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第二部/第一章 新たなる境遇(六)

(六)契約更改


 梓の十六歳の誕生パーティーは一騒乱はあったものの、一応の決着を見て無事に終了した。

 真条寺空港からそれぞれの国家元首や大使、招待客が帰って行く。

 もちろん。

「この借りは必ず返すからな」

 という俊介の姿や、

「おうよ。いつでも受けて立つぜ」

 という慎二もいる。


 真条寺家の執務室。

『あなたをお呼びしたのは他でもありません。今後の梓とあなた自身についてです』

『お嬢さまと私自身ですか』

『これまで世話役として梓の面倒を見てくださったこと感謝いたします。梓もAFCの代表として就任したからには、今まで通りというわけにはいかないでしょう。そこで世話役としての契約更改を致したく、お呼びした次第です』

『契約更改ですか』

『今後、世話役としてのあなたの位置付けは、もっともっと重要になってくるでしょう。私があなたに期待しているのは、梓に対して親身になって相談にのってあげられること、時には厳しく忠告できる人物であることです。

 命令にただ服従するだけの番犬は必要ありません。ニューヨークからずっと一緒に暮らしていたせいか、梓はあなたのことを姉のように慕っていますし、あなたの言うことなら素直に従います。その点、あなたなら申し分ないでしょう。年棒は、取り敢えず現在の二倍の百万ドルくらいからが丁度良いかと思います。梓はまだ学生ですから。いかがです、引き受けては頂けませんか?』

『はい。喜んで引き受けさせていただきます。身に余る光栄と存じます』

『ありがとうございます。梓を悲しませずに済みます』

『いえ、こちらこそ、お嬢さまとこれまで通りに過ごせるなら幸せです』

『それでは、こちらの契約書に良く目を通し、サインしてください』

『かしこまりました』

 契約書にゆっくりと目を通している麗香。

『梓の世話役としての必要経費は、年間あたり十億ドルまでなら、私と梓の許可を取らなくてもあなたの判断で決済を行ってかまいません。それくらいでいちいち許可を取っていたら仕事になりませんからね』

『十億ドルですか』

『少ないですか?』

『いえ、それで充分だと思います』

『梓が大学を卒業して正式に代表に就任し、世界中を飛び回るようになれば、年棒及び必要経費は十倍くらいに増やしても構わないでしょう。もっとも梓が、あなたを必要とし妥当な金額だと判断すればですが』

 麗香は、契約書を読み終えて、サインを添えて渚に返した。

 サインを確認した渚が、契約書を机の中にしまい込み、

『結構ですわ。これで契約更改は完了しました。契約書の写しは後日渡します。では、これをご覧ください』

 と言って、机の操作盤をいじると、背後のパネルに映像が映しだされた。


『こ、これは?』

 そこには、屋敷のテラスで仲良く談笑する梓と絵利香が映っていた。

『この映像は、地球軌道上を回っている人工衛星からリアルタイムに送られてきているものです』

『はい、存じております。以前執務室にお伺いした時に、たまたまこの映像が映されていまして、恵美子さまから簡単な説明を受けました』

『そうでしたか、恵美子さんの判断なら構わないでしょう。とにかくたった今、この時間の梓の映像です。梓がどこで何をしているか、宇宙から二十四時間体制で監視しているのです。もっとも本人には何も知らせていません』

『誰しも、監視されていると知ったら気分を害しますね』

『ですから絶対に本人に気づかれてはなりません。このことを知っているのは、私と恵美子さん。篠崎良三氏、そして、衛星をコントロールしている女性オペレーターだけです。今日からはあなたもその中の一人です』

『女性オペレーターですか。まあ男性には任せられませんね。あと篠崎重工の社長さま』

『篠崎さんには、梓といつも一緒にいる絵利香さんとの兼ね合いでお教えしています』

『お嬢さまに何かあれば、とうぜん絵利香さんにも関わってきますね』

『正確にいうとこの映像は、資源探査気象衛星、英字で呼称される「AZUSA」から送られてきています。この衛星は各種の電磁波、レーザー探知装置を駆使して資源を探し、気象情報を集めるのが本来の仕事なのですが、最新鋭の超高解像度地上監視カメラを使って、梓を追跡することも任務にしています。名前の由来もそこからきているのですが、予備機も含めて五機の衛星が入れ代わり梓を捕らえています』

『すごいですね。宇宙から個人を識別できるなんて』

『あなたの役目の一つとして、この衛星の管理も最重要課題として入っています。これまでは恵美子さんが管理していましたが、今日からはあなたの役目です。もし故障したり、具合が悪くなったときは、即座に代替機を発注してください。打ち上げ費用を含めて、一機あたり七千万ドルです。必要経費を使ってください』

『一分一秒でも、お嬢さまを見失ってはいけないということですか?』

『その通りです。衛星の生産と管理は日本の若葉台にある財団法人AFC衛星事業部及び衛星監視センター。打ち上げロケットは篠崎重工ロケット推進事業部が担当しています。ここに連絡先が書いてあるので担当者と打ち合わせしておいてください。もうひとつ大容量・高速通信用静止衛星、平仮名で呼称する「あずさ」というのもありますが、その辺のところもその担当者から説明を受けてください』

 渚が連絡先の記された用紙を麗香に手渡す。

『話しは以上で終わりです。くれぐれも梓のことよろしく頼みます』

『はい。わかりました』


 一礼してオフィスを出ていく麗香。

『あ、麗香さん。お母さんと、どんなお話しをしてたの?』

『はい。今後も娘の梓のことお願いしますって、渚さまに言われて』

『なあんだ、そんなことか。これからもずっと一緒だよね、ね?』

 梓が、麗香を見つめるようにして、その手を取り握り締めた。それは、梓が不安を感じた時にいつも取る行動だった。声と表情は平静を装っているが、梓の手の平は緊張感から汗ばんでいた。

『はい、もちろんです。お嬢さまが、私の事をお嫌いにならない限り』

『よかったあ。それなら大丈夫だよ。麗香さんのこと信頼してるから』

 梓の表情から緊張感がほぐれるのがよく見てとれた。麗香の頬に軽くキスをしてから、

『うふふ。これから絵利香ちゃんと買い物なんだ。麗香さんも一緒においでよ』

 といって麗香の手を引っ張っていく梓。


 フリートウッドに乗り込む梓達。麗香は、ふと空を見上げてみる。

 ……今この時も、空の上から監視は続いているのね……

『麗香さん。今日は一日中晴れだよ』

 何も知らない梓の言葉に、思わず苦笑する麗香。


第一章 了

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