閑話 味噌神様
明日2/28日は一日だけお休みします
私がクロード家の料理人に召し上げて頂いたのはいつだったであろう
私は王都から遠く離れた男爵領の中でも辺鄙な田舎で育った
小さな頃から母の手伝いで料理をするのが好きで、兄たちが周りの友達たちと遊び回っていても内気な自分は台所で食材と向き合っている方が好きだった
兄たちはちまちまとした芋の皮むきが退屈でよく押し付けられたがそれも苦じゃなかった、むしろいかに無駄なく薄く剥けるか、凝り性だったのだと思うそれに無駄が減ればその分多く食べられる。父は男らしく育って欲しかったようだが手伝いを嫌がらず褒められて喜ぶ自分を見て、向いているのだろうとそっとしておいてくれた
それからも今までは食べずに捨てられる肉の部位や植物の根や葉っぱをどうすれば美味しく食べられるのか?うちの領主はがめつくて財も食も取り上げられて残るのは雀の涙程度だったから、どの家でも創意工夫でやりくりしていたが
飢饉がおきた
どうやりくりしても生きていけない、領主へ陳情に向かった父や村の大人は帰ってこなかった
飢えに耐えかねた村の一家がネズミに手を出し疫病まで拡がり始めた禁じたところで意味はない、飢えて死ぬか疫病で死ぬか違いはそれだけ
気丈に振る舞っていた母も伏せるようになり、大人の男は老人以外もう居ない、人の少なくなった村には魔物まで現れ始めた
だが私は一つのことに気づいた。作物も無いこの村で食えるものは人を除けばネズミくらい、魔物がネズミを食っているところも見たしかし魔物が病にかかっている様子はない。私は賭けに出た、兄たちに魔物を狩ろうと言ったのだ
村の大人たちからは絶対に魔物は食うな呪われると言われて育ったが背に腹は変えられない
飢えで死ぬか、疫病で死ぬか、呪いで死ぬか、選択肢が増えただけ呪いがなければ生き残れるかもしれない
名も知らない犬のような魔物、一回り大きな体躯と目が赤く光っていなければ犬と間違えそうだ普段は群れで行動するであろうそれらだったが序列が有るのだろう弱いものはなかなか餌にありつけない、強い仲間が眠っていても餌を探しに出なければならない
それを狙った
一頭で彷徨っているそれの前に私は姿を見せ背中を向けて走り出す。自分だけの獲物というごちそうを前にした魔物に警戒心など無かった自ら袋小路に飛び込んだ私を前に舌なめずりをする魔物
お前も飢えているんだなと少しだけ哀れに思った
「今だ!」
私の掛け声に合わせて槍や剣を持った兄たちが壁の上から降ってくる、一瞬だった串刺しにされ何が起きたかも解らなかっただろう弱々しく悲しそうな声で一鳴きしてこと切れた
怖かった魔物も今では肉にしか見えない、逸る兄たちを落ち着かせて血抜きをする、折角の肉を台無しにするわけにはいかない、それに血抜きをすれば呪いに掛からないかもという願掛けのような気持ちも有った
一度食べてしまえばもう禁忌もへったくれもない狩られる側から狩る側へ、少ない量だが残った村人たちは食いつなぐことが出来た
一頭、また一頭と狩りとうとう群れのリーダーを残すのみ、その頃には私達にはもう恐怖もなく熟れた作業程度だと思ってしまった、それがいけなかった
群れのリーダーは降ってくる兄たちの攻撃を躱し一撃も傷を負うこと無く、逆に兄たちを吹き飛ばし私の眼前に赤く光る眼が迫ってくる、恐怖で足がすくむ
赤く光る眼はが憐れんでいる様に見えた、最初の一頭を殺したときの自分もこんな眼をしていたのだろうか?時間にすれば一瞬の出来事なはずなのにやけにゆっくりと感じた、神がいるのならなんと残酷なのだろう、死ぬのならば一瞬で終わらせてくれればいいのに…そんな事を考えている間も魔物の牙が迫ってくる
兄たちが何かを叫んでいるがゆっくり過ぎて何を言っているのか解らない
いよいよか…そう思って目を閉じた、、、だがいつまで経っても痛みは訪れない
ブンッという音とカツンと何かがぶつかる音
ぎゅっと瞑ったまぶたを開けた先には鎧を身にまとい気の強そうなつり上がった眦の少年、少年?髪は短いが美しすぎる顔立ちの所為で少女の様にも見える、やはり私は死んでしまったのだろうか?この世にこんなに美しい人間など存在するわけがないきっと神様の使い、いや神さまなのだろう。先程まで神を罵った頭で今度は天国に来れたのだと神に感謝する
「大丈夫ですか?」
声まで美しいただの言葉も音色のように心地よい
「…はい」
私は返事を返すだけでやっとだった
神様の後ろから誰かがやって来る。父だ!もう帰ってこないと思っていた父が涙を流して私を抱きしめている、あぁやはり私は天国に居るのだ、私を心配して兄たちも私を抱きしめる…いや兄たちは死んでないはず、混乱する私に神様が再び声を掛けてくださった
「もう大丈夫です。遅くなりましたが食料も薬も充分に有ります。今は安心してお休みなさい」
鈴を転がすような声とはこの声なのだと安堵に包まれて私は眠りについたそれがジュリア様との出会いだった
目を覚ますと天国ではなく自分の家、でも静まり返っていたはずの村に聞き覚えのある声や威勢の良い声がたくさん聞こえてくる
外に出てみれば昨日の神様を中心に帰ってきた父や村の大人たちが炊き出し、久しぶりに嗅ぐ調理された料理の香りに涙が溢れ止まらない
今まで嗅いだことのない香りだったが間違いなく旨いと感じさせる香り、お椀に掬ってもらったそのスープは茶色みがかっていて中にはスライスされた肉に鮮やかな橙色のこれは人参、味のしみた芋と大根に歯ごたえのあるこれはなんだ?何かの根だろうか?それぞれの具材が主張しているのに絶妙な調和が取れている、そしてこの調和はしょっぱいとも酸っぱいとも言えないがまろやかなこのスープがまとめ上げているのだ染み渡る旨味、飲み終えた後には体の芯からほかほかと温まるのを感じる
村では今までにこのスープに似た存在を知らない!帰ってきた父や村人に手当たり次第にスープの名前・具材・作り方を聞いて回り悪目立ちしてしまった私の元へ
「これはトンジルというの」
神様がお答えくださった!神様相手に無作法と解っていても前のめりになって作り方を聞いてしまう
「うちの息子がすいません!」
父が慌てて私の頭を抑えてさげさせるが私の好奇心に満ちた眼に神様が答えてくださる
「大抵のものは飢饉が過ぎればこの村でも揃えられるわ…でも」
「でも?」
「味噌だけはどうしても時間がかかってしまうわね」
「ミソ?でございますか?」
「そう、大豆に塩そして麹」
塩は知っているが海から遠く山深いこの村では高価だ、大豆と麹は聞いたことすら無い
「塩は聞いたことがありますが大豆と麹とはなんでしょうか?」
「こら!いい加減にしないかジュリア様はお疲れにも関わらずトンジルまで作ってくださったのだぞ、それを」
「構いませんよ、この子は貴方の息子さん?勉強熱心なのはいいことだもの、大豆は豆の一種ね種は有るけれどここの土地では少し育ちにくいかもしれないわ、それと麹これは厳密にはいろいろな分類が有るのだけれど簡単に言ってしまえばカビね」
「カビ!カビを食べるのでございますか!?」
カビといえば腐った食べ物しか想像できない私には食材に使ってみようなど発想出来るはずもないますます興味が湧いてくる
「カビと言っても貴方達も知らぬ間にその恩恵に預かっていたりするのよ、例えばパン…いえ黒パンが主流だからたとえが悪いか、そうね牛でもヤギでもいいけれど乳を置いておくと固まったりしない?」
「固まる時も有ればそのまま腐っちまうこともあります」
「ん~…」
ジュリア神様はむずかしい顔をして考えている
「その固まって食べられる方は「発酵」腐って食べられない方は「腐敗」、カビにも人にとって都合の良い物と悪い物が有ると考えてくれればいいわ…本当はもっと難しいのだけど」
最後の方は小声でよく聞こえなかった
「その大豆って豆に麹ってカビをくっつけると味噌になるってことですか?」
「そうね細かい手順もあるしゆっくり時間を掛けてあげないといけないけど一応それで合っているわ」
「そんなに手間暇が掛かるってことは高価なもんじゃないのですか?自分達みたいなのが食べてもいいんでしょうか?」
神様が持ってきた魔法のスープなのだ高貴な代物に決まっている。今更ながら怖くなってしまった私に
「今はまだ生産が追いついていないけど沢山作れるようになれば高いものにならないわ。それに公爵領では日頃から農村でも食べられるくらいには作れているから心配しないで」
次期に自分達の村でも作れると教えてもらって夢が広がる
「そして味噌は長い間保存が効くの、この辺りなら一年以上持つんじゃないかしら、味付けも具材で色々変わるし基本薄めて使うものだから携帯して野営なんかでも使いやすいわね、試しに味噌そのものを舐めてみる?」
コクコクと高速で首を縦に振る私にジュリア神様はこらえ切れず笑いだしてしまわれた、、、好奇心には勝てないのだ
どろっとした半液状の味噌を人差し指で掬い舐めてみる、スープに対してこちらは凝縮されていてかなり味が濃い、濃いけどこのままでも食べられないこともない
「味噌そのものに野菜をつけて一緒に食べたりも出来るからなかなか飽きることはないと思うわよ」
まさにその通り量さえ有れば一年中新しい料理を生み出せそうな可能性を感じてしまう!どれだけ万能なんだミソ!
「大豆だけじゃなく麦や他のものからも味噌は作れるけど味は納得してないからこれ以外は研究中ね」
な ん で す と!!ミソは無限の可能性を秘めた正に神の調味料!もっと知りたい
「ジュリア神様!このミソでぐぇっ!」
ジュリア神様に聞きたいことが山の様に湧いてきたというのに見かねた父によって私は強制退場を余儀なくされた…もっと聞きたかったのに!
その後もジュリア神様は数日滞在され、食料を置いて他所の村へ炊き出しに向かわれてしまった
後日、父から領主の男爵に陳情に行くも全員捕らえられ隣国へ奴隷として売られるところだった所を公爵の私兵を連れたジュリア様によって救い出され、男爵は公爵家の名のもとに断罪、この男爵領は後釜が出来るまではクロード公爵領に一時的に編入されると教えてもらったのだが私を含め村人たちは
「別に編入されたままでもいいのに…」
とずっと思っていた
私はその後もミソの魅力に取りつかれ十二になる頃には村を飛び出してクロード領の領都の味噌料理専門店の門を叩き弟子にしてもらいミソメニューの開発に邁進した、ミソ自体が新しい調味料だったことも有って私の作るメニューを店長も積極的に取り入れてくれてお店も繁盛、三年も過ぎた頃には2号店の話が持ち上がり店長として働くつもりだったのだが
「専門店の噂は聞いておる、ミソは我が領の特産品になりつつ有るが君の活躍に依る部分も大きい」
派手ではないがしっかりとしていて落ち着いた調度品に囲まれた部屋のソファーに座らされてガッチガチに緊張している私、このソファーだけで自分の一年分の稼ぎ以上はしそうだ、対面にはクロード家の御当主様緊張しないほうがおかしい
「あ、ありがとうございます!」
他に何を言っていいのか頭が真っ白で思い浮かばない
「ところで君は近々オープンする2号店の店長になるそうだね」
「はい、そうでございます」
緊張で声が裏返りそうになるが大丈夫、何も間違ったことは言っていない…はず
「実は頼み…と言っても私ではなく娘からなのだが、嫌なら断ってくれてもいい先ずは話を聞いてくれんかね」
これ絶対断れないやつだ
「…はい」
「娘が十五になり学園に入学するのだが君を専属の料理人として雇いたいと言ってきてな」
グッバイ私のミソ人生
あからさまに落ち込む私を見て御当主様は不思議そうに声を掛ける
「娘からは君なら喜んで着いてきてくれると言っていたのだがな」
「…そうですか、失礼ですがなぜお嬢様は私をお選びに?お会いしたこともないと思うのですが」
その言葉に驚いた御当主様
「君にミソの話をしたときの情熱を見込んでとの話だったんだが?」
公爵令嬢さまと私がお話?しかもミソの?
コンコンとノックがされ
「お父様、料理人の方が来ていると伺ったのですが入ってもよろしいでしょうか?」
この声どこかで、いやどこかでじゃないこの鈴を転がしたような声!
「入れ、どうやら聞いていた話と齟齬がありそうだ入って説明しなさい」
扉を開けプラチナブロンドをなびかせ女性が入ってくる、高貴な装いにピンと伸びた背筋やはりこんなに身分の違う人とお会いしたことなどと気持ちが揺らぎかけたが、美しすぎる顔立ちに気高くつり上がった眦
「あら、あんなに味噌について熱心に聞かれましたのにお忘れになって?」
忘れるわけがない、私の人生を変えてくれた神!
「忘れる訳がございません!ただあの頃は御髪も短く、公爵令嬢様が直々に来られているなんて露にも思わず」
「君の言う通りだ、私兵を連れ鎧を着込んで炊き出しをする公爵令嬢なんて思いもよらんだろう」
御当主様がフォローしてくれているこれ以上心強いことはない
「それはごめんなさい、でも貴方があの後も味噌の研究をし続けていると知って是非一緒に来て欲しいと思ったの」
気にかけていただきありがたい…ありがたいのだが
「ですが私にはミソが…」
「私が保証します!付いてきたくれれば味噌の衝撃なんて比にならない経験をできるわ!断言する」
ミソが比にならない?どういうことだ!?まだこれ以上の世界が有ると?ゴクリとつばを飲む
「どう?気になるでしょう、やってみない?」
「や、やります!やらせて頂きます!」
こうして私はジュリア様の学園での専属料理人となり新たなレシピを目の当たりにし続ける幸せな日々を送ることになるのだったのだが
一度ジュリア様に村人たちは感謝の気持を込めてジュリア様を
「ミソ神様と呼んで崇めています」
とお教えしたら
「絶対に学園ではその話をしないで!」
と釘を差されてしまった、どうしてだろう?
軽い気持ちで味噌を入れたらどんどん話が味噌に侵食されていって序盤あとは味噌の話、どうしてこうなった!!
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