第三七話 「調練軍師」
肩を抱いている二人の男たちによく通る澄んだ声が届く。
「あれ? ヴァンじゃん。男二人で抱き合って何してんの?」
二人が顔を向けるとワンピースではなく革の胴着一式を着込んだレージュが、馬を二頭を曳きながら鎧姿のオネットと共に修練場へやってきた。
「ちょっと調練をな。レージュこそ馬なんてつれてどうしたんだ?」
「にひひ。そこのリオンを鍛えておこうと思ってね」
大陸最強を鍛える。平然とこういうことを言えるレージュの強さには感心すらする。
砂埃まみれで顔にも青あざをこさえたヴァンを見てオネットが青い顔になった。
「リオン、殿下になんて事を」
「いや、オネット。俺が頼んだことだ。リオンには無理を言って手伝ってもらっただけだ」
とはいえ、散々打ちのめされて全身が痛む。しかし痛がる動作をしてしまうと、オネットをさらに心配させてしまうだけなので必死にこらえる。
「しかし殿下……」
「レージュ、リオンを鍛えるとはどう言うことだ?」
ヴァンは無理矢理話をそらす。
「ああ、このまえフクスから聞いた情報にね、クラーケっていう六本腕の将軍がいて、そいつがこっちに攻めてくるだろうからその時の練習をと思ってね。クラーケと戦うのはリオンだし」
あの時のか。なんでも無いように言っているが、レージュはあの時吐いていた。小さな体を震わせ、怯えるように俯いていた。しかし、今の彼女はそんな素振りを一切見せない。いつもと変わらない太陽の笑顔で話を続けている。これが、俺が支えてやると言った効果なら喜ばしいことだが、そうでなくてもレージュはいつも通りにしているだろう。
「ま、リオンはそのままクラーケ将軍と戦っても勝てるだろうけど、できることはしておく主義のあたしとしては、やっておくに越したことはない。クレースも遊びたがってるしね」
クレースを手でもって回しながらレージュはにひひと笑う。
「だがどうやって練習するんだ? 六人が同時に襲いかかるのは六本腕とは違うだろう」
それにここには六人もいない。如何にして練習するというのか。
「まあ、古代遺産で得た力なら古代遺産で再現できるでしょ。ほら、リオンも準備して」
「ああ」
レージュから馬の手綱を受け取り、馬に革のベルトを巻き、そこに模擬剣をたくさん差していく。レージュも六本の模擬剣を馬に積み込む。
ヴァンは邪魔にならないようにオネットのそばまで離れる。
「いやに素直だな。リオンはもっとレージュに反発しているのかと思ったが」
「殿下、リオンも子供ではありません。必要なこととそうでないことはちゃんと理解できます。レージュを好ましく思っていなくとも、自分に有益だと判断したレージュの練習や情報、指示にはしっかりと従います」
なるほどな、とヴァンは頷く。
「殿下、お怪我の方は本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ。オネットは心配性だな。あのリオンに万が一などあるものか。打たれていてよくわかった」
「……そうですか」
ため息を飲み込んだような顔でオネットは腕を組み直す。
「ところでオネットも練習に参加するのか?」
オネットは小さく首を振る。
「私はただの見学です、殿下。この二人の練習は見ていてとてもためになるのです。本当は兵たちにも見せたいのですが、今はそうもいかないのでして」
二人が馬に装備を積み終えると、レージュはリオンが重りを付けたままなことに気づく。
「リオン。あんた、戦場でもその重りを付けていくの?」
「調練ならこのままでも十分だ。俺は勝つ」
「まあ確かに。それ付けていれば負けたときに言い訳になるしね。ヴァンやオネットも見ておくと良いよ、この大陸最強が負けぶばばぼ」
リオンがレージュの浅黒い頬を摘み、口をタコにさせて最後の言葉を言わせないようにする。
「なあ、リオン。俺じゃ引き出せなかったお前の本気を見てみたいな。本当の大陸最強の力を」
「……殿下がそうおっしゃるなら仕方ない。ただ、本当の力は戦場にてお見せしましょう」
頬を摘む自分の指を引きはがそうと苦戦するレージュから手を離し鉛の重りを外し始める。ヴァンには素直にしたがうリオンの行動を見て、レージュはわざとらしく頬を膨らませるが、再びリオンに頬を挟まれタコ口から空気が抜ける。
☆・☆・☆
「クラーケ将軍とはたぶん騎馬で戦う事になる。しかも森の中でだ。だから場所を森の中に移して練習するよ」
すぐに森の中へ移動するのかと思いきや、レージュがリオンを座らせようとする。
「ほら、しゃがんで」
「自分でつけるから寄越せ」
「やだよ。クレースには触らないで。今更恥ずかしがることもないでしょ。マルブルの時にはよくやってたじゃん」
「……仕方ねえ」
リオンが後ろを向いて乱暴に腰を下ろすと、レージュはクレースの十字架を一つ取り外してリオンの肩胛骨の間に張り付ける。
「あれは何をしているんだ?」
ヴァンの疑問にはオネットが素早く答える。
「レージュのクレースは対古代遺産にしか使えないのはご存じですね。しかしリオンは古代遺産を持っていない。ですので、古代遺産の一部を付けることにより、疑似的に相手が古代遺産持ちと認識するためです。そうすれば、古代遺産を持っていない相手でもクレースの力が使えるというわけです」
なるほど。クレースは対古代遺産にしか使えないと言っていたから、どうやって訓練するのかと思っていたがこうするのか。そして、クレースに極力触られたくないから手が届きにくい背中に付けているということだな。
「……うへえ、やっぱり他人に付いていると変な感じ。小指だけ取って張り付けたみたいだ。さっさと始めよ」
むず痒い顔をしたレージュは実に身軽に馬に乗る。次いでリオンも馬に飛び乗り二人は森の中へ入っていく。
「我々も行きましょうか」
「ああ」
レージュがリオンとどのような戦い方をするのか、大いに興味がある。若干足を弾ませながらヴァンも森の中へ向かう。
十分に森の中へ入り、木々の立ち並ぶ地点へ来ると、レージュが馬を止め、リオンと一定の距離をとって向かい合う。
「この辺でいいかな。始めるよ」
レージュは細い指を弾くと、頭の上のクレースが勝手に動きだし、ギシギシと音を発しながらサークレットから形を変え、十字架でできた六本の細い腕を作りだす。そのアームを背中に背負うようにして担ぎ、それぞれを動かして模擬剣を握らせ、自分の手は手綱を掴む。
「うん。こんなもんかな」
「おい、手が八本あるぞ。相手は六本腕だろ」
「もしもクラーケ将軍がリオンと同じように手綱を持たなくても馬上で剣を振るえる相手だとしたら? そんなのズルいと戦場で言うつもり?」
レージュもこうやって煽るからリオンやスーリから嫌われているのではないのだろうか、とヴァンは考える。
「想定は常に最強で。当然でしょ。大陸最強さん?」
「……いいだろう」
戦闘は突然始まった。
まずはリオンが馬を走らせレージュに詰め寄る。地面に木の根が波打ち、頭の上には枝の伸びる森の中だというのに、平原と変わらぬ速さで馬を走らせるリオンは、まさに戦いの天才と言わざるを得ないだろう。レージュも馬の手綱を操り、リオンより拙いものの、木々の間をすり抜けていく。
すれ違いざまに六本と二本の剣が打ち合う。リオンの剣が音を立てて両方とも折れる。レージュの方は一本も折れていない。恐らく六本に力を分散させたのだろう。
折れた剣を後方のレージュに投げつけると同時に素早く馬を引き返しながら新たな剣を取る。レージュは折れた剣を弾き、馬を走らせる時間が取れないのでその場でリオンを迎え撃つ。狭い森の間を縫ってリオンが馬を飛び上がらせ、頭上から襲いかかり、再び剣と剣がぶつかり合うが、今度はリオンの剣も折れていない。
鍔迫り合いから互いに剣を弾くと、リオンは左手で上段から剣を打ち下ろし、レージュはそれを上二本の剣で受ける。同時に右手で下から切り上げるが、これは下二本の剣で止められる。レージュは残った真ん中の二本の剣をリオンに突き出す。リオンは剣から手を離し、レージュが突きだしてきた剣の持ち手を掴み、強引に馬から引きずり落とす。レージュが地面に叩きつけられそうになってヴァンは声を上げそうになるが、彼女はアームを巧みに扱って地面に剣を一本突き刺して止まり、片手で逆立ちしているような格好から残った腕でリオンを攻撃する。リオンも馬から新たな剣を抜いて五本の剣の猛攻を防ぎきる。
不安定な馬上での戦いだと言うのに、リオンは何も問題ないように戦っている。複雑に動く十字架のアームは、勝手に動いているのではない。一本一本をレージュが制御しているのだ。仮に自分の腕が六本になったとして、すぐさまあんなにも巧みに扱えるかと問われれば無理だと答えるだろう。レージュとクレースだからこそできる技なのだ。
このままでは押し切れないと見たレージュは、アームの剣を一本放り捨てて土を掴んでリオンに投げつける。騎士の決闘なら非難される行為だが、この戦いは戦場を想定している。生き残るために努力するのは当たり前だ。瞬時にリオンは馬から飛び降り、レージュとの間に馬を挟んで後ろからの奇襲を警戒しながら目潰しを避ける。しかし、レージュは馬の壁をものともせずに飛び越え、リオンの着地の隙を狙って背後からアームで襲いかかるが、彼は後ろを見ずに両手の剣で全て受け止める。そのまま前転してはじき返すと同時に距離を取ったかと思うとすぐさま引き返して突っ込んでくる。今度はリオンの方が攻勢となる。リオンの双刃は、まるで口を開けて飛びかかる二頭の獅子のようで、鷹の目のヴァンが見切れないほどの速さで次から次へとレージュに襲いかかり、彼女も追いつけていない感じがある。恐らくそこに攻撃が来るであろうと予測してアームを動かしているのだろう。その先見っぷりも凄まじいものだ。
「あの状態のリオンと正面切って斬り合った者で二十秒保った者はいません。恥ずかしながら、私も」
オネットが解説するが、ヴァンの目は二人の動きに釘付けになっていた。
レージュも玉の汗を飛ばしながら徐々に後退していく。しかしそのうち背中が木に当たって追いつめられてしまう。二十秒経過。追いつめられたレージュにリオンの渾身の一撃が頭上から襲いかかる。レージュは持っている剣で防ごうとするが、リオンの右手から打ち下ろされた剣はその全ての剣を叩き折って地面に当たり自らも折れる。
折れた剣の木屑が舞う中で、ひきつった笑顔の天使と獰猛な獅子の笑みが交差する。レージュの持っている剣は砕けて無くなり、リオンは残った左手の剣をレージュの眼前に突きつける。
勝負はついた。いつから止めていたのか分からぬ呼吸を再開すると、ヴァンは深く息をつく。ほんの数分だけだったが、凄まじい戦いだった。
レージュは古代遺産を使っているからまだ分かるが、リオンは、本当に生身の人間なのかと疑いたくなるような動きだった。自分と練習したときの動きよりも何倍も速く、何倍も力強い。しかも、まだ本調子ではないという。これが、大陸最強の男なのか。
ヴァンがレージュたちに歩み寄ろうと足を進めると、オネットが手を出して制する。疑問に思ってオネットを見ると、彼は短く言った。
「まだです」
16/09/29 サブタイトル変更「旧:蒼天の軍師VS大陸最強」
16/12/27 文章微修正(大筋に変更なし)
17/03/29 文章微修正(大筋に変更なし)
17/07/09 文章微修正(大筋に変更なし)




