41:これぐらいで泣くなよ
「拓海、君は何か勘違いしていないか?」
「え……」
「『ザイド』は確かに暗殺者の組織の中では、大きな存在感を示している。だがこの大陸においては、小さな存在に過ぎない。しかしレッド家はブラッド国を背負う立場にある。そして君はベリルの命を救い、彼女の騎士となった。拓海、君はもはやレッド家の一員なんだ。レッド家の一員である君に手をだすということは、ブラッド国を敵に回すことに等しい。
明日、ブラッド国からウルフ王国に対し、君をさらおうとした『ザイド』の一味を発見したらすみやかに拘束し、引き渡してもらいたいという要請を、正式に出すつもりだ。それに国境の検問を強化し、国境付近の警戒を強化するよう、既に依頼済だ。君のことはレッド家が、ブラッド国が守る。我が娘・ベリルのためにもな」
ロードクロサイトの言葉に、俺は涙が出そうだった。
俺のようなちっぽけな人間の価値を認めてくれたことに、感動していた。
「拓海、男なんだ。これぐらいで泣くなよ」
ロードクロサイトが手を伸ばし、俺の肩を叩いた。
涙をぐっと堪え、俺は頷いた。
「……私は個人的にも君のことが気に入っている。娘から耳にタコができるぐらい、君の話も聞かされているしな。君がどんな人間なのか、私なりに理解できているつもりだ。これからも娘のことを頼むよ」
「はい」
俺が力強く頷くと、ロードクロサイトは微笑を浮かべた。
「以上となるが、拓海の方から私に何か聞きたいことはあるか?」
「あの、では一つだけ、質問してもいいですか?」
「構わない」
「ベリルが、魔術が効かない体質と魔法使い……ゼテクと手を組んでいることにとても驚いていました。その隙をついて、ゼテクはベリルの魔力を封じたのですが、そんなに魔術が効かない体質と魔法使いが手を組むことは珍しいのでしょうか?」
俺の質問にロードクロサイトは「ああ、そのことか」という顔で頷くと話し出した。
「前提をまず話そう。暗殺組織はお前のような魔術が効かない体質を積極的に仲間に引き入れている。それには理由がある。
暗殺組織は特定の国に属さず、遊牧民のようにあちこちの国で暗殺行為を行っている。つまり魔法使いを暗殺して欲しいという依頼を受けることもあるわけだ。
だが、魔法使いの暗殺は厄介だ。そもそも魔法使いがいる場所を見つけることができないからだ。魔法使いは沢山の魔法で自分の居場所を隠匿している。だから見つけられない。だからこそ魔術が効かない体質を暗殺組織は必要としている。
その一方で、魔術が効かない体質は実に希少だ。……拓海は厳密には魔術が効きにくい体質ではあるが、ブノワの魔力で傷一つつかなかったのだから、私からすると魔術が効かない体質だ。
そう考えると、拓海、お前が初めて会った、魔術が効かない体質なんだよ。それぐらい希少な、魔術が効かない体質を多数有している暗殺組織は、魔法使いからすると天敵だ。それなのに魔法使いと魔術が効かない体質が手を組んでいた。
それは分かりやすく言えば、狼と羊が一緒にいるようなものだ。常識で考えるとありえないことだった。だから我が娘は……ベリルは衝撃を受け、隙をつかれてしまったのだろう」
「そういうことだったのですね」
「他に聞きたいことは?」
「ないです。ありがとうございました」
俺は席を立ち、一礼して部屋を出た。






