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子供の爪牙を恐れるか、恐れないか

書籍第一巻発売中&コミカライズ企画進行中。詳しくは活動報告をチェック


「ちょ……!」


 これには私も慌てた。

 奇襲を仕掛ける動物は枚挙に暇は無いけど、猛獣や魔物の研究者ではなく、人間を捕食対象としないドラゴンを研究し続けてきた私は、実を言うと奇襲されることの経験は割と少ない。

 ましてや他国の人間……エルメニア政府の要請によって呼ばれた私を、エルメニア王国側の人間が攻撃してくるとは、ちょっと想像していなかったのだ。

 

「馬鹿っ! 止め――――」


 だから対処が遅れてしまったのである……明確かつ強烈な殺意に反応したドラゴンたちが、一斉に吠え猛りながら、実母に向かって反撃に出るを止められなかった。


「きゃああああああああああああああっ!?」


 幸いと言うべきか、実母の害意に反応したのは、私の近くにいたシグルドたちヘキソウウモウリュウ五頭。

 各々が尻尾や牙、飛び掛かりで反撃しようとしたけれど、密集状態にあったことで体がぶつかり合ったことで、その威力は大きく減衰。

 結果、体勢が崩れた不格好な体当たりをするかのようになって、実母の体は弾き飛ばされるだけで済んだ。


「博士っ! ご無事ですか!?」

「私は大丈夫です! それより、シグルドたちを宥めんの手伝って!」


 辛うじて私の事が目に入っているのか、シグルドたちは私が実母との間に壁となって立ち塞がると、彼らはフーッ、フーッと興奮しながら鼻息を吹きながらも、何とか踏み止まってくれている。

 その間に即座に駆けつけてきたヴィルマさんたちが地面に転がったナイフを回収し、実母を簀巻きにして拘束すると、私と一緒にヘキソウウモウリュウたちを宥めすかせることに成功した。


「ふー、危なかったぁ」


 何とかシロやソラバシリオオリュウにまで害意が波及し、大暴れし始めるのを防げた。もしそうなってたら、私たちもタダじゃすまなかったしね。

 ……それにしても。


「まさか私を狙ってくるとは思いませんでしたよ、リーヴス夫人」


 母とは呼ばず、他人行儀にそう呼ぶと、地面を転がって体のあちこちに擦り傷をこさえた実母は、体の痛みも無視して私に血走った目を向けてくる。

 私の記憶にある限りだと、こんなにも強い感情をこの人から向けられるのは初めての事だ。母が子に向ける愛情などでは決してなく、外敵を睨みつけるかのような眼差し。

 それはまるで、我が子を食らうために現れた外敵を、体を張って追い払おうとする獣にも似ていた。


(本当に、対極的だなぁ)


 七年前に見せた、カーミラ殿下に向けた眼差し。

 これでは一体、どちらが実の子なのか分からなくなるような柔らかな眼差しと、本当に正反対だと改めて思う。

 一応これでも、私の方がこの人と血が繋がっているんだけどなぁ。流石は人間、この人が何を思っているのかは知らないけど、本能よりも欲と理性が勝るらしい。


「まぁいいや。今はこの人の事を追究してる場合じゃない」


 それよりもまずは、ソラバシリオオリュウの子供の救出が最優先だ。

 私は素巻きにされた実母を肩に担ぎ上げると、ヴィルマさんたちに視線を向ける。


「私はこのまま、フォルゲンに向かうついでに、リーヴス夫人を突き出してきます。事情を説明すれば、まぁ適当に処理してくれるでしょう」


 どのような処分が下されるのか知らないけど、そこら辺に関しては私は適当に済ませてくれればいいと思う。

 他者を害するのは人の本能に根差した業。どのような動機があって実の娘である私を外敵と思ったのかは知らないけど、そんなことに一々過敏に反応していたらキリが無い。


「ですが博士、今ドラゴンに騎乗するのは危険では? ある程度落ち着いたとはいえ、害意を放った当事者を乗せて行くには……」

「む……」


 確かに、シグルドたちはどこか落ち着かない様子ではある。先ほどまで害意に当てられて暴れていたし、その原因となった実母を乗せて向かうのは、ドラゴンたちからすれば落ち着かないのかもしれない。

 馬だって、暴れた直後に乗るのは危険なのだ。ここは意見を取り入れ、比較的落ち着いているシロに乗せてもらうべきか……そう判断して実母を地面に降ろそうかと考えていると、地鳴りと共に大きな影が私を覆った。


「おぉう。どしたの?」

 

 私の元に近付いてきたソラバシリオオリュウが、私のローブを器用に咥えて実母ごと持ち上げると、私たち二人を纏めて軽く上空に放り投げ、落下してきた私たちを頭で受け止めたのだ。

 突然の出来事に一瞬困惑した私だけど、この行動の理由には割とすぐに検討が付いた。 


「あ、もしかして連れてってくれるの?」


 そう問いかけると、ソラバシリオオリュウは唸り声を上げながら、私たちを落とさない程度にしっかりと頷いた。

 このソラバシリオオリュウは、私がジェーダンに到着してからずっとコミュニケーションを図り続けてきた個体。今となっては首肯によって、ある程度の意思疎通を図ることが可能だ。

 そんな個体であれば、私が考えていることを角を介して自発的に感知し、「子供を助けるにはフォルゲンに向かう必要がある」と理解したのかもしれない。


「は、博士っ!」

「大丈夫。私はこのままフォルゲンに向かいます……さぁ、目指すはあっちだよー」


 私は思念波を飛ばしてフォルゲンがある方角を示すと、私たちを乗せたソラバシリオオリュウは咆哮を上げながら地面を蹴り、目的地に向かって直線状に走り出した。

 筋力量……中型のドラゴンとは比較にならない圧倒的なフィジカルにあかせたソラバシリオオリュウの加速は、まさに爆発的だ。その巨体からは信じられない勢いで最高速度に到達し、一瞬の内にジェーダンから飛び出して、とてつもない速さで平原を駆け抜けていく。

 その際、幾つかの建物にぶつかって木っ端微塵にしちゃったけど……まぁ今更な被害だろう。


「どうして……どうしてなのよ……」


 大型の【走竜科】……それも栄養失調で弱ってるとは思えないドラゴンの走行速度に感心すら抱いていると、肩に担いだ母が呻くように呟く。


「どうして邪魔するのよ……私はただ、私の姫様をお守りしたいだけなのに……!」


 私を睨みながら呟かれた実母の言葉は、私の胸にストンと落ちた。

 それは確かに、私に対する明らかな恨み言であり、同時に確信に至る言葉でもあったからだ。


「あー……なるほど。貴女たちが庇おうとしていたのは、やっぱりカーミラ殿下でしたか」


 確かにジェーダンで起こった今回の事件の原因が王族……それも聖女と持て囃された王女が不用意にドラゴンの子供を連れ帰ったことで引き起こされたと世間に知られたら、とんでもない顰蹙を買うことは私にも想像できる。

 本当なら内々で処理したい案件だったんだろうけど、結局自分たちで対処しきれずに私を呼んだまでは良かったものの、その私が別荘跡地を調べ回って事の原因に辿り着こうとしていたものだから、それはもう目障りに思ったことだろう。

 その他諸々を含めても正直、エルメニア側の動きは随分とお粗末に見えるけれど、政治的なリスクを避けようとしたらそういう対応しかできなかったんだろうなぁ。ドラゴンが国にとって重要な貿易港に出現して居座り続けるなんてことがおこったら、まともに対処できる国はまずない。

 しかも避難民を巻き込んだ大規模な隠蔽まで図らないといけなかったとなったら、そりゃあ悪手の連続になるわ。


(だから私を殺そうとしたってわけか)


 独断か、命令されてかは知らないけど、少なくとも私が死ぬか大怪我をすれば、調査は中断されるからね。その間に子竜やその他証拠になりそうな物を処分してしまえば、ジェーダンは取り戻せなくても、カーミラ殿下の名誉は守れる。

 それだけこの人とっては、カーミラ殿下がそれだけ大切だったんだろう。実の娘を犠牲にしてでも、祖国の利益を損なってでも、カーミラ殿下を守りたかったんだ。


「まぁそれも一つの生き方。私を食い物にしたいっていうんなら、それはそれで構いませんけどね……一つ聞いていいですか?」


 私はこの後、起きたことを洗いざらい喋る予定だ。その結果、実母がどのように処罰されるかは大体予想が付く。

 少なくとも、これがこの人と会話できる最後の機会だろう。だからって特に話したいことも無いんだけど……この人には一つだけ、ちょっとだけ気になったことを聞いてみることにした。


「何でカーミラ殿下を叱んなかったんですか?」

「……は?」


 憎悪の眼差しから一転して、実母は理解しがたいものを見るかのような目を私に向ける。


「今更こんなことを言うのも後も祭りですけど、普通まともな準備も無しに野生動物を連れ帰るなんて、反対して然るべきでしょう。飼育方法も注意事項も分からないまま飼っても、動物と人間の双方が傷付くだけです。実際、怪我どころか街一つが機能不全に陥る事態になっちゃいましたし、そうなる前に怒鳴ってでも止めた方が良かったんじゃないですか?」

「な、何を言っているの……? 王族を……姫様を叱るだなんて、そんなことが出来るはずが無いでしょう!?」


 そんな可笑しなことを言ったとは思っちゃいないんだけど……まぁこういう反応をするのも少し分かる。エルメニア王国はアルバラン帝国よりも身分制度が厳格だって聞くし、王族に意見したり歯向かったりするのが難しいんだろう。

 家族よりも主君を優先し続けてきた実母にとって、その主君を叱るなんて想像すらしてこなかったのかもしれない。 


「……少なくとも、私は怒られて悪い気はしませんでしたけどね」

 

 前世の入院生活中に思ったことがある。すっかり心の距離が離れて叱ることすら諦めた両親よりも、深夜に発作が出て苦しいのに、遠慮してナースコールを押さなかった私を叱ってくれた看護師さんの方が身近に感じるな、と。

 それは多分、ドラゴンのような角が無くても、心配の念が感じ取れたからだと思う。それが怒りという形で表れたとしても、自分の事を見てくれている人というのは得難いものだと、子供心に思ったものだった。


「犬や猫、今私たちを乗せて走るソラバシリオオリュウも自分の子供を叱ります。逆上した子供に引っ搔かれても噛みつかれても、子供が大人になって自分の元を巣立った後でも生きて行けるようにする為です。もしそれをしないのがいるんだとすれば、それは惰性で親をやっているか、子供の爪牙で傷つくことを恐れて、子供に必要なことを教えない……そんな臆病な個体のどちらかなんじゃないんですかね」


 そんな話をしていると、私たちを乗せたソラバシリオオリュウはフォルゲンに到着した。

 地鳴りを響かせながら疾走する巨竜に街の住民たちが悲鳴を上げる中、窓ガラス越しに大きな屋敷内にユーステッド殿下が居るのを私は発見し、ソラバシリオオリュウの頭の上から屋敷の中へ突入するのだった。




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― 新着の感想 ―
自分を顧みなければならない節でした。子育ては簡単ではないですよね。 それにしても、アメリアたちはソラバシリオオリュウの速度によく耐えられたな、と感心しています。魔法で固定したりできるのかもしれませんが…
『叱らない子育て』の悪いところがモロに出た感じだなぁ。 立場とか環境が悪かったとはいえ気付くのが遅すぎた。
トカゲの尻尾切りか
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