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序章・新入部員は女の子 四

 昼休みになった。

 午前最後の鐘が鳴り響いて、教室から一斉に生徒達が出て来る。弁当を持って来ていない者が食堂へ向かって移動しているようだ。

 教科書を鞄に収めている梓。かわりに可愛い弁当箱を取り出している。

「あ、あの……お昼ご一緒しませんか」

 意を決した一人の女子生徒が、弁当を手にしながらもじもじとしながら話し掛けてきた。

「わたし、相沢愛子です」

「ああ、あたし、真条寺梓」

「わたしは、篠崎絵利香よ」

「こいつは、幼馴染みなんだよ」

「梓ちゃん。人を指差してこいつなんて、そんな言葉を女の子は使っちゃだめよ」

「はは、絵利香ちゃんは、あたしの教育係りなんだ」

「お二人は、仲がいいんですね」

「うん。三歳からずっと一緒だったから」

 机を移動して食卓のようにする。

 二人の間に別の女子生徒が入り込み、親しげな会話がはじまったことで、他の女子生徒達を行動に移させるきっかけを与えることとなった。

「あの、わたしもお仲間にいれていただけませんか」

「お友達になりましょうよ」

 親しげに口々に話し掛けてくる女子生徒達。あっという間に二人を囲んだ語らいの輪ができあがった。

 男子生徒の中にも梓たちと話しかけたそうにしている者もいたが、そこは男と女の垣根があるらしく、女子生徒達の輪の中にまで入ってくる勇気はなかった。


 ドアの外が騒がしくなった。

「沢渡だ、沢渡が来やがった」

「なんで今頃」

 廊下を肩をいからせて大股で歩く大柄の男、沢渡慎二。

「おら、どけよ。こらあ!」

 言うが早いか、ドア付近にいて談笑していた男子生徒が、教室内に吹き飛ばされていた。話しに夢中で、沢渡と呼ばれた男に気づかなかったのだ。沢渡のことを知る人物なら、その名を聞いただけで震え上がり道を譲るものだが、彼は知らなかったようだ。

「ドアの前に突っ立ってんじゃねえ」

 背の高い慎二は、屈むようにしてドアをくぐらねばならない。

 慎二が教室内に入っていくと、それまで談笑していた生徒達は一斉に口籠り、彼が目指す机までの道を開けた。それは梓の隣の席であり、食事を終えて話し合っていた女子生徒は、あわててそばを離れた。

 視線が合った梓と慎二は、ほとんど同時に昨日の乱闘騒ぎを思い出した。梓が投げ飛ばしたあの男だったのだ。

「お、おまえは!」

 先に口を開いたのは、慎二のほうだった。

 絵利香が耳打ちする。

「あ、この人。昨日の……」

「ついてるぜ、こんなところでまた会えるとはな」

 黙って弁当箱を鞄に戻す梓。

「表にでろよ。こら」

 無表情ですっくと立ち上がる梓。

「ちょっと、梓ちゃん」

 廊下を並んで歩いていく梓と慎二。その後を絵利香が追いかける。



 二人は裏庭に出てきた。上着を脱いで木の枝に掛ける慎二。

「この辺でいいだろう」

「そうだね」

 といいながら梓は、周囲をじっくりと見渡していた。これから一戦交えるのに、地形効果を確認しておかなければならないからだ。大きな岩、生い茂った木々、膝のあたりまで水が張られた池、校舎の壁、そういった裏庭に存在するすべてのものが、戦闘に際し有利な条件となりうるかを判断していく。

「この俺が女に負けたままでは、寝覚めが悪くてよ」

「あら、そう」

「この俺を一瞬で投げ飛ばしたんだ。格闘技では相当な腕前と見た」

「まあね……それなりに稽古はしてるけど」

 ふと空を仰ぐと、大きな桜の木の見事な枝振りが、空一面を覆い尽くすようにおいかぶさり、はらはらと花びらが風に舞っている。

 ……きれいな景色ね。とてもこれから乱闘って雰囲気じゃないんだけどなあ……

「女だからって、俺は手加減はしねえぜ。と思ったが、美人がだいなしになるからな、顔への攻撃は避けてやるよ」

 情緒を理解できない慎二の頭の中は、梓と戦うことしかないみたいである。

「そりゃ、どうも」

 その時、周囲に異常を感じる梓。

 ……囲まれている! 五・六・十二人くらいはいるな……

 見渡すと、木や草むらの陰や、建物の裏に、男達の気配。

「いつでもいいぜ。どっからでもかかってきな」

「ふん! この直情馬鹿が、周囲の状況も把握できないのか」

「なんだとお!」

 言われて改めて周囲を見渡す慎二。

 隠れているのを悟られたと知って、ぞろぞろと男達が現れる。

「へへ。面白そうだからしばらく見学してようと思ったんだがな」

「てめえらは、昨日の」

「昨日のお礼はたっぷりさせてもらうぜ」

「はん。昨日より数が多いじゃないか。ま、返り討ちにしてやるぜ」

「ふざけんじゃねえ」

 拳を振り出した男の言葉を合図として、乱闘がはじまる。

 多勢に無勢とはいっても、並みの力ではない慎二にとっては、朝飯前といった表情をしていた。たとえ相手の一撃を食らってもまるでびくともせず、倍返しの一撃を与えていた。

「余裕だなあ、あいつ……ああ、しかし。あたしもあれくらいの腕力があれば、いいなあ。うらやましい」

 相手を一撃で動けなくしてしまうような強力なパンチ、どんな攻撃を受けてもひるまない頑丈なボディー。そんな慎二に対して、一種憧れのような感情を抱く梓だった。どんなに頑張っても、女の梓にはかなわない夢だったのだ。

「つかまーえた」

 突然男の一人が、梓を背後から羽交い締めにした。

「おめえ、あいつの何なんだ。女か」

「はなせよ」

 梓は冷静に受け答える。

「はは、この状態でなにができる。女の力じゃ無理さ」

「そうかな……」

 梓は、足を振り上げ思いっきり男の足の爪先を、踵の先端で踏みつけた。男の顔が苦痛に歪み一瞬腕の力がゆるんだところを、両腕を突っ張り身体を沈みこませて、羽交い締めから脱出。すかさず肘鉄をみぞおちに食らわす。男はたまらず地面に伏した。

「女と思って馬鹿にするな」

「こ、こいつ」

 梓を構っていた男が倒れたことで、攻撃の矛先が梓の方にも向けられることになった。

「かまわん。女もやっちまえ」

 一斉に男どもが梓に飛び掛かってきた。

「あーあ。いわんこっちゃない」

 後をつけてきていた絵利香は安全な場所から、梓のことを心配していたのだった。

 しかしフリーになった梓の前では、赤子同然だった。柔道、合気道、そして空手と、多種多様の戦術を組み合わせた日本拳法。

 離れて戦えば回し蹴りなどの蹴り技が飛んで来るし、中距離では裏拳・縦拳・そして極め技。懐に飛び込めれば得意の一本背負いが決まり、相手はもんどりうって宙を舞う。

 喧嘩馬鹿を相手にするくらい、梓は朝飯前といったところか。

 大きな岩を足場として飛び上がり、前面の相手に跳び膝蹴りを食らわす梓。

「あっ。膝蹴りが顔面に入っちゃった。痛そう……あ、梓ちゃん。膝を切っちゃみたいだわ。大丈夫かしら」

 心配でしようがない絵利香だったが、自分ではどうしようもなかった。ただ梓が無事であるようにと祈るだけだった。


 もう一方の慎二のほうも確実に相手を倒していた。その視界の中に、梓の戦いぶりが目に飛び込んで来る。

「あいつ……女のくせに、男と互角以上に戦ってやがる。相手の攻撃を紙一重でかわし、隙ができたところを急所に一撃だ。必要最低限の動きで最大の効果を発揮させている」

 梓に目を奪われている慎二の顔面にパンチが飛んできた。

「よそ見してんじゃねえよ。こらあ」

 思わずのけぞる慎二。

「ふ、確かにな」

 すかさず殴りかかってきた相手をぶっとばした。

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