第1話〜火の手が上がるネズミの街〜
『……マ……ゴマ……我が……暁闇の……』
暗くなった小道を走っていると、どこかから声が聞こえてきた気がした。
「……ん? 誰かボクを呼んだか?」
「え? この辺には誰もいないよ? それよりも、今ならまだ引き返せるよ。メル姉ちゃんたちを信じて、戻ろうよ」
「何言ってんだルナ! ニャンバラのバカ野郎どもの侵略をただ黙って見てるニャンて、できるかってんだ!」
気のせいか。誰かが、のしかかってくるみてえな低くて重たい声で、ボクを呼んだ気がするんだが。
まあいい。今はただ、ムーンの所へ急ぐだけだ。
既に日が沈んで、辺りは薄暗い。
ここまで来た道の記憶をたどりながら、草原を越えて行くと――。
草叢で見かけた、卵が連なったような形の乗り物が見えてきた。レールに沿って走るあの乗り物に乗れば、多分街へ行けるはずだ。
途中、建物が立ち並ぶ道を通ったが、ネズミたちの姿はただの1匹も見当たらなかった。明かりも、全部消えている。
卵形の乗り物は……動く気配が無え。やっぱりネズミの姿もなくて、“ネズ・ヴィレッジえき”と書かれた建物の入り口のシャッターも、閉まっていた。
「何だよ! これじゃ街へ行けねえぜ!」
「ニャンバラの軍隊が攻めてくるから、みんな避難してるのかなあ?」
クソ、どーしたもんか……。
近くの道路を見渡してみると。
「お! あれは!」
しめた。たった1台、街で見た円盤形の乗り物が動いてる。マサシたちが乗ってたのと同じ、車輪がなくて宙に浮かんで移動するヤツだ。
ボクは全力で乗り物の方へダッシュして、道路に立ち塞がった。
「わわわ……! まさか、き、君たちが“ニャンバリアン”!? お助けー!」
急停止した乗り物から出てきた制服姿のネズミが、頭抱えて逃げようとしやがる。
「待て! ボクらはニャンバラの奴らじゃねえ! おい、街まで乗せろ、急いでくれ!」
「まま、待って下さい、街は今、危険です! このタクシーも間も無く車庫へ戻るところで……」
「うるせえな! 家族が危ねえんだよ! ボクが操縦する! どけ!!」
「兄ちゃん! ダメ!」
ボクはタクシーって名前の円盤形の乗り物に、強引に乗り込んだ。後ろの座席にルナが飛び込み、隣の座席に制服姿のネズミが慌てて乗り込む。
この乗り物、前の方にたった1つ画面があるだけだ。
「おい、どーやって操作するんだ?」
「この世界の乗り物は、すべて自動運転なんです。モニターに映っている地図を見て、行き先をタップするだけで、行きたい場所へ安全に行けるんですが……」
「よしきた! ネズミの街……ここか!
自動運転ならラクでイイぜ。何て便利な世界ニャんだ……って今はそんニャ事どうでもイイ。
画面には、立体の地図が映っている。“Chutopia2120”と書かれた場所に、ビルが立ち並んだデッカい都会らしきものがあった。
ボクはその場所をネコパンチで連打した。するとタクシーは方向を変えて、森へ続く道へと走り出した。
森のような草叢を抜けた所が、ネズミたちの街だ。
「ああ、動き出しちゃったあ。お客さん、どうか落ち着いて」
「兄ちゃん、ダメだよ勝手に!」
「チィッ! もっと急げ!」
このネズミの世界というのは、“結界”に守られているんだ。外から見りゃあ、あのドームみてえな結界に守られてる範囲だけの広さに見える。ニャンバラの奴ら、そんニャ狭っ苦しい世界に攻めて来てどーすんだと思ってたが――。
母ちゃんが言ったとおり、ネズミたちの世界は全くの別世界らしい。遥か遠く無限に、ネズミの住む世界が広がっているように見える。
そんな広い広いネズミの世界の、鬱蒼と茂った薄暗い草叢の中の道を、タクシーは音もなく走る。揺れもなくて、実に快適な乗り心地だ。状況が状況だから、それを味わう気にはなれねえが。
ボクは制服のネズミに聞いてみた。
「お前、さっきから何もしてねえじゃねえか。このタクシーとやら、一体どうやって動かしてんだ? 車輪も無えし、宙に浮かんでやがる。不思議な車だな」
「このタクシーは、地磁気のエネルギーを使っているんです。目的地を入力すれば、管制センターが全自動で操作してくれるんです。さっきみたいに誰かを轢きそうな時も、自動ブレーキが作動するから、事故は一切無いんですよ」
「すげえな、ネズミの世界って。ニンゲンの世界よりも進んでるんじゃねえの? そりゃあ、狙われるわけだ」
……草叢を抜けたら、街が見えてきた。
所々、火の手が上がっているのが見える。建物という建物がボロボロにぶち壊されて、もうもうと煙が上がっていた。
ニャンバラの野郎ども! この平和なネズミの街に、何て事をしやがるんだ!!
「住民のネズミさんは、大丈夫なんですか?」
ルナが震える声で、制服ネズミに尋ねた。
「ええ、警報が出て、住民は地下や安全な場所へ避難しております。君たちは、“ニャンバリアン”ではないのですね……?」
「良かったです。はい、詳しく話すと長くなるんですが、“ニャンバリアン”ではないので安心してください。それにしても……酷いよ。あのネコさんたち、何でこんな酷い事を……」
ルナの言う通りだ。ネズミたち、何か悪い事した訳でもねえのに、一方的にこんニャひでえ事するニャんて……!
タクシーは、広い公園の近くを通りかかろうとしてる。見覚えのある公園だ。そう、ボクらが最初に行った、プレアデスとの集合場所にした公園だった。
建物の陰に、あの時ボクらが居眠りをした箱があった。ここから道路を渡って森の中を進めば――あの変なトンネル“ワームホール”があるはずだ。
母ちゃんは“ワームホール”の近くの守りを固めるとか言ってたから、母ちゃんたちは、きっとここにいる。
「ここでイイ。お代は払えねぇから、後で鰹節でもくれてやらぁ」
「危ないから、君たちも早く隠れてくださいね!」
ボクはルナを引っ張ってタクシーを飛び降り、森の中へとダッシュした。
「“ワームホール”とやらは……多分こっちだ!」
「引っ張らないでよ兄ちゃん、もう!」
その時だった。
「動くな」
ドスの利いた低い声が、後ろから聞こえた。




