不可解な行動原理
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正式に勅書が届き、入国に伴う諸々の準備やら通達やらを済ませてからエルメニア王国の貿易都市ジェーダンに向かうことになった私たちは、それぞれドラゴンの背中に乗って草原を駆け抜けていた。
同行しているのはヘキソウウモウリュウ十頭に乗った、私とユーステッド殿下、そしてヴィルマさんを始めとした護衛部隊。ゲンチョウヒョウムリュウのシロに乗るクラウディア……そんな私たちの更に上空を飛翔する、赤い【蛇竜科】のドラゴンを駆る姫だった。
「正直、ティア様が同行するのは意外でした。今回ばかりは留守番するものかと」
私はティア様を乗せて飛翔するシメアゲカエンリュウのゲオルギウスを見上げながら、並走するユーステッド殿下にボヤくように話しかけると、殿下は真面目くさった表情で口を開く。
「災害救助やインフラ整備といった他国への支援の実態は帰属する国家への国際社会における信頼を勝ち取るというのが主目的だが、それを前面に出しては却って反感を買う。その為、表面上は人道的観点という善意による行動と主張することが肝要だ。そしてその象徴として、支援国の姫君が被災した他国民たちと触れ合うことは珍しい事ではない」
「ふーん……そんなもんなんですか?」
それも皇族の仕事の一環って事だろう。
確かに、支援する側の国のお姫様が親身になってくれたら、その国に親近感が湧いたりするのは想像に難くないかもしれない。平民の感情を上流階級が無視できない時代に突入してるって言ってたし、平民たちが帝国に好感を持つようになったら、エルメニアの貴族たちも帝国と事を構えにくくなるって寸法か。
「殿下たちも色々考えてるんですねぇ」
「当たり前だろう。正直、災禍に見舞われた人の心情を利用することになるので複雑ではあるが……その結果、両国の衝突が少なくなるならそれに越したことはあるまい」
そう言って、ユーステッド殿下が苦い表情を浮かべる。
まぁ確かに、この人の性に合うやり方ではないだろう。それでも殿下は皇族だから、帝国の利益を考えて行動しないといけないから、時には人に褒められないこともしないといけない。
「でもまぁ、複雑って思える内は大丈夫じゃないんですか? これで『相手が弱ってるところに付け込んで搾り取ってやるぜ! ひゃーはははは!』みたいな事を本心から思ってるよりかは、全然人聞き良いと思いますよ」
「何だその悪人じみた笑い方は……流石にそんなことを考えながら支援など行わんわ」
確かに、もし殿下が『ひゃーはははは!』なんて笑い声を上げた日には、私なら心情の変化より先に頭の病気を疑う。想像してみたらキャラに合ってなさすぎて、ちょっと笑ったわ。
「ま、それを踏まえてもティア様が同行するのは意外でしたけど。私の事色々心配してくれてたみたいですけど、ティア様の方こそエルメニア王族と色々あった人ですし」
七年以上前、まだ魔蝕病の症状に苦しんでいたティア様をエルメニアのカーミラ王女殿下が突き飛ばしたという一件は、アルバラン帝国とエルメニア王国の間に大きな亀裂を入れることとなった。
その騒動のど真ん中に立たされて苦しむ羽目になったティア様の方こそ、エルメニアに思うところがあるんじゃないかと疑問に思うのは当然だと思う。
「……ティアーユも、思うところが無いと言えば嘘になるだろう。私自身、彼らを信用するのは難しいというのが本音だ。しかし過去に囚われ続けていれば国は前に進まないのもまた事実……ティアーユも、いずれはエルメニア王国との関係を前に進めなくてはならないという事を理解している。無論、前回の時と同じことが無いよう、万全の警備を敷くがな」
「そうですか……ま、納得してるんなら良いんじゃないですか?」
あらゆる生物は、目の前の困難に立ち向かう権利がある。追い詰められたネズミがネコを噛むように、小さなアリ一匹も時として人間を噛んで活路を見い出すのだ。
広義で見れば人間の外交も、そう言った立ち向かう権利のある困難なんだろう。ティア様が立ち向かうと決めたのなら、私はそれに口出しすまい。やれるものならやってみると良い。
「だが今回の一件は、恐れていた事態が起こった……というのが正直な感想だな。ドラゴンが人里を襲い、街を壊滅に追いやるとは。まるで神話の再現だな」
「神話ですか……そう言えば前々から思ってたんですけど、ドラゴンが人から怖がられるようになった切っ掛けみたいなのってあるんですか?」
ドラゴンが人食いの怪物なんて呼ばれるようになった経緯は想像できる。強大過ぎる生物に対しての訓戒みたいなもので、人を……特に子供を無暗にドラゴンに近寄らせない危険防止の為の分かりやすい絵本や神話などの教訓物語が広まった結果だろう。
しかし、その原点については聞いたことがない。昔はどうだったか知らないけど、現状では多くのドラゴンが巨竜半島に集中するように暮らしている。近年ではドラゴンの生息域拡大が進んでいるように見受けられるけど、人とドラゴンが接する機会など普通に生きていればほぼ無いはずだ。
「察するに、大昔に巨竜半島を調査し始めた人たちが居て、その人たちが持ち帰ってきた話が大きく広まった……ってところですか?」
「諸説あるが、その通りだ。聖女オニエスの神話や寓話も、巨竜半島へ初めて赴いた調査団が発表した報告が元となっているというのが定説らしい」
時間を遡って過去を覗き見ることは誰にも出来ない。けれど、ドラゴンの生態を鑑みれば、当時起こったことは大体想像できる。
恐らく、この世界で初めてドラゴンに接した人たちは、ドラゴンを理解しないまま、単なる巨大な魔物だと思って駆除しようとしたんだろう。その行為が温厚なドラゴンの逆鱗に触れて返り討ちに遭い、ドラゴンが危険な生物であるというレッテルが貼られるようになる原因になったってとこか。
「ま、実際ドラゴンに危険な側面があるのは事実ですけどね」
ドラゴンたちは良くも悪くも力を持ち過ぎた。それこそ、ただそこにいるだけで他種族に大きな影響をもたらす程度には。
「ドラゴンの事業利用を進めていた第一皇子派としては、ドラゴンが人里を襲ったという今回の一件によるイメージ悪化は無視できない。問題がすでに起こってしまった以上、ここからの挽回が重要になる。重責を背負わせるようですまないが、お前だけが頼りだ。後のイメージ回復はこちらで行うから、これ以上の被害が出る前に何とか件のドラゴンを巨竜半島に戻してくれ」
「まぁやれるだけはやりますけどね……私は例のドラゴンが、本当に人里を襲いに来たのかっていうのが疑問です」
私がそう言うと、ユーステッド殿下は目を瞠ってこちらに視線を送る。
「何か分かったのか? エルメニアからもたらされた報告内容を聞いた上では、私にはドラゴンがジェーダンを襲撃したとしか思えないのだが……」
「そう見えるのも仕方ないですし、可能性もゼロではないでしょう。でも私は、件のドラゴンにその意識が無かったという可能性もあると思っています」
ジェーダンに現れたドラゴンで分かっていることは、全長十メートルは下らない二足歩行の大型種で、鱗の色は紫系統という事くらい。
ドラゴンの鱗の色は司っている属性を表していて、紫は雷属性。すなわち、【雷竜目走竜科】のドラゴンという事しか判明しておらず、種族の特定も出来ていないんだけど、ここで一つ疑問が出てくる。
「ジェーダンにドラゴンが現れた時、何人もの人が立ち向かったそうですね。それ自体は当然の反応だと思うんですけど、その結果死傷者の数は……」
「ゼロ……そうか、大型ドラゴンと敵対したとしては、この数値は明らかにおかしい……!」
「えぇ。しかも攻撃を仕掛けた者への追撃も無く、比較的大人しく過ごしている……これはドラゴンの外敵に対する行動原理から考えれば極めて異例の事です」
実際に暴れるドラゴンと相対したユーステッド殿下は、彼らがどれだけの力を持っているのか、その力をどれだけ悪意なく振るっているのかを身を以て知っている。
地形をいとも簡単に変えるほどの大型竜が人口の多い街中で害意を向けられておきながら、死傷者を出さないという時点で疑問に思うのは当然だ。私だって最初は死傷者数百人くらいになってるんじゃないのって思ってたし。
「建物を壊したことにしてもそう。ネコが爪とぎの為に飼い主の家の柱や壁を傷だらけにすることに悪意が無いように、人間にとって建造物が非常に大切なものだと知らないドラゴンにとっては、『よく分からない邪魔な物』でしかありませんし、それを壊したとしても害意があったとは限りません」
もちろん、実際に調べてみない事には何とも言えない。しかし、報告内容を聞けば聞くほど、私が知っているドラゴンの生態との矛盾を感じざるを得ない。
「そして極めつけなのが、ジェーダンにやってきた理由が分からない事です」
「……? 餌場を求めての事ではないのか? 魔力の噴出孔増加に伴い、生息域が拡大していると……」
「私も最初はそれを疑いました。けどそう仮説した場合、どうしても無視できないことがあるんです」
大抵のドラゴンは大気中に漂う魔力を吸収し、それを栄養素に変換することで生命活動を維持している。
しかしそれは大気中の魔力濃度がある程度高い土地で生活することが大前提。気温や湿気などの環境の変化に強いドラゴンだけど、魔力濃度の低い地域では生きられないのだ。
「セドリック閣下の元で働くようになってから色んな論文を取り寄せてもらったんですけど、ジェーダンが存在する地方は魔力の噴出孔が存在せず、魔力濃度が非常に低い地域だと複数の研究機関が結論付けています。少なくとも、多くの栄養を必要とする大型竜にとって居心地のいい場所ではない……そんな場所に、件のドラゴンはどうして長期間留まり続けているんでしょう?」
普通、餌が無いと分かれば餌がある場所まで移動し続けるはず。対策も講じずただ飢えて死ぬのを待つほど、ドラゴンは馬鹿じゃない。
それに加えて、人間に害意を向けられても殆ど暴れなかったのは何故なのか……貿易都市ジェーダン、その場所に私も知らないドラゴンの新しい発見が存在しているように思えてならず、私は好奇心に胸が高鳴るのを抑えられなかった。
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