにかなるだろう。

 近くの街でいくつか保存食を買い込むこともできるし、買い込んだ食べ物も寒さのおかげで保存が効く。


「よし、それで行こう」


 程なくして食事が届き、二人は黙々と食べ始める。食事中、不要な会話は避けてさっさと食べ終えると二人は宿の部屋につく。

 壁は薄く盗み聞きされる可能性も踏まえて、声を顰めた上でシュクアがガテムへと振り返った。


「話しは戻るけど、帝国はどうしてこれほどの力を持っている?」


 少し前にシュクアと同じ世界の出身がいる可能性も考えたが、それを抜きにして現地の人間の意見を聞いてみようと思ったのだ。


「ふむ、いい質問だな。──では、その質問に答えるために一つ儂からも質問を出そう」


 逆に質問されることに訝しげな表情を見せるも、答えても差し違えのないものならいいだろうと頷く。


「この世界には様々な種族が存在する。その中で、最も強力な種は何か分かるか?」

「人間?」


 疑問符が付くが、それでも彼は即答した。少なくとも彼の前世の世界で人間は生態系の頂点に君臨していたからだ。


「いやいや、人間は寧ろ下から数えた方が早い。様々な亜人もいるが、その中でも人間が弱小種であるのは周知の事実じゃ」

「──でも、帝国は人間が支配している。その人間が支配する国に、亜人も敵わない」


 そう言えば、ガテムは嬉しそうに笑った。


「その通りじゃ。──では、どうしてそれほどの権威を示せた?」

「…………」


 これにはさしものシュクアとて言葉に詰まる。しかしそれは同時に、シュクアが老兵へと投げかけた質問そのものでもあった。


「もし一対一に限定するのなら、この世界で最も強大な力を持つ個体はドラゴンじゃ。帝国はそのドラゴンを多く虐殺し、味方に付く者以外を情け容赦なく焼き払った」


 言葉を詰まらせるシュクアの眼前、老人は一つ瞳を閉じると語る。


「強大な龍族を退け、それでいながら一定数の龍族を味方につけた。突如として生まれた訳の分からない兵器もあるが、最大の要因はそこにある」


 この世界において生態系の頂点に君臨するドラゴンを多く虐殺した。少なくとも国内にいるドラゴンに至っては、帝国に味方する個体を除いて殆どが殺されていると言う。

 そうなればあとは早い。最強種のドラゴンを味方につける帝国に抵抗するのなら、同じくドラゴンが必要になるのか──


 ──いや、それも無理だ……


 かつてドラゴンを多く虐殺しているような国だ。その事実が他者から抵抗する意思を奪い、そして今もなお健在な武力は他国へと向けられている。

 そこに加えて一定数のドラゴンを味方につけていると言う。聞くだけでも手のつけようがない軍事国家にも思えたが、シュクアの脳裏に浮かぶ二つの光景が重なった。


「それでも構わない」


 血の海に沈む家族だったモノ。──許せない、許せるはずがない。

 恐怖と絶望に歪む奴らの顔を見下ろしてその命を断つまで、シュクアは止まらない。


 例え敵がどれだけ強大だしても躊躇う理由にはならない。冒涜者の一人とて残らず八つ裂きにして、生きたままその眼前で己の臓物を並べてやる。


「いや、構うべきだ。少なくとも、一人の人間と一匹のドラゴンが太刀打ちできるような相手はない」

「復讐を果たすのなら、他者の力が必要不可欠か……」


 組織でも、国でもいい。帝国を打ち倒せるだけの戦力を持たねば、到底彼の復讐は成し遂げられない。


「幸いと言うべきか、不幸と言うべきか……今日の帝国は些かやり過ぎて敵も多い」

「ドラゴンは味方してくれないの」


 国外のドラゴンは健在と言うのなら、彼等の力を借りられればどれだけ心強いか。そう思うシュクアを、しかしガテムは悲しげに首を振った。


「彼奴は自由気まま……いや、高慢で他者に興味を示さない。同種が虐殺されようとも大して気にも止めない」

「次は自分の番かもしれないのに?」


 尚も食い下がるシュクア。それに同調するような口調でありながらも、諭すように彼は言う。


「彼奴等は己の存在を信じて疑わぬのだ。歯向かう者がいるのなら誰であろうと八つ裂きに出来ると、己の力が及ばない存在などいないと信じておる」


 どこからそんな自信が来るのか。価値観が違う以前に、生物としての大切な何かが欠落しているんじゃないと疑うほどだ。


「事実、これまではそうじゃった。誰も単騎ではドラゴンに勝てない、束になってもそうそう敵う相手ではない……そんな時代が今の今まで変わることな続いた。

 変化に疎い彼奴等は、人間が多くのドラゴンを討ち取るまでに進化してあることを、まるで理解しておらん」


 特に人間の伴侶を持たない野生のドラゴンはその傾向が強いと、嘆くように言うガテムが疲れたように椅子に腰掛けた。


「つまり、ドラゴンは当てにならいと?」

「ああ、リリィス以外のドラゴンは気をつけるんじゃ。彼奴等は気分一つで虫を潰すように人間を殺す」


 人間の伴侶を持つドラゴンならその限りではないが、野生のドラゴンは特に気性が荒いらしい。気に入らないことがあれば気が済むまで暴れて、人間など気紛れに虫を潰すように殺す。

 会話の余地など殆どなくて、己以外の存在を見下している。例えリリィスが説得に出たとしても、耳を傾けてくれるかと怪しいと言う。


「流石に野蛮過ぎないか?」


 一個体としの完成度が高いことは疑いようもないのは事実だ。永遠にも等しい寿命、高位のドラゴンであればどんな傷もたちまち治る。

 身を守ることに無頓着で、唯我独尊の高慢な性格が群れることを好まない。──と言うよりは、自らの存在以外を認めないとい言うべきだろう。


 どこぞの蛮族だと疑わしい言動の彼等に、さしものシュクアとて眉を顰めるしかない。


「ドラゴンと言うのはそんなものじゃ。昔はそれが気高い在り方だと……ドラゴンだけではなく、人間や亜人などの他種族にも思われていたが、時代は変わるものじゃ。

 事実としてドラゴンが成す術なく殺されるような時代が訪れた。敵の脅威を推し量ることもなく唯我独尊を貫く彼等の在り方は、時代錯誤と言う他あるまい」


 いつからかは分からないが、おそらく彼等ドラゴンがこの世界に生まれてこのかた、敵と呼べる敵はいなかったのだろう。

 唯一の危険は同種のドラゴンのみで、他の種族など自分の気分一つで生殺与奪を握る矮小な存在だった。


 その時代が変わったと、そんなことを突然と言われて順応出来るかと聞かれれば不可能だ。絶対的で不変的な、疑う余地もない価値観が崩れる瞬間……シュクアすれば、転生して他の世界に行くようなものだろう。

 実際に体験してみなければ……いや、実際に体験してもイマイチ実感に欠ける。結局のところ生物として、頭ではなく本能的な部分で受け入れ難いことだった。


「野生のドラゴンに至っては言葉を話せる個体も珍しい。それだけの知能はあるのだろうが、やろうとも思わないのだろうな」

「まぁ、人間もいきなり動物に向かって吠え出したら変人扱いだからな」


 他種族の言葉を話すと言うのはそう言うものだ。もし犬に向かって吠え出した人間がいたとして、その人間が犬と会話していると言えば、間違いなく正気の沙汰ではない。


「まぁ、先んずは馬が必要じゃない。長距離の移動にも耐えられる強靭タフな奴が」

「それは任せる。流石に俺は馬の目利きはないもんでな」


 寝具に横になると、腕を枕にして仰向けに目を閉じる。それを確認してシュクアもまた蝋燭の炎を消して寝具に寝そべった。












 翌朝、軽く朝食を済ませた二人は納屋に来ていた。両開きは開け放たれていて、その柱にシュクアは寄りかかってガテムが馬を物色するのを待つ。


「馬が決まったぞ」


 待つこと暫し、そう言って連れきた二頭の馬を見上げて、シュクアは寄りかかっていた柱から離れる。そうして彼が連れてきた馬を値踏みするようにぐるりと一周観察して、それぞれの特徴を見ていく。


 馬は二頭とも首が細い。体躯には恵まれている様子だが、些か細いようにも見えた。


 ──いや、長距離を走るのならこれがいいのだろう。少し前にガテムが自信満々で馬を選びに行って、戻って来てからの表情を見てもより良い馬が見つけられたと考えていいだろう。


「こっちがお前さんの馬じゃ」


 端的にそう言って渡された手綱を握り、先を行く老人を追いかけて村の外まで馬は引っ張って行く。


「そろそろいいじゃろう」


 街から出てすぐ、馬に跨るガテムが振り返ってシュクアを見下ろす。それを見遣り、シュクアもまた栗毛色の馬に飛び乗ると刀を後ろの鞍袋に差し込んだ。


「馬の扱いは?」

「少しだけ」


 それなら十分だと、老兵は馬に軽く指示を出して進んでいく。シュクアもまたぎこちないながらも、彼の指示に従って股下の馬は健気に前を行くガテムを追いかけて駆け出す。


「そろそろリリィを呼ぼうと思うんだけど?」

「ああ、その方がいい」


 馬を走らせて暫く軽く開けた場所に出たところで、リリィに降りてくるように伝える。間も無く巨大な影が地面に衝突するような勢いで着地、木々の枝を突き破って柔らかい土を大きく抉って白いドラゴンが現れた。


 二頭の馬も突如として空から落ちて来た巨大な影に慄き、忙しなく鳴き声を発して後ずさる。


「おい! もっと丁寧に降りて来られなかったのか!?」


 飛び跳ねた泥が顔にかかり悪態をつくシュクア。折れた木の枝は周囲に降り注ぎ、そんなものは我関せずと言った表情でリリィスは二人の跨る馬を見遣る。

 暫く値踏みするような目を向けていたかと思えば、その意識からどこか勝ち誇るような感情が伝わって来た。


 ドラゴンが馬を相手に何を誇るのだと思ったが、敢えてそれは口にせずに乱暴な着地に講義の視線を送る。


「ごめんなさい……でも、ああして勢いを付けないと下降中、木々や枝に引っかかってしまう」

「それにしても限度があるだろう? お前の足元を見てもろ。そんなクレーターが出来るほどの勢いは要らなかったはずだ」


 バツが悪そうに顔を逸らす白龍、その前に馬を移動させたシュクアが彼女の顔を覗き込んだ。


「それで、変わりはなかったか?」

「貴方達の後ろを偵察したけど、追っ手らしきものは見当たらなかった。もしかすれば、刺客はまだ放たれていないのかも」


 それを聞いて、背後を振り返ればガテムが片方を眉を吊り上げる。


「それは朗報じゃな。まぁ確かに、奴らとてリリィスの足跡が無ければ追うのも難しい。

 上への報告もあるだろうし、そうそう思うようには動けないものじゃ」


 満足げにそう言って頷くと、シュクアは改めて白龍へと向き直る。


「よし。それじゃ、これまで通り周りの警戒を頼んでもいいか?」

「ええ。貴方達も気をつけて」


 そう言い残すとリリィスは身を低く屈め、太い後ろ足で地面を踏み切って飛び上がる。翼を畳んで脇に付けたまま、ただ足の力だけで木々を飛び越えるほど跳躍する。

 体長の何倍もある木を飛び越える脚力もそうだが、二対四枚の翼を広げれば、ほぼ垂直方向に凄まじい勢いで上昇して行く。


「つくつぐ、ドラゴンってやつは規格外だな」


 体力が万全であればあんな芸当も出来るのかと、思わず感嘆の声を漏らすシュクアを見遣り、ガテムが喉を鳴らして笑う。


「ああ、もう少しすれば乗れるようにもなるじゃろう」

「アレにか? 冗談だろう。哀れな小動物よろしく、滅茶苦茶に振り回されて殺されちまう」


 あんな出鱈目な動きが出来る生物の背中に乗ったとして、普通の人間があんな上昇のされ方をすれば身体が持たない。

 強烈な重圧も覚悟しなければならないが、何よりもあんな着地をされてしまえばその勢いで地面に投げされてしまう。


「伝えなかったか? ドラゴンに選ばられた龍騎士は、伴侶のドラゴンの成長に伴って身体能力も魔力総量も強化される」

「…………初耳だ」


 とは言え、それであの出鱈目な動きに耐えられるかと聞かれれば素直に頷き難い。──兎にも角にも、もう暫くは乗らずにすみそうと言うのは唯一の救いだ。


「まぁ、早いうちに龍に乗ることを覚えねばならないがな。否が応でもお前さんは彼女と共に戦わなければならないからのう」


 そういう老兵はどこまでも愉快そうに笑うだけで、まるでシュクアの苦労を嘲笑っているように見えて彼も不服に唸るしかない。

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