愛が無いと生きていけないうさぎさんよりも、繊細な生き物なんです。
蛇はこないだ適当に私が教えた『おもてなし』を早速実行しているらしい。私が現れたら素早く湖から出てきて出迎え、私を頭に乗せて湖の真ん中に出来てしまった私の部屋に連れて行ってくれるようになった。もちろん冷蔵庫から『ちゅーはい』を出して振る舞うのをわすれない。
だけど蛇はどうしてだかわからないが、かなりの頻度で湖へと戻る。話している最中だろうが、チューハイを私に飲まされていようが、ち〇おがドキドキハラハラで続きが気になっている時であろうが関係ない。大体三十分に一度のペースで湖につかりに行き、ほんの少し泳いでから私の所に戻ってくるのだ。
泳ぐの我慢しているんだったら、気にしないで満足するまで泳いで来ればいいよ。何回も湖へ向かう蛇にそう言ったのだけれど、蛇は「そういうわけではないのだ」と言って逆に泳ぎに行こうとしなくなってしまった。
「……あの、泳ぎに行かれた方がいいんじゃないですか?私の事は構わなくていいですから」
何度かわからない進言をする私に、蛇はもはやぷるぷるしながら言った。
「大丈夫だ。我はまだいける」
何処にいくと言うんだ。私はため息をついた。少し前は気遣いというものが皆無であったのに、おかしなことだ。やせ我慢も程々にするべきだと思う。
「そのような事より、『ちゅーはい』もう一本いらぬのか?我がいつも飲んでいる酒も用意しているのだが、そっちにするか?『きんきん』に冷やしておるぞ」
「それよりもさっさと湖に飛び込めよ」
そう口に出して言ってしまった私を、誰も責めるまい。
蛇が用意したというお酒をありがたく飲んでいると、生き返った顔をした蛇が湖から戻ってきた。蛇の表情わかるようになってしまった私、凄いな。少し思った。
「すまぬな、客人に気を遣わせてしまって」
「いえいえ。お酒おいしくいただいてましたから。今度からは我慢しないでくださいね」
貴方が泳いでいる間中、お酒をたっぷり飲ませてもらいますから……あれ絶対、学生の私には到底手の届かない高級酒だぞ。チューハイとかビールしか飲んだことのない私の舌では申し訳ないぐらい。
「それにしても泳ぐのが好きなんですねぇ。暫く泳いでいないと禁断症状出てくるくらいなんてよっぽどですよ」
私がそう言うと、蛇は首を振った。
「確かに泳ぐ事は好きだが、定期的に泳ぎに行かねばならぬ事とは関係ないのだ」
じゃあどうして泳ぎに行かねばならないのか。私の問いに蛇は切なげな顔をして言った。
「うるおいがなくなるのだ」
蛇の皮はデリケートなものだったらしい。優しく触れないと身体を痛めてしまうのだとか。蛇曰く、「愛がなくては生きていけないうさぎさんより繊細な動物」だそうだ。わけがわからない。
「蛇って乾燥とは無縁の生き物だと思ってました」
子供の頃に動物園で触らせてもらった蛇は、しっとりした感触だったし。あの時の彼女はアオダイショウだったかな。凄く可愛らしかった。「我を他の蛇と一緒にするでない。我は白蛇。水蛇なのだぞ」と蛇がパタパタしながら言っていたが、無視した。
「でも乾燥となると少し可哀そうな気がしますね。水に浸みたら痛いでしょうし……保湿クリームなんてつけてみます?」
私は引き出しから冬のためにとっておいているクリームの容器を取り出して、蛇に見せた。
「ふむ。これを体につけるのか」
「えぇ、私も乾燥した時よく使っていますね」
蛇はくんくんと匂いを嗅いだ。
「『ちゅーはい』と同じ芳香が漂ってくるではないかっ」
「一応オレンジバームの香りとなってます」
開発した化粧品メーカーはチューハイの香りがすると言われるなんて思ってもみなかっただろう。私はあえて突っ込まずに、早速蛇の首辺りにクリームを塗っていった。
「肌に異常が感じたらすぐ言ってくださいね。悪化したら元も子もありませんから」
「うむ、どんどん塗り進んでいくが良い。我が許可する」
蛇はうっとりとした顔でそう言った……気持ちよさそうで何よりだ。
保湿クリームを塗られるという娯楽を見つけてしまった蛇は、私にそれを要求するようになった。ここ届かないから塗ってよー、みたいな感じだったら普通に手伝ってもいいけれど、相手は体長ぴーメートルある長蛇である。全部塗り終わるまで何時間かかることだろうか。
そうは思っても、蛇が悩んでいるのである。悩んでいる奴を見捨てるほど、私は嫌な奴ではなかった。
甲斐甲斐しくも毎日丁寧に塗っていたのだが、そんな生活が続いて一週間経ったある日見てしまったのである。
--蛇が泳いでいる姿を。
全身に保湿クリームを塗ってもせいぜい三十分に十五分くらいプラスされただけだったと知った私は、悠々と泳いでいる蛇に向かって投げた。
蛇の頭に見事当たった様子にすっきりしたのは言うまでもない。
蛇に人間用保湿クリームを塗ってはいけません。多分。あと蛇が乾燥するということですが、これは設定です。




