港町と兄の悲劇
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時は遡り、エルメニア王国。
国内外から多くの商船が出入りする貿易都市ジェーダンに向かっていた、腰にサーベルを差したグレーの髪色の青年……王太子アルフォンス第一王子直属の近衛騎士、マルコ・リーヴスは与えられた緊急任務に使命感を燃えていた。
現当主ケインが宰相を務めているリーヴス伯爵家だが、実を言うとリーヴス伯爵家は領地を持っていない、宮廷爵と呼ばれる地位の家門だ。
各地方の運営ではなく、その名の通り宮廷……王家の側近として政府中枢で働く貴族で、官僚職の上位階級に位置しているのだが、リーヴス伯爵家は代々様々な大臣を輩出してきた名門であり、伯爵と言っても実質的には公爵家に匹敵する権力を持っている。
財務大臣、宰相、外交大臣……世代を跨いで様々な分野に手を広げながら、国家運営の舵取りを行う王家を身近で支えることで、エルメニア王国政府の絶大な影響力を広げてきた。
(いずれ王国軍のトップに立つ者として、与えられた任務は必ず遂行してみせる……そうすれば、王家の方々は我がリーヴス家をより高く評価してくれるに違いない……!)
そして次期当主であるマルコが目指すのは王国軍のトップに君臨する役職、元帥。
リーヴス伯爵家はこれまで外交や事務など、荒事とは直接関わりのない役職に就いてきたが、ここでマルコが軍閥の中で昇進し、元帥の地位に就いたとなったら、リーヴス伯爵家の地位と名声は盤石なものとなる。
そうなるべく、両親から王家への忠誠心と共に厳しく教育されて育ってきた。だからマルコは今現在まで、近衛騎士の一員となって次の国王である王太子の傍に侍って着実に成果と評価を積み上げてきたのだ。
そうしてエルメニア王国でも屈指の騎士、王家からの覚えも目出度い剣術と魔法の名手と称えられるようになったマルコに与えられた緊急任務が、ジェーダンへ視察に出向いていた王女、カーミラの保護と救出である。
アルフォンス第一王子とその側近一行がジェーダンまで通商会議に赴いた際、海外から持ち運ばれた高価な舶来品がみたいと言ったカーミラが、視察という名目でアルフォンスたちに同行してきたのだ。
とは言っても、カーミラ自身が本当に視察という公務をするわけではない。カーミラの目的はあくまでも海外の装飾品やドレスといった品……そもそもにおいて、国王を筆頭とした多くの権力者の寵愛を笠に着てまともな公務も、その為の勉強もしてこなかった王女に出来る仕事などないのである。
しかし、カーミラの兄であるアルフォンスはそれを快く許可した。
国王ベルナール同様、アルフォンスは天使のように愛らしい容姿をしているカーミラを溺愛しており、カーミラの我儘を聞くことは日常茶飯事。
カーミラが州域の貴族や役人と衝突を起こしてもアルフォンスが庇い立てていたし、婚約者である公爵令嬢との交遊をする日も、カーミラに頼みごとをされれば迷いなくキャンセルしてきた……周囲の人間からすれば、公務といいながら豪遊がしたいだけの妹王女の願いをアルフォンスが叶えることなど、今更なのである。
だからアルフォンスはジェーダンまで連れてきた妹を、好きなように過ごさせていた。
幸いと言うべきか、ジェーダンでは大聖堂を始めとした関連施設が幾つも建てられる程度には聖南創神会が幅を利かせており、聖南会の信者も多い。
聖南会が認めた聖女、カーミラが来訪したことで多くの住民たちが喜んでいたし……何より、思いがけもしなかった出来事が起き、聖女カーミラの威光と人気がジェーダンの住民たちの間で一気に跳ね上がった。
その結果、カーミラを連れてきたアルフォンス……ひいてはエルメニア王家への支持率も上がり、結果オーライといったところだったのだが……悲劇は何時だって、突然起こる。
ジェーダンの街に、一頭のドラゴンが襲来してきたのだ。
巨竜半島から海を経由して船着き場から街に乗り込んできた、建物を倒壊させながら街を闊歩し始めた巨大なドラゴンに、ジェーダンは当然ながら大混乱の渦中に陥った。
泣き叫ぶ住民や、商品と命を天秤にかけた商人たちが右往左往する中、街の権力者や聖南会の神官たちは我先にと逃げ出し、何とか立ち向かってドラゴンを撃退しようとした者たちは、初めてその眼で見るドラゴンの圧倒的な魔力と威容に戦意を喪失させる。
その被害は当然ながら、舶来品を求めて街を散策していたカーミラにも及んだ。
だからこそ、妹を溺愛するアルフォンスは自身が最も信頼する騎士、マルコに命じてカーミラの保護を命じたという訳であるが……マルコの胸には今、アルフォンスへの期待に応えることへの使命感とは別の感情も同時に燃え上がっていた。
(ここでカーミラ殿下をドラゴンの魔の手から颯爽と助け出せば、あの方の心を我が物に出来るかもしれない……!)
生来容姿に恵まれたカーミラへ恋心を抱く男は多いが、マルコのもその例に漏れなかった。
何しろリーヴス伯爵家は代々王家との繋がりが強く、母であるターニャはカーミラの専属侍女だ。必然、幼い頃から将来の側近としてアルフォンスに使えていたマルコも、カーミラと顔を合わせる機会も多くなり、幼馴染みといって過言ではない間柄である。
そんな幼い頃から見目が良く、男心をくすぐる甘え上手なカーミラと長年交流を深めると共に、マルコも恋心と情欲を抱くようになった。
(隣国のジルニール皇子を始め、カーミラ殿下に心を寄せる有力者の子息が多くいるため、正直あの方を娶れるか不安ではあったが……不幸中の幸いとは正にこの事っ。ここでカーミラ殿下から好感を大きく得ておけば、私が次期婚約者最有力候補だ……!)
国王はカーミラの結婚相手の選別基準に、国益よりもカーミラ個人の感情を優先するのではないかと言われている。
当の本人から公言された訳ではないが、帝国との軋轢を起こした時にも必死にカーミラを庇った国王だ。その溺愛ぶりを見れば臣民の多くがそう推察するし、実際にその通りになる可能性だって高い。
だからこそ、カーミラに想いを寄せる男たちは挙ってカーミラからの好感を得ようと虎視眈々と機会を窺っているのだが、ここにきてマルコに最大のチャンスが訪れた。
(純真無垢で、騎士と姫を題材にした古典恋愛劇を好むあの方の事だ。この危機に馳せ参じ、邪悪なドラゴンを目の前で討ち取ったとなれば、カーミラ殿下は私だけを見てくれるようになるはずっ! そうなれば、王家直系筋の姫を迎え入れた我がリーヴス伯爵家は更なる栄誉をもたらされる……!)
そんなカーミラへの恋情とは別に、マルコにはリーヴス伯爵家の跡取りとしての打算も抱いていた。
王家の正妃が産んだ王女にして、聖南創神会が認めた美しい聖女を娶ったとなれば、リーヴス伯爵家の箔は間違いなく強固になる。そうなればマルコ・リーヴスの名声はさらに高まる事だろう。
「きゃあああああああああああああああっ!?」
忠臣にして野心家……そんなリーヴス家の家風に染まっていたマルコが身体強化魔法を駆使し、逃げ惑う人々と倒壊した建物で混沌としているジェーダンの街を駆け回っていると、聞き覚えのある悲鳴を耳にする。
急いでその声がした方へ駆けつけると、そこには頭から血を流して倒れる母ターニャ、ドラゴンに敗れたと思しき護衛の騎士たち、そして全長十メートルは下らない、ヘビのように長い舌を舐めずり回す巨大生物の後ろ姿と、その生物に顔を近づけられて怯え震えるカーミラの姿があった。
「そこまでだ、悪しきドラゴン! この私が来たからには、姫には指一本振れさせんっ!」
マルコは意気揚々に腰から剣を抜き、今まさにカーミラに襲い掛かろうとしていると思しきドラゴンに背後から切りかかり、その姿を見ていたカーミラの表情に喜色が浮かぶ。
確かに巨大で絶大な魔力に満ち溢れている生物だが、マルコは怯まなかった。
王家への忠誠、敬愛する姫君への愛、リーヴス伯爵家の未来を担う者としての野心……そして殆ど顔も見たことがない、取るに足らないと決めつけていた妹の功績がマルコを突き動かす。
(そうだとも……アレはドラゴンを手懐けることで、帝国での地位と名誉を確立させた……ならば私は、ドラゴンを倒すことで更なる栄誉を手に入れられるはず!)
古来より、竜を倒した者はドラゴンスレイヤーと呼ばれ、伝承に名を刻むという。実際にドラゴンを倒した者が歴史学的に確認されていない現在、あのドラゴンを打ち破れば騎士としての名誉も永遠のものとなるだろう。
ただでさえ、エルメニア王国はアルバラン帝国がドラゴンの軍事利用を進めていることに脅威を感じているのだ。そんな情勢下でドラゴンを倒せる騎士が現れたとなれば、自身の評判は正に鰻登り……そんな欲に駆られたマルコだったが、この時の彼は冷静さを欠いていたと言わざるを得ない。
「ごげっ!?」
ドラゴンは背後から襲い掛かってくる敵に対して視線を向けることもせず、長い尻尾による横薙ぎ……そんな鬱陶しい羽虫を払うかのような無造作な一撃だけでマルコを吹き飛ばし、建物の壁に叩きつけたのだ。
そのまま壁を突き破り、マルコは瓦礫の下敷きになる。身体強化魔法のおかげで辛うじて五体満足だったが、あまりにも強烈な衝撃と痛みに意識を失うことは避けられなかった。
「どうして簡単にやられちゃうの、この役立たずっ! 私がこんなに怖い思いしてるのに助けてくれないなんて、酷い酷い酷いっっ!」
そんなカーミラの罵倒を聞かずに済んだのが、マルコにとって幸か不幸かは分からない。しかし現実としては助けてくれる人間は誰も居なくなり、カーミラは絶体絶命の危機に陥っていたのだが、ここで意外なことが起こる。
本来なら敵意を向けたり、害意を放ったりした生物に対しては猛然と反撃に出ることが多いドラゴン。その内の一種で、先ほどまでカーミラを至近距離で見つめながら舌を舐めずり回していた個体が、不意に顔を上げたかと思ったら、どこか寂しげな鳴き声を上げながら無人になりつつあるジェーダンの街を徘徊し始めたのだ。
結局、ドラゴンの襲来によって重軽傷者は続出したものの死傷者は出ておらず、カーミラたちは無事に保護されたものの、件のドラゴンはジェーダンから一向に立ち退こうとはせず、建物という建物を次から次へと壊し、更にその瓦礫を踏み潰しながら徘徊を続けている。
これが、帝国にいるアメリアの元に情報が届く、五十日近くも前の話である。
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