プロローグ
『ここは地獄。それがどうした。
ここではなにものも滅びない。
意志の力。知性。そして勇気。
心次第でここが都となるのだ。』
ルシフェルはロクツィオした。
地獄の炎を身に纏い、溶岩の海から這い上がる。
全身燃え上がり、灰となって焼け落ちた。
玄衣の翼手だけが残ったが、その下で灰は再生し始める。
ルシフェルは甦った。
炎の回廊。
黒い暴風の渦。
ルシフェルとともに吸い込まれ、ぶ厚い黒雲を突き抜けて溶岩の海に堕とされた者たちも、そのロクツィオで目醒めた。
バエル、ベリエル、アザズェル。
スリエル、サマエル、そしてジェイエル。
幾千の、堕天した者たち。
そこは、罪深きものが堕ちる世界。
数多の世界から堕とされた死者たち。
人間や、そうではないものたちの世界。
命を、希望を、心を失ったものたち。
堕天使にはロクツィオがあった。
ルシフェルの意志、堕天使たちの知性と勇気、そして何よりロクツィオ。
彼らは地獄を制圧した。
地獄は堕天使たちの王国となり、ルシフェルはその王となった。
亡者は次々とやってきた。
堕天使たちは自らの意志で、各々のすべきことをした。
ベリエルは亡者の罪を見極め、スリエルは刑罰を執行した。
バエルはルシフェルを助け、全てをまとめて取り仕切った。
ジェイエルやアザズェルは、自らの使命を続けた。
サマエルは違った。
サマエルは探した。
妹を。
アヴィエルを。
地獄を隅から隅まで渡り歩き、溶岩の海底に潜り、燃え尽きて灰になり、復活してまた探した。
果てなく広がる海で、妹を探し続けた。
何度も何度も燃え尽き灰となり、何度も甦った。
アヴィエルは見つからなかった。
赤い空を、ぶ厚い雲を見上げる。
堕ちていないのか?
堕ちずにいられたのか?
どうやって。あるいは――
なぜ。
『兄さん』
あの時。
黒い渦、暴風の時。
ルシフェルを、ジェイエルを吸い寄せ、飲み込んだ穴。
炎の回廊に突如開いた、地獄の入り口。
その淵に立つアヴィエル。
頭上に大きな石を捧げて。
なぜ、そこにいられる。
なぜ、その石を。
なぜ……笑みを浮かべて。
その異様さに気を取られた時、暴風がサマエルを捉えた。
サマエルは再び、溶岩の海に飛び込んだ。
燃え尽きて灰になるまで、探し続けた。
灰から甦る。またもう一度。
何度焼かれようと、やめる気はなかった。
見つけるまで。
そして理由を知るまでは。
あの笑みの理由。
歪んだ笑みの理由を。
忘れたくても、忘れられない。
灰の記憶。




