その4
じりじりと高まる緊張感。町中も殺気だったような空気が流れ、王宮内もピリピリとした空気が流れている。
宮廷の廊下を歩きながら、ラグローは心の中で肩をすくめた。
(やれやれ、余裕のないことだ)
先の敗戦は、多くの貴族に衝撃を与えたようだ。しかし王をはじめとする上層部は、リマーの侵攻を阻止し、その戦力を測ったという艦隊総司令の言い分をそのまま公式見解とし、戦意高揚に努めている。大体はその言葉を信じ(信じたかっただけかも知れないが)戦争に対して乗り気だが、それでも殺伐とした雰囲気になってしまうところもある。実情を知っている者たちだ。
ぼんくらな貴族ならともかく、王宮に勤めているものや経済に関わる一般人などはむしろいつ逃げ出すべきかと機会を図っているところすらあるだろう。目端が利き身軽なものは実際逃げ出している。しがらみがあるから簡単には逃げられない、そういう人間の方が多数であると言うだけで、そういったものがなければ今頃王宮は空っぽだ。何も理解していない阿呆だけが残ることだろう。
お互いろくでもない国に生まれた不幸だと、ラグローは同病相憐れむ。しかし助けることはしない。自身の手が届く範囲などたかが知れているし、同情はしても周りの全てを救済するほど聖人君子でもない。それに一端国が潰れて上の首が全て飛べば、まだマシな暮らしが出来るかも知れないとも思う。自身の運と生き汚さで何とかして欲しいものだ、と見捨てる気満々であった。
今この状況で自分が逃げ出しても追っ手はかからないかも知れない。しかし念には念をだ。完全に追跡する気がなくなるか、あるいは余裕がない状況で失踪しなければならないだろう。出来れば死んだことになるのが一番いい。
(となればやはり戦場か。生き残るために命をかけなければならないな)
早々世の中楽に事は進まない。死中に活とはよく言うが、己でその覚悟をしなければならないとはと自嘲する。厄介ごとは全て他人に押しつけ自分は楽をする。それが策士としては至高無上だとラグローは信じて疑わない。そしてそんな彼からすれば、現状は全く下の下だと言わざるを得なかった。
己の策を成すために、あちこち駆けずり回って他人を、いや身内すらおだてて煽ってだまくらかし丸め込み、思うように誘導していく。その労力は並大抵のものではない。しかしその甲斐あって、やっと『次の段階』に進める。まあラグローにも少々予想外な介入があったりしたが、それはそれで利用価値がある。むしろ介入者――星間交易連盟とはある種の『協力関係』すら結べそうだ。油断のならぬ存在だが、阿呆どもより遙かにマシな相手である。彼は休むことなく策を練り上げながら、足早に目的地へと向かう。
ヤーティェ王子の私室。半軟禁状態にある彼の元に、ラグローは訪れていた。いつものように近衛兵を下がらせ、いつものように足を踏み入れる。
「ご機嫌はいかがですか? 殿下」
「いつもの通りさ。まったく、そろそろ体がなまってしまうよ」
そう答えながら、ヤーティェは部屋に持ち込ませたトレーニング器具で鍛錬を続けていた。
意外だが、ヤーティェは結構自己鍛錬するのが好きな方である。それは肉体だけに限らず知性的な面でも学ぶことを怠っていない。表だって馬鹿を装っているが、その実態は相当に高性能であった。
「そちらはどうだい?」
「四苦八苦いたしましたが、ようやく一つ駒を進めそうです。まあ多分リマーの思惑に乗る形になるでしょうが」
「ふむ」
ヤーティェは鍛錬を止め、タオルで汗を拭いつつ話を続けた。
「次の戦いで、リマーは引いてみせるつもりだと?」
「恐らく。我が軍を調子づかせるため、敗戦を装うでしょう」
やはりこの方は慧眼だと、内心舌を巻くラグロー。この部屋に軟禁されている状態では、情報の取得も制限されるであろうに、正確な予想を立ててくる。それを元に出される指示は、どれもこれもが的確なものであった。
そもそもこの人はいつ寝ているのであろうか。怠惰に過ごしているように見えて、いかなる時間帯に訪れても報告を聞き、判断し、命を下す。淀みを見せたことはない。その能力を国のために使えば、立て直すことも不可能ではないだろうが。
(使い潰される、だろうな。私と同じように)
王家に、貴族に、国民に。期待を寄せられ無理を押しつけられ、無理に無理を重ねた上で破綻していく。そのような未来が容易く予想できる。そのような展開は御免被ると、ラグローは思っていた。そして目の前の主も。
己の配下の考えを悟っているのかどうなのか。ヤーティェはにたりと笑って話を続ける。
「容易く白旗を揚げられては困る、といったところだろうね。下手に追い込めばネズミどもが逃げ出すだろうと。そうなれば意味がない」
リマーの狙いは裏社会の組織だと、ヤーティェたちも当たりを付けている。この国を追い込みすぎて、彼らに尻尾を巻いて逃げ出されるのは困るのだ。故に一度不利を演じてみせ、勝ち目があると油断させよう。そういった策をとるとヤーティェは見たのだ。
そんな主と相対するラグローもまた、笑みを浮かべる。
「折角です、便乗させていただきましょう。丁度いい協力者も現れたことですし」
「星間交易連盟、いや蒼の軍勢か。相当な手練れらしいね」
「は、確定情報ではございませんが……リアル姫と戦場でやり合って、生き延びたと」
この情報には、さすがのヤーティェも目を丸くする。
「それは聞いていなかったな。事実だとすれば、恐ろしい者たちだ。それほどのものであれば僕たちの企みを感付くかも知れない」
あれほどのものと相対して生き延びるには、ただ強ければいいというものではない。真っ先に介入してきたことといい、かなりできる輩だ。こちらの情報についても相当のレベルで掴んでいる可能性がある。
「交渉出来るのであればそうしておきたい相手です。星間交易連盟ともども、ね」
「ふむ……できそうかい?」
「インパチェンス・カンパニーを繋ぎに使おうかと。彼らも中々に目端が利きます」
依頼に横やりを入れられ、しかし可能な限りの情報を収集し報酬関係の交渉を持ちかけてきた彼らは強かだ。そのバイタリティをラグローは買っている。
「なるほど、任せるよ。……僕は僕でそろそろ準備を始めようと思う」
「御意に。まずは各所への根回しですかな?」
「ああ。それと父上だ。連盟の助力を得て調子に乗っている今が頃合いだろう」
己の父は他人の手のひらの上で踊らされるしか能のない男だと、ヤーティェは酷評している。己を含めた周囲、裏社会カルテルコネクション、そして星間交易連盟。いいように扱われているだけで、自身で成したことなど何一つない。
そんな父の血を引いた己も、他人のことなどどうでもいい冷血漢だ。どうやらクレン王家にはろくでなししか生まれ落ちないらしい。それは滅んでも仕方がなかろうと自嘲する。 ともかく、ヤーティェはようやく動きを見せようとしていた。もちろんそれは己のためのもので、その行動と結果は国を滅ぼす方向へ進ませるだろう。
しかし彼は迷わない。滅び行く国から脱するため、王子の座を捨て闇に消える算段を練り、実行せんとしていた。
クレン王国主星、王都。
惜しみなく最新技術を投入し、きらびやかな様相を保つその一角。理想都市の裏側を埋め尽くすように、混沌とした繁華街が存在した。
合法非合法を問わず快楽を商売とする店が建ち並び、堕落と暴力が支配するその一帯は、裏社会カルテルコネクションが拠点の一つであった。
そんな中にある一件のバー。こぢんまりとした作りのそこに、数人の人物が集まっていた。
見るからにカタギでない男。サラリーマン風であるが目つきの鋭い人物。やたらと凄味のある女性。そのようなただ者ではなさそうな気配を持つ者たちが、思い思いにグラスを傾けたり煙草を吹かしていたりしつつ、一席設けているようだ。
「景気はどうだいそっちは」
「悪かあねえな。今のところ」
軽く言葉を交わす。語り口は明るい調子だが、集った者たちは揃って疲れた様子を見せていた。
「……ふん、やはり先細りになるか」
一人が皮肉げに言う。その言葉に疲れた笑いを浮かべた男が応える。
「そりゃあの国の皮を被った強盗に狙われてんだ。先行きは暗いねえ」
組織も立場も違う者たち。彼らの共通点は、リマーの襲撃に遭い、命からがら逃げ出した者というところだ。
あの国の恐ろしさ、それを身をもって体験した彼らは当然自分たちの組織に働きかけようとしたが、どうにも上手くいっていないらしい。
「どこの親分さん方も、このクレンっていう市場が惜しいらしい。どうにも腰が重い」
「そりゃそうだ。手間暇かけてやっと築き上げた城だ。捨てるのが勿体ないってのも分かる」
危機感は感じていても、クレンという巨大マーケットを捨て去るのは惜しいと考える者も少なくない。それより多くの組織はまだ実害を受けておらず、リマーの実情を知らないところも多い。身内であれば説得も試みるが、そうでないところはどうしようもないかった。
所詮は呉越同舟の寄り合い所帯。出し抜き足の引っ張り合いをし、やもすれば殺し合うような間柄だ。死にたければ勝手にしろと言いたいところであるが……様々なしがらみがあり、全てを放り出して逃げ出すと言うことが出来なかった。いざとなればその手段を取ることもやぶさかではないが、まだそうできないだけの義理や何やが彼らにはある。
「クレンの軍は戦力をかき集めてるが……当てになるか、ありゃ?」
「寄せ集めで勝てるんなら、俺の前のヤサは潰されてねえよ。十倍の数そろえても安心出来るか」
「たった10隻前後の艦隊で、型落ちたあいえ100隻以上の艦潰されて見ろ。絶望すんぞ」
よく生き残れたな俺達と、顔を見合わせてため息をはく男たち。運が良かったのか、むしろ二度もリマーと関わることになったのは運が悪かったからなのか。クスリでもキメて現実逃避したいところだが、そうしたところで何の解決にもならないと理解しているくらいには、彼らは理性的だった。ゆえに生き延びてしまったのかも知れないが、それはさておき。
果たしてこれから先どうするべきか。額を突き合わせて考えても早々いいアイディアが思い浮かぶはずもない。うむむと考え込む男たちだが。
突如ばあんとバーのドアが蹴り開けられる。出入りか。そう思ったわけではないが、咄嗟に男たちは懐から銃とか引き抜きガチャガチャと入り口の方へ向け――
「おちょちょちょちょ! 待った待った待った、旦那方、俺だ!」
慌てて両手を挙げ男たちを制止するのは、安っぽいスーツを適当に纏った、チンピラ風味の男。その姿を見て男たちはがっかりしたように銃を下げた。
「なんだ【ウェットラット】かよ。脅かすない」
「すいませんね急ぎだったもんで。……親父、ビール一杯くれ」
濡れ鼠と呼ばれた男は、店のマスターがどかんとカウンターに置いたジョッキを一気に煽る。彼はどこかの組織に属しているわけではなく、情報のやりとりや雑用を受け持つ便利屋的な存在であり、そしてリマーの魔の手()から命からがら生き延びた1人でもある。
一気にビールを流し込んだおかげで一息ついたのか、彼はぶはあっと息を吐くと男たちに向き直った。
「遅れて申し訳ない。ですがね旦那方、もしかすると俺達のためになるかも知れねえ話が飛び込んで来やした」
「そいつは本当か!?」
男たちが目を血走らせてウェットラットに詰め寄る。まあまあ落ちといてと彼らをなだめながら、彼は話を続ける。
「旦那方の組織のいくつかが贔屓にしてる取引先があるじゃねえですか。そのうちの目端が利きそうなところに、それとなくクレンの外に手を広げてえって話してみたんですよ。もしかしたら旦那方が拠点を移すかも、って匂わせてね。そしたら伝になりそうな勢力を紹介しようかって話になりやして」
「は、この野郎逃げ出すじゃなくて商売拡張って匂わせやがったな。よくやった詐欺師が」
男たちの1人が、揶揄しているんだか褒めているんだかよく分からない台詞を吐く。ウェットラットはにやりと笑い、話を続ける。
「俺は嘘は言ってませんぜ、実情はともかく。それより話の中で、使えそうな連中のことが出てきやした」
「どこの組だ? それとも企業か?」
その問いに、笑みが深まる。
「教会。【母星信仰教会】でやすよ」
またなんか怪しい組織が出てきた。




