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六花の龍騎兵 〜滅びの眷属と白き龍〜  作者: 枝垂桜
第一章 運命の再誕
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第八話 腐敗の旅路

「何をする!?」


 起きあがろうとにももがくが、リリィスの強靭な前足はびくりともしない。素早く脳裏に術式を思い浮かべて、残り少ない体力で効果的なものを選ぶ。


「魔法は使わないほうがいい」

「じゃあ、この足をどけろ!」


 怒りも収まらずそう怒鳴り、しかしリリィスの表情は冷静そのもの。逆にそれがシュクアの怒りを逆撫でして、完成した術式を発動させる。


「やめておきなさい、私達は冷静に話し合わなければならない。義父を失って悲しみ、怒るのはよくわかる。──でも、それで私を傷つけてしまえば冷静になった時、貴方はもっと自分を責めるだろう」

「…………」


 息を大きく吐き出して務めて落ち着こうとした頃、足音が近づいてくるのが聞こえる。焦るシュクアとは裏腹にリリィスは気にした様子もなく、不思議に思うもその疑問はすぐに解けた。


「村の方は早めに避難していたようで、被害を受けた者達は少なかった」


 そう言って駆け寄ってきたガテムがドラゴンの足元に敷かれたシュクアを不思議そうに見遣る。少し眉を寄せたかとも思ったが、すぐに気を取り直して話を続ける。


「なぁ、あんたからも離すよう言ってくれ」

「別に話しが出来るなら儂は何でも構わぬぞ」


 束の間の希望が粉々に打ち砕かれて、シュクアは大きく息を吐き出した。


「彼のことは、残念だったと言わざるを得ぬ」


 横にされた義父を見てガテムがそう言う。彼の声には哀愁が滲んでいて、心の底から悲しんでいることが伝わってきた。


「しかし、悲しんでいる暇はない。お前さんもそう考えているのだろう?」

「ああ。義父さんの埋葬を終えたから必ず目に物見せてやる」


「威勢はいいが、果たしてそれが為せるかのう? 今もドラゴンの足元に敷かれて何もできないではないか」

「魔法を使えばすぐにも出られる」


「でも力尽きてまた捕まる」

「…………」


 それは分かっていると、黙り込むシュクアの頭上へとリリィスがその首を下ろす。流れる鮮血を思わせる赤い瞳が、ジッとシュクアが見下ろしている。


「敵は強大だ。私も貴方も今のままでは、とても敵わない」

「彼女の言う通りじゃ。所詮は十代半ばの若造と、ドラゴンに至っては若いどころか、まだ幼いではないか」


 ガテムの言葉が気に触れたのか、リリィスは低く唸ると鋭い瞳にて老兵を睨め付ける。


「おっと失敬。──だが、どちらにしても今のお前さんでは到底敵う相手はないぞ」

「それじゃ、どうすればいい?」


「いくつか方法はあるが、一つは強力な味方をつけることだな」

「例えば?」


「今の帝国は些かやり過ぎておる。周辺諸国だけではなく、亜人を始めとして国内にも反乱分子を抱えている状態じゃ」

「なるほど……」


 シュクア一人の力では到底届かないだろう。今度の敵は一組織ではなく、世界最強の大帝国なのだから。

 そう考えれば、帝国と敵対する勢力の力を借りるのが最も効果的だと言わざるを得ない。


「まずは南へ向かおう。恐らく奴らの狙いはリリィス……出来ることなら彼女を自らの手中に収めるか、そうならないのなら殺すつもりじゃろう」


「どうして、奴らはリリィのことを知っている?」

「最初、奴らは遺跡にいたのだろう。そこから彼女の卵が無くなっていることは、もう知っていよう」


 先の山中で姿を見られたのかと危惧したが、どうやらそうではないらしい。しかしそうだとして、どうしてガテムが卵と遺跡のことを知っているのだろうか。


「そもそもリリィの卵は奴等の所有物だったのか?」

「いいや、違うのう」


「なぜそう言い切れる?」

「儂が卵のお目付け役じゃったからだ」


 思わず目を見開いたシュクアの眼前、老兵は小気味良さそうにくつくつと喉を鳴らして笑う。


「儂が生きている間に卵が孵るとは思っていながったが、まだ身体の動くうちに孵ってくれるとは何とも幸運なことじゃな」

「それじゃ、リリィはあんたのドラゴンなのか?」


 そう尋ねれば他でもないリリィスが低く唸るようにして抗議する。無論、老兵の方も即座に首を振って否定した。


「彼女はお前さんを選んだのじゃ。お前さんは彼女の、彼女はお前さんの伴侶パートナーとして一生を付き添う」

「何だって……?」


 思わず聞き返して、そうして頭上に立つリリィスを見上げる。驚愕に目を見開くシュクアとは裏腹に、肝心の彼女はゆっくりと瞬きを一つするのみ。


「お前さん達二人の絆は切っても切り離せぬものじゃ。片方が傷付けばもう片方もその痛みを背負うことになる。──だからこそ、お前さんは責任のある立場としてもう少し利口に物事を考えてもらわねば困る」


 老兵の話しが終わるよりも早く、シュクアの手元が光る。


「勝手なことを──」

「待て──!」


 地面から突き出した二つの黒結晶がリリィスの胴を突き上げる。流石に先端を尖らせるようなことはしなかったが、彼女を押しやるのには十分だ。

 しかしその直後、自身の胸を強く撃ち抜かれたような痛みが襲い、息が詰まって立ち上がるどころではない。


「だから待てと言ったのじゃ」


 痛みを堪えて上体を起こし、自身の胸を確かめる。幸いと言うべきか、当たり前と言うべきか強い衝撃を受けたような跡はない。

 だと言うのに未だに鈍い痛みは消えずに、考える限りの原因である地面に投げされたリリィスへと目を向ける。


「貴方って、なんて馬鹿なの!」


 ひっくり返った姿勢から素早く立ち上がると、シュクアをその前足で掴み上げる。鷲掴みにされて身動きの取れないシュクアの眼前、牙を打ち鳴らしてリリィスの顔を近づく。


「二度とこんな、馬鹿なことはしないで」


 何かを言いかけて、しかし返す言葉もなく黙り込むしかない。


「いいか、よく儂の話しを聞くんじゃ。死んだ義父の前でみっともない姿を晒したいか?」

「…………」


 こうなってはシュクアはもう意見する立場にない。何かあるなら言ってみろと、目で示すとガテムが言葉を続ける。


「復讐を果たしたいのなら、彼女を守るべき立場であるのなら、お前さんがやらなくてはならいことは何じゃ? 怒りに任せて八つ当たりすることか?」


 違うだろう、と老兵が喝を飛ばす。


「考えなしに行動して、敵を作っても何も得はない。本来のお前さんはもっと賢しいはずじゃ」

「ああ、そうだったな。痛みのおかげで、少し冷静になれた」


 そこにきてようやくリリィスがシュクアを解放する。痛みに呻きながら地面に腰を下ろして、そうして義父の顔を覗き込む。


「時間がない。すぐに行かないと……」


 義父の葬儀もまともに出来ないことに苛立ちを覚えながらも、立ち上がるとゆるりとガテムへと向き直る。


「義父はここに置いていく……。残念だけど、それしかない」


 村の人たちが戻ってくれば葬儀は済ませてくれるだろう。それまで雨風に晒されてもいけないと、シュクアがリリィスにお願いして彼女が家の中まで運んでくれる。


「隣町まで徒歩になるが歩けそうか?」

「ああ」


 駆け出すようにして森の中へと囲む二人。遅れてリリィスが森の中へと入り、どこまでも村から遠ざかるようにして走り続けた。

 暫く走って、シュクアとガテムは疲れを感じて歩き出す。


「もう少しいけば、リリィスも飛んでいいだろう。儂らも何か食べなくてはならん」


 シュクアは無言で頷く。言われてみれば昨日の昼から何も食べておらず、それでいながらずっと動き続けている。

 流石に体力も底をつきかけていて、まともに歩くことも出来なくなった彼は、今や情けなくリリィスの背中でくたびれていた。


「……悪いな……」

「気にしなくていい」


 先程の八つ当たりにも似た言動の数々。冷静ではなかったとはいえ、思い出せば自分で自分を殴りたい。

 しかしだと言うのに、リリィスはまるで気にした様子もなく……否、確かに傷ついたはずなのに疲れたシュクアを気にかけてすらいる。


「彼女には感謝するべきじゃ。いくら伴侶とはいえ、ここまで寛容なドラゴンはそうそうおらぬぞ」

「ああ、そうだな」


 前世の人生を合わせても、リリィスほどの穏やかな性格な者はそうそう見ない。助けられてばかりで情けないと項垂れて、そんな彼を気にかけるようにリリィスが長い首で振り返る。


「なぁ、ガテム。前に、質問に答えてもらうと言ったよな?」

「ああ、儂に答えられることなら」


「ドラゴンの卵のお目付け役ってことは、ドラゴンには詳しいの?」

「人よりは詳しいのう」


「リリィスよりも?」

「彼女は自分以外のドラゴンを知らない」


 そこまで質問を繰り返して、シュクアは一つ一つ疑問を口にする。


「ドラゴンって、皆足が六本あるの?」

「彼女は古代龍エンシェントドラゴンだからじゃ」


「古代龍?」

「六足なのも、翼が四枚あるのもより原型に近いからじゃ」


 言われてみれば、前世の記憶では虫の一部が古代から殆ど形が変わっていない者もいると言う。リリィスには失礼だが、彼女の体型モデルはやはり昆虫にも似ているように見えた。

 細身の体型フォルムは確かに想像していたドラゴンそのものもだが、甲殻を持つ体の造りは脊椎動物と節足動物を合わせたようなものだった。


「そう言えば、虫のような外骨格を持つ生き物は大きすぎるとその自重に耐えられないはず」

「ふむ。そんな話しは聞いたことがないが、どこの知識だ?」


 流石に前世は違う世界に生きていたとは言えず、シュクアは肩を竦めて誤魔化すしかなかった。


「まぁ、よい。確かにお前さんの話しが本当だとすれば、外骨格だけではなく内骨格も持つのは当然とも言えるな」

「でも、それじゃ体重が増えそうじゃない? 空を飛ぶのも難しいと思うんだけど」


 脱皮しないし、関節部分の内側は脊椎動物のように柔らかい。外側に至っても関節が露出していることもなく、皮膚と体毛に覆われて見ただけで外骨格があるようには見えなかった。


「確かにのう。しかしだとしたら、その大きな翼は飾りか?」

「う~ん」


 こればかりは、どうにもわからないと首を捻るしかない。ガテムも全てわかるわけではないようで、流石に生物の進化や体躯の原理についてシュクアよりも知らない様子だった。


「お前さんの知識は興味深いのう。それに言われてみれば、確かに理にかなっておる」


 興味深そうにシュクアの話しを聞く老兵は心なしか上機嫌に見える。


「リリィスのような古代龍は珍しいの?」

「珍しいどころか、儂個人としてはもう絶滅しているものだと思っておった」


「その古代龍って、強いの?」

「古代龍でもいくつか種類があるが、彼女の種は最強格じゃ」


 一番強いわけではないようだが、成体となればほぼ敵無しだという。前世の彼であればそれだけ強力なドラゴンが、まさか疲れ切って動けない人間の看病をしているとは露程も思うまい。


「リリィスはいつ火が吐けるようになると思う?」

「まだ暫くは無理じゃろう。しかし古代龍は炎だけではなく、雷をも操るからのう。──よもやすれば、炎よりも雷の操作の方が早いかも知れぬぞ」


 その時、シュクアの脳裏に思い出されるのは黒き雷。それは光を飲み込み、白い輪郭を纏った禍々しい稲妻だった。


「それは違う。私が操るのは、あんな歪なものじゃない」

「何が違うんだ?」


 シュクアの考えを鋭く読み取ってか、先んじて答えるリリィスの言葉に首を傾げる。


「私達ドラゴンは自然形態の一部、生き物は皆そう。雷も炎も自然現象の一つで、私達が操るそれらもその域を出ない」

「そうなのか?」


 疑問を投げかけるようにガテムへも視線を向ければ、彼は二人を一瞥したのちに方向を確かめるように太陽に手を翳して答える。


「ああ、その通りじゃ。お前さんが使ったあれば自然現象を……いや、この世界の理すらも超越したナニカじゃ。──とても儂では説明ができん。リリィスも同じ意見のようじゃぞ」


 方向を確かめたのち、再び地図に目を落とす老兵が続けて言う。


「アレは雷の姿をした全くの別物じゃ。古代龍の操る炎や雷は自然災害や天災にも匹敵すると言うが、アレはまた別の方向ベクトルで危険な代物じゃて」


 悪魔の記憶にある滅びの奇跡。彼のアレは不発だった上に魔法陣も欠陥だらけの未完成だったが、真価を発揮すれば世界の理すらも捻じ曲げる力を持っていた。


「もし使えるようになっても、あまり乱用すべきではない。アレを使うたびに世界の何か、大切なものが歪められていくような気がする」


 繰り返し使えば、この世界は原型を失ってしまう。そんな予感がすると言うガテムの言葉は、皮肉にも的を得ているように感じた。


「ドラゴンの話しに戻るけど、どれくらいで成体になるの?」

「ドラゴンは生涯成長し続ける。どこで大人だとは一概には言えぬが、おおよそ一年もすれば殆ど成長しなくなる。

 しかしまぁ、リリィスの様子を見るに……あと一ヶ月もすれば見違えるように成長するはずじゃ。間も無く成長期も過ぎて、相応に体躯も大きくなるだろう」


 体の下に見える白い龍を見下ろして、ふと疑問が頭に浮かぶ。


「ドラゴンって、鱗を持っているものだと思っていたんだけど?」

「普通は、な。リリィスのように体毛に覆われたドラゴンは聞いたこともない」


 強靭な鱗を持っていればそれだけでも鎧としての機能を持てるはずだ。──とは言え、進化の過程で鱗ではなく体毛を持っているのなら、何かしらの意味があるのかも知れない。

 いや、彼女は古代龍だ。より原型に近い生物であり、十分な進化を得ていない可能性も捨て切れなかった。


「でも、貴方達はこの体毛のお陰で助かった」

「間違いなくその通りじゃな」


 リリィスの言葉に老兵は肯定するような頷く。事実、先の雪山では彼女が持つ温もりのお陰で命拾いしたと言ってもいい。

 あのまま雪の上で一夜を明かそうとすれば、命を落としていたかも知れないのだ。そう考えれば、あながち鱗がないことが悪いとも思えない。


「そう言えば、あんたは魔法が使えるのか?」

「簡単なものだけじゃ。儂がこんな老体でそれなりに動けるのも、お前さんの傷を治したのも魔法のお陰じゃ」


 思い出せば老人としてはかなりの身体能力を持っているように感じた。魔法で身体強化をしていふのなら、あり得なくもないだろう。

 更には黒き雷を放とうとして、全身から血を流して倒れたシュクアが、水から上げられ時にはその後は消えていた。恐らくそれも、彼が手当してくれたからだろう。


「しかしその分、より早く体力を消耗するがのう」


 疲れたように大きく息を吐いて、再び歩き出したガテムの後ろをリリィスが追いかける。


「そのエネルギーって、他者に移すことはできるのか?」

「強い絆で結ばれている者同士なら可能じゃ。お前さんやリリィスのように、あるいは兄弟姉妹のような血のつながり……あるいは義兄弟でもあっても、幼い頃から共に育って強い絆を持っていればな」


「ドラゴンは魔法を使えるの?」

「使えぬこともないが、ドラゴンが使う魔法は儂らとは全く異なる。ある程度の意思は反転されるが、厳密にはどんな現象を起こすのかはわからない」


 それではいざという時に役立たないではないか。──と、そう言いかけたシュクアに老兵の鋭い瞳が向けられる。


「お前さんの黒雷、アレを中断させたのはリリィスの力によるものじゃ。彼女はその魔法による負担を肩代わりするだけではなく、お前さんや彼女の命がそのまま吸い取られて死なないように魔法の中断まで行った」


 もし中断されていなければ奴らを仕留められた。そう思ったのも束の間、言われてみればあのまま命まで吸い取られていた可能性も捨て切れない。

 加えてよく考えてみれば、彼の言うことは道理だった。黒雷が不発のまま力尽きたのなら、どうして土石を浴びせることが出来たのだろうか。


「黒雷は貴方を心身の双方で蝕んだ。精神的な負荷は私が肩代わりすることもできるけど、肉体にかかる負荷はどうしようもなかった」

「そうだ! お前さんは力を奪われるだけではなく、危うくその身を滅ぼすところだったのじゃ。土石の魔法も、彼女がその膨大な力を分け与えてくれなければどうなっていたか」


 力尽きたままで魔法の行使することは自殺行為にも等しい。幸いと言うべきか、今回はリリィスに助けられたが、次もそうはいかない。


 ──下手をすれば、リリィも殺しかねないか……


「ああ。それはもう、わかった」

「…………まぁ、説教もここまでしておこう。──そろそろ町が見えてくる頃合いじゃて、歩けるのならこのまま中へと向かうぞ」


 流石に何か食べ物を調達しなければならないと、そう言う老兵に頷いてシュクアはリリィスから滑り降りると自分の足で立つ。


「悪いが、お前はどこかに隠れて貰うしかない」

「……………仕方ない」


 些か不服そうだが、それでも大人しく従って彼等とは違う方向へと足を進めるリリィス。そんな彼女が見えなくなると、シュクアとガテムも揃って街へと向けて歩き出す。


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