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序章・新入部員は女の子 三

(三)ホームルーム


 入学式の翌日。

 廊下を歩いている梓と絵利香。梓の美しさに、すれ違う生徒達のほとんどが振り返り茫然と立ち尽くしている。開いた窓から春のそよ風がその髪をたなびかせ、ほのかな香りを漂わせる。昨日とはまた違ったりぼんをしている。

 一年A組というプレートの掲げられた教室の前で、一旦立ち止まり息を整えてから中へ入る二人。

 先に中に入っていた生徒達が、一斉に梓をみつめる。

「きた、来たわよ」

「なんどみても、きれい……うっとりしちゃう」

「お、俺。同じクラスになって良かったなあ」

「もう一人の女の子も結構可愛いよな」

 あちらこちらから、そんな同級生達のささやきが聞こえる。

 正面の黒板には、生徒達の名前が書かれた机の配置図が貼られていた。

 篠崎絵利香と真条寺梓。

 縦に並んだ自分らの名前を確認して所定の席につく二人。

「また並んだね」

「あいうえお順でもアルファベット順でも、大概並んじゃうんだよね。あたし達」

「ふふふ」

 満面の笑みを浮かべ、頬杖ついて梓を見つめる絵利香。

「な、なに?」

「わたし達、高校生になったんだなあって思ったらさ。なんか感慨深げになっちゃって」

「そうだね。新しい学校生活がここで始まるってこと」

「うん、うん」

「で、また蒸し返すんだけど……一緒の学校に入って本当に良かったの?」

「それは、言わないでって。わたし、ずっと梓ちゃんと一緒にいたかったんだから。それにもう、ここに入学しちゃたから」

「いまさらってか……」

 一種独特の雰囲気に包まれた二人のそんな会話を横目に聞きながら、まわりの生徒達は声を掛けるチャンスを窺いながら、静かに時を過ごしているだけしかできなかった。

 チャイムの鐘が鳴り響く。

 生徒達がそれぞれの席につきはじめる。

 担任教師が入室してホームルームがはじまった。

「私が、君達の担任となった下条広一だ。君達一年生の英語を教えることになっている。それから、空手部の顧問もしているぞ」

 梓の表情が変わった。

「空手部の顧問だって」

 絵利香がくるりと振り向いて、小声でささやく。

 梓は、空手部の顧問をしているという担任の下条広一を、じっくりと観察をはじめた。

 ぼさぼさ髪に、背広の胸元からのぞく黒のセーター。やさ男で、とても空手をやっている人物には見えなかった。

 ……そうだよね。空手部の顧問をしているからといって、空手の達人である必要はないんだ。要するにクラブが存続するには、顧問が必要ってことだけで、誰でもいいんだ……

 じっと梓が見つめているのに気がついた下条は、

「いやあ、美少女に見つめられると、さすがにあがっちゃうなあ」

 といって頭をかきながら、ウィンクを返してきた。

「え? あ、いや」

 真っ赤になってうつむく梓。

「冗談はさておき、出席をとることにしよう。呼ばれたらみんなに顔が見えるように立って、返事してくれないか」

 次々と出席順に名前を呼びはじめる下条教諭。

「沢渡慎二」

 だが、誰も立ち上がることもなく返事もなかった。

「沢渡慎二、欠席か?」

 後ろの黒板で名前を確認してみる下条教諭。その名前に該当する机は空席だった。丁度梓の右隣だった。

「沢渡慎二、欠席と……授業初日から欠席するとは、よほど神経図太いとみえる。入学式では顔を合わせて、こんな美少女が同じクラスにいることはわかっていると思うんだが。私だったら絶対に休まないぞ」

 教室中にどっと笑いが巻き起こる。当の本人の梓はうつむいて赤くなっている。

 さらに点呼はつづき、女子生徒の名が呼ばれていた。

「篠崎絵利香」

「はい」

 と絵利香が立ち上がって答える。

 その瞬間生徒達のほとんどが、次に呼ばれるだろう女子生徒の名前を、聞くために清聴した。

「真条寺梓」

 生徒達の視線は、梓に釘付けになっていて、その一挙一動の仕草を息をのんで注目していた。

「はい」

 静かに立ち上がり、軽く会釈すると再び席につく梓。そのしなやかな長い髪が、ふわりとたわめいて静かに元に戻っていく。

 教室中にため息が流れる。

 下条教諭は、しばしの間をおいてから再び点呼を開始する。

 点呼を終えて、出席簿を閉じる下条教諭。

「これからクラス委員を選出しようと思う」

「ええ! やだあ」

 教室内に一斉にどよめきが沸き上がる。

 下条教諭は、どよめきにも動ぜず、黒板に役割分担の各委員を書いた。

 委員長、副委員長、風紀委員、保健委員など。

「諸君も知っているかと思うが、入学式で総代として答辞を読んだ首席入学の篠崎くんと次席の真条寺くんのことだが、成績がいいからって委員に無理矢理推挙することはしたくない。あくまで自発的な自薦と、この人がふさわしいという他薦で決めていく。成績がいいことと、同級生をまとめ上げる裁量とには、おのずから違いがあるからだ。判るよな」

「当然ですよ」

 あちこちから賛成の声があがる。

「ようし、まずは自薦からいこうか。この中でやりたいと思う委員があったら手を挙げてくれ」

「はい。俺、保健委員やります」

 元気よく返事をして立ち上がる男子生徒。

「おう、えらいぞ。田代敬太君か。実際は自薦で出て来るとは思っていなかったんだが」

「いやあ。へたに黙ってたら、他薦で何に選ばれるか、わかんないじゃん。見渡したところ中学のクラスメートが結構いるから、いずれ選ばれそうだったから。俺、頭悪いから会計とかになったら困るもんね」

「とにかく、自ら進んで名乗り出ることは素晴らしいことだ。じゃあ、他にやりたいものはいないか」

「はい、俺は、風紀委員やります」

 次々と男子が手を挙げて、名乗り出ていった。

「これで男子の方は、全部埋まったことになるな。って、おまえらもしかして誰かさんに、いいところ見せようとしたんじゃないだろなあ」

「そ、そんなことありませんよお。なあ、みんな」

「お、おお。当然です」

 冷や汗を流しながら弁解する新委員の男子生徒達。

「まあいい。動機は多少不純かもしれないが、その積極性をかうことにしよう。じゃあ、残りの女子委員を決めるぞ。鶴田」

「はい」

「おまえは、委員長だし、中学では生徒会会長でもあったな」

「はあ、まあそうですが」

「というわけで、後は、まかせる」

 といって椅子を教室の片隅に移動させて、どっかと座り込んだ。

「わかりました」

 委員長に名乗り出た鶴田公平は、つかつかと壇上の教卓へ歩いていく。

「よお、いいぞ鶴田」

「かっこいいわよ」

「あ、どもども」

 頭をかきへこへこしながら、生徒達の声援に答える鶴田。生徒達の反応や表情をみると、この鶴田公平が結構人気があるのがわかる。

「それでは、残りの女子委員を決めます。自薦、他薦の順で委員を募りますが、誰もいなかった場合は、委員長の独断と偏見で勝手に決めさせていただきます」

「わあ、ひっどーい」

「悪徳よ、横暴だわ」

「いいぞ、さすが。元生徒会会長!」

「やれ、やれえ」

 すでに全員が決まっている男子は気楽なものだった。

「では自薦からはじめます」


 そして十数分後。

 鶴田の采配で女子委員もみごと全員決定した。黒板にならぶ各委員の名前。その中には、梓と絵利香の名前はなかった。

「以上で委員の選出を終わります。先生」

 と下条教諭の方を向き直る鶴田。

 ぱちぱちと手をたたきながらゆっくりと教卓に近づく下条教諭。

「ごくろうさん。さすが委員長だ」

 鶴田の肩を軽くぽんと叩いて、壇上を交代する下条。

 丁度チャイムが鳴りはじめる。

「おう、時間ぴったりだな。書記委員は、この決まった委員の名前をメモして、職員室の私のところに持ってきてくれ。じゃあ、解散する」

 下条は出席簿を片手に抱えて教室を出ていった。

 生徒達も三々五々教室を出ていったり、居眠りをはじめるもの、各自好き勝手なことをしている。

 女子生徒は、数人ずつのグループを作って談笑している。

「男子委員は全員自薦で決まっちゃったけど、あれってやっぱり、先生の言うとおり、真条寺さんにいいところ見せたんじゃない」

「鶴田君だって、真条寺さんのこと時々ちらりと見ていたけど、結局委員からはずしちゃったわね」

 女子生徒達の視線が、梓に集まっている。普通こういう場合、嫉妬や羨望の標的とされるのだが、世俗観を超越した雰囲気を持つ梓には、一般常識は通じないのだった。それで 当然かもしれないなと思わせてしまう。そんな感情を生徒達は抱いていた。

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