その3
第五艦隊群四百隻強。ドライブアウトと同時に陣形を組み直し、クレン艦隊へと襲いかかる彼らは、半分が先鋒艦隊と同じくほぼ打撃重視の編成である。
「データリンク復帰。先鋒艦隊より敵艦隊構成データ、来ました」
「先鋒艦隊に続け! パンツァーカイルで一気に敵艦隊を抜く!」
円錐形に陣形を組んだ半数が、迷わず突撃を敢行した。本来パンツァーカイルとは戦車で運用する戦術だが、この時代の艦隊戦にも応用は利いた。もちろん効果的に運用するには高い指揮能力が必要とされる。
重装甲の戦艦を前面に押し出し、砲撃をしながら特攻せんばかりの勢いで突っ込んでいく。先鋒艦隊に食い込まれ対処しようとしていたクレン艦隊は、泡を食って反応しようとする。
「は、速いっ!? 各艦回避行動と同時に全力斉射! 陣形を【イールトラップ】に組み替えろ!」
クレン艦隊が執っていた陣形は城壁のように艦隊を広げた【ウォール】と呼ばれるもの。そこから敵艦隊の突撃に合わし、相手を細長く囲むように変化していくのがイールトラップ――鰻罠と呼ばれる陣形だった。
相手の動きに合わせながら四方から攻撃を続けるのが目的のフォーメーションだが、艦隊の連携がとれていなければ展開することすら難しい。
そして、クレン軍の連携は最低に近かった。
結果。
「なんだこの展開の遅さは! いいようにやられているではないか!」
総司令が激昂するが当然の結果だ。前面に押し出されていた傭兵艦隊と本艦隊、そして本艦隊の内部でも連携がとれているとは言いがたい状況だ。ただ真正面から敵と殴り合うだけならまだしも、戦闘しながら陣形を変えていくなどという状況になったら途端にぼろが出る。今の状況をいってみるならば底の抜けたざる。敵艦隊の合間を縫ってリマー艦は次々と敵陣を突破していく。突撃したのは二百隻ほどだが、そのほとんどが大したダメージを受けていない。そして、残った半数が突撃していった艦を援護するために、砲撃を浴びせていく。
未だ10倍以上の戦力差がありながら、一方的に蹂躙されていくような有様。セオリーを無視し、その上兵の練度や連携にも差があるとは言え、ここまで一方的な展開になるなど、誰が予測するか。最低でもクレン王国側はこんな展開を予測してはいなかった。
リマーからすれば、逆の意味で予想外であったが。
「……脆すぎる。実情は聞いていたが、な」
第五艦隊群の司令官が眉を顰める。リアルが持ち帰った情報プラス諜報工作にて得られた分析からクレン軍の戦力等は割り出されていた。実情が張り子の虎であることはとうの昔に知れ渡っている。
それでも、だ。
「DA部隊にエース級が見当たらん。最低でも、クレン軍が宣伝しているような連中はひとりも、だ。でなければ先鋒艦隊が選抜組とはいえ、こうも容易く背後に抜けられるとは思えん」
エース級のパイロットであれば、少数で戦艦を撃破することも可能だし、同等のエース級を抑え込むことだって出来る。彼らの存在、その割合によって艦隊戦が大きく左右されることだってあるのだ。クレン軍がいくら腐敗しているからとはいえ、そういった人間がいないわけではないし、実際鳴り物入りで宣伝していたりする。
だと言うのに一人も出てこない。温存しているのかも知れないが、その理由が読めなかった。当人たちからすれば手柄を立てる機会だろうし、是非とも参戦したいと陳情くらいはあっただろうに。
彼方のクレン本星で、どこかの腹黒眼鏡がほくそ笑んでいたりするが、そのようなことをリマー軍の士官が知るよしもない。
「罠か、それとも初戦を捨てたか。いずれにせよ用心に越したことはないな。……電子戦闘艦、および哨戒艦は周囲の索敵を。『横やり』が入ってくるかも知れん。警戒を怠るな」
厳しい目をした指令が命じる。優位にあるからといって油断はしていない。むしろ上手くいっているときほど何か裏があると勘ぐるタイプの人間であった。
「先鋒艦隊および突撃を敢行した艦隊は、敵陣を抜けた後反転。後退しながら敵艦隊の背後を突け。この場で掃討できるだけやっておく」
まずは無難な一手。後続との連携も考え、敵の数を減らしていく。何らかの介入があるとすれば決定的な結果が出るころだと、当たりを付ける。そして現状はこちらが優位であるが、依然数の差は大きい。後続が来る前に相手が立ち直れば逆に不利になる可能性もあった。叩けるだけ叩いておきたい。
敵の拙い陣形を先鋒艦隊が抜けた。そこから回避行動を取りつつ反転する。 周囲のクレン軍艦は攻撃を加えようとするが、展開しているDA部隊に阻まれ有効な砲撃を与えられない。
「そうそう好きにはさせませんわ。言ってみれば……ずっと我々のターン、というヤツですわね」
繰り返して敵艦にダメージを与えながら、余裕を見せるリアル。しかし油断をしているわけではない。モニターの端にある戦術ディスプレイを常時確認し、最適と思われる行動を選択して実行している。その瞳に高揚感はない。むしろ冷めているといっても良かった。
彼女はただ好戦的というわけではない。冷静に状況を判断し、どう動けば優位を保てるか、それを見極める戦術眼と実行できる技量を持つ。そしてその立場と技量に驕ることなく一兵士に徹することが出来た。これまではそうする機会が無かったため、どうにも派手な戦績ばかり残してきたが、本来こうあるべきだという意思はある。
そんな彼女だからクレン側にエースが出てきていないという事実には気づいていた。先行して無力化した空母類に所属していたから、などと楽観的に考えていない。何しろ無力化したのはごく一部で、多くの艦艇はまだ残っていた。当然DAを擁する空母類も同様。エース級が残存しているのであれば、押し込まれ背後を取られたこの場に向かわせないはずがない。
この優位は作られた物だ。そう判断する。クレン軍が仕掛けた罠……とは思えない。いくら虚を突いたとは言え、容易く己を逃すようなへまを打った連中が手の込んだことをするとは考えられなかった。そもクレン軍の実情は滞在していた1年間で大体分かっている。本当に有能なのはごく一部で、そういった者ほど中央から疎まれていた。罠を仕掛けられるような人間は、この場に赴いているクレン艦隊にはいないと断言できる。
「であれば、外」
また一つ、敵艦に痛打を与えたリアルが呟く。クレン艦隊を『贄』にした者はどこか別の場所でほくそ笑んでいると、そう直感したのだ。そして同時にただ時間稼ぎや噛ませ犬として送り出したのではないだろう。増援なり横やりなり、第三者を装ったか利用したかで横合いからぶん殴らせる腹づもりだと見た。第五艦隊の司令官とほぼ同様の結論を、彼女は得ている。
そして彼女は不敵に微笑んだ。
「追加で来られるであろう増援の中には、歯ごたえのある方がいらっしゃるのかしら?」
リアルはただ好戦的というわけではない。一兵士に徹することが出来る人物であり、兵士とはこうあるべきだという意思もある。
しかしながら……はっちゃける機会があれば全力ではっちゃける人物でもある。
彼女はただ好戦的なのではない。我慢できる狂戦士であった。
ダメじゃねえか色々と。
さて、両軍が交戦している空域から、光学測定可能なぎりぎりの位置に屯っている数隻の船影がある。
「お頭~、えらい勢いでクレン艦隊溶けていってますぜ?」
「社長って呼びな。……しっかし情けないねえ。数じゃ上回ってるどころじゃすまないってのに。アレなら場末の海賊の方が気合いが入っているってモンさ」
中央の船、そのブリッジで、オペレーター席に着いているバンダナを頭に巻いた強面の男が、艦長席に座している人物に向かって声をかける。
応えたのは顔に斜めの傷跡が走る女性――インパチェンス・カンパニー代表取締役社長、【ヴィクトリカ・ドラクーン】。彼女は足を組んで肘掛けに頬杖を突きつつ鼻を鳴らす。
「まだ立て直しが効く戦力差だけど、程なく後続が来る。そうなれば総崩れだろうねえ。……そろそろこっちも準備をしとくか」
そう言ってから立ち上がり、腕を振るって命を下す。
「『荷物』の梱包を解きな! できるだけ散らばらして範囲を広げるんだ。艦隊群に見えるようにね!」
「「「「「アイサー!」」」」」
カンパニーの艦――大型輸送艦のコンテナ部が展開する。中にぎっしりと詰め込まれているのはDAと同規模の無人戦闘機と、艦砲並みの砲を持つ浮遊砲台。作業用アームで次々と放り出されるそれらは、メイン動力を停止したまま、圧搾空気を利用したアポジモーターで姿勢を制御しつつ漂っていく。
乱入者はその準備を整え、介入の機会を窺う。
普通に艦隊戦。今のところ。




