第22話 穏やかな日常
「ふむふむ」
地下にある書庫の文献を読み解くことで、妖精の国の仕組みがなんとなく理解できるようになってきた。やはりサフィール王国とは比較にならないほど本の量は勿論、内容の濃さも抜きん出ている。
(妖精王というのは妖精界の地域ごとに治めている。人間の統治とは少し異なり、領土にある自然の管理……ふむふむ。元々は妖精王オベロンが管理していたが手に余るので四つの王に分け与えた──そのうちの夏の王がミデル様で、冬がアルバート様。春と秋は……)
読み進めていくと『春の妖精女王はエーティン』と書かれている。目が疲れているのかと思ったけれど事実のようだ。
私はエーティンの生まれ変わりの可能性がある。
(春の妖精女王? ナニソレオイシイノ?)
世の中知らないほうが幸せなことってあるんだなー、と他人事で片付けてぺらぺらと頁を読み飛ばす。
(ええっと、アルバート様の仕事は、この領土に冬を齎すということ。そのためこの領土は一年の半分以上が冬で、春と秋が少しの間だけやってくる。……冬は大地が眠り、春までの力を蓄える為必要な季節だわ。たしかに冬は凍死や食料不足による餓死など危険は多いでしょうけれど、そこに住む者たちが備えを怠らなければ生きていける……。私が嫁いだことで問題視していたケガレの浄化が進むとよいのですが……)
ぶっちゃけてしまうとアルバート様の嫁になってやっていることいえば、念願の畑仕事に、錬金術でのサツマイモ、ジャガイモもどきと品種改良及び料理研究。書庫で妖精の国についての調べ物兼趣味の読書──以上だ。
(自由過ぎない? これで三食昼寝とか贅沢すぎるんじゃ? そもそもミデル様との一件も決着がついているのかしら?)
「サティ、もしかして羽織る物もなくここでずっと読んでいたのか?」
「あ、アルバート様!」
言われて初めて肌寒さに身震いをしていると──アルバート様は羽織っていた黒の外套を私の肩に掛けてくれた。温かい。
「アルバート様の外套を私が使ってもいいのですか? どこかに出かけるんじゃ?」
「問題ない。さっき戻ってきたところだからな」
こういう紳士的なところはアルバート様の優しさが実感できてドキッとさせられる。
(ん? ドキって……! き、キスされたからって意識しすぎ……あれは契約であって……)
一瞬ときめいてしまった自分を殴ってしまいたい。
アルバート様は私を好きで妻として選んだのではなく、互いの利益のために契約結婚をしたのだ。好意はあるかもしれないが、そこに愛はない。事実なのに胸がチクリとした。
(今はそうかもしれないけれど、これから好きになって貰えればいいだけよね! それにこんな素敵な環境、もう手放せないもの!)
「……どうした?」
「この環境を手放したくないって、実感したところです!」
「それは……つまり、俺──私との」
「はい、アルバート様と暮らす毎日はとっても楽しいです! ただ」
「ただ?」
「最近、ノワールの姿を見ていないので、ちょっぴりモフモフ不足というか……」
アルバート様は何故か片手で顔を覆っているので、お疲れなのかもしれない。
「アルバート様?」
「あー、うん。そうだった……。私もそちらのことを伝えていなかった……というか」
「もしかして、ノワールに何かあったのですか?」
ぐっと距離を詰めると、思っていた以上に前のめりになってしまいアルバート様に抱きつくような感じになってしまう。
「あっ」
「──っ」
ぼしゅん、と煙のような音共にアルバート様は消えてしまい、そこには黒い獣ノワールが床に着地する。
「ノワール!」
「ワフ、ワウウ(……って、この姿だと上手く喋れない!)」
「もう全然姿を見せないから寂しかったわ!」
「──ッ、(サティからの抱擁。温かい。人の姿がよりもギュッとしてくれる)」
ノワールとの再会に抱きついたら慌てていたがすぐに、ふにゃんと甘えてくれるようになった。可愛い。
「アルバート様ったら、ノワールと入れ替わってくれるなんて……」
「クウン(……サティが都合良く解釈し始めた! いや、今すぐに人の姿になれば──)
「(書庫にもソファとか座る場所があるけど、せっかくだし……)ノワール、私ね、アルバート様から自分の部屋を貰えたの。書庫はひんやりするからお部屋に戻らない?」
「ワフ!(サティの部屋に入りたい!)」
ノワールはよっぽど嬉しかったのか、尻尾をぶんぶん振っている。それから沢山撫でてから私の部屋に一緒に向かった。
***
「ノワール、聞いて。アルバート様って素敵な人ね。凛としていて、ぶっきらぼうなところはあるけれど、私のことをいろいろ考えてくれて、部屋や私の趣味にも理解があるの! それにたまに見せる笑顔は反則だと思うのよ。ギャップ萌えというか、けっこうクるわ」
「キュウ(え、サティは私のことを褒め殺しするつもりなのだろうか。しかも話ながらブラッシングしてダブルで至福……。あ、これ、黙っていたほうがお得なんじゃ……)」
ソファに座る私にノワールは膝枕をご所望していたので、頭を乗せて上げて背中などからブラッシングをしていく。心地よいのか五つの尻尾がふりふりと揺れている。
「(可愛いな)ノワールの主人なだけあって、すごく良い人だから無事に転属して、妖精になれたら傍にいたいな。ああ、もしアルバート様に思い人ができて、離婚ってなったら使用人あるいは畑管理とかで屋敷において貰えないかな」
「ワフワフ!(俺の妻はサティだけだ! どうしてそういう解釈になる? 常日頃、俺はサティに愛を…………いや、愛の告白どころか契約結婚でもいいとか、言ったような?)」
ノワールは突然顔を青ざめて、私に擦り寄る。尻尾なんかは私の腕に巻き付いてしまっているではないか。これはノワールが「寂しい」とか「離れるのが嫌」という時の合図だ。
「ふふっ。アルバート様が許してくれるのなら私はどこにも行かないですよ。やっとサツマイモとジャガイモに似た食材も見つかって、この間はやっとスイートポテトが食べられましたし! 次は石焼きをしつつ甘みをどう残すかが課題になると思うのです」
「クウウン(何処にも行かない。サティがそう望むのなら、俺は……ここを居心地の良い場所を維持しよう。サティが傍にいるだけで体に体温が戻るような温かさを感じるし、領地も少しずつ回復している)」
「アルバート様にも、美味しい焼きイモやジャガイモ料理を食べさせたいですし。焼き芋は失敗しましたが、スイートポテトは結構好きそうだと見ました!」
「クウン(サティは私にまた料理を……。妖精に手作りを贈るのは、求愛行動の一つだと分かっているのだろうか。……確認して作って貰えなくなったら凹む)」
そうアルバート様は、スイートポテトを食べた時少しだけ笑ったような、嬉しそうな顔をしたのだ。きっと甘い物に縁が無かったので、珍しい食感と甘さに感動したのだろう。
耳を揺らしていたノワールの頭をたくさん撫でていたら、眠ってしまった。寝顔も可愛い。最初は両手ほどの大きさだったのに、いつの間にか大型犬になったのだから月日が経つのはあっという間だ。
(あー、やっぱり。私にはこのモフモフは必須だわ。今日は久し振りに一緒に寝たいなぁ)
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