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6 いいわけを-2

 不思議そうな表情の雨模様と、にこやかな凛。互いに見つめ合っている。テーブルは壁際に立てておいた。

 俺は少し離れた位置に座っている。二人の様子を観察したいから。


「は、はじめまして」

「うむ。遅れてすまぬね。雨模様という名前も似合っておるよ。なるほど、かわいい子じゃ」

「え……あ、ありがとうございます。神様って、小さくてかわいいんですね」

「ふふ、今日はいっぱい褒めてもらえて良い日だのう!」


 特殊な境遇に置かれた二人の初会話は、意外と年相応だった。込み入った話は避ける方針なのかな。


「どうじゃ? 日常生活、楽しくやれておるかの?」

「はい。私がここにいられるのは、神様のおかげです。孝哉と舞さんにも、出会えました」

「うんうん。良かったのう。孝哉氏のことが大切なんじゃね」

「あ、えと……あの」


 雨模様は若干うつむいて顔を赤くしていた。

 凛が『おあついのう』とでも言いたげな面構えで俺を横目で見てきた。むかつく。


「そうじゃ。語っておかねばならぬことがある」


 凛は立ち上がると、窓際まで静かに歩を進めた。


「孝哉氏と雨模様氏が出会ったのは、おそらく偶然に過ぎぬ。運命の出会いなどではない」


 鍵を外し、窓を開ける凛。湿気を多分に含んだ生ぬるい風が室内にお邪魔してきた。


「じゃが、きっかけはどうでもよい。ここからどんな未来に向かうのかは、おぬしたちにゆだねられておる」


 風の吹く声。鳥のさえずり。普段は聞き逃してしまうような音たちが、どこからか現れては消えてゆく。


「若者たちよ、旅に出るのじゃ。世界を放浪し、自分たちにとって大切なものを探すがよい」


 長老のように語る凛。謎の説得力がある。狭い視野になるなという意味か。

 ふと、雨模様がささいな疑問を口にした。


「あれ、神様って何歳なんですか?」

「十一歳かのう」

「え、私たちよりも若者なんですね」

「ぬっ!? うーむ、それもそうじゃのう。旅に出るべきなのは我の方じゃったか……」


 盲点だった。ばあさんみたいなこと言うけど、まだ凛は小学生だ。


「それではそろそろ行くとするかのう」


 窓を閉めて鍵をかけながら凛は宣言した。って本当に行くのかよ。


「旅にか?」

「ちゃう、自分の家じゃ。遅くまで歩き回ってて、声をかけてきた警察さんに『我は神だから平気じゃよ』とか言うてみい」

「ああ……頭のおかしい子供と思われるな」

「じゃから、名残惜しいが帰宅せねばなるまい」


 なんだ勘違いか、と時計を見てみたら、まだ時刻は四時を過ぎたばかりだった。


「にしても早いな。まだいても大丈夫だぞ?」

「うーん、でも宿題もあるんよ。明日までに終わらせないと音楽の谷垣先生に叱られるでの」

「誰だよそいつ」

「知らぬのか? リコーダーを洗う時、ママレモン清掃をしきりに勧めてくる谷垣先生じゃよ」

「や、その筋では名が通ってるんだろうけど」


 俺が知らないだけで有名人なのかな。つうかママレモン清掃ってなんだ。

 まあ、凛に用事があるなら仕方ないか。明日以降にしよう。


「また会えますか?」

「もちろんじゃ。あ、そうそう。我が考えた、再会を叶えるおまじないがあるんよ」

「すごそうですね」

「ふふふ。伊坂舞氏に行ったところ、すぐには立てないくらい効いておったよ」


 不敵に笑う凛。舞にかけたおまじない?

 はっ。まさか、平行世界で舞の胸を直接もんだ、あのけしからん行為のことを指してんのか。

 雨模様は素直だから、疑惑なんて小指の甘皮ほども抱かず、期待するような眼差しで凛を見ている。


「凛、もしや……」


 あんなありがたい、じゃねえや、卑猥な責めを雨模様にも加えるつもりか。

 くっ、以前みたいに動けなかったら見学できたのに、じゃなくて。俺は雨模様が大切だ。一人にさせないって決めたんだ。

 凛の右手が、雨模様に向かってゆるやかに伸ばされた。来やがったな。


「縛!」

「させるか! うっ!」


 掛け声よりも早く、凛と雨模様の直線上を体でさえぎった。前回と同様、全身が完全に硬直する。


「む、読まれておったか。二発目を使わねばなるまい」

「忘れてたあああ! 何回でも使えるんだった! 逃げてくれ雨模様!」

「な……なにしてるの?」


 必死の忠告もむなしく、雨模様は混乱して動けないでいた。

 ぬかった! 凛を転ばせればよかったんだ! なんで『女の子だからかわいそうだよな』とか思って遠慮したんだ俺は!


「心配はいらぬよ。気持ちよくなれるから」

「し、指圧ですか?」

「指圧? そうとも言えるね。ふふ、おびえた顔もかわいいのう」

「痛くないなら……なにかされても、大丈夫です」


 凛は静かに歩みを進め、戸惑っている雨模様を追い詰めていく。説得だ。まだあきらめるのは早い。


「やめろっ! 雨模様はだめだ! やるなら俺をやれ!」

「ん? ふむ……盲点じゃった。試してみてもよいかもしれぬね」

「え? まじで?」


 耳を疑った。どうせ無視されると思って勢いで言ったのに。


「孝哉氏が言うのなら遠慮はいらぬのう」


 未知の力で体が若干浮いた。背中は凛、正面は雨模様に向く。俺を見つめる雨模様の視線が痛い。

 凛の手が、俺のシャツのすそ部分から内側に侵入してくる。

 ふっ、俺を舞と一緒にするなよ。根性ある男ってとこを見せてやるぜ。いつでも来いや。


「手加減せんよ。とくと見よ! 我の技を!」

「っ……はああん! そこは敏感なのおおお! 乳首だめええっ!」

「こ、孝哉……孝哉がおかしくなってる」

「見ないでええっ! あああっ、恥ずかしいのに止まらないい! どうにかなっちゃううう!」


―――――


「こんなに全力であえぐとは思わなんだ……さすがの我も驚いたわ」

「な、なあ……俺なんて言ってたんだ? 雨模様……俺、なにしてた?」

「大丈夫。孝哉は教えてくれた。大事なのは過去じゃなくて未来だって」


 ひどくげんなりした様子の凛と、過去最高に力強い断言を見せてくれた雨模様。

 記憶が飛んでいる。乳首に凛の手が触れた次の瞬間、床に寝転がって天井を眺めていた。

 なにがあったんだ。雨模様は無事だったのか。俺は大切な人を守れたのか。


「なんというか……すまんかったのう。ただ、これだけは言えるでの」

「私からも伝えたいことがあるよ」


 立ち上がった二人は、やけに真顔だった。

 あ、もしかして感謝してくれるのかな。体を張って行動したからな。いやあ照れるね。


「すまぬ。さっきの忌まわしき姿を忘れる時間をくれぬか? このままでは、孝哉氏が苦手になってしまいそうじゃ」

「あの……私も、同じ。孝哉は大切な人だから。変態なんかじゃないって、私は信じてるから」

「えっ」


 しかし、注がれたのは哀れみの視線と、ほんわかした綿菓子のような拒否の言葉。

 二人は少しずつ遠ざかっていく。玄関に向かっているのだと分かった。


「また会おうぞ」

「お邪魔しました」

「え、あ、いやあの、少し待っ――」


 ばたん。

 わずかな言い訳を挟む間もなく、茶の間と廊下をさえぎるためのガラス扉が閉じられる。

 俺の側にいてくれたのは、空間を支配しそうなほどの静寂だけだった。


(……なにこれ)


 損得考えずに雨模様をかばったはずなのに、気が付けば俺は変態扱い。

 理不尽なことは、いつだって突発的に降りかかる。晴れた日の午後に降る夕立に似ていた。


(世界は、複雑だな)


 雨模様は守れたけど、俺の大事な何かを失った気がした、空に星がまたたき始めた夕暮れ前だった。

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