星の花屋と少しばかり特別な一日
毎度のことながら下書きが溜まってしまったので放出します。お楽しみいただけるとうれしいです
王女様が逃げた――――それは嘘か、真実か。
どちらともわからない噂話を聞いたとき城勤めの人は大変だなと同情した。
ただ警備が厳重とされる王城でそんなことが起きるなんてありえない。
おそらく質の悪い噂話だろうと気にも留めなかったことを覚えている。
◇◇◇
早朝、月が浮かぶ薄暗闇のなかでライラはゆったりと腕を伸ばした。
「うーん、今日もいい天気だわ!」
ライラの住むニクスという国は、昼でも太陽が昇らない。
通称夜の国とも呼ばれ、日中でも沈まぬ月が見られる。だから昼でも薄暗く、夜の闇はより濃く深い。
昼の闇に慣れたライラの眼前に広がるのは広大な花畑だ。
咲くのは夜の国を象徴する星のような花弁を持つ花。ふくらんだ花の蕾が次々と開いて夜の国に魔力が満ちる。
何度見ても、美しい眺めだ。
「まるで天上の星が地上にこぼれ落ちてきたみたい」
花の名はサレチュリア。
ニクスの国花で真っ白な花弁は暗闇でも星の光のように輝く。背丈は大人の膝丈くらい。重なり合う花弁の陰影が華やかな印象を与える。この花は、別名星の花とも呼ばれていた。
種を植えると数カ月掛けて育ち、寒暖差のあまりない夜の国では三ヶ月に一度のペースで開花する。
そしてこの花の最大の特徴は花開くときに大量の魔力を大気中に吐き出すことだ。
このような花をニクスでは魔力排出植物と呼んでいる。
ニクスは自らの器に膨大な魔力を貯めることのできる一族が王族となり国を治め、魔物などの外敵からは高度な魔法技能を有する魔法師が守っていた。
そして魔道具製作における技術力の高さは近隣国随一、生活を便利にするような魔道具の輸出が盛んな国でもあった。
夜の国の根幹を担うのは魔力。
魔力こそが全ての礎であり、安定した供給量を確保することが国の繁栄に繋がるとされていた。魔力を十分に手に入れることができる環境を整えることは国にとって最優先事項。魔力を生み出す植物は大切に保護されて数を増やしていた。
そのうちのひとつがこのサレチュリアだ。
「これだけ立派に育ったのだから、今期も目標を達成できるでしょうね!」
ライラの仕事はサレチュリアをひとつでも多く咲かせることだ。
正式には魔力排出動植物生産業者と呼ばれ、一定区画以上育てている者には国から毎月奨励金が支給される仕組みになっていた。
ただ、一般の人々は堅苦しい呼び名に慣れていないため、屋号のようなもので彼らを呼んでいた。
たとえば炎と魔力を同時に吐き出すとされる火炎猪を育てる業者を猪牙屋、年を重ねるごとに吐き出す魔力の量が増えるという特殊な木を育てる者は公孫樹屋、と。
そして星の花を専門に育てる生産業者は星の花屋と呼ばれていた。
ライラが飽きることなく星の花を眺めていると、街へと続く道の先から男性が姿を現す。
「おはよう、ライラ。今期の星の花の生育はどうだ?」
彼ーーーーギルバート・コーエン、今はライラが「ギルさん」と呼ぶ彼は、魔力排出植物専門の研究者で、植物の品質向上と改良の分野を専門に学んでいる。
とある事情で知り合ってから、ライラに研究者の立場で肥料や育て方のアドバイスをしてくれていた。
「順調ですよ。さすがですね、連絡していないのに開花予定日にぴったりです」
「最近は忙しくて、なかなか顔を見せられなくてすまない」
「何かお忙しいのですか?」
「王女様が消えたという噂を聞いていないか? 国の機関に勤める我々研究者にも調査依頼がきてね、駆り出されていた」
「役所でそんな噂を聞きましたが……王女様が逃げたという噂は本当のことだったのですね!」
ライラは目を丸くした。
ギルバートは深くため息を吐く。
「自分の意思で逃げたのか、連れ去られて消えたのか。あまりにも与えられた情報が少なすぎて、どこまでが本当のことか判断がつきにくい。その状況で探せというのは難題だ」
「研究者でも解けない難題があるのですね」
なんだか言い方が面白くて思わずライラはクスッと笑った。
苦笑いを浮かべて、ギルバートは首をかしげる。
「体調に変わりはないかな。魔法の使い方は順調に習得できている?」
「元気ですよ。魔法の使い方にも慣れてきましたし、順調です。ありがとうございます」
ライラはにっこりと笑った。
研究者である彼は、同時に魔法の使い方を教えてくれた師匠でもある。
教えてもらった魔法を駆使していつも以上に美しく咲いた満開のサレチュリアを目の前にして、ライラは誇らしげに胸を張った。
「おかげさまで、今期の目標も無事に達成できそうです。ちょっと余裕があるので、花屋さんに出荷する生花の量を増やそうか迷っています。最近は観賞用として国外での需要も高まっていると聞きますし」
「でも生花にするなら蕾のままで出荷しないといけないから、そのぶん排出量が減ってしまうよ?」
「そうなんですよね、そこが悩ましいところです」
彼が軽く花に触れると、花はくすぐったそうに身を揺らした。
サレチュリアは環境さえ整っていれば国のどこでも咲くし、花自体もきれいで人気があった。
だが仕事として育てようとなると、途端に扱いの難しい植物となる。
温度調節や水やりの手間がかかる上に生産者と植物との相性みたいなものもあって、合わない人間は芽吹かせることすらできない。
そのためか星の花屋は数が少なかった。そして生産者が少なければ、需要が上がって引き合いも増えるというもの。
「花屋さんを開けばと誘われましたが、まだ自信がないからとお断りしたのです」
「もったいない、やってみればいいのに。意外と天職かもしれないよ?」
「そこまで言われると、なんだかできそうな気がしますね!」
ライラも花屋さんには憧れがあった。色鮮やかな花で、店内がまるで宝石箱みたいだから。
それに星の花屋は花屋を本業にして生産を副業とする人が多いらしい。
でも、ライラは副業ではなく本業としてサレチュリアだけを育てて暮らしていた。
なぜなら、それ以外の生き方を知らなかったからだ。
物心ついたときからライラに父はいなかった。母と二人きりで人里離れた山の中で暮らしていたけれど、仕事になりそうなことで教えてくれたのはこのサレチュリアの育て方だけだった。
そんな母も、ライラが十五歳になったときに突然姿を消してしまった。
理由も言わず、ある日突然いなくなった。
途方に暮れる暇もなく、忘れ去られたようなこの場所でサレチュリアを育てながらたった一人で暮らしている。
ライラは星空のような花畑で揺れる星の花を眺める。
この花だけは昔も今も変わらずライラに寄り添うようにして咲いてくれた。
「……こうなるとサレチュリアが家族のようなものだわ」
「ライラ?」
「いえ、なんでもありません」
ギルバートは魔力を測定する機材を設置して、数値を測る。
結果が出るまで二人並んで飽きずに星の花を眺めていると、山道を登ってくる誰かの足音がする。
「あれ、誰か来たみたいだ」
「本当ですね、足音がします」
一人暮らしで他人との関わりが薄いライラにとっては足音だけでも脅威だ。警戒するようにライラは身を固くした。
その肩をギルバートの手が優しくなでた。
「君の知っている人物だよ、だから肩の力を抜いて?」
そう言いながらギルバートは魔力量機材の入った箱を手に取った。
「もしかして、もう帰るのですか?」
「見つかると面倒な相手なんだよ」
「……あ、なんとなく相手がわかったような気がします」
見上げたライラの頭を彼の手がひとつなでた。
ライラは慈しむような、この優しい手つきが好きだ。
名残惜しそうな顔で、彼は触れた手を離した。
「またくるよ」
「はい!」
彼が別の方向に姿を消すと同時に、がさりと庭木が揺れる。
ふんわりとした焦茶色の髪を揺らして、機材を抱えた女性が森の小道の奥から姿を現した。
「やっぱり、シエルさん!」
「え、やっぱりって……まあいいわ。おはよう、ライラさん。今期も順調に花が咲いたみたいね!」
「はい、排出量の定期報告ですね」
「そうよ、準備はいいかしら?」
「もちろんです。よろしくお願いします!
柔らかい笑みを浮かべた彼女が、測定器の入った黒い鞄を軽く叩いた。
女性の名はシエル、彼女は役場に勤める職員さんだ。ここから一番近い街にある役所で魔力排出事業の推進や指導を行う部署にいて、ライラの畑に定期報告の実績を測定するためにやってくる。
魔力排出動植物生産業者には定期測定を受けるという義務があり、その結果で目標が設定されるのだ。そして設定された目標値と達成率により支給される奨励金の額が決まる。
毎度、定期報告のたびにライラが緊張するのはこのせいだった。
「そういえば、何か変わったことはなかったかしら?」
「特にありませんでしたよ」
「体調も問題はない?」
ここ最近は、いつも必ずこう聞かれる。今のライラにとって母のような人だ。
「はい、元気ですよ。ありがとうございます」
「よかった、それでは計測を始めるわね」
彼女は慣れた手つきで機材を設置していく。
ヴウンと起動する音がして、一気にメモリの針が跳ねる。詳しくは知らないが、彼女の使う魔力測定器や撮影機材は全て魔道具というものらしい。
緊張して、ライラは薄く汗ばんだ手を握った。
計器の目盛りをのぞきこむと、一瞬にして彼女のまとう空気がゆるんだ。
手ごたえを感じて、ライラはほっと息を吐く。
緊張するこの瞬間だけは、いつまでたっても慣れない。
しばらく待っているとブザーが鳴って計測が終了した。
「測定値は基準を満たしているわ。あとは畑の写真を何枚か撮らせてもらえたら報告完了よ」
シエルは満足そうな微笑みを浮かべる。
緊張が解けて、ライラは深く息を吐いた。この結果が処理されて定期報告が完了すればライラは奨励金が貰える。
彼女はライラの肩をポンと叩いた。
「がんばったわね、おつかれさま。この調子で来期も頑張ってね!」
「はい、ありがとうございます!」
そういえば、と思い出した顔でシエルは首をかしげた。
「例の花、なんだけど……」
「それならあちらに植え替えてありますよ」
察したライラはシエルさんを連れて家の軒下まで案内する。
そこには鉢に植え替えた二本のサレチュリアが揺れていた。ただし見慣れた白色ではなく、黄金色の蕾がついている特別な株だ。
シエルさんはほっとしたように表情をゆるめる。
「ああ、よかった。今回も無事に芽吹いたのね!」
「雨が多かった影響か、二本だけですが」
「いいのよ、本数は少なくても。そもそもあなたの畑にしか育たないのだから」
いつのころからか、ライラの畑に黄金色の花弁を持つサレチュリアが咲くようになった。何百と植えたうちの数株だけなのだが、資料で調べても載っておらず、困って彼女に相談したのだ。
そして綿密な調査の結果、その花はサレチュリアの変異種と認定された。
「変異種で、数が少ないだけ希少価値が上がるというものよ。排出量も通常のものより多いし、奇跡のような花ね!」
「本当に、そうですね」
ライラは大きくうなずいた。
調べてもらったら驚くべき結果が出たのだ。花を咲かせるとき、通常のサレチュリアの数十倍にもなる大量の魔力を排出する。
どのくらいかというと、広大とされる王城の敷地が一本咲いただけで満たせるほどだという。しかも通常ならば一週間程で枯れる花が、なぜか一ヶ月以上も咲き続けるのだ。
結果、白いサレチュリアを星の花と呼ぶとすれば、黄金のサレチュリアは満月の花と呼ぶに相応しいと評判になった。
ちなみにサレチュリアの花言葉は、神の愛という。
まるで花言葉を象徴するかような黄金のサレチュリアは通常のものよりも何十倍もの値段なのだが、それでも注文が殺到しているそうだ。
「他の星の花屋も黄金のサレチュリアを育てようとしているそうだけど、収穫できたという話は聞いたことがないのよ。本当、どうしてこういう変異種が生まれるのか不思議よね」
「特別なことは何もしていないのです。種は普通に買ってきたものだし、肥料や水やりの仕方も他の株と同じです。しかも今回は二本育ちましたが、一本も咲かないときもありますからね。本当に不思議です」
ライラは髪を隠すように深く帽子を被り直し、顔をあげると彼女と視線が合った。
「最初のころは危なっかしいと思っていたけれど、立派な星の花屋になったわね」
「そう言ってもらえるようになったことが一番うれしいです」
「出会ったころのライラさんはいつも不安そうだったもの」
「ええ、私もそう思います」
それは、そう育てられていたから。
彼がいなければ、きっと今もそうだっただろう。
まるで天国のように見えるこの場所、そう思われるように作り込まれた楽園。
でも知識を得るほど、ここにいてはいけないという思いが強くなる。
だから誰にも知られないうちに、私は楽園を捨て、この国も出て行くつもりだ。




