ケット・シーの里
ケット・シーの里は半円状の小さな家が並んでいて、煙突からはもくもくと煙が上がっていた。
「丸っこい、かわいい家ですね。でも、不思議な形ですねえ」
「この形状は、雪を積もらせないためらしい」
「なるほど! そういう意味があったのですね」
なんでもケット・シー達は寒がりらしく、外に出て雪かきをしなくてもいいように、家に工夫を凝らしているらしい。
里の中心に魔法陣があるのに気付く。そこだけ雪がまったく積もっていなかった。
「あちらは――?」
「井処魔法らしい」
なんでも地上と地下から水を集め、各家庭に供給する仕組みらしい。
「えーー、すごいですね!」
「領民の村でも使えないか交渉しているのだが、作るのが面倒なようで断られ続けている」
冬の期間は井戸水が凍ってしまうようで、村では雪を溶かして水を確保しているのだとか。
燃料代がかかるうえに、雪解け水は空気中の埃や野生動物の廃棄物などが混ざる可能性もあるため、清潔とは言いがたいようだ。
「井戸水を解かす強力な火魔石を発注して使ってみたのだが、まあ冬は寒いからと言って井戸まで水を汲みに行かない」
たしかに扉を開いて一歩出た場所に雪があれば、溶かして使えばいいやと思ってしまうのかもしれない。
「イグナート様は領民想いの領主様なんですね」
「領民にいい暮らしをもたらすのは、領主の務めだ」
当たり前のことをしているだけにすぎない、とイグナート様は言う。
なんて立派なお方なんだ、と尊敬の気持ちが高まった。
「ひとまず、ケット・シーの長に挨拶に行こう」
「はい」
ケット・シーの里でひときわ大きな建物が、長の家だという。
玄関にある鐘を鳴らすと、小さな顔がひょっこり覗いてきた。
『わあ、領主様だあ』
その声を聞いたからか、もう一人の小さなケット・シーが顔を覗かせる。
なんてかわいらしいのか、と身震いしてしまった。
『ほらほら、あんた達、どきな! お客さんの迷惑だろうが!』
そんな声が聞こえたあと、扉は開く。
開けてくれたのは、二本の足で立つ三毛猫だった。
『ああ、領主さん、またあんたかい』
「コーシュカ殿、久しいな」
『ああ、そうだねえ。こう寒くては、アイス・ベアの討伐依頼を出す手紙すら、送るのも億劫でねえ。それはそうと、今日はどうしたんだい?』
三毛猫のケット・シーが長らしい。先ほど顔を覗かせた小さなケット・シーは、長の子どもだという。
ここでイグナート様は私を紹介してくれた。
「彼女はソフィヤ・トィルシナ」
『おやおや、あんた、ついにいい女性が見つかったのかい!?』
「誤解だ。彼女は新たにやってきた、世界樹の筆頭庭師だ」
『なんだい! 紛らわしいねえ。それはそうと、世界樹の件、どうにかなりそうなんだねえ』
「ああ」
なんでもイグナート様は一度、ケット・シーの里を訪問して世界樹の枝について相談を持ちかけたようだ。
けれども世界樹の知識を持つ者がおらず、お手上げ状態だったという。
『それにしても、かわいらしいお方なのに、いい女性じゃないなんて』
「決めつけるのはソフィヤに失礼だろう。それに余計なお世話だ」
『ああもう、そうやってかわいくないことばかり言うから、あんたにはお嫁さんが来ないんだ!』
「余計なお世話だ」
ピリリとした空気になったので、間に入って「まあまあ」と言ってみる。
『ああ、寒い場所に立たせてごめんねえ。ソフィヤさん、どうぞ中へ。領主さんはご勝手に!』
「邪魔をする」
里の中で一番大きいという長の家だが、玄関口はしゃがみ込んで入らないといけない。
だが、一度中に入ると、天井が高くて広い部屋だった。
『どうも~』
エプロンをかけた黒猫が迎えてくれる。長の伴侶で、コートさんだという。
小さなカップに薬草茶を淹れて持ってきてくれた。
先ほど見かけた小さな兄妹、黒猫の兄カチョー、三毛猫のナクがクッションを持ってきてくれた。
『こちらにどうぞ』
『どーぞ!』
「ありがとう」
ふかふかのクッションに腰を下ろし、薬草茶をいただく。
ここまでやってきた疲れが吹き飛んだ。




