八巻(十八)
ハエルヌンによる春(五)
東州公[オンジェラ・ゴレアーナ]の後見人として、都に来ていたゾオジ[・ゴレアーナ]どのが、また、前触れもなく、サレの屋敷をふらりと訪れて来た。
この時は運よく、サレは在宅中だったので、大事には至らなかった。
サレが応接室に通そうとすると、ゾオジどのが大きな手を横に振った。
「失礼ながら、東州公が母上とお会いしている間の暇つぶしに、贈り物を届けに来ただけですので」
そのように言いながら、ゾオジどのが、漆塗りの小箱をサレに差し出した。
「煙草がお好きと聞きましたので、葉を持参しました。東方の国からの舶来品です。よかったらお吸いください」
ゾオジどのの申し出に、サレは、「それはありがたい。大事に吸わせていただきます」と素直に受け取った。
「前のいくさでは、私の家臣も丁重に葬っていただき、感謝のことばもありません」
「……いくさびととして当然のことをしたまでです。お互い、大事な家来をたくさん失いました。いくさ場で人を殺すのが我々の仕事ですが、やりきれない部分ですな」
サレの言に、ゾオジどのは黙ってうなずいた。
「前のいくさのことがあり、気兼ねするそうですが、愚息があなたにお会いして、いろいろとご教授願いたいと言っておりました」
「優秀なご子息に、わたくしが教えることは何もありませんが、わたくしもまたお会いしたいと思っております。わたくしもご子息もいくさびとです。敵味方に分かれて斬り結んだ程度のことを、いちいち気にする必要はないように思います。……ご子息はすばらしいいくさびとですが、正直、うらやましくはありませんな。わたくしは、息子に凡夫として、つまらない一生を送ってもらいたい」
サレが話している間中、静かな笑みをたたえていたゾオジどのは、ひとつ首肯したのちに、「話の続きはまたゆっくりと。きょうはこれで失礼いたします」と言い、サレの屋敷を後にした。




