第一話 黒松
一
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
(誰?あたしの顔を触っているのは)
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
”ねぇねぇ、顔がものすごく熱いよ、燃えてるようだよ。大丈夫かな?,,
”大丈夫じゃろ,,
”死なないよね?,,
”死ぬわけないじゃろ,,
(誰なの?あたしの顔の上で喋っているのは)
”ねぇねぇ、苦しそうだよ。大丈夫かな?,,
”大丈夫じゃ。この娘は助けられたのだからな,,
(お爺ちゃんなの?兄さんなの?
ううん、聞いたことのない声だわ)
目を開けようとしてみるが開けられない。
(ダメだわ。目が開けられないや…)
目を開けられないまま、また眠りについた。
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
また誰かが顔を触っている。
(いったい誰なの?とても小さい手。
こんな小さい手の持ち主はうちにはいないはず。でも、冷たくて気持ちいいや…)
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
ペタペタペタ、ペタペタペタ。
”ねぇねぇ、少し熱が引いたんじゃない?,,
”そうじゃのう。少し熱が下がったようじゃのう。もう大丈夫じゃ,,
(やっぱり、誰かいる。気になるよ)
熱っぽい瞼を少し開けてみた。
(あーやっぱり、あたし熱があるんだ)
白い子ギツネと床の間に飾ってあった大黒さまの置物があたしの顔を見下ろしている。
(これは夢だ。夢に違いない。夢以外にない。あたし、すごく熱があるんだなぁ)
もう一度、瞼を少し開けてみる。
(やっぱりいる…こんな時はもう一度寝るに限る。眠ろう。)
”ねぇねぇ、目を開けたのにまたねちゃったよ,,
”もう大丈夫じゃから、ゆっくり寝かせてやろう,,
小さな足音が遠ざかって行く。
(夢見たんだよね。きっと…)
熱も下がり寝息も安らかに深い眠りについた。
二
ここは本所深川。
菓子屋「三福屋」は、三種類の豆を餅に混ぜた豆大福が名物の菓子屋である。つき立ての餅に金時豆、うぐいす豆、黒豆を混ぜ粒餡を包んだ豆大福で三つの豆を三つの福として「三福餅」と名付けた。
一つの大福で三つの福が授かると噂が広がり、めでたいめでたいとあれよあれよの大行列。
だが、めでたいのは三福餅だけではない。店の真ん中でドンと座りお客様の相手をしている初代主人の名が福右衛門、その息子である今の主人の名が福兵衛、そして19歳になる息子の名が福吉。名に三つの福が付いているのである。それにこれまた、福兵衛の嫁の名がお寿々。「寿」と言う字が2つも付くのである。
これだけで納得してはいけない。
名ばかりではないのだ。
それはその顔だ。
福右衛門、福兵衛、福吉と揃いも揃って福耳の福顔なのである。
福助人形そっくりなのである。
それに負けず劣らず、嫁のお寿々の顔はお多福人形そっくりなのである。
これでもかと言うめでたさなのである。福助顔の福右衛門とお多福顔のお寿々がお客様の相手をする。福々しい笑顔で三福餅を売る。これで流行らぬはずがない。この福にあやかりたいと言う人々が押し寄せるのである。
朝から三福餅が品切れになるまで客が途絶えることがない。
職人の右吉左吉兄弟と女中のお里を加えて大忙しのてんてこ舞い。毎日が祭りか縁日かと言う賑わいなのである。
そして、その三福屋にもう1人。
福兵衛の娘、福吉の妹である14歳の小春である。
この小春、良いか悪いかお多福顔でも福助顔でもない。身体は細っこく、顔も小さい。福耳でもなく、小さい耳に小さい鼻に小さいお口。目はクリクリどんぐり目なのである。14歳の女の子としてはとても可愛らしいのだが、福々しいと聞かれればそうでもないのである。
だからお店に出してもらえない…と言うことではない。小さい頃によく熱を出して家族を心配させることが多かったので、手伝いをさせることなく大事大事に育てられたのである。
三
小春はそっと裏木戸から外に出た。
通り掛かった猫がびっくりして走り抜けた。
「しぃー静かにして」
小春は唇に人差し指を立てて猫に注意した。
大事に育てられた小春だが、一日中家の中にいろと言うのは無理と言うもの。たまには家を抜けだして外出するのである。別に外出してはいけないということはないのだが、みんなが働いている時に遊んでいるというのは気が引ける。
それに今日は大吉の様子がおかしいとおっ母さんに聞いて心配して出てきたのである。
「大吉、どうしたんだろう」
大吉と言うのは、三福屋の筋向かいにある古道具屋の「黒松堂」の一人息子である。古道具屋と言っても扱う物が古道具というよりも骨董品が多く、店の構えも立派な店である。父、宗右衛門、母、お安に使用人が10人もいる大店でお客様もお武家さまや、お金持ちの商家である。武家相手となると大変なので、大きく育ってほしいと大吉と名付けたのだが、名に似合わず身体が小さい、気が小さい、臆病で怖がりなのである。12歳になった今も小春に輪をかけて両親に大事大事と育てられた。
同じような境遇だから気が合うのか小春と大吉は仲良しで家を抜け出す外出仲間である。その大吉の様子がおかしいと言うのである。
今日の朝のこと。
「おっ母さん、大吉の様子がおかしいってどういうことなの?」
朝ご飯を食べながらおっ母さんに訊いた。
「よくわからないんだけどね。お安さんが大吉ちゃんの様子がおかしいって言うんだよ。ずっと中庭の方を見ていたり、独り言を言ってたり、厠に一人で行けなくなったりって」
お安は大吉の母である。
「ほんとに心配だわね…」と言いながらいそいそと店の用意をするために店の方へと出て行った。
(どうしたんだろ… 怖がりの大吉だけどいつもと違うよね… )
”これはあたしの出番ね,,
朝ご飯の後片付けを済ますと出掛ける用意をするために部屋に戻った。
黒松堂の裏木戸の前まで来ると、勝手知ったるでそっと開けて入って行った。台所まで来るとお安と女中のおなかがお客様に出すお茶の用意をしていた。
「おばさん、こんにちは。大吉いる?」
とびきりの笑顔でお安に声をかけた。
「小春ちゃん、いらっしゃい。大吉なら中庭の方にいると思うんだけど行っみてくれる?小春ちゃんが来てくれたら大吉も喜ぶから」
優しい笑顔でそういうとお茶を店へと運んで行った。
「おばさん、ありがと」
お安おばさん綺麗だな。女のあたしでも見惚れちゃうよ。そういえば、若い頃は深川小町って呼ばれてたって言ってたっけ。
その美しさは今でも健在である。
台所を抜けて中庭の方に行くと大吉が蔵の前にある黒松の前に立っていた。「黒松堂」の名の由来である大きな黒松である。大吉のそばまで行くと両手で大吉の肩に手を置いた。大吉は小さく震えている。
「大吉、どうしたの?」
小春が声を掛けても、こちらを向くことなく黒松を見ている。
「大吉、どうしたの?」
今度は強く肩を揺さぶってみる。
「小春ちゃん」
顔は黒松に向けまま返事をした。
「何を見ているの?」
大吉の顔の横に自分の顔を並べて黒松を覗いた。
「小春ちゃん、あれ見える?いるよね?」
震えた声で大吉が言った。
「うん。いるね」
大吉が見ているは、大きな黒松の根元に座っている羽織袴姿の白い髭の老人である。黒松の根元に座っている。
「あんたが厠に行けない訳がわかったわ」
小春は腕組みをして1人頷いた。
”そなた、わしが見えるのか?,,
黒松の根元に座っている白い髭の老人が口を開いた。
四
あれは一年前のこと。
小春と大吉はいつもの如く家を抜け出して外出をしていた。その日はいつもと違った。いつもの道をいつものように2人で歩いていたのに迷子になってしまったのである。歩けば歩くほど、どんどん知らない道を通り、知らない所に出るのである。
(ここはどこなんだろ?)
思いつつも、どんどん路地を進んでしまう。見たことあるような無いような景色。戻ることもできずに大吉の手を引いて前に進んだ。
気が付くと、見た事のない稲荷神社の前に立っていた。なかなか立派な稲荷神社である。
(こんな所にお稲荷さん?)
朱い鳥居を見上げた。
(知らないや。)
「小春ちゃん、このお稲荷さんにくるの初めてだね」
「うん。見たことのないお稲荷さんだね。うちの近くにこんなお稲荷さんがあったんだね… 」
「入ってみようよ」
「そうだね、せっかく来たんだし入ってみようか」
大吉の手を握り直して、朱い鳥居をくぐった。朱い鳥居をくぐると左右に一匹ずつお狐様の石像がある。朱い前垂れをしていて口には宝珠を咥えている。
(綺麗なお狐さまだな。)
お狐さまが微笑んで見えた。
枯葉一枚落ちてない参道を大吉の手を引いてお社の前まで歩いた。
(これは… )
二人の目の前の社には大小さまざまな陶器で出来たお狐さまが百いや二百体こちらを向いて置いてあった。
社に置ききれないお狐さまは社の周りに置かれている。
(すごい数のお狐さまだ… )
それになんて静かななんだろう。こんなにお狐さまが置いてある神社なら人がいてもおかしくないのに…。
風の音も鳥の鳴き声もなくシンと静まりかえっている。
「小春ちゃん、すごい数のお狐さまが置いてあるね。ちょっと怖いね」
大吉が小春の後ろに隠れた。
「うん。ちょっと怖いね」
大吉が小春の手を引いた。
「小春ちゃん、早く帰ろう」
その言葉に小春も急に怖くなった。
二人は手を繋いだまま走り出した。鳥居を抜けてどこをどう走ったのか覚えていない。ただ、急に怖くなった心は止められない。帰り道もわからないまま走り続けた。
深川は海を埋め立てて作った土地で掘割が多い。
止まらなくなった足は、掘割の手前で止まることができずにドボンと落ちてしまったのである。
その時のことは覚えていないが怪我もなく助かった。
だか、季節は真冬。
二人して大熱を出してしまったのである。
三福屋も黒松堂も上を下への大騒ぎ。二人揃って堀割に嵌るわ、大熱を出すわで小春の両親も大吉の両親も寝ずの看病をした。
そして不思議なことに、二人の両親も助けてくれたのが誰なのか覚えいないのである。後で考えても首を傾げるばかり。
二人揃って三日三晩大熱を出し、四日目に同じように熱が下がり、六日目に同じように起き上がれるようになった。
ただ、同じというのはこれだけではない。人とは違うことも同じように見に付けたのである。それは、人ではない者が見える。早く言えば、幽霊や妖怪が見えるようになったのである。
五
戻って黒松堂の中庭の黒松の前。
「わしが見えるのか?」
黒松の根元に座っている白い髭の老人が口を開いた。
「うん。見えるよ」
小春は、黒松の老人から目を離さずに答えた。
「声め聞こえるのか?」
黒松の老人も小春を見つめたまま訊いた。
「うん。聞こえるよ」
黒松の老人の細い目が見開いた。
「小春ちゃん、あのお爺さん何て言ってるんだい?」
不思議そうな顔をした大吉が小春を見上げて訊いた。
「あのお爺さんはね、見えるか?声が聞こえるか?って言ってるんだよ」
「やはり、その坊主には聞こえぬのだな… 」
黒松の老人はひとりで頷いた。
「うん。この子は見えるけど声は聞こえないんだよ。あたしはなぜか見えるし聞こえるんだけどね」
「そうか。それならば、そなたに伝えよう」と言って黒松の老人は話始めた。
「わしは、この黒松の主だ。この店が建つより前からここにおる。かれこれ150年は経っていよう」
そう言って黒松の主は苦しそうな顔して足を撫でた。
「この土地では地深く根を張ることはできぬ。横に根を張るしかない。そうやって大きくなり生き延びてきた。そこに店が建ち、中庭の黒松となった。
それでも庭いっぱいに根を張り続けた。ところが、近頃、この店の主人が中庭に石灯籠を置いたのじゃ。わしの根が張っていることも知らずに… 」
黒松の主の顔が苦痛に歪む。
「お爺さん、大丈夫⁉︎」
小春は心配になって声をかけた。
「あぁ、大丈夫じゃ。まだ大丈夫じゃ」
黒松の主は足を撫でながら話を続けた。
「置かれた石灯籠が重うて、根を張ることもままならぬ。それどころか、石灯籠がわしの根を傷つけておるのじゃ。それが痛うて堪らぬ。ゆえに、こうして姿を現しておるのじゃが、だれも気付いてはくれぬ。この坊主は、わしが見えてるようじゃが、話かけてもどうも聞こえておらぬ様子。どうしたものかと困り果ててたところじゃ」
ここまで話すと黒松の主は疲れ果ててる様子。
「わかったわ、あたしが何とかするから安心して!」
思わず小春はそう言っていた。
その言葉を待っていたかのように黒松の主は消えて行った。
「小春ちゃん、あのお爺さんは何て言ったの?とても苦しそうだったよ」
大吉も心配顔になっている。小春は黒松の主が話したことを大吉に話した。
「お爺さん、かわいそうだね。とても痛そうに足を撫でてたもん。なんとかしなくっちゃ!」
大吉も優しい子なのである。
「そうだね、かわいそうだよね」
小春は思い付いたことを大吉に耳打ちした。大吉の目が大きく見開いて二人で頷き合った。
六
さて、ここは三福屋福右衛門の居所。お爺ちゃんの部屋である。
小春は三福餅を頬張りながら黒松堂での話、黒松の主のことをお爺ちゃんに話している。
「それで、その黒松の主はどうなったんじゃ?」
福右衛門は文机で書き物をしながら訊いた。
「もう黒松のお爺さんは出なくなったよ。大吉も厠にひとりで行けるようになったしね」
「ほう。それはよかったのう。小春は良いことをしたのう」
目を細めながら福々しい笑顔で小春を褒めた。
お爺ちゃんには何でも言える。小さい頃から忙しい両親に代わって小春の話をいつも聞いてくれる。
もちろん、大熱を出して幽霊や妖怪が見えるようになったことも話した。
お爺ちゃんは疑いもせずに
「小春がお爺ちゃんに嘘をつくはずがないからのう」と言って信じてくれた。だから何でも話せるのである。
お父っつあんやおっ母さんには言っていない。言っても信じてくれないどころか、頭を打っておかしくなったと大騒ぎするに違いない。
まあ突然、幽霊が見える妖怪が見えるなんて言ったところで信じられないのが普通だけど。
「ーで、どうやってその石灯籠を退かすことができたんじゃ?」
「ふふふっ。それは簡単よ」
笑いをこらえながら話した。
うちのお爺ちゃんは方位占いに凝っていて、黒松堂さんの中庭に置いてある石灯籠が気になる。どうもいけない。このままでは店に悪いことが起きるのではないかと心配している。石灯籠を取り払った方が良いのだが黒松堂さんに言っていいものかどうか迷っているってお爺ちゃんが言ってる。
「そう宗右衛門おじさんに言ったの」
ホッホッホ、ホッホッホと福右衛門は楽しそうに大笑いした。
「わしを使ったんじゃな」
「そうなの、ごめんね」
舌をペロっと出して小春が謝った。
「いやはや、うまいこと言ったもんじゃ」
福右衛門は笑いながら感心している。
「それでね、それを聞いて宗右衛門おじさんが ”だから三福屋さんは繁盛しているのか,,って。丁度、石灯籠を置いた時から大吉の様子がおかしくなってしまったから余計に納得しちゃって」
「石灯籠を取り払うことができて、大吉は厠に行けるようになったのかい?」
「うん!行けるようになったよ。石灯籠のお礼にって黒松の主さんがお店を繁盛させてくれたから、お爺ちゃんの方位占いが本物になったみたいだよ」
「ホッホッホ、それは占ってくれと言って人が押し寄せて来そうじゃのう」
と言って書き物を終わらせた。
「お爺ちゃん、何書いてたの?」
小春は文机を覗き込みながら訊いた。
「これはな、小春の話を書き留めたんじゃよ。不思議な話は面白いからのう。小春の話はお爺ちゃんの宝物じゃな」
優しい目で小春に微笑んだ。
お爺ちゃんの笑顔に癒されて一件落着と言いたいところだが、そうはいかない。
そう、この三福屋に。
そう、この三福屋にもいるのである。
本人達は、神だ、神の使いだと言う奴らが。
ホッホッホ、ホッホッホ
お爺ちゃんの横でお爺ちゃんと同じようなや笑っている大黒さまの置物。
それにお稲荷さんの神棚の上に座って下を見ながら笑い転げている白い子ギツネ。神の使いなのか、妖怪なのか、どちらにしても怪しい奴らなのである。
どう見ても大黒さまの置物にしか見えないこの小さな大黒さまは、大黒さまの分身らしい。置物を皆が拝むことによって大黒さまの魂が宿るのだとか。
”大黒さまの子供だと思ってくれ,,と言う。
そして、もう一匹。こちらは一匹でいいだろう。白い子ギツネだ。確かにお稲荷さんに置いてあるお狐さまの人形にソックリなのである。ただ、ふわふわの白い毛に覆われている。お稲荷さんの使いは狐だからあながち間違いではないのかもしれない。名は白丸。
この一人と一匹が見えるようになったのが、そう大熱を出した時である。熱でうなされていた小春を心配そうに見守ってくれたのが、この大黒さまと白丸なのである。
熱が下がって目を覚ました時にこの一人と一匹が目の前にいたのである。
「…まだ熱があるんだ。変な物が見えてるよ」そう言って手の甲で目を擦っていると
「夢ではないぞ!変な物とは失礼ではないか!」
大黒さまの置物が小さい体で怒っている。
「そうだぞ!おいら達はこんなに心配してたと言うのに変な物とは何だよ!」
白い子ギツネが白い顔を赤くして怒っている。
「ごめん、ごめん。」訳もわからず謝っていた。
これが一番最初に見えた不思議なものである。
「さて、わしも店に手伝いに行こうかのう。お寿々がてんてこ舞いしてるじゃろう」
福右衛門がよっこらしょと重い腰を上げた。
「ねぇ、お爺ちゃん」
「なんじゃ、小春」
小春は、福右衛門を見上げながら訊いた。
「お爺ちゃんは、不思議なものが見えるの?その、幽霊とか妖怪とか…」
福右衛門は首を傾げながら、
「さて、どうかな。小春の話を聞いていると見えてくるようじゃのう。ホッホッホ」そう言って、大きいお腹を揺らしながら店の方へと行った。
(なーんだ。お爺ちゃん見えてないんだ)
がっかりしていると大黒さまと白丸が小春の横に座った。
「福右衛門が福の神に見えるのう」
大黒さまの言葉に小春も白丸も頷いた。
「あーーーーー」
突然、白丸が思い出したように大声を上げた。
「びっくりするじゃない!どうしたの?」
ちょっと怒りながら白丸を見た。
「今度はさ、オイラも連れて行っておくれよ。大吉より役に立つからさ。オイラなら、幽霊も妖怪も見えるぜ、声も聞こえるしさ」
白いフサフサの尻尾をピンと立てて白丸が小春の膝に飛び乗った。
「だめ、だめ、だめ。誰かに見られたらどうするの!」
「大丈夫だよ。誰にも見えないってば。連れて行っておくれよう」
「そんな簡単に妖怪や幽霊なんかいないってば」
「そんなことないよ。裏のお爺ちゃんも元気なかったよ、魚屋の甚吉さんの様子もおかしかったよ。ねぇねぇ、行ってみようよー」
「だめだったら、だめ。あたしは、あやかしお助け屋じゃないんだからー」
部屋の中を小春と白丸が追いかけっこ。
「やれやれ、子供じゃのう」
ため息を一つついて、大吉さまは床の間に戻るのであった。