分かるけどさ……
たぶん、この時、精神的に一番ダメージを受けてたのは私だったんだろうな。
頭の中がめっちゃくちゃで、ぜんぜん、はっきりしてなかった。
「お母さん、大丈夫?」
観音にそう気遣われる始末。
情けない……
一方、ダンナは、家に帰るなりあれこれ書類とかを持ち出して、チェックを始めてた。
家の権利書、銀行の通帳、その他諸々。
まともに食欲もなかったから、そうめんを茹でてそれで軽く夕食にした。
「お母さん、一緒にお風呂入って……」
夕食の後、観音がそう言ってきた。私も一人で入るのがなんとなく嫌だったから、二人で入った。
でも、別に、お風呂で何か話をすることもなかった。話したいことがあるような気がするんだけど、言葉にならない。今、何を口にしても、ロクなものにならない気がしてしまうし。
そうしてお風呂も終えたけど、三人でリビングにいても、会話もなかった。テレビを見る気にもなれなくて、電源を切った。
それこそお通夜みたいな雰囲気だっただろうな。
……縁起でもないけど。
縁起でもないから、そう思っても口にはできなかったんだろうなって気がする。
「お母さん……一緒に寝て……」
観音がまたそう口にしたから、
「分かった……」
私も応えて、観音の寝室に向かった。彼女のベッドは一人用だけど、観音を抱き締めて横になるだけならそんなに問題もなかった。
こうして一緒に横になってると、私もいつの間にか眠ってしまってた。
ハッと目が覚めると、深夜の一時だった。
観音は「すうすう」と穏やかな寝息を立てて眠ってる。
私は彼女を起こさないように気を付けながらベッドを出て、リビングへと戻った。
そこでは、ダンナがやっぱり、書類とか通帳とかをテーブルに並べて何かをしてた。
自分が死んだ時に必要な手続きを書き出してたんだ。
だけど私は、
「どうして、もう、自分が死ぬことを前提にして準備してんの……?」
声は小さいけど、自分でも分かるくらいに怒りがこもった声を掛けてしまってた。
ここは、嘘でも、
『大丈夫。僕は死なない。必ず治してみせる。君と観音のためにね』
とか、前向きなことを口にするところじゃないの?
そんな風に思ってしまってた。だから、つい……
するとダンナは、
「もちろん、僕だって死にたくはないし、生きるための努力は放棄するつもりはないよ。でも、その上で<備え>は必要だと思うんだ」
食って掛るような態度の私に怒るでもなく、静かにそう返しただけだったんだ。
分かるよ……彼の言ってることの方が正しいんだって分かる。分かるけどさ……




