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エピローグ

【バシャクシェヒル大規模テロ事件 最終調査結果報告】

2026年8月25日 ローマ共和国元老院並びに共和国広報による公式発表

 

本日、ローマ共和国広報部は、元老院およびディルシズによる合同捜査に基づき、コンスタンティノープルにおいて発生した一連の重大治安事件に関する最終調査結果を公表いたします。


  

Ⅰ. 事件の概要

 本年7月、フランク王国対外治安総局(DGSE)の元工作員であり国際指名手配犯であるシルヴァン・ド・モロー(36)が、フランク王国要人を標的とした連続テロ工作を実行いたしました。


  

Ⅱ. 被害者の状況および経過

 

 元在アンキュラ・フランク王国副領事

 グレゴワール・ド・ガスパール男爵(56)

 

 7月16日未明、フランク大使館滞在中にモローにより拉致されました。ディルシズ並びにフランク大使館による全力を挙げた捜索にもかかわらず未発見であり、現時点で行方不明(モローにより殺害・遺棄された可能性が極めて高いと推定)と断定いたします。

 

 フランク王太子婚約者

 マドレーヌ・ド・ガスパール嬢(18)

 

 いにしえの琥珀代表、ガスパール家使用人

 アンジェリック・ヴェスパー氏(46)

 

 7月22日午後、バシャクシェヒル、チャムさくら病院周辺にて実行されたテロ工作および、モローとディルシズ、ローマ第13軍団特殊部隊との交戦の混乱に巻き込まれ、痛ましくもテロの犠牲となられました。

 

 

Ⅲ. チャムさくら病院周辺の被害要因について

 

 チャムさくら病院敷地、および隣接する立体駐車場・緑地において生じた大規模な物理的破損・地表圧壊について、以下の通り判明しております。

 

使用された兵器:

 現場の損壊は、モローによる『火薬燃焼を伴わない高圧衝撃波発生装置(特殊指向性圧壊兵器)』の使用もしくは暴走によって発生いたしました。


物理的痕跡に関して:

 熱痕・火炎被害を伴わず、建造物や車両が帯状に圧壊・削り取られた痕跡は、同兵器から発生した指向性衝撃波と物理的圧力の伝播によるものと思われます。これらは目撃された方々の一時的な視覚障害、光学機器の不調をもたらした可能性があると推測されます。

 なお、当該兵器の詳細・技術的出自につきましては、拡散防止および国家安全保障上の機密として非公表といたします。

 

 

Ⅳ. 被疑者シルヴァン・ド・モローについて

 

 7月22日、ディルシズ並びにローマ第13軍団特殊部隊はチャムさくら病院周辺にて包囲作戦を展開。激しい交戦の末、被疑者シルヴァン・ド・モローをその場で射殺(死亡を確認)いたしました。

 モローは昨年、当時の勤務先であったアンキュラ領事館において自らの失策の結果失職しており、それを逆恨みしての単独犯行と思われます。

 

 

Ⅴ. 外交的措置および結審

 

 本共和国プリンケプス(国民代表)ズィヤ・シムシェキは、フランク王室および同国政府へ、深い哀悼の意を表するとともに、全捜査資料の開示を手配いたしました。

 現場鑑識および遺体検証手続きは、元老院特別法に基づき厳重な情報管理のもと執行済みです。被疑者死亡に伴い、本件に関わる捜査はすべて結審・終了したことを宣言いたします。


  

 本件の全容解明と治安の完全確保に伴い、明日8月26日の『革命記念及びマラーズギルト和睦記念日』の各種式典および関連行事につきましては、予定通り全国において厳かに挙行いたします。

 

 ローマ共和国はこの一年、国民の皆様の多大なるご理解、ご協力、ご支援により、過酷な試練と脅威を乗り越えて参りました。更なる平和と団結をもってこの記念日を迎えるべく、国民の皆様におかれましては、政府の治安維持体制にご理解をいただき、共に穏やかにこの歴史的な日をお迎えくださいますよう、共和国を代表してお願い申し上げます。

 

2026年8月25日

ローマ共和国国民代表 ズィヤ・シムシェキ

           パヴル・エルギュン



Music:"Let's go crazy"——Prince


@バビュルスNo_1999

 シムシェキ政権もGTみたいなことやってね?バビュールも。なんかがっかり。他にいないからしゃあないけどさ。


@フランクの華よ永遠に

 もうひと月なんて信じられない。あの笑顔が忘れられない。大好きなお姉さんに会いに行って死んじゃうなんて。この世界は救いがなさ過ぎる。

#マドレーヌ#悲劇のプリンセス


@紫バナナ

 祭りだ祭りだ!革命1周年!みんな興奮してる!騒ぐぞー!

#革命記念日#マラーズギルト和睦記念日


@爆飲みBoys&Girls

 アッカレ解放!飲み友に連絡しよ。飲むぞ!

#マラーズギルト和睦記念日#革命記念日


@気象予報士の卵

 革命記念日かー。最近地震多いから気をつけてねー。あたしは受験でそれどころじゃねー

 


【パヴル・エルギュン】

 iPorta(スマートフォン)の画面をスクロールし、報告の全文を一文字一文字確認する。

 推定……断定……テロの犠牲に……高圧衝撃波……視覚障害……モロー……単独犯行……。


 嘘。まやかし……毒。

 これが毒のままか、それとも薬になるのかは、これからの僕たち次第だ。

 アヴィエルが撒き散らした毒。

 毒を持って制するしかない。


 カードリーダーからIDカードを抜き、24桁のランダム生成パスワードを入力する。最終確認のポップアップ。

 親指の指紋を読ませると、アップロード完了の表示。


 短く息を吐き、iPortaを胸ポケットにしまうと、パヴルはオフィスを出た。直結エレベーターになってる。ドアが閉まる。


 ヴェシリア・セレンが使っていた、アヤソフィア最上階の首席審問卿執務室。今は僕のオフィスだ。アンキュラの部屋は引き払い、コンスタンティノープルに引っ越してきた。ズィに頼まれて。

 ヴェシリアを連想させるような物はなにもなかった。残っていたのは空のデスクだけ。今は配信機材でごちゃごちゃだけど。


 地下2階。エレベーターが停止し、廊下に出る。すぐ左にある虹彩認証センサーに瞳を合わせると、大きな鉄製のスライドドアが開く——

 ——と同時に、オレンジ色の顔、金色の大きな眼と鉢合わせた。

「ケロァ?」

 

 びっくりして後ずさった。スライドドアが閉まった。


 ……ヘビクイワシ。もう慣れたと思ってたけど、やっぱいきなりあの顔は……。

 気を取り直してもう一度虹彩認証。ドアが開く。

「サマたん!ベリたんが出ちゃうよ!気をつけてって言ったよね!」

「こら!ベリたん!こっちこい!」

 奥の方からサマたんの声と、モーター音。

 |L.O.T.U.S.《統括制御用生命維持ベッド》88の車椅子で、サマたんが姿を見せた。


 ここは、アヤソフィア地下2階に教皇庁が秘密裏に新設していた医療施設フロアだ。オローを撃墜して半身不随になってしまったサマたんと、Cor.O.A.(完全なる人工心臓)移植手術後に全身麻痺になったジェイ・ロルトの保護施設。奥は倉庫になってたけど、サバンナを模したテラリウムに改造した。無毒のヘビも数匹、放してある。

 かつてローマを支配していたアヤソフィアの地下で、2人と一羽が暮らしている。


 モローの単独犯行、射殺という公式発表は、本人の提案だった。サマたんとジェイさんは、文字通り身を挺してローマを、世界を救ってくれた。

 僕たちがやり遂げたミッション。

 インポッシブルじゃなかった。ジェイさんとサマたんのおかげで。

 ジェイさんは地獄に帰り、ジェイ・ロルトの体にはアヴィエルが閉じ込められている。サマたんだけがアヴィエルを監視できる。ロクツィオで。

 

「……ジェイさん、元気かな」

 物憂げに呟いた。遠くを見る目で——

「ケケケケケッ!」

 ヘビの半身が足元に飛んできて、ベリたんがバサっと目の前に舞い降りた。またびっくりして転けそうになる。サマたんの快活な笑い声が響いた。

「Arrête ton cinéma (気取るなよ)!あいつはどうせ、すぐこっちに来る。地上が大好きだからな!」

「……あんたもじゃん!」



【ズィヤ・シムシェキ】

 また、ディオゲネス公園を眺めていた。スコッチのロックを片手に。

 もう夜も遅いが、公園はあちこちで明るいライトに照らされている。明日の催事の準備の仕上げだ。


 ガラスに映る自分の顔を見る。眼を、瞳を……虹彩を。

 

『——奇跡を起こしたことはあるか?』

 

 モローはこのことを言っていたのだ。俺がやつらと目を合わせると起きる異常のことを。

 そう、異常だ。奇跡なんかじゃない。アヴィエルは奇跡どころか災いとなった。なぜそうなるのかは今も謎だ。俺は奇跡を起こしたことなんてないし、これからも起こせない。未だに俺のことをローマの救世主だとか言う人々もいるが、俺はキリストじゃない。


 奇跡を起こしたのはモローであり、ジェイだ。

 悪魔。天使。なんであろうと、彼らがローマを、世界を、俺たちを救ってくれた。人々がどう思おうと、それが事実だ。


 ジェイが言っていた。ディオゲネスも、ローマを護るために悪魔と結んだと。


 俺もそうした。

 これからも、そうする。

 ……それでいいよな?エラ。


 カラン、と氷が鳴った。

 

 

【ヴェシレ・クルチュ】

「サフィ!遅刻するってば!」

 ピンクのタオルケットを引っ剥がす。サフィはベッドから落ちそうになって起きた。

「……ふぁ〜、もぉ。VVちゃんママみたい〜」

 ヴィは頬を膨らませる。

「ママはひどくない?せめて、おね……」

 言葉を飲み込んだ。サフィがじっと見てる。

「……あーもう早く起きて!朝ご飯、出してあるから!」

「……うん、ありがとうVVちゃん。今日はアヤソフィア行くんだっけ?サマたんによろ」

「革命記念日よ?アヤソフィアなんて大混雑に決まってる。今日はパス。ロルフで海辺でも走ってこようかな?ヒマだし」

「……。えー!いいなー。ねーそれ、明日か明後日にしよ?一緒に行きたーい」 

「はいはい。早く仕事行け!」


 アヤソフィアには行きたくなかった。

 別に義務じゃないし。

 もちろん、最初は違った。ジェイの身体。ICUで意識が戻って、聞いた時は号泣した。

 

 ロックイン症候群。閉じ込め症候群とも言われる、全身麻痺状態。

 最初に伝えてくれたのはサフィで、その後ドクター・セレンが苦渋の表情で詳しく説明してくれた。

 

 手術は成功だった。Cor.O.A.(完全なる人工心臓)は今でも、ジェイ・ロルトの胸で正確な鼓動を刻んでる。だけどそれ以前に、あの身体はボロボロだった。事前の検査でもリスクは説明されていて、ジェイも納得して同意書にサインした。能力使用による過負荷は心臓だけじゃなく、全身を痛めていた。決定的だったのは、直前に受けた脳幹へのダメージ。手術のせいじゃなく、アヴィエルに羽根を無理矢理引き抜かれたせい。羽根の神経は脳幹に直結していて、それが激しく損傷したせいで神経伝達が断たれて、全身麻痺したらしい。

 両眼も潰されて、眼球運動での意思疎通も不可能。たとえ意識があったとしても。


 最初は、ジェイの意識はあると思ってた。ジェイは閉じ込め(ロックイン)られてる、ジェイ・ロルトの肉体に。わたしが望んだことが、こんな形で実現してしまうなんて。慟哭し、気が狂いそうだった。


 そこにジェイはいないと教えてくれたのは、アリーだ。 


 巨大な鳥人と蛇女の事件は、後からサフィに聞いた。蛇女がアヴィエル。名前はパヴルくんが教えてくれた。

 ジェイはズィと目を合わせて、最後の変身をして、アヴィエルと戦って、そして刺し違えた。羽根を引き抜かれて、目を潰されて、ジェイはアヴィエルを八つ裂きにして。

 それが、わたしには決して教えてくれなかった、ジェイのミッション。


 地上の人々を守るため。

 わたしだけじゃなくて。

 

 マドレーヌ。嵐のようにわたしを揺さぶり、逝ってしまった、わたしの愛する妹。わたしはその死を、決して忘れない。

 事件の巻き添えになり、アンジェリック・ヴェスパーも死んだ。やっぱり彼女がアヴィエルだったのかも。確証はないけど、それ以外考えられない。パヴルくんもサフィも、アンジェリック・ヴェスパーがどこにいたのか知らないと言う。


 パヴルくんはアヴィエルのことを、サマエル、クソキザモローから聞いたらしい。そのモローは、公式には死んだことになってて、全ての罪を押し付けられた。サマエルがそれを望んだんだって……。 

 もう少し落ち着いたら、一度話を……。そう頭では思ってるけど、心が拒否する。今日も。


 サフィを送り出した後、ロルフをあてもなく走らせて高速に乗り、気がつくとアタテュルク空港の近くに来ていた。

 ……いえ、あてもなく、なんて嘘。先週、19日から、ヒマになるとここに来てる。

 去年。ヘリから放り出されてジェイにしがみついた空。墜落して、滑走路の上で、ジェイの胸を押し続けたあの場所。

 ジェイが戻ってきてくれた場所だから。


 アリーもいる。最近アリーは、気がつくとわたしを見ている。わたしにずっとついてきて、今は上で旋回してる。

 

 アリーは、ジェイ・ロルトが2度と目を覚さないとわかる前から、病院には寄り付かなくなっていた。手術の日までは片時も、ジェイの病室の窓辺を離れなかったのに。

 アリーの銀色の瞳は、悲しんだり寂しがったりしてる瞳じゃない。わたしにはわかる。

 ここにジェイはいないって、アリーは教えてくれた。

 

 ジェイは生きてる。

 この地上のどこかで。


 今度は、わたしが教えようかな。

 アスラン道。子どもたちに。

 あと、お話も。


 わたしだけの神話。



【ジェイエル】

(アリー。あんまりヴィに近づかないで。バレる)


(バレる?なにそれ

 ヴィがまってるよ

 かくれんぼなの?)


 ジェイエルはアタテュルク空港から1キロほどの、コバンセスメ橋のそばにレンタカーを停めてアリーの映像を見ていた。


(あーもしかして、

 あたらしいかお、

 まだはずかしい?)


 ニヤけた烏のイメージ。アリーは完全にからかってる。

 ルームミラーを覗く。この顔が恥ずかしいわけじゃない。

 

 今回の依代は健康だった。若いし、体重もずっと軽い。心臓を気にせず好きなだけ飛んでいられる。

 ミラーを下げて身体を写す。

 黒いピスチェ。胸が目立つ。別にオシャレしてるわけじゃない。背中が開いた服を選んだだけだった。

 

 胸元のペンダントを開く。

 笑顔の、親子3人の写真。


 ミラーを戻して顔を写す。

 銅線のような髪。黒い瞳。

 恥ずかしくなんかない。


 今回は気づかれないよう、遠くからそっと見守るつもりだ。アリー経由で。

 ヴィはアナフィラキシー・ショックから回復して、もうすっかり元気だ。ジェイ・ロルトの身体に起きたことも受け入れたようだし、アヴィエルはもう何もできない。

 近くにいなくても、ヴィは——


 いきなりけたたましい電子音が鳴り響いて、iPortaが喚く。

『緊急地震速報です!マルマラ海沿岸にツナミ警報が発令されました!』

 直後、ドン!という大きな振動。

 南を見る。マルマラ海。いつもは穏やかな水平線に、異常な白波。


 レンタカーを飛び出し、大地を蹴った。

 ヴィのいるところに向かって。


 珠里=ジャンヌ・ロティは、翼を広げて舞い上がった。

 


              (完結)

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