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三福屋 小春のあやかし草子  作者: 木の葉りす
3/3

第三話 白梅

桜の季節である。

隅田堤には満開の桜を見ようと人々が集まっている。

お弁当を開いている人、お酒を嗜む人もいれば、甘い物を食べている人もいる。

本所深川の三福屋はお花見に三福餅を持って行こうという人々で朝早くから行列が出来ている。いつもにまして三福屋は大繁盛である。


その三福屋に今日は三福餅をこよなく愛しているという絵師の桜秀が来ている。この桜秀、歳は二十五才。桜の絵ばかり描くというちょっと変わった絵師である。それでも、桜好きの江戸っ子には人気で忙しく仕事をしている。

「本日は花見に行かれるのですかな?」三福屋の福右衛門がお茶を勧めながら効いた。三福屋の隠居の福右衛門と孫の小春が桜秀の相手をしている。

「いやー桜は毎日のように見に行っております。今日は桜ではなく梅を見に行こうかと思っておりまして」

桜秀は一口お茶を飲んで、うんうんと頷いている。

「梅ですか?梅の咲く季節は過ぎているのではないですかな?」

福右衛門と小春は顔を見合わせて首を傾げた。

「そうなんです、そうなんですよ。普通なら梅の季節ではないんです」

そういうと桜秀は笑い出した。

「実はね、不思議な話なんですがね、私をご贔屓にしてくださっている旦那方から聞いた話なんですが、一年中咲いてる白梅があると言うんですよ。しかも鶯の鳴き声まですると言うではないですか。ある大店のご隠居さんが住んでいる屋敷の庭にある白梅の木だと言うんですよ」

「ほんとにそんな梅の木があるんですか?」

思わず前のめりになって小春が訊いた。

「私も始めは話半分に聞いていたんですよ。でも何人にもその話を聞くもんだから気になりましてね。梅の木のご隠居さんを知っているという方に紹介していただいて今日は伺うことになったんですよ。でも、手ぶらで行くというのも何なんで三福屋さんの三福餅を持って行こうと寄らせていただいたんです」

「おお、それはありがとうございます」

福右衛門と小春は深々と頭を下げた。

「小春ちゃんは不思議な話が好きかい?」

「はい。今お話を聞いて気になってしまいました」

「じゃあ、一緒に行くかい?」

「いいんですか⁈」

小春はまた前のめりになった。

「かわいい女の子がいる方が私もご隠居さんも気楽に話ができそうだ」


三福餅を竹籠に入れて三色の薄紙で包んだお使い物用の三福餅を小春が持って桜秀の後ろを付いて行っている。

もちろん、お稲荷さんのお使いであると言う白い子ギツネの白丸も肩に乗っている。桜秀には見えていない。

”小春、ほんとに一年中咲く梅なんかあるのかな?,,

”わかんないけど、気になるじゃない,,

「何か言ったかい?」

桜秀が振り向いた。

「いえ、何でもありません。今日はいい天気だなぁ〜って」

小春はニッコリ笑ってごまかした。


四半刻ぐらい歩くと家の周りに竹垣を張り巡らせた一軒家の前に着いた。

思ったより大きい隠居所である。屋敷と言った方がいいのかもしれない。

門を抜け玄関で桜秀が訪いを入れた。

「ごめんください。誰がおられますか?」

しばらくすると色白の目元の涼しげな女中さんが出てきた。

「私は桜秀と言います。本日、こちらにお伺いする約束になっておりますが、ご隠居さんはご在宅でございますか?」

「はい、聞いております。どうぞお上り下さい」

そういうとお屋敷の中へ案内した。

床の間に梅の木が描かれいる掛軸が掛かっている部屋に通された。

女中さんがお茶を出して戻ると同時にこの屋敷の主人が入って来た。

背が高く、がっしりとした体つきで隠居するには早過ぎるといった印象である。目が細く優しい顔をしている。

小春を見て少し驚いた顔をしたがすぐ笑顔に戻った。

「初めてお目にかかります。絵師の桜秀と申します。急にお伺いして申し訳ございません」

「いやいや。俳句仲間から聞いておりますよ。桜の絵ばかり描いてる絵師さんだそうで。ようこそおいでくださいました。伊勢屋の隠居、久兵衛です」

姿だけでなく、張りのある声に小春は聞き入った。久兵衛は小春の方を向いて微笑んだ。

「このかわいいお嬢さんはあなたの妹さんですかな?」

「あ、こちらは菓子屋の三福屋さんのお嬢さんで小春さんと言います」

小春は三福餅を前に出して

「三福屋の小春と言います。桜秀先生から不思議な白梅の話を聞いて付いて来てしまいました。申し訳ございません」

小春は両手をつけて頭を下げた。

「いえ、私が誘ったんです。申し訳ございません」

桜秀が慌てて頭を下げる。

「いやいや。お気になさらずに。こんなかわいいお嬢さんが来てくれて私も嬉しいですよ。三福屋さんなら知ってますよ。三福餅でたいそう繁盛しているお店だ」

「ありがとうございます。三福餅を知っていてくださってとても嬉しいです」

小春は笑顔で深々と頭を下げた。

「礼儀正しいお嬢さんだ。三福屋さんはとても良いお嬢さんをお持ちのようだ」

小春を褒められて桜秀も嬉しそうな顔している。

ホーホケキョ、ホーホケキョ

閉められている障子の方から聞こえてくる。

「鶯もお嬢さんが来てくれたのを喜んでいるようだ」

そういうと久兵衛は立ち上がって障子を開けた。

「これは…」

庭の真ん中に満開の白梅の木が立っている。見事な枝ぶりである。梅の香りがほのかに届いてくる。鶯の姿は見えないのに鳴き声は聞こえてくる。

「なんと見事な…」

桜秀は言葉にならない。梅の木を見入っている。

小春も梅の木を見ていた。いや、梅の木の横に立っている女の人を見ているのである。とても美しい人である。色の白いふっくらとした頬、小さな鼻に小さな口。歳は十八才ぐらいだろうか。真っ白な着物を着ている。そして、鶯の声の主であろう鶯が肩に乗っている。ただ、美しいが生気が感じられない。やはり、生きている人ではない。

”小春、梅の木に女の幽霊がいるよ,,

”うん。あたしにも見えてるよ,,

小春と白丸は幽霊を見ているのである。小春は女の幽霊が久兵衛を見ているのに気付いた。睨んでいるのではない。見つめているのである。

(あの女の人は久兵衛さんに気付いてほしいのかしら?)

「これはほんとに見事な白梅だ。いやーほんとに見事だ」

桜秀は感心しきりである。

「この梅の木は元々からこのお屋敷にあったのですか?」

桜秀が久兵衛に訊いた。

「いえ、私の生まれた里にあった梅の木です。こちらに持ってきて植え替えをしたのですよ。」

「では、里にあった時から一年中花を咲かせていたのですか?」

「それが、この屋敷に植え替えをしてからなんですよ。不思議なこともあったものです」

「伊勢屋さんの里…」

「私は伊勢屋の入り婿でして。元々は貧しい村の出なんですよ。私の家は貧しい上に子沢山で、私も九番目の子で九助と言う名前でした」

「あぁ、だから久兵衛さんなんですね」

「そうです。字を変えて久兵衛ですよ」久兵衛は昔を思い出しているのか遠い目をしている。

「十四の時に家を出ましてね、江戸に着いた時は行き倒れになっていたのを先代の伊勢屋の主人に助けてもらったんです。白いお米が食べられるのが嬉しくて一生懸命働きましたよ。何せ食べられないのが当たり前の家におりましたからね。それで、先代に気に入られて一人娘であったお静と一緒になることになったんです」

「先代に気に入られるぐらいだから、ほんとに一生懸命働いたんですね」

「いやはや、今はもう隠居の身ですよ。三年前に家内を亡くしてから息子に店を任せてようやくこちらにきてのん気に隠居暮らしです」

久兵衛と桜秀が話している時も梅の木の女の幽霊は久兵衛を見つめている。

”小春、あの幽霊は久兵衛さんに言いたいことがあるんじゃないかな?,,

”あたしもそう思うんだけど、今は聞けないしね。何か伝えたいことがあるなら伝えてあげたいんだけど,,

小春と白丸がヒソヒソ話していると桜秀が帰る挨拶をしている。

「今日は本当に良いものを見せていただきました。今度は筆と絵の具を持ってまいりますので、ぜひこの白梅を描かせていただけませんか?」

「それは願ってもないことです。いつまで咲いているかわからない白梅を絵に残していただけるのなら、こんな嬉しいことはないですからな」

「では、また日を改めてお伺いしたします」桜秀が腰を上げようとしてると小春が慌てて久兵衛さんに頼む。

「あ、あたしも来ていいですか?」

「いつでもいらっしゃい。私が一人で白梅を見るよりも皆さんに見てもらう方が白梅も喜ぶでしょう」

帰り際、梅の木に目をやると女の幽霊は消えていた。


三福屋、小春の部屋。

小春と白丸、それに大黒さまの分身だと言う大黒さまの置物が頭を突き合わせて話をしている。

「それで、梅の木の横に女の幽霊がおったんじゃな?」大黒さまが訊く。

「そうなのよ。鶯を肩に乗せた綺麗な女の人だったわ。ずっと久兵衛さんを見てるのよ。怒ってるとか恨んでると言う感じじゃなく優しい目で見ているの。だから何か言いたいことがあるんじゃないかと思って気になってるの」

「まあ、恨んでないようなら心配はないと思うがのう」

「一年中花が咲いているだけなら、オイラはほっておいていいと思うけどなぁ」白丸はあくびをしている。

「いいわよ。今度は一人で行くから。白丸はお留守番ね」

小春はプイと横を向いた。

「オイラも行くよぉ。オイラも心配になってきたなぁ〜。梅の木に幽霊なんておかしいよね」機嫌をとるように白丸は小春の膝の上に乗る。

「調子いいんだから」

白丸を睨んだが、白丸は尻尾を振ってごまかした。


七日後、桜秀が三福屋を訪れた。

これから伊勢屋の隠居の久兵衛の屋敷に行くので三福餅を買いに寄ったのだ。

「これから久兵衛さんのところに白梅の絵を描きに行くのですが、小春ちゃんも一緒にいかがですか?」

小春にとっては願ったり叶ったりである。

「できれば、白梅と一緒に小春ちゃんを描きたいのですが」

この言葉に小春の家族、中でも小春の母、お寿々は大喜び。少々お待ちくださいと桜秀を待たせ、小春に着せる着物を決めるのに大騒ぎ。小春を立たせて、あーでもないこーでもないと次から次へと着物を合わせていく。

やっと、薄い鴇色に小梅の花をあしらった着物に鶯色の帯に決まった。

「これでいいわ。小春によく似合う」

お寿々は満面の笑みである。

「おっ母さん、ちょっと派手じゃない?」

「何言ってるんだい。桜秀先生が描いて下さるんだよ。少しは綺麗な格好をして行かないと桜秀先生に失礼ってもんだよ」

桜秀は居間で三福餅を山と積まれ、お茶をたっぷり飲まされている。小春が居間に入って行くと桜秀は小春を見て感嘆の声をあげた。

「小春ちゃん、綺麗だ。綺麗だね。着物がよく似合っているよ」

小春の顔は真っ赤である。湯気が出てもおかしくないくらいに真っ赤になっている。

「ありがとうございます」

消えそうな小さな声でお礼を言った。

それだけ言うのが精一杯である。

ともあれ、山のように竹籠に盛られた三福餅を持って小春と桜秀は久兵衛の屋敷に向かった。


久兵衛の屋敷に着いて訪いを入れるとこの前の女中さんが出てきて、この前と同じ部屋に通された。女中さんに竹籠に山のように積まれた三福餅を渡すと少し驚いたような顔をしたが、すぐ笑顔になってお礼を言った。

部屋で待っているとお茶と三福餅を持った女中さんと久兵衛さんが一緒に入って小春と桜秀の前に座った。

「沢山の三福餅を頂いたようで、ありがとうございます」

「こちらこそ、お言葉に甘えてお伺いさせていただきました。本日は白梅の絵を描かせて頂くべく筆と絵の具を持参して参りました」

桜秀は丁寧に頭を下げた。

「どうぞ、ご存分にお描き下さい」

「ありがとうございます。白梅だけではなく、こちらの小春さんも一緒に描かせて頂きたいのですが、梅の木のそばに立ってもらってもよろしいでしょうか?」

「それは構いませんよ。今日のお嬢さんは一段とお美しいですな」

久兵衛は優しい目で小春を見た。

「ありがとうございます…」

小春は恥ずかしくてそれだけ言うと俯いてしまった。

”小春、今日はよく褒められるね,,

小春の肩に乗っている白丸が小春をからかうように呟いた。今日の小春は言い返さない。それくらい照れているのである。

「では、早速取り掛からせていただきます。小春ちゃん、梅の木のそばに立ってくれるかな」

「あ、はい」

庭に降りていけるようにさっきの女中さんが履物を用意してくれたので、それを履いて庭に降りた。

(あれ?梅の木にいた女の人今日はいないのかしら?)

小春は梅の木の近くまで来て気付いた。梅の木の女の幽霊はちゃんと梅の木のそばに立っていた。ただ、薄くなっているのである。かげろうのように薄く透けているのである。

”小春、女の人薄くなってるね。今にも消えそうだよ,,

”そうね。この前より薄くなってるね,,

「小春ちゃん、そこでいいよ。梅の木の方を向いて」

桜秀が筆を持って描こうとしている。

「はい、わかりました」

小春は今にも消えそうな女の人のそばに立って小さな声で話しかけた。

「どうして梅の木の横に立ってるの?」

「九助さんを見ているの。やっと会えたの」

”小春、九助さんって久兵衛さんのことだよ,,

”わかってるわ、やっぱり久兵衛さんと縁のある人だったんだわ,,

小春は女の幽霊にもう一度話かけた。

「久兵衛…いえ九助さんに何か言いたいことがあるの?」

小春がそう言うと女の幽霊はポロポロと涙を流した。

「泣かないで、泣かないで。あ、そうだ、えーっと、あなたお名前は?」

「お梅…」

囁くような声が聞こえたかと思うと女の幽霊は消えた。

(お梅さんって言うんだ)

「小春ちゃん動かないで」

桜秀は口に筆を持ったまま小春にそう言うとまた描き始めた。久兵衛は桜秀が描いているのを少し離れたところで見ている。邪魔をしてはいけないという感じだ。

”女の人消えちゃったね。しかし動かないって言うのも疲れるもんね,,

”オイラも疲れちゃったよ,,

”白丸は動いていいんじゃない?他の人には見えていないんだから,,

”あー!そうだった!オイラ動いていいんだ,,

小春と白丸がそんなやり取りをしていると

「小春ちゃん、一服しよう」

桜秀が小春に声をかけて筆を置いている。小春が庭から部屋に戻ると女中さんがお茶を持ってきてくれる。

絵はほとんど出来上がっていた。

小春は思い切って久兵衛に訊いてみることにした。

「あの久兵衛さん、お梅と言う女の人を知っていますか?」

久兵衛は目を見張ったまま動かないでいる。

「お梅、お梅と言いましたか?なぜ、あなたがお梅のことを知っているのですか?」

久兵衛の唇は震えている。

「信じてもらえないかもしれないんですが、梅の木に女の人が立っているんです。前に来た時も居ました。それにその女の人は久兵衛さんだけを見ているんです。だから気になって今日は話かけてみたんです。そしたら泣きながらお梅とだけ言って消えてしまったんです」

久兵衛はしばらく考え込んだ後、梅の木の方を見ながら話し出した。


私が十四で家を出る時に夫婦になる約束をした人がおりました。それがお梅です。私の家は貧しくて食べていけません。ましてお梅と一緒になることなんて何年経っても無理というものです。だから、私は江戸に出てきました。江戸で稼いでお梅を迎えに来ると約束をして。でも、迎えに行けるほど稼ぐことなんてできません。自分が生きて行くだけで精一杯です。何年も経つとお梅も諦めて嫁に行っただろうと思っておりました。私が隠居できるようになって自分の里に一度帰ったんです。私の親兄弟はもういないのはわかっていましたから、お梅のことが気になってお梅の家の辺りを見て回りました。お梅の家にはお梅の兄がおりました。お梅の兄は涙を流しながら、お梅が十八の時に流行病にかかって亡くなったこと、九助が迎えに来るのを信じてずっと待っていたと言うことを話してくれました。九助、遅いよ…お梅の兄の声が耳から消えませんでした。あの梅の木でいつもお梅と会っていましたから、お梅の供養をしたいと思ってこの屋敷に持ってきたのです。


久兵衛は話終わると静かに涙を流した。そして小春の方を向いた。

「そうですか。お梅がおりましたか。さぞや、私を恨んでおるでしょう」

「いえ、違うと思います。お梅さんは久兵衛さんを優しい目で見つめいました。それに、九助さんにやっと会えたって言ってました」

黙って聞いていた桜秀が梅の木を見ながら、筆を縦にしたり横にしたりしている。

「うーん、私にもお梅さんが見えるといいんだが」

「桜秀先生?」

小春が桜秀の横に座った。

「お梅さんと白梅の絵を描いてあげたいんだよ。白梅の横にいるなら白梅とお梅さんは一対だからね」

小春が梅の木を見るとお梅さんが現れた。小春は久兵衛さんにお梅さんを見せてあげたいと願った。

”白丸、何とかならないの?,,

”オイラには無理だよ,,

”あんた、お稲荷さんのお使いでしょ,,

”無茶言うなよ。お使いはお使い,,

白丸が開き直っていると、お梅の肩に乗っていた鶯がこっちに飛んで来た。鶯は部屋の中をぐるりと一周飛んだかと思うと、久兵衛の肩に止まった。

「お梅、お梅なのか!」

久兵衛が立ち上がって梅の木の方へ履物も履かずに歩いて行った。鶯は久兵衛の肩から飛び立つと今度は桜秀の肩に止まった。

「おぉ、私にもお梅さんが見える!」

そう言うと急いで筆を動かし始めた。

久兵衛はお梅を、お梅は久兵衛を見つめている。

「お梅、すまなかった。迎えに行ってやれなかった。すまない…」

久兵衛は何度も謝った。

「九助さん、謝らないで。迎えに来てくれたじゃない。私たちの梅の木と一緒に」

お梅は笑っている。泣いていない。

「だが、遅かった。遅すぎだ」

久兵衛は涙を流したままだ。

「九助さん、お梅は幸せです。だって九助さんが迎えに来てくれたもの。私のこと忘れずにいてくれたもの。お梅は一番幸せです」

そう言うとお梅は段々と薄くなっていった。

「お梅、行かないでおくれ」

久兵衛は手を伸ばした。お梅に触れることはできない。

「今度はあの世で待っています」

お梅は幸せそうな笑顔で消えて行った。鶯は消える間際、笏を持った男の人になって消えた。

「できた」

桜秀が声を上げた。

桜秀の絵には、白梅の木に微笑むお梅さんが描かれていた。もちろん、その絵は、久兵衛さんの元にある。

「本日はとてもいいお話を聞かせていただきました。これは、桜秀からのお土産でございます」と言って渡したのだ。お土産と言った方が気楽に受け取ってもらえるでしょうと帰り道に桜秀は笑顔で小春に話した。


福右衛門、おじいちゃんの部屋である。桜秀が描いた白梅と小春の絵を福右衛門と小春が見ている。

先ほど、絵が出来上がったと桜秀が持ってきてくれたのである。お寿々が大喜びして掛軸に仕立てると言って騒いだのは言うまでもない。

小春は久兵衛の屋敷でのことを福右衛門に話した。

「悲しい話じゃがお梅さんが成仏できてよかったのう。久兵衛さんもお梅さんに謝ることができてよかったのではないかの」

「うん、あたしもそう思うよ。悲しい話だけど、最後に久兵衛さんとお梅さんが会えたんだもの」

小春は思い出して涙ぐむ。

「小春は良いことをしたのう」

いつものように福右衛門は小春を褒めた。

「でもね、鶯が消える時に笏を持った男の人に変わったの。高い身分の人に見えたわ」

「それは、天神さまかもしれんのう。梅と言えば、菅原道真公、天神さまじゃからのう。梅を大切にしてるお梅さんの力になってくれたのかもしれんのう」

「天神さま!そうかも!鶯が久兵衛さんと桜秀先生の肩に止まった途端にお梅さんが見えるようになったんだもの!」

「ほっほっほっ。小春は天神さまにもお会いできたようじゃのう。有難いことじゃ」

そう言って福右衛門は手を合わせた。

福右衛門が店の方へ行くと白丸と大黒さまが、白梅と小春の絵を見ようと寄ってきた。

「天神さまがのう」

大黒さまが感心している。

「オイラも見たよ。瞬きするくらいの間だったけど。とっても偉い人に見えたよ」

白丸が大黒さまに説明している。

「天神さまって優しいんだね。今度、天神さまにお参りに行こうかしら」

「しかし、見事な絵じゃのう。白梅の香がここまで匂って来そうじゃ。ん?これは鶯かの?」

大黒さまが絵を覗き込んだ。

「ん?どれ?」

小春と白丸も覗き込んだ。

”ホーホケキョ、ホーホケキョ,,

絵から鶯の鳴き声が聞こえた。思わず3人は手を合わせた。


「小春、これで松竹梅と全部揃ったね」白丸が呟いた。

「ほんとだね。ほんとに松竹梅になったね。不思議だったけど、誰かの役に立ててよかったよ」

小春は満足そうな顔である。

「次は何が来るんじゃろうのう」

大黒さまがそう呟くと床の間に戻って行った。


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