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三日目


 朝日は何が起きようと勝手に昇る。今日と言う日が来ない事を強く願っていたのに、私の願いが叶う事は無かった。

 一晩中、今日の事を考えていた。願いが叶えられないと分かった時のここの人はどんな動きをするだろうとか、逃げだす方法はなにか無いかとか、嬲り殺されるぐらいなら、自殺した方がいいんじゃないかとか、色々考えた。

 でも、結局今日の行動をどうするべきか結論が出る前に朝日は昇ってしまった。

 森の間から、当たり前に昇る太陽が憎らしい。もしかしたら、太陽を見るのはこれで最後なのかもしれない。そう思うと、また涙が出てくる。何でこんな事になってしまったのか。本当にもうどうする事も出来ないのだろうか。


 どの道殺されるなら、少しでも足掻いてやる。好きで来た異世界でも、好きでなった女神でも無い。願いを待ち望む人なんて知った事か。今日一日、逃げ通せば家に帰れるのだ。無理難題を吹っ掛けて、混乱する人たちに紛れて一日逃げ切ってる。

 太陽を睨みつけながら、逃げ切る決心をする。

 大体、神に頼んで助けてもらおうとする事がおかしいじゃないか。自分たちで解決しろよ。


 そうよ。無関係の私を巻き込むなよ!



 扉をノックする音が聞こえて、静かに扉が開かれる。その先には、十人ぐらいのメイドが居て私の朝の支度をしに来たようだ。私が起きていると思わなかったのだろう、目が合うと少し驚いた顔をして、すぐに一礼する。

 次々顔を洗う布やら、髪を整える道具やら化粧道具を持ってきて私を綺麗に着飾って行く。淡い水色の布を巻きつけられて、ドレスの様に形を整える。それから、何重にも紐を垂らして宝石の付いた腕輪や足輪や首飾りで飾ってゆく。

 鏡を見れば、どこから見てもため息が漏れそうなほど美しい妖艶な女神が出来上がっていた。

 昨日よりも念入りに着飾っているのは、やはり今日がこの人たちにとても重要な日だからだろう。

 この美しい体が、自分の最後の姿なんて嫌だ。私はもっと背が低いし、髪も藍紫色なんて異色の色じゃない。こんな美人じゃないけれど、そこそこ可愛い顔をしている。やっぱり自分の身体じゃないのだから、こんな姿で死にたくない。

 絶対、生き延びてやる。

 

 仕度が整うと、メイドたちが静かに下がって行った。かわりに現れたのは神官長。

 こちらも、昨日よりも美しい刺繍の施された服をまとっている。細く真直ぐで肩にかかる前に綺麗にカットされている栗色の髪に、印象的な緑の瞳。嫌味なぐらい綺麗な男。微笑して一礼する。

「お早う御座います。昨夜は良い夢を見られましたでしょうか」

 テノールの聴き惚れてしまうような良い声で白々しく言う。一晩中泣いていたのだ。化粧で隠れていてもきっと目が腫れているし赤みも残っていただろう。寝れていないと分かっているのに、態々聞いてくるなんて、嫌ない奴だ。

「そなたのお陰で、今までで一番良い夜を過ごせた」

「それはようございました」

 微笑して一礼する。近くの物を神官長にぶつけて癇癪を起したくなった。でもそんな事をしても意味が無いので、手を強く握って耐える。


「今日の予定を述べさせていただきます。太陽が真上に位置する頃、光の祭壇でユーデリの女神様に我々の願いを叶えて頂きます。それまでは、私がお傍に控えておりますので、何なりとお申し付けくださいませ」

 つまり、残りの時間べったり傍について監視するから逃がさないと脅しているのね。

「そうか。それは助かるのう。妾が奇跡を起こすにはそれなりの準備が必要じゃ。それをそなたに用意して貰う事にしよう」

「それはどのようなものでしょうか」

「千人の生きた心臓。万個の竜の生きた心臓。生きた心臓じゃ。動かなくなっていては困る。それらを直ちに用意して、妾に差し出すが良い」

 神官長の表情が固まった。無理を言っているのは知っている。本当に生きた心臓を千個も持って来られたら、私は気味悪さで発狂すると思う。

「生贄を差し出せと言う事でしょうか」

「そうでわない。準備に必要なだけで、終われば元の者たちに心臓を返そう。だから生きた心臓なのだ。民を救う為に来たのに民を殺しては意味がないであろう」

 神官長は少し思案する仕草を見せて一礼する。

「人の心臓は用意できますが、竜の心臓を万個用意するのには時間がかかります」

 いやだ。用意できんの!? 気持ち悪い。本気でそんなの持って来ないでよ。

「妾は数を変える気は無い。太陽が昇る前に用意出来なければ、そなたたちの願いも叶えられぬであろう」

「分かりました。諸国に呼びかければ、竜狩りも可能でしょう。太陽が上がる前に用意たします」

 うぇ……。用意されたら嫌だな。そんな光景見たくない。他の事言えば良かった。

「では、私は指示してまいりますので、一時下がらせて頂きます」

 神官長が一礼して部屋を出て行く。


 ど、どどどうしよう。生きた心臓とか言ったから、絶対用意できないと思ったのに、出来るんだ。そうだよ、この世界には魔法ってもんがあるんだもん摩訶不思議な現象が起こせるんだ。

 部屋の中をぐるぐるとまわりながら次の作戦を考える。

 部屋の扉は開けて貰えないし、飛び降りる事も出来ない。そうだ。私は部屋をくまなく探しまわり、火打石の様なものを戸棚から発見する。部屋に火を付けて注意を引こう。その間に脱走だ。

 柔らかな布と紙の上で石をぶつけ合う。何度か遣ると火が付いた。紙が燃えて布に火が移る。絨毯にまで燃え広がり、炎の勢いが増してくる。黒い煙に咽ながら、扉に向かう。

「大変じゃ! 絨毯が急に火を放ち燃え始めた!!」

 私が扉の向こうに叫びかけると、驚いた顔をした聖騎士二人が扉を開けて飛び込んできた。火を見つけると、すぐさま廊下に居た他の警備している人に指示を送る。あわただしく動く人たちの隙間を私はひっそり抜け出した。


 こんな女神様の格好ではすぐばれてしまう。すぐに空いてる部屋に逃げ込んで、服や宝石類を脱いで他にきれそうな物を探す。見当たらなかったので、カーテンを引きちぎり、体に巻いた。こんな風に白い布を巻いている人がいたからだ。それに目立つ藍紫色の髪を引きちぎったカーテンを巻いて隠した。布を髪に巻いてる人もいたからきっとごまかせる。

 他に良い服が見つかるまでの仮の服だ。

 外の様子を窺う。衣装ダンスを探している暇なんて無い。女の人を捕まえて、その人の服を剥ぎ取る。今まで生きてきた中で、悪事を働いた事なんて無い。微かに良心が痛むけれど、腹を括ってやってしまおう。

 一人の女が廊下を歩いている。体格は女神より低いけれど、あのくらいなら着られる。通ろうとした時、腕を引っ張り部屋の中に引きずり込み、騒ぎだす前に、口をふさぐ。

「よいか。静かにするのじゃ。危害は加えぬ。ただ服を交換したいのじゃ」

 女神様の願いだ。きっと聞いてくれるはず。そして、脱がしたら騒がれないように縛ってこの部屋の隅にでも放置しよう。女が頷く。

「手を離すが、騒ぐでないぞ」

 女はまた頷く。絶対騒ぐなと念を押してから手を離した。

「ユーデリの女神様、どうしてこのようなお戯れを?」

 不思議そうな顔で見てくるのは、ラユだった。運が良いのか悪いのか。話した事のある人を、縛るのは心苦しい気もするけれど、かまっていられない。

「理由は言えぬ。そなたの服を妾に脱いでよこすのじゃ」

「ですか、私の服はジャシャの印が押してあります。一般的な神殿着とは違います」

「この際気にせぬ」

「ユーデリの女神様の衣装はどうされたのですか?」

「そこにある。かわりにこれを着ればよい」

「そんな恐れ多い事出来ません。一般的な神殿着が着てみたいと言う事でしょうか? 女神様の格好のままでは民に畏怖を与える事になるので、着飾らない御姿で民と接したい、と言う事で御座いましょうか?」

 ラユの目が少し輝いて見える。私の事を尊敬しているそんな目だ。こんな目で見られる資格なんて無いけれど、ここは利用させてもらおう。

「そうじゃ。だが神官長に反対されてな。強行突破した所じゃ。内密に頼む」

「分かりました。私が、服を用意致します。少々お待ちくださいませ。直ちに衣装を調えてまいります」




 ラユが用意した、一般的な神殿着と言うのを着て、髪は隠せるように大きな帽子をかぶる。妖艶な美しい顔は隠せないけれど、前よりは断然目立たなくなった。後は森にでも逃げて、時間を過ごす。それで、私は無事に帰れる。


 でも隣を歩くラユをどうやってまこう。迷路の様な神殿を迷わないようにと、ラユが民に会うのに同行すると言って聞かなかった。ラユ的には女神様を一人で歩かせるのはとんでもなく悪い事らしい。何度、断っても、難癖付けても頑として付いていくと言い張った。終いには神官長にばらすと仄めかし遠まわしに脅しをかけてきた。

 このラユと言う子。とんでもない子だと思う。そういえば、ユーデリの女神が神官長を笑いものにしていた時、ただ一人前に出て庇ったのだ。度胸もあれば機転も利く少女だ。巻くのが難しそうだ。


 ラユに案内されて、いつの間にか神殿の信者が集う広場に来た。今日は悲願が叶う日だけあって広場を埋めつくさんばかりの人であふれていた。この中に入りきらなかった人は、神殿の外に列をなしていると言う。

 一体何人の人がここに居るのだろう。何人が願いが叶うと信じてここに来たのだろう。

 これから起こる事を喜び待ちわびている人たちを見ると、心が苦しい。……何で、私が気まずい思いをしなきゃいけないの。願い事態知らないのだから、叶えられる訳無いじゃない。


「ねぇ。この人たちが願っている事って?」

 聞いても仕方がない事。私には関係ない事だけど、聞かずには居られなかった。

「それは、お答えできません。一番大事な願いは心の中で願い、祈るものです。でも、ユーデリの女神様に届いていると私は確信しております」

 自信に満ち溢れるラユの瞳を見て失笑する。この子、何も分かって無い。私は偽物で、願いなんて届いていない。

「届いてないよ。何も。願いなんて叶え様がない」

「いいえ。届いています。二日間お過ごしになり、お感じになった事が必ずあるはずです。言葉になさらないだけでしょう」

 頭悪いのかこの子? 届いていないって言っているのに全く通じてない。感じた事がある? そんなの特にない。言葉にしないだけ? 本当に知らないから言葉に出来ないだけだ。

 見当違いの尊敬の目で見られると苛立ってくる。盲目的に何かを信仰する人は、頭が悪いとしか思えない。


「ユーデリの女神様。本当にお感じになられなかったのですか?」

 不思議そうに見つめる瞳。何故か向きあう事が出来なくて、視線を逸らす。


 二日間で感じた事? 一日目は酔っ払って失態を演じた事しか覚えていない。二日目はのん気に神殿見学をした。それだけだ。

「私達の願いは、ユーデリの女神様しか叶える事が出来ない事で御座います。人々の生命を守る大切な事なのです」

 そういってラユは胸に手を当てて膝を付いてお辞儀した。

 そんなこと言われても困る。そう思って立ち尽くしていると、今まで人々が話している声で広場はうるさいぐらいだったのに、静まり返っていた。一人、また一人とラユと同じ胸に手を当てて膝を付いてお辞儀していく。私を中心に広場に居た人たち全員が膝を付いてお辞儀した。

 静まり返った広場に膝を折る人々を見下ろして茫然と立ち尽くす。


 誰も何も言わない。ただ一心に何かを祈っている。何千と言う人がただ一つの願いの為に神に祈りをささげているのだ。

 全身の毛が緊張で逆立つ。

 何かを求められている事は分かるけれど、そのすべを知らない。どうしようもないじゃない。一体どうしろって言うのよ。





 何千と言う人にユーデリの女神だと知られたのだ。神官長に話が伝わらないはずか無い。何分立ち尽くしていたか分からないけれど、神官長や聖騎士がやってきて私を引き連れて行った。茫然と何もできない自分が不甲斐ないと思う。

 逃げる格好の機会を失い。何十人の人たちに囲われて、時間まで部屋で待機する事になった。

 逃げた事を神官長は何も言わなかった。ただ、逃がす訳ないだろうと微笑していた。



 座っている椅子から覗く空を見て、ラユが言っていた事を考え直す。

 二日過ごして気が付いた事は何だろう。何があるだろう。

 神頼みしなきゃいけない事柄は一体何?

 戦争に勝てとか? 金を増やせとか? 健康にしろとか? 恋愛成就とか?

 後、神頼みする事柄は……天変地異を鎮めろとか?


 あ。それだ。人が神に願う事。万人の人が悩み、人の力ではどうする事も出来ない事はそれだけだ。

 地震や噴火や津波や雷に悩んでいるって事?

 いや、二日居た中でそれらの事は起こっていない。早まる心臓を落ち着かせ冷静に考える。二日居た中で何に違和感を覚えた? 思い出せ。

 お風呂。最初の日にお風呂を用意するように言った時、小さめな桶にお湯をはっていた。体は入るけどゆったり出来ないから、もっと大きい物を用意するように言った時、メイドたちの表情が硬くなっていた。昨日もそんな事があった。花風呂にするように言った時も困っていた様だった。

 そういえば、庭を見学した時花が無かった。あれは花が咲いたら取ってしまう変な風習があるのではなく、咲いた花全部を私の花風呂に使ったからだったんだ。

 庭に元気が無いのも、地面が乾いて砂っぽかったのも水が足り手いないからだ。

 食べ物が固いのも水分が少ないからだ。やせ気味の人が多いのも、食物がうまく育たないのだ。


 そうか。ここの人たちは水不足に苦しんでるんだ。


 何に悩んでいるのか、やっと分かった。水不足なら幾つか解決法が思い当たる。

 空を見てある考えも浮かぶ。


「神官長。この場所の地形を記した地図はあるか」

 神官長は突然の言葉に軽く驚いているようだったが、すぐに微笑み一礼する。

「御座います。ただ今お持ちいたしましょう。他に必要なものは御座いますか」

「紙にペン。大工に竜騎士団。それから私の指示に忠実に動く人手。あと幾つかそろえたいものがあるけれど、ここにあるか分からないから、図を書いて説明する。でもここじゃ狭い。もう少し広い部屋で会議室の様な場所で一気に説明するわ」


 まずこの世界での井戸の知識を聞かなきゃいけない。どの程度あるのだろう。あったとしても機械が無いからそんなに深く掘れていないのかも。これだけ広い森が在るのだから、水脈は必ずある。


 私は、仕事場でも発揮した事無い、指示力と行動力を発揮して神官長を顎で使い、やって来た大工たちや竜騎士団に次々と命令していく。

 でも、井戸を掘りあてるのには時間は残されていない。

 だから、一か八かの方法を取る。成功するか分からない。でも、やらなきゃ殺される。それにあれだけ大勢の人が私に祈った事だ。成功させて見せる。




 この神殿で一番見放しの良いバルコニーに私と神官長が立つ。その後ろには聖騎士が控えて、下には何千という人たちが私を注目していた。


 人がごみのようだ。そう言ったのは誰だっただろう。本当に米粒ほども無い人たちが見上げて私の一挙一動に集中しているのが分かる。

 ここで声を出しても聞こえはしないはず。それなのに、皆静まり声を聞こうと耳を傾けている。

 成功するだろうか。さっき作った設計図で本当に機能するのだろうか。不安は山ほどある。でもやらなきゃいけない時がある。

 太陽は真上を位置し、私は時が来るのを待った。絶好のそれが来て私は安堵した。手を上げて竜騎士団に合図を送る。待機していた四十体の竜が先ほど作った特製の道具を背負い、飛び上がった。そして、それに次々フォーメーションを組みながら突入して行く。

 まるで、戦闘機の演習を見ているようだ。それか、渡り鳥の飛ぶ姿。

 その鮮やかな、動きに見とれて、下に居た人々が感嘆の息を漏らす。


 私は見とれてなどいられなかった。ただ空を見上げてそれの変化を必死に願っていた。

 十分ほどすると、中に入っていた竜騎士団が抜けて地上に下りてくる。

でもまだ、変化は見られない。どうしよう。失敗したのだろうか。不安が頭を過る。でも計算上はあっている。大前提で地上と同じ大気状態と言う計算だけど、あっている。そう願いたい。

 黒く色が変わって来たのが分かった。少しずつ変わっていた色は完全に変わり、ついに変化が起きた。

 ぽつり、ぽつりと降り始めたものに合わせて声を上げる。

「諸君こころして聞くが良い。妾はそなたたちの熱心な願いを聴き受けた。そなたたちに雨の恵みを生み出す方法を授けよう!」

 言葉を言い終えた絶妙のタイミングで雨脚は強まり、広場に大雨が降り始めた。

 全身に雨を浴びながら、喜びの涙を流す人々が、次々と胸に手を当て跪いてゆく。上からその姿を見下ろして、気分が高まる。自分の設計した急ごしらえの圧縮スプリンクラーがちゃんと機能した事が嬉しかった。仕事でも失敗続きだったのに、こんなにうまく言った事が嬉しくて。嬉しくて、つい高笑いしてしまった。女王様の様な高笑い。


 あとで思うと、緊張の糸が解けて、ホッとして壊れて居たんだと思う。



 計画は大成功に終わり、私は安心していた。空に見えた雲はラピタ雲の様な積乱雲。それなのに雨が降っていないのは雲の中の水分量が足りないのだ。水を圧縮させた機械を竜に乗せて雲の中に入らせて、散布する。そうすると水分量が増えて、雲は雨雲に変化する。雲の中は危険だけど、その辺は竜が上手く避けてくれると信じていた。

 成功するか不安だったけれど、上手くいってホッとした。

 あと、私が知る井戸掘りの知識も図式に書いて教えてある。この方法は雲が無いと出来ないからね。継続的に雨は降らせられない。


 これで心おきなく家に帰れる。私はルンルン気分で、神官長が案内するユーデリの間に入る。

 ユーデリの間は思った以上に狭い。大体十四畳ぐらいだろうか。下は大理石の様な光沢のある石だ。中央に銅像を置く大の様なものがある。きっとあそこに女神像が飾られていたのだ。




「ユーデリの女神様。本日は大変お疲れ様でした」

「まったくだ。早く天界に戻りたいの」

 神官長は微笑む。

「私は、ユーデリの女神様が願いを叶えてくださると信じておりました」

 良く言うよ。何もしなかったら殺すと脅した癖に。私は白目で神官長を見る。

「昨日、あの話をしなければ、ユーデリの女神様は行動を起こされないと思ったのです」

「はいはい。そうですかー」

「お疑いのようですが私は真実しか述べておりません。将来の伴侶を民に殺害されたくありませんから」

 微笑む神官長をマジマジと凝視してしまう。今なんて言った。将来の伴侶?


「何故私が、神官長を務めていると思いますか。私よりも年輩で熟練した神官は沢山おります。神官長と言う職はここ六百年不在でした。というのも、神官長と呼ばれる位はユーデリの女神を呼び出した者に与えられる名誉職だからです」

「あ、あなたが呼びだしたの?」

「はい。六百年誰もが呼びだす術を繰り返し失敗していましたが、私が成功させて降臨させたのです。降臨に成功させたものは、将来ユーデリの女神の傍に侍り伴侶となるのです」

 そ、そんなことがあったとは知らなかった。でも、私は今日でこの世界ともお別れ、好きなように妄想を膨らませているといいさ。

 私は家に戻ったらこの世界に来た要因の石を即刻、川に投げ捨てると決めている。もう二度と会う事は無い。


「一度、降臨に成功すると、最低でも三度は降臨させられると記されております」

 神官長が綺麗に微笑む。この笑みが悪魔の笑みに見えてきた。そういえば神官長が語っていた、過去の女神は、四回以上は降臨していた。

お。恐ろしい。

「次回は三十三日の滞在になります。その間に婚姻の式を行いましょう」

 黒い笑みで微笑む神官長を茫然と見つめて立ち尽くしていると、いつの間に近づいたのか目の前に神官長が立っていた。腰に手を回されたと思ったら顎に手を当て、キスされた。茫然として開けていた口の中に舌が侵入して、やさしく動く。吃驚して、突き離すが腰と顎を掴まれている所為で動けない。

 どうして急にキスしてくるのだ。それも、深い恋人同士がするようなキスを。

 こいつ、絶対頭可笑しい。

 あ。もしかしたら女神像に恋でもしていたんじゃないかな。それで、動くようになったから、像の時は出来なかった事をしてるんじゃ。おぉお、変態だ。変態にキスされてる。どうしよう。

 頭の中では止めようと思うけど、神官長のキスが予想以上に上手く、体がとろけるようで気持ちが良い。離れてはまた求められて、長く絡み合うキスをする。


 やっと終わった時にはお互い息が上がっていた。

 頭の中がぼんやりして、立っているのもやっとだ。きっと酸欠だ。すると神官長が体を持ち上げて私を台の上に乗せる。


「次回ご降臨心よりお待ちしております」

 微笑む神官長。やっと我に帰った私は、右手の中指を立て左手の親指を下に向けた。

「二度と来るかぁぁ!!!!」






 鳴り響く携帯電話の音、充電器に刺さったままの携帯電話を手繰り寄せて、表示を見る。『高沢』と書いてある。

 私は体を飛び起こし、まわりを見る。自分の家だ。体を触って髪が短い事を確認する。それから鏡台に走り鏡を見た。自分の顔だ。自分の手足だ。自分の体がこんなに愛おしいとは思わなかった。体を抱いて自分自身である事を喜んだ。

 鳴り響く携帯を取って、出ると高沢君が、遅刻する気か! と怒声が響いた。その怒声が嬉しくて、ちゃんと自分の世界に戻って来たと実感できた。

 泣きながら高沢君にお礼を言うと変に思われた。でも本当に嬉しかった。


 床に転がっているストレスが取れる石。取れるどころかストレスがたまった気がする。

 絶対この石処分しよう。二度とあの世界に行く気など全く起きない。今は、家に帰って来た事が何よりも嬉しかった。




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