8 いつか帰る所-1
見上げれば曇天模様の梅雨空。舞と一緒に進む放課後の下校道で、
「あ、神様だ」
「ほんとだねっ」
俺たちの方に向かって歩く凛を発見した。
紫色が基調の長袖シャツとスカート姿。赤いランドセルを装備してるということは、同じく下校途中なのか。
「む」
わざわざ話しかけずとも、凛も俺たちに気付いた。一匹狼が妙に似合うやつっているよね。
「奇遇じゃのう伊坂舞氏。と、変態青年」
「おう凛。いきなりの挑発とは度胸あるなこのやろう」
開口一番、凛は数日前の出来事を蒸し返す言葉を口にした。相変わらずいい性格してやがんな。
「変態青年って、もしかして孝哉のことですか? 詳しく聞きたいですっ」
「うむ。話すと長くなるんじゃけどね。孝哉氏が我と雨模様氏の目の前で、むぐ」
「言わせるか! 舞も、人の秘密をわざわざ聞こうとしないこと!」
「えー、面白そうなのに」
不服そうにする舞。あの日の俺は、超恥ずかしい姿をさらしたはずだ。舞にまで知られたら今度こそ立ち直れない。
それもこれも凛のせいだ。お返しに鼻と口を塞いでやったけど、未だに平然としてる。肺活量なんなの。
「ま、それはいいとして、俺たちは今日予定があるから、凛の相手はしてやれないんだ。なあ舞?」
「あ、そうなんですっ! 私は人形供養しないと。孝哉なにか用事あるの? いつも暇じゃん」
「あるさ。今日、七月十四日は窓ふき記念日って、毎年決まってただろ?」
「そうだっけ」
嘘です。凛から逃げるために下手なハッタリをかましてみました。
今回こそは凛に頼みたい用事もない。また厄介事に巻き込まれたら嫌だ。なるべく物理的に距離を開けるのが得策だろう。
「むぐむぐ、むぐ」
「あ。すまん、手離すの忘れてた」
凛の口と鼻から手をどける。自由に喋らせて大丈夫だろうかという、一抹の不安を抱きながら。
「強化期間中じゃ」
「……は?」
文句代わりの意味不明発言だった。
「なにがだよ」
「面影石を知っておろう? あれは我のおじいちゃんが創り出したもので、相当な力を秘めておる」
説明が始まる。凛が面影石の存在を知ってるなんて。というか、おじいちゃんいるのかよ。何者だよ。
「面影石は、自らを必要とする人物の存在を察知し、その者と接触する性質がある。伊坂舞氏」
「呼ばれましたっ」
「おぬしはなぜか、急に面影石のことを思い出し、蔵から持ち出し、雨模様氏らに貸したい衝動にかられたであろう?」
「そ、そうですっ。不思議な感覚でした」
「面影石に導かれておった、というわけじゃな」
丹念に解説する凛。だから急に舞が現れたのか。屋上での出来事を回想して、ひっそりと納得した。
「ゴミ拾いをした日も、面影石をポッケに入れておきたくて仕方なかったじゃろ?」
「それはもう! おかげで謎が解けましたっ」
「役目を終えた面影石が割れたことにより、その記憶と力が我に流れ込んできた。だから今の我は、言わば覚醒状態! 超無敵! ふははは」
「テンションたけーな」
ハイになってる凛。面影石の記憶を受け継いだから、凛は事のなりゆきを知ってるのか。
俺が莉子と出会えたのは、みんなのおかげだったんだ。感謝の気持ちを忘れないようにしないとな。
「はい神様! ゴミ拾いした日は、なにもしてないのに面影石が割れちゃったんです。どうしてか分かりますかっ?」
舞は挙手して質問を投げかける。
そうか。舞は俺が莉子と会ってきたことを知らないんだ。おそらく時間が止まっていたから。
てっきり俺は、凛が洗いざらい話してしまうと思っていたのだけど、
「ふふ。それはね、伊坂舞氏が大切に思っている誰かが、ちょっとだけ幸せになったからじゃよ」
「えっと、よく分からないですけど、いいですねっ! 孝哉にケーキおごってもらえましたし」
「あ、我もほしいのう」
凛は、莉子との思い出を舞に教えず、解決の糸口のみを残していた。
俺を気遣ってくれたんだ。凛のやつ。たまに生意気だけど、本当は優しいんだよな。
別に話しても平気なんだけど、わざわざ舞に教える必要もないからいいか。
「またとない機会。強化された我の能力を使いたくば、遠慮せず言ってほしいでの。なにかあるじゃろ?」
「どうだ? 舞」
「私は、特にないかな。人生は自分の力で切り開かなくちゃねっ」
「俺も、これからは人に助けられるより、人を助けるやつになりたいな」
「な、なんという……立派な若人たちよ。我も、見習わねばいかんのう」
普通に答えただけなのに、凛はいたく感激していた。涙を指でぬぐう仕草までしてる。感動の基準が低めなんだな。
「雨模様には聞いてみたか?」
なんとなく、お役御免になった凛が可哀想だったので、雨模様の名前を口に出してみた。
これなら凛とも物理的に離れられる。作戦通り。さりげなく抜かりないね。
「あ、そうじゃね。では孝哉氏も共に行こうぞ」
「は!? いや、窓ふき記念日だから掃除しないといけな――」
「そんなふざけた記念日は無視せい! 神罰を下されたくはなかろう!」
「痛い痛い! なんか腕力強くなってる! すでに立派な罰だよこれ!」
冗談の域を越えた力で、俺の右手首を引く凛。作戦は失敗だ。
ただでさえ実害を被っているのに、能力が強化されてる今、どんな非常事態に巻き込まれるか分かったもんじゃない。
「舞! 舞がいるだろ! 女同士で行った方が気も合うと思うぞ?」
「人形供養は大事なことじゃからね。おぬしはどうせ、暇を持て余しておるだろうし」
「どうせとか言うな! やめろお! 俺は行きたくないんだああ!」
凛の力は、俺の抵抗を無に帰すほど強い。
かなり強く腕を引いているのに、凛は笑顔で不動を保ち続けていた。もはや能力の悪用だ。
「雨模様氏のところに瞬間移動するでの。さらばじゃ伊坂舞氏」
「嫌だ! 頼むから普通に移動してくれっ! うわあああん!」
「さらばです神様。孝哉ー! もし死んだら供養はしてあげるからねっ」
ひらひらと呑気に手を振りながら、縁起でもないことを口にする舞。
どうやら舞も、瞬間移動なるものを危険視してるらしい。勘の鋭い舞の発言だからこそ、なおさら怖かった。
徒歩で向かおうぜ。無理に力を使わんでも。
そんな俺の訴えが音に乗せられることは、もうなかった。
なぜかというと、瞬間移動は既に実行されていて、俺の体は、舞の眼前からこつぜんと消え去っていたからだった。




