交渉
取りだした棒状の堅焼きクッキーを見たネズミ妖精は、不思議そうな顔で見つめる。
『なんだあ、それは。ただの枝じゃないか』
「違うんです。これは堅焼きクッキーといって、ざくざくしていて、おいしい食べ物なんですよ」
食べ物と聞いたからか、ネズミ妖精は鼻先をひくひく動かし始めた。
『た、たしかに、なんだか甘い匂いもする! 木の実もたっぷり入っているな!』
「正解です! よくわかりましたね」
『ふふん!』
木の実と言うか、アーモンドを粉末にしたものだが、間違いではない。
材料まで当てるなんて、かなり鼻が利く子だ。
その鼻で床下にあるケット・シー達の魚を発見し、百匹も食べてしまったのだろう。
『人間、早くその、甘い枝をよこせ!! 我が全部食べてやろう!!』
「だめです」
『はぁ!?』
信じがたい、という目で見つめてくる。
何事も思うようにいくと思っているようだが、大間違いなのだ。
『なっ、よこさないのならば、どうして見せた!?』
「別に、あげないわけではありません」
『だったらよこせ!!』
「今はダメです」
『だったら、いつだったらよこすのだ!?』
「この森の中にある、魔力が豊富な土を発見したら、差し上げますよ」
『は!?』
ネズミ妖精のつぶらな瞳が点となった。
小首を傾げつつ、問いかけてくる。
『どうして我が人間の言うことを聞かないといけない?』
「世の中、持ちつ持たれつ――そういうことになっているのです」
『なんだ、それ! ぜんぜんわからない!』
「欲しい物を手にするには、それ相応の対価が必要になるんですよ。対価なしに勝手に得るというのは、悪者がすることなんです」
そんな話をすると、ネズミ妖精はガーーーーン!! とショックを受けたような表情を浮かべた。
『我は……悪者ではない』
「でも、ケット・シーの里のみなさんが大事に育てていた魚を、勝手に食べましたよね?」
『あれは、あそこに魚がたくさんあったからだ! 森にある木の実を食べるのと一緒だ!』
「いいえ、違います」
どうやらこの世の善悪というものを、よく理解していないらしい。
文明の中で育っていないので、無理はないのだろうが……。
「森にある木の実は自然に実った物。それは食べてもまったく問題ありません。けれども家の中にある品や、誰かが所有する土地で作られた物などは、手間をかけ、苦労をして作り上げたものなんです。それを奪うという行為は、悪いことなんですよ」
『そうだったのか!!』
やはり、物事の善し悪しがわかっていなかったようだ。
『で、でも、でも、そんなのわかるわけない!』
「まあ、でしょうね」
『どうすればいい?』
「私が教えて差し上げます」
『人間が、か?』
「ええ」
私の言うことを聞き、しっかり働いて、いいこにしていたら、それ相応の報酬を与える。
物事の善悪も、いちいち聞いてくれたら教えてあげよう。
『じゃあ、その甘い枝も、魔力の土を探したら食べることができるのか?』
「もちろんです」
『わかった。だったら、人間の言うとおり、探してみる』
大人しくなったネズミ妖精をイグナート様は安全だと判断したのか、首根っこから手を離した。
ネズミ妖精は先ほどのように暴走するような飛行を見せることなく、まっすぐ飛び始める。
そんな様子を見て、イグナート様がぽつりと零した。
「信じていいものなのか」
「少しだけ、信じてみましょう」
あれだけ食欲旺盛な子だ。きっと堅焼きクッキーを食べるために、目標は達成するに違いない。
ただ、完全に信用するのは危険だ。
イグナート様みたいに、ある程度疑いの目で見ることも大事である。
『おい、人間共、何をしているんだ!! しっかりついてこい!!』
苦笑しつつ、私達はネズミ妖精のあとに続いたのだった。




