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「どうしてこんな場所まで来たの?」
別荘跡地の調査が出来なくなってから幾日かが経過したある日、護衛一人とクラウディアを連れてきた私はソラバシリオオリュウの隣を歩きながら、思念波を送りつつ語りかけていた。
「ここ、餌になるもの何もないよ? そんなに痩せちゃって……お腹減ってるでしょ? かといって魔石も食べないし」
思念波を送ることで、ソラバシリオオリュウからの反応を窺っているのだ。
ドラゴンは言語こそ用いないけど、思念波を通じて人間ともある程度コミュニケーションが取れる。そこからソラバシリオオリュウがジェーダンに留まり続ける理由を探れないかと、調査初日から私はこうして語り掛けているのだ。
といっても、今のところ大した事は分かっていない。私がジェーダンに到着する前まで、人間から度重なる攻撃を受けてきたからか、本格的な反撃に出ていないけど、明らかに人間に対して警戒心を抱いている。
(私に攻撃の意図がない事だけは伝わってるのか、威嚇することも無くなったけど……)
だからと言って、好意的な態度を示している訳でもない。ただ何かに駆られるようにウロウロと徘徊し、魔石を見つけては同じ場所に溜め込んだりしているばかりで、思念波を送っても反応らしい反応は示さないし、撫でようとしたら体を振って嫌がるし、威嚇して追い払おうとしてくる。
ここからソラバシリオオリュウの警戒心を解き、距離を縮めるにはまだ時間が掛かりそうだ……けれど、一つだけ明確に分かったことがある。
「元居た場所には戻んないの? あっちには餌が沢山あるじゃん」
そういう思念波を送ると、ソラバシリオオリュウは首を左右に振って明確に否を突き付けてきた。
首振りによってイエスかノーかを示すやり方を教え、栄養失調による衰弱を考慮して巨竜半島に戻ることを促してみると、こうやって明確に拒否を示すのだ。
やっぱり私の予想通り、今のジェーダンには自分の生命活動の維持よりも優先する何かがあるということだろう。それを当のソラバシリオオリュウから答えを聞けたのは、かなり大きな収穫である。
「まぁどんな風に生きるかなんてそっちの自由だから、無理強いはしないけど……じゃあ何のためにこの場所に留まり続けてんの?」
私がそう思念波を送ると、ソラバシリオオリュウは高い鳴き声を上げながら、角から魔力を放出する。
それに呼応するかのように、私の肩に乗っていたジークの角から、バチバチと小さな電流が迸った。ソラバシリオオリュウが発した思念波を、ジークが角を介してキャッチしたのだ。
「ジーク、このドラゴンがここにい続ける理由、分かった?」
私からの問いかけの思念波に、ジークは首を縦に振った。
角による意思疎通が出来ない私たち人間では、ソラバシリオオリュウが何を求めてこの地に留まっているのかをすぐには理解できない。しかし、別種とはいえ同じドラゴンであるジークであれば、それも可能だ。
ソラバシリオオリュウからの反応だけでは察せられない答えも、ジークからの反応を補完する形で加えて考察することで正解へ近付くのではと思っての行動だ。
(まぁ、実際に役立つかと言われれば何とも言えないけど……出来ることは思いつく限り何でもやらないとね)
動物の行動原理を把握するには神経系、感覚、ホルモンなどの肉体構造に起因する至近要因と、その行動がどのように役立つのかを示す究極要因を調べるものだけど、今の状況を鑑みれば至近要因を探っている暇はないっぽい。
見聞きできる行動から究極要因を優先的に追求し、一足飛びにでも正解に辿り着かないと。
「アメリア博士、ヴィルマさんが来たみたいですよ」
そんな一連のやり取りを隣でメモ帳に記録していたクラウディアが、大通りの方を指差す。
私はその先に視線を向けると、一時別行動をとっていたヴィルマさんが、ヘキソウウモウリュウのブリュンヒルデに乗ってこちらに向かってきていた。
「アメリア博士、大聖堂の瓦礫の撤去、完了いたしました」
「おー、ありがとうございます」
私たちがソラバシリオオリュウの方を調べている間、ヴィルマさんたち護衛の兵たちは隊を分けて、4人で大聖堂の瓦礫を撤去してくれていたのである。
別荘跡地に次いで、ソラバシリオオリュウがよく訪れていたポイントだ。調べる価値は十分にあると思っていたものの、ドラゴン自体も調査もしないといけなかったから、一時的に現場を任せて別行動をとってたんだよね。
「すみませんね、毎回途中で抜けちゃって」
「どうかお気になさらず。調査の手伝いも我々に与えられた任務ですので」
ヴィルマさんはカラッと笑いながら、私からの謝意を受け流す。
この人のこういうところ、私は割と好きだ。全体的にとっつきやすいというか、言動に裏表や下心を感じさせない分、接するには気楽な人物だと思う。
思い返せば、辺境伯軍の中じゃ一番ドラゴンや軍馬に懐かれているのもヴィルマさんだし、彼ら動物もヴィルマさんに対して私と同じような印象を受けているのかもしれない。
「それじゃあクラウディア、一旦ソラバシリオオリュウの調査は中断して、大聖堂の方を見に行こうか」
「あ、はい! わかりましたっ」
私たちはそれぞれドラゴンの背中に乗り、大聖堂へと移動する。
ジェーダンは大きな街なだけあって、徒歩だとそれなりの時間を要するけど、建物を跳び越えて高速移動が可能なドラゴンなら、街中のどんな場所からでも、大聖堂は目と鼻の先だ。
移動を開始して十数秒ほどで、私たちは瓦礫が撤去された大聖堂跡地まで辿り着いた。
「言われた通り、建物の瓦礫は一か所に集め、机や祭具、本などといった大聖堂内の備品もこちらに並べておきました」
「おー、ありがとうございます。助かりました」
倒壊した聖堂の瓦礫が散乱していた敷地内には、瓦礫は瓦礫、備品は備品といった具合に丁寧に仕分けられていた。
大聖堂内の、一体何がソラバシリオオリュウを引き付けていたのかが不明な現段階では、こういう備品も調査対象。だからこうして瓦礫と備品を分けてもらうよう、ヴィルマさんたちにお願いしていたのである。
「皆さん、瓦礫の撤去お疲れさまでした。後は私とクラウディアで調べていくんで、その間に休んでもらってて大丈夫ですよ」
そう言って瓦礫撤去を頑張ってくれた護衛の兵士たちを休憩させつつ、私とクラウディアは瓦礫の山から掘り出された備品を漁り始める。
壊されている分を含め、内訳の大半はクローゼットや棚などと言った家具類に食器類、聖南創神会に関連する聖典に修道腹。後は日常用の魔道具に、燭台やキラキラした装飾が豪華な祭具と思しき物……そして異様に貯め込まれた貨幣や宝石類などだ。
「なんか、政教分離が出来ていない国の闇を見ちゃった気がして、凄い微妙な気分になったんですけど……」
「まぁそこら辺は調べ終わったら、手出しせずにユーステッド殿下たちに対処を任せよう」
清貧とやらを良しとする宗教には似つかわしくない大金や資産が置いてあるけど、そのこと自体に私は関心がない。別に聖職者が金稼ぎしちゃダメって訳でもないしね。
ただ、こうやって見てみると、対立関係にある北聖創神会が私なんかを聖女なんて祭り上げようと焦る程度には、聖南創神会の規模が大きいのは確かなんだろうなって思った。
聞いたところによると、カーミラ王女が聖女として認定されてから、より一層権威と金が集まるようになったとか。まぁ私はそこまで興味ないからどうでもいいけど。
「それにしても、これと言ってドラゴンの興味を引きそうなのが無いですね。あるとすれば、魔道具に嵌め込まれていた魔石とかがそうなんでしょうけど、それだけで大聖堂に頻繁に訪れる理由になるのかと言われると……どうなんです?」
「うーん」
クラウディアからの質問に、私は生返事も返せずに唸るような声を出す。
確かに、これと言ってソラバシリオオリュウを引き付ける物があるようには見えないし、じゃあこの場所だけ例外的に魔力濃度が高いのかと言えば、それも違うというのは調査用魔道具で判明済み。
結論、ドラゴンが特別関心を示す物は存在しない。
(……となると、物でも魔力でもない、目には見えない何かがこの場所と、別荘跡地にある?)
そしてその無色透明の何かが、ソラバシリオオリュウを引き付けているのではないか……私がそういう過程を思い浮かべていると、クラウディアの方から『あれ?』という、少し驚いたような声が聞こえてきた。
「どうかしたの?」
「あ、いえ。タイトルも何もないノートかと思ったら、誰かの日記帳を開いちゃったみたいで」
「へぇ、どれどれ」
「ちょ、何の躊躇もなく人様の日記帳を!?」
そう言ってクラウディアが見せてきたのは、茶色い革表紙のノートだった。
確かに人様の日記帳を覗く趣味は私には無いけど、全てはドラゴン調査の為。迷わずノートを手に取ってノータイムで開くと、そこには女性らしい丸文字で、記載日と共にこう記されていた。
『私も今日からジェーダンの大聖堂勤務。凄く大きい聖堂に配属されて緊張するけど、お給料は良いし、与えられた部屋も大きいし、クビにならないように頑張って働こう!』
私はパラパラとページを捲って内容を確認していく。どうやら大聖堂に住み込みで勤めていた修道女が書いていた日記帳のようだ。
(まぁだから? って感じではあるかなぁ)
何か手掛かりがあればと思って開いてみたはいいものの、書かれている内容はごく普通の日記だ。毎日書かれているわけではなく、印象に残った出来事があれば記録しているって感じの。
しかし、ドラゴンという単語は出てこない以上、収穫という点では無価値かな……そう思いつつ、念のために日記を全て読んでいくと、私の手は日記の最後のページで止まった。
『最近、教会も慌ただしい。聖女である王女殿下主催の式典を開くってことで、満足に日記を書く時間もない。祭具や祭壇の準備に、大聖堂の大掃除。来賓のお迎えの準備にその他諸々と、とにかく大忙しだ。でもこの式典を成功させれば、最近落ちてきていた王女殿下の、聖女としての地盤が固まるって、大司祭様たちお偉いさんが凄い張り切ってるのよね……その負担は全部私たち下っ端に来てるんだけど。式典の主役の王女殿下は、相方を見せびらかしに街を練り歩いてるだけだし』
どことなく不満を滲ませる修道女の日記に、私は口元に指を当てて思案する。
書かれた日付は、ソラバシリオオリュウがジェーダンにやってきた当日だ。この日記を書いた当人は忙しかったのか、この日付以前の内容には手掛かりらしきものは書かれていないけれど……もしかして、事件当日前のジェーダンの様子、その手掛かりが書かれているかも……そう思い、私は一文字一文字、丁寧に文章を目で追っていく。
『でも正直、流石は聖女様だなぁとも思った。宝石一杯付けた金ぴかの装飾品が届いた時は『ここまでする?』って感じだったけど、まさか遊覧船に乗って海から戻ってきたら、最近話題に』
……と、ここで文章は不自然に途切れてしまっている。
恐らく、ソラバシリオオリュウがジェーダンにやってきたタイミングだったんだろう。修道女は慌ててペンと書きかけの日記を放り出し、避難したってところか。
(でも分かったこともある。聖女としてのカーミラ王女主催の式典に、その相方となるものの存在、やたら豪華な装飾品……これらが事件前のジェーダンで起こった変化だ)
これらがソラバシリオオリュウに何の関係があるのか? 普通に考えれば、人間の祭事が野生の……それも遠く離れた巨竜半島から来たであろうドラゴンに影響を与えるとは考えられない。
しかし、これは私の勘と言うべきか……言語化は難しいけど、これまで得た知識と情報が僅かに結びつき、ふと集められた宝飾品や祭具が置かれた場所に視線を向ける。
「クラウディア、まだ確認していない宝飾品や祭具の中に、金ぴかで宝石が一杯ついてて、変わったデザインのが混じっていないか確認してくれない?」
「へ? か、変わった物ですか?」
「曲がりなりにも元公爵家の養子で、この手の装飾品に関して平民よりかは詳しいでしょ。私はそこら辺の知識がさっぱりだからさ、違いが分かんないの。金ぴかで宝石が沢山ついてるのとか、何種類もあるし、お願い」
遊びでも何でもなく、真剣にお願いすると、クラウディアは困惑した様子で宝飾品や祭具を調べ始める。
「変わった品って言われても、デザインによってどんなものが変わってるのかとか、一概に言えないんですけど…………あ、もしかして、これ?」
「見つけた?」
「はい、多分ですけど……」
クラウディアは自信なさげに見つけた装飾品を数点ほど差し出す。
それは 金箔で全体が覆われた、精緻な文様が彫られた金属板に宝石を編み込んだ、やたらと豪華な装飾品……らしきものだ。
断言できないのは、私の浅い知識の中にある装飾品の形状とは明らかにかけ離れているから。ネックレスでも、腕輪でも、ピアスでもない。どちらかというと、鎧に似たような形状をしている。
「これ、もしかして馬甲なのでは?」
「馬甲って、あれだよね? 馬用の鎧で、敵の攻撃から馬を守る為の……」
「えぇ、そうです。ただ戦場で使うような物ばかりじゃなくて、パレードみたいな式典で馬を装飾する用の物もあるんです。この凝った装飾を見るに、これはパレード用の馬甲なのではと思うんですけど……」
首を傾げ、顔を顰めながら、クラウディアの声は尻すぼみになっていく。
恐らく、これが日記帳にあった豪華な装飾品に間違いはないだろう。しかし、これをパレード用の馬甲と呼ぶには無視できない点がある。
成体で体高が約百六十センチ、幼体でも百センチ近くはある馬に装着する馬甲と呼ぶには、あまりにも小さすぎるのだ。
……そしてこの小ささこそが、私の頭の中に集まった情報の数々を明確な線で結ぶに至った。
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