これからについて
話が逸れてしまったが、今後についても話し合う。
「職務についてだが、ひとまず世界樹の筆頭庭師としての扱いになるが、問題ないだろうか?」
筆頭なんて恐れ多い、なんて言おうと思っていたが――。
「それとも筆頭神官がいいのか?」
どちらにせよ筆頭と付くようだ。
「筆頭庭師か? それとも筆頭神官か? 他に望む肩書きがあればなんでも言うといい」
「いえ、その、庭師として頑張ります」
別に部下がいるわけではなく、私とメルヴで世界樹を育てていくので、別に肩書きにこだわる必要はないのだ。
「あとは給金についてだが、ひと月、金貨十枚ほどでいいだろうか?」
金額を聞いて、口に含んでいた紅茶を噴きだしそうになった。
なんとかごくんと飲み込む。
せっかく食事のマナーは問題なかったと褒められたばかりだったのに、その言葉を撤回されるところだった。
「どうした? 少ないのか?」
「いいえ、とんでもない。その、金貨十枚は貰いすぎだと思いまして」
「貰いすぎだと?」
「はい」
「神官時代は、どれくらいの給金を受け取っていたのだ?」
「給金という形はなく、欲しい品物があれば申請する、という流れでした」
「は? どういうことだ? まったく理解できないのだが。月給はいくらだった?」
「それが、存じておらず」
イグナート様は眉間に深く寄っていた皺を、指先で揉んでいた。
「それで、毎月欲しい品とやらを頼んで受け取っていたのか?」
「いいえ、欲しい品は特になく……」
服は支給されるし、食事も三食提供される、本は図書室で読み放題だし、化粧品や香水は世界樹の害になると思って使っていなかった。
そもそも救貧院にいたころから、自分で自由に使えるお金がなかった。そのため、神官になっても必要と感じなかったのである。
「ただ、金貨十枚が貰いすぎだということは理解できます。以前、聞いたことがあるんです。大聖堂を守る聖騎士達の一ヶ月の給金が金貨一枚だと」
聖騎士の仕事はとても大変だと聞いた。そんな聖騎士の十倍の働きなんて、私はとてもできない。
ふと、イグナート様が額に手を当てて、ほんの少し震えているのがわかった。
もしかして、私の金銭感覚のなさに呆れられてしまったのか。
「その、イグナート様、どうかなさいましたか?」
「神官長に、怒りを覚えている」
「どうしてでしょう?」
「ソフィヤ・トィルシナ、お前に正当な報酬を払わなかったからだ」
イグナートは私を諭すように言う。
毎月、給料が支払われないのはおかしなことである、と。
「私はかつて、大聖堂に身を置いていたからわかる。すべての聖職者は日々の勤務を労働と言わずに奉仕と言う。けれども実際には労働と変わらず、給金が一人一人きっちり支払われているのだ」
「そうだったのですね!」
イグナート様の言うとおり、聖教会で働くことは労働と言わずに奉仕活動という。
その表現に引っ張られて、給金が支払われなかったことを不思議に思っていなかったのだ。
「なんと言いますか、お恥ずかしい限りです」
「恥ずかしいのはお前に給金を払わなかった神官長だ」
「その、はい」
「これからは毎月きっちり、金貨十枚を受け取るように」
「いえ、あの、まずは試用期間として、銀貨一枚から始めていただきたいのですが」
「銀貨一枚だと!?」
私にとって銀貨一枚も大金である。本当は半銀貨くらいから始めてほしかったものの、イグナート様の眼力に圧倒されて言えなかった。
「わかった。では、金貨五枚からにする」
わかってない! ぜんぜんわかってない! そう言いたかったものの、領主であるイグナート様の言うことは絶対。
そもそも、雇われる側が給金についてあれこれ言うべきではないのだろう。
「契約書は今晩のうちに作っておく」
「はい、ありがとうございます」
あとは、衣食住について説明してくれるようだ。
「衣装はひとまず、この屋敷にある、かつての女主人が着ていた服を着用するように」
使用人の服でもいいのだが、と言いかけたが、それらはイグナート様がお金を出して用意しなければならない物かもしれない。今、ある物を受け入れたほうがいいのだろう。
「食事については、私と同じ時間に、同じ物を食べるように」
これについても、私の分を別に用意するより手間がかからないのだろう。
「住居については、空いている部屋を案内するから、掃除をして使うように」
「イグナート様のお屋敷に身を置くというのですか!?」
「そうだが」
てっきり村で家を借りて暮らすものだと思っていた。
まさか、このお屋敷に置いてもらえるなんて……。
「そのほうが、世界樹に何かあったとき、すぐに駆けつけられるだろう」
「そうですね」
以上が待遇だという。
私にはもったいないくらいの条件だった。
本当にいいのかと思ったものの、決めたのはイグナート様である。
私は受け入れる他ないのだろう。
「これから身を粉にして働きます」
「そんなに働かなくてもよい。仕事だけではなく、何事もほどほどにするようにしろ。いいか、忘れるなよ」
「は、はあ」
これまでにない好待遇に、戸惑ってしまった。




