甘えるに値する
とは言え、年齢相応に未熟な部分もある。五月に対して声を荒げてしまったことなんかは、まさにそれだろうな。と同時に、そんな自分の過ちを認めることもできるんだから、やっぱりすごいよ。
翻って、その観音に甘えてもらえる自分を誇りに思う。
観音にとって『甘えるに値する』ってことだろうからさ。
彼女には、<反抗期>と言えるものがなかった。『親がウザいからなるべく顔合わせたくない』というのもなかった。
家族揃ってパンツ一丁のひどい格好で、ずっとリビングで寛いでいた。私やダンナと一緒にいる時こそがリラックスできるから、避ける必要がなかったんだろうな。
私とダンナが再婚したこととかについても気軽に色々話ができた。
「正直なところ、観音は、私とお父さんが再婚したことについてどう思う?」
普通なら子供本人には直接訊きにくいようなことでも、彼女になら、素直に訊けた。
それについては、観音も、
「お父さんと結婚したのがかんちゃんで良かったと思うよ。て言うか、他の人だったら嫌だったと思う。かんちゃんだから許せたんだよ。
かんちゃんは、いちいち煩いことを言わないのがいいっていうのももちろんあるけど、私の本当のお母さんのことを悪く言わないっていうのが何よりいいんだ。
今までもいたんだよ。私の本当のお母さんに捨てられたってことで、『ひどい母親だね』みたいなことを言ってくる人がさ。
私は確かにお母さんのことを恨んでいるけど、だからって他人からお母さんを悪く言われたいと思わないんだ。他人が知ったかで私のお母さんをぐちゃぐちゃいうのは嫌い。ムカつく」
だって。
うん、なんか分かる気がする。
私も自分の両親に対してはわだかまりもあるけど、だからって他人にしたり顔であれこれ言われるのはいい気がしない。
それがどうしてかって考えたら、結局、自分の存在そのものにケチ付けられてるみたいな気がするからかもしれない。
自分の親ってさ、なんだかんだ言ったって、自分の存在の根幹に関わるものだっていうのがあるのかもね。だからそれを悪く言われると、間接的に自分のことも否定される気がするのかな。
それもあって、私は、観音の母親についてはあれこれ言わないようにしてたんだ。
ところで、観音は、普段は私のことを『お母さん』って呼んでくれるけど、実のお母さんに絡めた話をする時には、『かんちゃん』って呼ぶことがあった。
彼女の中の<複雑な想い>みたいなものが見える気がしたよ。
もしかしたら単純に、『紛らわしい』からってだけかもしれないけど。




