子竜の救助
書籍第一巻発売中&コミカライズ企画進行中。詳しくは活動報告をチェック
その後、結界解除の魔道具を大至急用意してもらった私は、アルフォンス王太子を咥えて振り回すソラバシリオオリュウを何とか宥めすかし、大急ぎでジェーダンに戻ってきた。
痩せ細り、弱った体を押して子供の元へと駆ける巨竜の背中に乗り、別荘跡地まで辿り着くと、私に向かって手を大きく振るクラウディアの姿が見える。
「博士っ! どうでしたか!?」
「とりあえず、封印解除の魔道具は用意してもらった。今から開ける」
私はソラバシリオオリュウの背中から飛び降りながら答え、床扉の元に駆けつけながら懐から魔道具を取り出す。
件の魔道具は、持ち運び用に紐が括りつけられ、持つ所に魔石が組み込まれた鍵状の物だった。私はその鍵を床扉の鍵穴に差し込んで回すと、魔石が光を放ちながらカチャリと音が鳴る。
床扉の封印が解かれたのだ。私は鍵穴に差しっぱなしになった魔道具を引き抜く時間すら惜しんで床扉を開け放つと、地下へと続く狭い階段が姿を現す。
「ガァアアッ!」
その瞬間、子竜の臭いが強くなったのかもしれない。ソラバシリオオリュウが階段の奥に向かって短い方向を上げると、その大きな頭を入り口に近付けてきた。
「……大丈夫。私らが子供を連れてくるからねー」
私はその頭を抱き寄せるように手を添えて顔を擦り付けると、クラウディアたちを連れて階段を降りていく。
日の光が届かない地下なだけあって、重く淀んだヒンヤリとした空気に混じって、発光したブドウのような匂いが漂ってくる。元はワインの貯蔵庫で、冷蔵魔道具が普及されてからは使われなくなったってところか。
もしそうなら、利便性を考えてそんなに長い階段でもないはず……その予感は的中し、十秒と経たない内に階段を下り切ると、私たちの前に古い木製の扉が行く手を遮っていた。
「うわっ、ここも鍵掛かってるし」
ガチャガチャとドアノブを回して開けようとするけど、ここも空かないようになっている。どうやら床扉の封印魔法を解除し、会談の先の扉を物理的に開錠しないと辿り着けない仕組みになっているらしい。王家の別荘なだけあって、厳重なセキュリティだ。
「失礼博士、少々退いていただけますか?」
それを瞬時に察したのか、私の前まで出てきたヴィルマさん。
彼女の意図するところを何となく察した私が横に退くと、ヴィルマさんは躊躇なく扉を蹴破った。
「さ、行きましょう」
「ありがとうございます、助かりました」
「何の躊躇もなく扉を蹴破りましたね!?」
蝶番がひしゃげ、ロックの役割を果たしていた金具を圧し折って頼もしい顔で部屋の奥を親指で指すヴィルマさんに、クラウディアは何か言いたげだったけど、私はそれをスルーする。
だってヴィルマさんがやらなかったら、私がやろうと思ってたからね。ただ私の身体強化魔法じゃ蹴破るのに手間取ったし、ヴィルマさんが一発で蹴破ってくれたのは正直助かった。
「さて、子竜はどこに……」
私は灯りとなる光球を出す魔法を使い、真っ暗な地下室の中を照らす。
するとその光に反応したかのように、か細い鳴き声が聞こえてきた。
「居た! ソラバシリオオリュウの子供!」
慌てて駆け寄り灯りで照らすと、そこには親竜よりもハッキリと骨が浮き出ている、ガリガリに痩せ細ってまともに鳴き声を上げることも出来ない大型犬ほどの大きさのソラバシリオオリュウの子供が、力なく横たわっていた。
誰が見ても分かる、完全な栄養失調状態だ。眼も窪んでいて、私たちを見ても長い首や尻尾を持ち上げることすら出来ていない。
「酷い……! こんなになるまで……!」
口元を手で覆ったクラウディアの悲しげな声を聞きながら、私は頭の中で素早く状況を整理し、取るべき手段と順序を思い浮かべる。
何はともあれ、まずは子竜の回復を最優先させないといけない。その為には水分と魔力を摂取させる必要性があるけど……。
「アメリア博士、雷の魔石です! これを食べさせれば……!」
「いや、無理ですね。ここまで弱ってる状態じゃあ、魔石を呑み込む力もない」
ここまで飢餓状態が酷いと、嚥下する為の筋力は勿論のこと、腸内機能もかなり衰えているはず。
今の状態で固形物である魔石を呑み込ませることは、最悪の場合喉に詰まらせて呼吸すらできなくなるから却って危険だ。
仮に他の生物と同じ基準で考えるなら、魔石を腸内で分解する能力も衰えていると考えて然るべき。やるなら直接、魔力と水分を少しずつ胃に送るしかない。
「誰か、桶か何かに水を汲んできてください。ジェーダンの近くに、舟運にも使う河があったはずです。それからタオルも一緒に持ってきてください」
「では自分がっ!」
出した指示に即座に従い、護衛の兵士たちの内の一人が地下室を飛び出していく。それを見送る間を惜しみ、私は矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「このドラゴンは飢餓状態なのに加え、長らく地下室に閉じ込められていて体温もかなり低下しています。今すぐ地上に出して、太陽光と焚き火、それから毛布か何かで体を温める必要があります。あと包帯やポーションも。地下室から出ようと暴れたのか、擦過傷が見られます。細菌を防ぎたい」
「了解しました。ではそちらは我々で準備をします!」
「お願いします。クラウディア、子竜を地上に出すから手伝って」
「は、はいっ!」
指示を受けて動き出すヴィルマさんを尻目に、私はローブコートを脱いで子竜の下に敷くと、クラウディアと息を合わせてローブコートを持ち上げ、子竜を地下室から運び出す。
病院でも身動きできない患者を動かすのに使う技術の応用、いわば即席の担架だ。とにかく安静にする必要がある今、素手で抱えて負担を掛けることも避けたい。
そうして子竜を地下室から出すと、即座に親竜が近寄ってきて、口の中に含んでいた魔道具の残骸……雷の魔石が組み込まれていた物を地面にばら撒き、弱ってまともに動けない子竜に鼻先を擦り付けながら悲しげな鳴き声を上げる。
「やっぱり……魔石を貯め込んでたのは、子供がお腹を空かせてると思ったからだったんだね」
その為に自分が飢えるのも限界まで我慢して、必死に魔石を貯め込んでいた。
痩せ具合から見て、全く食べなかった訳じゃなかっただろうけど、それでも魔力濃度が非常に低いこの土地で休まずに子供を探し続け、餌にも手を殆ど手を付けずにい続けたのは、相当な根気が必要だっただろう。
でも残念ながら、この魔石を直接食べることは、今の子竜には出来ない。
「博士、ただ今戻りました! 水とタオルです!」
だからこの魔石は、子竜を救うのに使わせてもらう。
魔法で熾された焚き火と毛布で子竜の体を温めながら擦過傷の処置をしていた私は、ヘキソウウモウリュウに乗って戻ってきた兵士から、何処からか拾ってきたであろう手桶に満たされた水とタオルを受け取る。
そして即座に自分の魔力属性を雷に変換。その魔力を体外に放出し、水に移し始めた。
「その魔道具から魔石を取り出して桶に突っ込んで。これらも全部分解して水に付与する」
「わ、分かりましたっ!」
この世界では日常的に存在している魔石は、生成と逆順で魔法を使うことで、凝固状態から大気や水に漂う魔力に分解することが出来る。親竜がかき集めた魔石を全て分解すれば、相当高濃度の雷属性魔力を大量に生成できるだろう。
そうして得た魔力を操作し、私はその全てを手桶の中の水に付与すると、水からバチバチと帯電をし始めた。
(聞いた通り、水は魔力を付与する媒体としては一級品だ)
私も辺境伯邸で働くようになり、色んな学術を見聞きするようになった知ったんだけど、水には魔力を付与しやすい性質がある。
その性質を利用し、魔法薬作りは勿論のこと、近年では魔道具の製造にも魔力が付与された水……魔力水が洗浄工程に使われるようにもなったという。
ならばその性質を魔石を呑み込んで分解する力を失った、飢餓状態のドラゴンに魔力を摂取させる、栄養剤としても使えるんじゃないかと思ったのだ。
(本当なら、静脈に点滴でもした方が良いのかもだけど……)
生憎、静脈点滴に使えるような細い注射針なんて今のこの世界には期待できないし、そもそもドラゴンの静脈がどこかなんてまだ解明できていない。
そんな状態でドラゴンに栄養補給させる方法があるとすれば一つ……私はタオルを持ち、その手を帯電している水に突っ込んだ。
「博士っ!? 危険です!」
「大、丈夫……!」
雷属性だからか、それとも生成方法が不味かったのか、見ての通り私お手製の魔力水は、触れれば感電する代物だった。
バチバチと手に激しい痛みが走り、強烈な痺れによって指の感覚が鈍くなる。身体強化で肉体の強度を上げてなかったら、間違いなくこれでは済まなかっただろう。
しかし逆に言えばその程度。現状、私の手は火傷すら負っていない……電気に強い耐性を持つ【雷竜目】のドラゴンなら、この程度の電流、弱っていても問題ないだろう。
「よーし、ちょっとずつ……ちょっとずつ飲もうなー」
私は魔力水を大量に吸ったタオルを軽く絞り、それを脱水状態で乾いた子竜の口内に突っ込む。
今の子竜にとって、水を一気に飲むことも難しいだろう。咽て気管に入ることも想像に難くない。だからこうやって魔力水で濡らしたタオルで口内を湿らせながら、ほんの少しずつ魔力水を胃に送っているのだ。
「大丈夫、お母さんもちゃんと迎えに来てくれたよ。安心して、ちょっとずつ吸いなー」
子竜に向かって「タオルを少しずつ吸うように」と思念波を送りながら、私は口内を湿らせる。
そんな私の様子を、親竜はまるで見定めるかのような目で見ていた。
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