その5
母星信仰教会。人類の発祥の地である母星そのものを信仰する宗教団体である。
かつての1神教を母体とし、法王を頂点とした組織体系を形成している。その活動目的は人民の救済と、平和を維持するための働きかけ。そう主張していた。
多くの信者はそのお題目を信じ、日常を営む傍ら奉仕活動に精を出している。組織全体もまあ、穏やかで過激なことにはあまり手を出さない方針を貫いていた。
しかしどんな組織にも、悪人は潜んでいるものである。
裏取引に非合法な物資のやりとり、人身売買まで。宗教を隠れ蓑に悪事を働く人間はいつの時代にも存在した。そして、この時代でも例外ではない。
そして、そういった人間とコネクションの取引相手が繋がりを持っていると、ウェットラットは告げた。
「で、そういった手合いから、真っ当な連中に働きかけてもらうってのが考えてたことでしてね」
「? 真っ当な坊主どもが何の役に立つってんだ?」
男たちの疑問に、ウェットラットはこう応える。
「真っ当に動いてもらうんでやすよ。戦争なんて野蛮な行為はやめましょうって、ね」
教会は巨大な宗教団体であり、その規模は人類圏の多くに広まっているものだ。宗教的権威としては最大級。さしもののリマー王国もその意見を無視することは難しい。
彼らから働きかけがあれば、戦争をやめるとまでは行かなくとも、その動きが鈍るのは間違いない。それが狙いだとウェットラットは言う。
「あの蛮族どもも、連中には直接手を出せねえでしょう。下手をすりゃあちこちの勢力が敵に回る。クレンとやり合ってる最中にそんな余裕はねえ。何とかあしらおうとするはずでさあ。その隙に逃げる算段を、って話でやす」
「なるほどなあ。……だがそんなに上手くいくか?」
男たちは当然の疑問を浮かべる。
「そりゃこいつは賭けでやすよ。何せこっちからコナかけようって相手は坊主の皮被った悪党だ。最悪金だけ持ち逃げするって事もありえやす」
ですがねと、ウェットラットは続けた。
「その悪党も教会じゃ結構な立場にいるようでして。それなりの影響力はあります。そいつを通じて幾人かに鼻薬を嗅がせりゃ、結構な規模で動かすことも不可能じゃねえ。その影響力がどれほどのものになるかは分かりやせん。リマーが素直に応対するのかもね。だが何もやらねえよりは可能性がある」
どうしやす旦那方と、ウェトラットは問いかける。
男たちにはまだ若干の猶予はあり、教会は役に立つかどうか微妙ではある。しかし、打てる手を打っておかなければ、後で後悔する羽目になるだろう事は容易に予想できた。
結局のところ、彼らの返事は一つしかなかった。
母星信仰教会の支部は、大概惑星上に設けられる。人間は母なる大地に暮らし、育まれるべきものという理念からだ。
その支部の一つ。母星にある総本山にも影響力を持つその内部。一人の司祭が支部長である枢機卿に陳情を行っていた。
「ふむ、【アヴァール】司祭、それは本気で言っているのかね?」
法衣を纏ってこそいるものの、どちらかと言えばそこら辺の中小企業の社長といった風情の枢機卿が、眉を寄せて言った。
それに応えるのは、これまたどこにでもいそうな目立たない様相の男。かしこまった風を装い、枢機卿に訴える。
「拙僧も大事になるであろうことは承知の上です。ですが、神に仕える司祭として、いや一人の人間として、クレン王国の民の窮状を、黙ってみているなど出来ません」
枢機卿は、男――アヴァール司祭が提出した資料に目を通す。それはクレン王国から密かに送られたという、王国内の現状を纏めたレポートであった。
それによれば、クレンの民は王族や貴族から搾取され、酷く苦しい生活を送っているという。その上で今回の戦争だ。このままでは飢え死にであると意を決した誰かが、藁にもすがる思いで教会を頼った、ということらしい。
司祭はその話を受け、教会からクレンとリマーに働きかけ、せめて一時的にも休戦くらいは出来ないかと、枢機卿に訴えたのだ。
訴えられた枢機卿は難しい顔である。
「クレンもリマーも、我が教会には見向きもしない。個人レベルで信仰している者はいるが、働きかけるのであればどこかの国の助力が必要となる。そうなれば、政治的な干渉と受け取られるだろうな」
クレンは宗教など邪魔だと布教を許さないスタンスだし、リマーは宗教は自由だが、国民性がアレでナニなので宗教自体が大した影響力を持たない。どちらも罰当たりだが、双方ともに教会が直接働きかけるための土台が弱すぎた。
まだリマーは理性的な部分があるので、人類圏全体に勢力を広めている教会の言葉を丸々無視することはないだろう。が、クレンは聞く耳を持たないのは目に見えている。働きかけるのであれば、どこかの国の仲介は必要であった。
そうなれば人道支援の名目を借りていても、政治が絡むこととなる。仲介を頼む国も慈善事業をやっているわけではないのだ。何らかの見返りを求めてくるのは当然と言えた。
それが分かっているから枢機卿は悩んだ。しかし見捨てるという選択は出来るはずもない。眉を寄せたまま、彼は答えを返した。
「だが司祭、君の危惧も分かる。窮状を訴えられたが、手出しが出来ぬと言い訳し動かなければ、それこそ我が教会の存在意義を問われるだろう。……事はこの支部の話では済むまい。猊下に具申し、評議会に働きかけるとしよう」
教会全体の問題にし、方針を決めさせるべきだと枢機卿は判断したようだ。これまで教会は小さな紛争の仲裁などに動いたことはあるが、星系国家同士の戦争に介入するなど長らく経験がない。(そんな規模の戦争自体が数百年はなかったというのもあるが)確かに1支部が請け負うには大きすぎる問題ではあった。
枢機卿の判断に神妙な顔をして頭を下げつつ、アヴァール司祭は内心ほくそ笑んだ。
(そう判断していただけると思っていましたよ。おかげで頼まれごとがスムーズに行きそうだ)
もう言うまでもなかろうが、ウェットラットのいう坊主の皮を被った悪党が彼である。 真面目な司祭を装い、その裏で裏社会の組織と繋がりを持ち、何かと便宜を図ったり取引の仲介やなにやらを行っていた。表も裏も順風満帆であったが、クレンとリマーの戦争で雲行きが怪しくなってきたところだ。
『大口の取引先』が危機に陥っている。だが司祭は最初、見捨てる気満々であった。所詮はお互い損得勘定だけの関係である。『商売』は縮小せざるを得ないが、尻尾を切り捨て何食わぬ顔をする方が優先だ。(もちろん知り合いは手助けするふりをして、恩を売りつける気である)
しかし、幾人かを媒介として連絡を取ってきたウェットラットの提案が、司祭の考えを変える。
教会そのものを戦争に介入させる。これにより司祭は一石二鳥を狙えると気づいたのだ。教会そのものには戦争への介入を進言することで上の覚えをめでたくし、目端の利く裏社会の連中に恩を売れる。すぐさま何を得するものではないが、後々役に立つであろう事は明白であった。
そういう理由で今回の行動に至ったわけだ。現在のところまでは思い通りに進み、順調である。だが事は大物。どのようなアクシデントが起こるか分かったものではない。油断をせずに事の推移を見守り、要所で動く必要があるだろう。司祭は様々な想定の下事態を予測し、備える算段を始めていた。
「枢機卿、仲介を頼む国家、勢力にいくつか心当たりがあります」
「ほう? 参考までに聞かせてもらっても?」
「はい。まずはマリーツィア共和国。かの国はクレン王国に属する資源惑星の独立運動を支援しているという噂があります」
「それは拙いのではないかね? 内政干渉どころか、資源惑星を事実上かすめ取ろうという意図があるとしか思えん。それにマリーツィアもまた、我が教会のことを快く思ってはおらん」
枢機卿は再び眉を顰めた。マリーツィアについてはいい話を聞かない。事実上の独裁制を敷いているかの国は、色々と策謀を巡らし他者を陥れ利益をかすめ取っているともっぱらの噂だった。教会も何度かかの国に介入しようとしたが、どうにも邪魔くさいと感じているようだ。
だからこそと、司祭は言う。
「欲得尽くゆえに、彼らは大っぴらに介入できる理由を欲しています。我々の申し出は渡りに船といったところになるでしょう。そして、我々もかの国に介入できる理由が出来る。まずは接点を持つところから、ということです」
「接点を作り戦争に介入するのを優先とし、かの国の企みには目を瞑る、と言うことか」
清濁併せ飲め、そう言われているのだと枢機卿は理解した。
「もちろんかの国に仲介を頼むのは手段の一つでしかありません。仲介を頼むのであれば、それなりの理由がある勢力の方がよかろうという、拙僧の判断です。他にはクレンへの支援を始めたという星間交易連盟。大企業間の互助組織であるグランシャリオ・ファウンデーションなどが上げられますが……今回の件で絶対に助力を求めてはいけない国が、一つあります」
「ほう?」
枢機卿は意外に感じた。この件に関してアヴァール司祭は目的を優先し、仲介者の立場や思惑にはある程度目を瞑る方針であると見ていた。そんな彼がわざわざ関わらない方が良いと忠告する国とは。
少し考えて、思い当たる。
「【アルコーリク連邦】かね」
「はい。あの国はマリーツィアよりはるかに危険かと」
アルコーリク連邦。元々複数の小国家が纏まって形成された連合国家で、最近になって政権が変わり新たな大統領が選出された。国民は熱狂的に現政権と大統領を支持し、景気は上り調子になっているという。
だが同時にかなりの規模で軍備を拡張しているらしく、周辺国家は危惧を覚えていた。協会も探りを入れているが、その目的ははっきりとしない。大統領は「強き国家」をスローガンの一つとし、言ってみれば富国強兵の政策を推し進めていた。その行く先、政治的な着地点という物が見えない。
リマーとクレンのように、どこかに戦争を仕掛けようなど具体的な狙いがなさげなのも不気味さに拍車をかける。周辺国家との関係は別段悪いものではなかった。なぜここに来て軍備を増強させているのか。その思惑が不透明であり、多くの勢力が危険性を感じている。
そこまでであれば、教会は問題視しなかった。野望を持つ国家など掃いて捨てるほどあるし、教会を嫌っている勢力も山ほどあるからだ。だが、アルコーリクは違う。教会の布教を拒否しているわけではない。それどころか宗教に関してはよほどのものでない限り寛容ですらある。しかし政権が変わってからこちら、教会の信者が減少を続けていた。
政権が変わって、教会に対し何らかのアクションが起こされたわけではない。他の宗教団体と諍いなどがあったわけでもない。だと言うのに、なぜが信者が教会を退会するという事が増加したのだ。
原因は不明。政権が変わったことによる何かの影響だと推測はされるが、大量の脱会者が生じたことによって現地の支部はてんてこまい。調査もままならない状況だ。この原因不明な状況こそ、教会がかの国を恐れる理由である。
今ははっきりとしたことは分からない。だが今回の話に介入させれば何が起こるか分からない。それは枢機卿とアヴァール司祭の共通した認識だった。
枢機卿は深々とため息をはく。
「……言われるまでもないことだとは思うがね、上申はしておこう。人間、藁にもすがるような思いになれば、何をするか分からない物だ」
それはリマーとクレンへの介入が、一筋縄ではいかないと見込んでの言葉であろうか。
ともかくアルコーリクとは関わらないように釘を刺しておくことはした。あの国との関わり合いは持たない方が良いと、悪党としての勘が訴える。出来れば今後永久に関わらないでくれよと、アヴァール司祭は内心で神じゃない何かに祈った。
まあ、そういうのに限って関わってくるのだが。
役者は出そろいつつある。
それらが舞台の上で何をどのように演じるのか。果たして。
次回予告
リアル:ふふふ、今後が楽しみですわね。
ヤーティェ:やっべ、この人ときめきまくってるぞ。強敵現れた的な意味で。
ルルディ:ほっときなさいよ。あたしらもそれどころじゃないんだから。
ヤーティェ:そうだね。今後色々と忙しくなるぞう。
ルルディ:誰のせいだと思ってんのよ。
ヤーティェ:強いて言えば、みんなのせいかな。ということで次回予告~。
着々と次なる戦いの準備を進めるリマーとクレン。
様々な思惑を持つ勢力が2つの国に関わろうとし、状況を複雑な物に変えようとする。 膨れ上がる戦意。それは今のも破裂しそうな風船のごとく。
虎視眈々と牙を研ぐ者たち。己の欲望を果たさんとする者たち。そして、虐げられ地に伏しながらも立ち上がることを諦めない者たち。
炎が立ち上るときは、近い。
次回『船頭多いが行く先は一つ』
焔の薔薇は戦場に華吹く。
リアル:うふふふふふふふ。
ルルディ:……大丈夫なのかしらね、この人。
ヤーティェ:だいじょばなさそう。
いやぢゃー! 出世の名目で仕事押しつけられるのはいやぢゃー!
立場そのままで金だけください。(ドゲス)4月から頭の痛い緋松です。
はいそういうことで4話目しゅーりょー。先の戦いの顛末と、そして色々な勢力が絡んでくるお話でした。これで大まかな勢力はほぼ(名前だけでも)出そろいました。あともう一つ二つくらいありそうです。出番がどれ位後になるのかは分かりませんが。
しかしどいつもこいつも一癖二癖ありまくり。教会はその組織自体はまともですが、この話に関わる中心人物が悪党です。結果風評被害が大きくなりそう。
さて今後こいつらがどれだけ話をややこしくしてくれるのか。次回以降をお楽しみに。
それじゃあ今回はこの辺で。




