第3話 準備
異世界に来てから、三週間が過ぎた。
たかひろの生活は、思っていたより早く落ち着いていた。
仕事を見つけ、住む場所も決めた。
電車にも乗った。
コンビニにも入った。
そして何より、妙なことに困っていない。
「……便利なんだよな」
たかひろはスマートフォンを眺めた。
元の世界から持ってきたスマートフォン。
当然、異世界に来た時点で使えなくなると思っていた。
ところが。
電源を入れてみれば普通に動いた。
電話もできる。
インターネットにも繋がる。
しかも、契約しているキャリアまでそのままだった。
「なんで繋がってるんだよ……」
最初は本気で驚いた。
だが、驚くのはそれだけではなかった。
銀行口座まで、そのまま使えた。
異世界の銀行で新しく口座を作ったわけではない。
元の世界で使っていた口座。
それが、普通に利用できる。
残高も変わっていない。
カードも使える。
ATMから現金を引き出すことまでできた。
「……まあ、使えるんだからいいか」
最初のうちは何度も確認した。
しかし、何度試しても結果は同じだった。
理由は分からない。
誰かに聞いても分からない。
異世界に来たという事実そのものが説明できないのだから、スマートフォンや銀行口座が使える理由など、考えても仕方がない。
たかひろは、そういうものだと思うことにした。
少なくとも生活する上では、ものすごく助かっている。
そんな中で、たかひろが妙に安心できたものが一つあった。
「……コミケ、あるんだよな」
スマートフォンの画面を見る。
異世界のコミックマーケット公式サイト。
次回開催まで、あと一週間。
たかひろは、ここ数日ずっとこのサイトを調べていた。
サークル参加。
一般参加。
コスプレ。
企業ブース。
更衣室。
スタッフ。
基本的な構造は、知っているコミックマーケットとよく似ている。
「まあ、コミケだもんな」
たかひろは苦笑した。
だが、細かく見ていくと違いが出てくる。
「……入場方法」
参加者向けの案内を開く。
この世界では、午前中の入場には紙のカタログが必要らしい。
カタログを持っていれば入場できる。
ただし、午後になるとカタログがなくても入場できる。
「……へえ」
たかひろは画面を眺めた。
「ずいぶん昔っぽいやり方だなぁ」
コミケに長く参加しているたかひろには、この方式に覚えがあった。
昔のコミケでは、カタログが入場で必要なこともあった。
もっと昔まで遡れば、そもそもカタログが今のような形で存在していなかった時代もある。
二十年以上コミケに参加してきた。
その間にも、入場方法は何度も変わってきた。
「今は、もっといろいろ整理されてるけどな」
たかひろは呟いた。
この世界では、まだ昔ながらのやり方が残っているらしい。
とはいえ、それ自体は悪いことではない。
むしろ、こういうところに世界の違いが出ているのが面白かった。
さらに案内を読み進める。
「深夜来場は禁止……か」
これは同じだ。
ただ、具体的な待機場所について探してみると、少し様子が違った。
「……待機列の場所、書いてないな」
会場へのアクセスは書いてある。
入場方法も書いてある。
深夜来場についての注意もある。
だが、現代の日本のコミケなら当然のように細かく書かれているような情報が、見当たらない。
「まあ、現地で案内するのかもしれないけど」
たかひろは別のページも確認する。
やはり、詳しいことは書かれていない。
コスプレについても基本的な注意事項はある。
更衣室があることも分かる。
だが、細かな運用までは書かれていない。
「……この辺は、現場で聞けってことなのかな」
たかひろは首を傾げた。
元の世界なら、こういうことはもっと細かく決められていて、公式サイトやカタログを読めばある程度分かる。
長年参加してきたからこそ、その違いが分かる。
しかし、この世界のコミケは、どうやらそうではないらしい。
「昔のコミケって、こういう感じだったよなぁ」
たかひろは少し笑った。
何もかもが完璧に整理されているわけではない。
長年の慣習があって、参加者もスタッフも、それを何となく理解している。
分からないことは現場で聞く。
そうやってイベントが回っている。
そんな雰囲気がある。
「……まあ、行ってみれば分かるか」
たかひろは画面を閉じた。
次に開いたのは、カタログの販売ページだった。
紙のカタログ。
Webカタログも存在している。
サークル名を検索できる。
配置も確認できる。
地図も見られる。
実際の準備に使うなら、どう考えてもWebの方が便利だ。
「これはWebでいいな」
たかひろはWebカタログを開いた。
気になるサークルを検索していく。
知らないサークル。
知らない作家。
知らない作品。
それでも、眺めていると妙に楽しい。
「この辺、面白そうだな」
いくつかお気に入りに登録する。
そして会場図を確認する。
サークル配置。
企業ブース。
コスプレエリア。
更衣室。
大まかな位置関係を頭に入れていく。
「……やっぱり、会場は違うか」
当然だ。
ここは異世界なのだから。
だが、それ以上に気になるのは、細かな案内の少なさだった。
どこまで決まっているのか。
どこから先が現場判断なのか。
Webだけでは分からない。
「これは、実際に行った方が早そうだな」
たかひろはそう呟いた。
そして、ふと紙カタログのページに戻る。
「……」
しばらく眺める。
Webカタログがある。
実際に使うのもWebだ。
紙は重い。
厚い。
持ち歩けば邪魔になる。
それでも――。
「初めてだしな」
この世界のコミックマーケットに参加するのは初めてだ。
この世界で最初に買ったカタログ。
それを手元に置いておくのも悪くない。
「記念にはなるか」
少し迷った。
そして、紙カタログを注文した。
「……買っちまった」
たかひろは苦笑する。
実際に当日使うのはWebカタログ。
紙の方は、家で眺める。
そして、この世界のコミケに初めて参加した記念にする。
「まあ、いいか」
注文を確定した。
再びWebカタログを開く。
「さて……」
今度は当日の予定を考える。
どこから回るか。
何を優先するか。
昼食はどうするか。
コスプレも見たい。
ただし、全部を見るのは無理だ。
「……絞らないとな」
二十年以上参加していても、ここは変わらない。
欲しいものを全部手に入れようとすれば、時間も体力も足りなくなる。
自分が何をしたいのか。
何を優先するのか。
それを決める。
たかひろはお気に入りのサークルを眺めながら、当日のルートを考え始めた。
異世界に来てから三週間。
帰れるかどうかも分からない。
知らない街。
知らない人。
知らない生活。
それでも。
来週、この世界のコミックマーケットに行く。
それだけは決まった。
たかひろはスマートフォンを置いた。
そして、紙カタログの注文確認画面をもう一度見る。
「……届くの、楽しみだな」
異世界に来て初めて。
たかひろは、心から来週を楽しみにしていた。
ぶっちゃけ無計画で書き始めています、ところどころあらもありますし、自分の記憶に頼っているところもあります。
お金のことは書いてませんが、基本同じものを使っていると考えてください、たかひろはコミケ帰りで素寒貧の可能性もありますが、まぁある程度残っていて困ってないと考えてください。
そんな部分はある程度目をつぶっていただきたいw
ですが冒頭ちょっとだけ修正しました。まぁ物語に対して影響ないです。
まぁ後ほどつじつまはちゃんと合わせて修正はしたいです。
思ったより早く3話できましたw
あ、ここは完全に違うぜってとこはご指摘ください。(一部読者向けコメント)




