106話 皇帝の戦い
【 ル・ゴール帝国帝都 ディアン公爵邸 】
ガシャン
館の裏手にある部屋の窓が割られ、二人の男が館の内部に侵入した。
館内部は暗く、静まり返っている。
二人は濡れた外套を脱ぐと、部屋の扉を開けて廊下の様子を伺った。
「トールット様。この匂いは」
「腐った肉の匂い。屍人がいるのでしょう」
「やはり。では、我々が借りた2階の部屋に向いますか?それとも炊事場に向いますか?」
「まずは炊事場ですね。喉が渇いてますし、何か食料があれば良いのですが」
「そうですね。服の着替えはその後にしましょう」
「聖水の残りはまだありますが、屍人に見つからないように移動しましょう」
「はい」
トールットと従者の男は帝都に戻り、ディアン公爵邸に再び戻ってきた。
帝都の空は黒い雲に覆われ、雷鳴が轟き雨が降り続いている。
■■■
【 ル・ゴール帝国帝都 東方騎士団 】
帝都近郊の町、東方騎士団駐屯地。
「帝都は暗雲に包まれたままか」
「偵察から戻った者の話では、屍人と幽体が多数。幽体の一部は幽鬼となって襲い掛かってきたと」
「やはり骸骨どもの仕業でしょうか?」
「これまで聞いていた話と状況が違うな。やつらとの戦闘ではこのような暗雲の話は出てないぞ」
「それに骸骨どもの目撃報告もないな」
「では、新手の魔物、敵でしょうか?」
「敵が何者かは不明だが、帝都に幽鬼と屍人が溢れているのは確かだ。教会の協力がなければ動けないな」
「神官の話では聖水の1日の作成量には限界があると。それに神官もこの街には3人しかおりません」
「周辺の街の教会、それに帝国直轄領内の教会と神官達に協力をいただかねば対応できんだろうな」
「すぐに手配します」
「我々は引き続き警戒を続ける。こちらに屍人が来た場合は対処するように。では、解散」
◇
「報告します。帝都内に侵入する飛竜13体を確認しました。」
「飛竜?」
「北の山脈にいる、あの飛竜か?なぜ帝都に」
「わからん」
「報告します。飛竜13体は30分程で帝都の暗雲より飛び出し、北へ向かいました」
「留まらなかったか」
「えー、遠見した騎士の一人からの不確定情報なのですが、飛竜には翼膜がなく、骸骨のようであった、と」
「なに?」
「きょ、距離がありましたので、はっきりとは見えなかったそうです。また、他の者は白い翼を見た、とも言っております」
「わかった。飛竜の姿形はともかく、そいつらは北へ飛び去ったのだな」
「はっ」
「そうか。下がってよろしい」
「飛竜の目的はなんだ?」
「群れで飛んで来て、去った。狩りか?」
「屍人が獲物か?」
「まさか」
「帝都で何が起きているのか、ここからでは分からない事ばかりだな」
◇
「騎士達への聖水の配布が終わりました。他に馬車2台分、10壷の聖水が用意できております」
「周辺の町から神官22名が集まっており、彼らの準備もできております」
「552名10日分の糧食および輜重隊の用意もできております」
「よし、では帝都に向かう。第一目標は王城。帝都の状況を確認しつつ速やかに皇帝陛下のご無事を確かめる」
帝国東方騎士団480名、神官22名と従者50名は帝都に向かった。
彼らの消息は以後、不明である。
■■■
【魔人 スーニャ】
アラ、アラアラ、アラァ~。
サンプルが何体かできたから、リリィに会いに来たんだけど、これは凄い事になってるじゃない。
幽体がうようよいるし、住人は屍人になってるし、幽鬼どもは生者も死者も屍人もお構いなしに喰ってるじゃない。
うーん、どうしてこうなっちゃったのかなぁ?
この状況、どっかで見たよねぇ。
あぁ、あの子か。
中にいたアレが目覚めたのね。
で、リリィはアレを制御できずにこの有様っと。
ふふふ~ん。
私は知~らないっと。
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【 ル・ゴール帝国 皇帝 ファルゴ=グローバー=ゴール 】
大正門から侵入してきた幽鬼と屍人の集団は我々を圧倒した。
私は9人の元勇者の幽鬼達と相対したが、私の『見切り』をもってしても適わなかった。
退魔の魔法陣の力は、私の剣が届けば有効であったが、それよりも早く幽鬼どもの剣が私の身体に届いては、十分に効力を発揮できなかった。
私の腕は斬り落とされ、足は断たれ、腹からは臓物が零れ落ちた。
その度に、聖女を名乗る幽鬼の女に治された。
あの女は私に囁く。
「まだ、終わらせない」
彼女の魔力による治癒は私の身体に刻まれた退魔の魔法陣の威力を削ぎ、ついには無効となった。
私は何度も倒れ、治され、立ち上がった。
私の周囲にいた神官、近衛騎士、帝国騎士、そして貴族達。
彼らは、私が気付いた時には、皆いなくなっていた。
倒れていた彼らの身体は、屍人となって歩み去った。
もう、駄目か。
絶望が私を押し潰そうとした時、奴が来た。
魔王が、エリーザ達を周囲に浮かべ王城に現れた。
4本腕で黒い靄を纏った姿には畏怖さえ感じる。
ヤツは言った。
「皇帝よ。貴様の望みは何だ?」
私は応えた。
「その女!エリーザを八つ裂きにする!」
「よろしい。では、そこの9人を倒してみせよ。さすれば、エリーザを貴様にくれてやろう」
◇
ザクゥ
エリーザの剣が私の腹を突き刺し、剣先が背中から突き抜ける。
私の目の前にエリーザの顔がある。
私に力が残っていれば彼女の首を刎ねる好機だが、私の剣は右手と共に床に落ちている。
「ふふふ。そろそろ治療してもらいなさい」
エリーザは私にキスしてから身を引いた。
元聖女の女が寄ってきて私に治療を施す。
もう、何度目だろうか。
9人の元勇者達も強かった。
私は何度も倒れた。
だが、魔法使いの2人を除けば、彼らの動きは騎士の動きだった。
私のスキル『見切り』の力で彼らの動きを予測し、勝利を積み重ねることができた。
エリーザの動きは違う。
何が「私は剣が得意」だ。
彼女は『身体強化』に拠って、自身の身体能力を底上げしている。
その結果、瞬間的な強力を得て、驚異的な速度で行動できる。
剣の技量は我流の拙いものだが、その速さが脅威であり、全てだ。
私の『見切り』で、その動きを捉えることはできる。
だが、それだけだ。
私の身体能力では対応することができない。
あの女の行動が、剣筋が、分かった時には、腕を、足を、腹を、斬られている。
私はまたも床に倒れた。
床に血が広がり、元聖女の幽鬼が近付いて来る。
私の気力も、もう限界が近い。
私の視線の先に一体の屍人が、ふらふらと歩く女の屍人が見えた。
あれは。
彼女は。
魔王の背後に浮かぶ黒き穴から、骸骨の長い腕が彼女に伸びて、その身体を捕えた。




