72:そうだ、夢だ?
体に感じる温かい気配に、俺はゆっくりと目を開けた。
あれ? なんか見慣れない景色だ。
ゆっくり視線をおろし、そこにワイン色の髪を発見する。
‼
俺はあまりの衝撃に、全身が固まった。
ベリルが俺の胸に体を預け、眠っている!
しかも今見えている限り、ベリルは服を着ていない。
見える範囲で身に着けているものは……寝る時にいつもつけているシルバーの鎖状のネックレスだけだ。
……⁉ 俺も服を着ていない!
い、一体何があったんだ⁉
状況が分からないと不用意に動けない。
もし俺が動いてベリルが目覚め、この状況に驚愕し、とんでもないことが起こる可能性もあった。
まずは何があったのか、思い出そう。
思い出そうとするが……思い出せない。
いや落ち着け。
ベリルの部屋に入って話をした。
向かい合わせの椅子に座り、そこで会話した。
カーネリアンの救出の件を話した。最初は渋ったベリルも、最後は首を縦にふり、ロードクロサイトに話すと約束してくれた。その後は……。
そうだ、ベリルは俺に吸血することになって、寝室に来たんだ。そして上衣を脱いた。
そう、上衣しか脱いでいないはず。
……だよな⁉
俺は自分の足に神経を集中し、そこに布の気配を感じる。
よかった。ちゃんとズボンは、はいている。
それでベッドに横になって……。
「私が本当に好きなのは拓海、お前だ」
そうだよ、そうだよ、そうだよ!
俺、ベリルに好きだって告げられたんだよ‼
心臓が急速に動き始める。
信じられなかった。
ベリルが好きなのは俺?
本当に? 吸血前の冗談だったのでは?
あり得ないだろう。
ベリルは俺からしたら高嶺の花だ。
ベリルのような美女で才女で最強のヴァンパイアの隣に収まるのは、クレメンスのようなヴァンパイアと相場が決まっている。
俺のはずが、ない。
そうだ、夢だ。
夢を見ていたんだ。
吸血される前に言われたと思ったけど、あれは吸血の後に聞いた幻聴。
「うん……」
べ、ベリル⁉
ゆっくりと顔を上げ、ベリルが俺を見る。
「拓海、おはよう」
大輪の華が目の前で花開いたかのようだった。
ぱあぁぁぁっと世界が明るくなり、色づいたように感じる。
「お、おはよう、ベリル」
ベリルは体を起こそうとして「あ」と小さく呟いた。
どうやら服をまとっていないことに、気づいたようだ。
「キトンはやはり脱げやすくて困る」
そう言うと、そのまま体を起こす。
本当はガン見したかった。
エクリュのスケッチブックで見た、あの美しい体が目の前にあるのだ。
でも俺の中で最近著しく成長を遂げている騎士道精神が、その欲望を押しとどめる。
さっきベリルは「キトンはやはり脱げやすくて困る」と言っていた。つまり、今、服を着ていないのは、ハプニングだ。本人が意図せず、服が脱げてしまった状態。それを見ることは……騎士としてふさわしくない行為だ……。
目を閉じ、ベリルの動く気配が収まるのを待つ。
ほどなくしてベリルが、俺に声をかけた。
「拓海、まだ眠いのか?」
俺はゆっくり目を開ける。
昨晩見た時と同じ状態、つまりキトンをきちんと身に着けたベリルがそこにいた。
「い、いや。もう目覚めた。大丈夫」
あああ、見たかった……。
俺は心で泣きながら、顔は笑顔で起き上がった。
本日更新分を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
次回更新タイトルは
『好きだ。誰にも渡したくない』
『幸せな朝帰り』他1話です。
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
明日のご来訪もお待ちしています‼






