蛇の嫉妬
久しぶりの投稿になりました。前半コメディー、後半シリアスが定型になってきた気がします。迷った末にR指定は入れないことにしました。きっと大丈夫です(笑)
最近蛇の様子がおかしい。
私が他の人と話しているとぴったり張り付いて離れようとしないし、突然何を思ったのか私から離れたと思いきやそこから私をじとーっと見ていたりする。それも木の陰とか暗い場所からだから怖い。白くて大きいのがぼうっと浮かび上がられたら、ホラー映像の出来上がりだ。
今はくっついていたい気分らしく、ピクニックシートに座る私の膝に頭をのせている……正直もう足が痺れてきているから飽きて起き上がってくれないだろうか。
そんなことを思いながら蛇の頭をペチペチと叩いていると、佐藤くんがこちらに近づいてくるのが見えた。手をひらひらと降ると佐藤くんはぺこりと礼儀正しく頭を下げた。
「オーナー」
「佐藤くん。バイト終わり?お疲れさま」
「ここのバイトほんと疲れますよ。聞いてくださいよ、さっきもまた変なお客さんが来たんです」
今日はどんなお客さんが来たのだろうか。実は彼に会う度これを聞くのが楽しみだったりしている。新鮮な獲物を肩に担いだ狩り帰りのご主人に、欲しいタバコの銘柄に弾を放つ凄腕女性スナイパー。窓際で立ち読みして覚えたと思われる漫画の主人公になりきって農家から海賊王(予定)にジョブチェンジした人。
どんな冗談かと思いたいがこれは実際に佐藤くんが出会ったお客さん達であり、降りかかってきた苦労の数となるのだ。当然これは特に印象深かったものの一部を例に挙げただけで、他にももっと沢山の人達がいる。
この世界の人達はどうしてこんなにも面白いのだろうか。もはやつまらないレベルの普通の人はいないのだろうか。今度見つけたら是非佐藤くんに紹介してあげようと思う。……彼の精神衛生の向上のために。
私が続きを促すと佐藤くんは待ってましたと言わんばかりに話し始めた。うーん、鬱憤が溜まっているんだろうなあ。かわいそうに。
「防犯カラーボールの匂いに反応したハンターがカラーボールを狙ってきたんです」
レジがめちゃくちゃになってしまったんですよ!と彼は溜息をついた。
「えぇ、カラーボール?もし床に落としちゃったら凄い匂いする奴じゃないですか、あれ。大丈夫だったの?」
「掃除が凄く大変でした」
「……お疲れさまでした」
本当は肩を叩いて労いたかったのだけれど、蛇が頭を膝から退けずに器用に舌だけを伸ばして私の手を舐めていた為できなかった。すっと手をスライドさせても追ってくる。凄く舐めたいんだろうからそのままにしておこうではないか。
「あーあ。お客さんとか大きな蛇とか色々めちゃくちゃでこれはこれで楽しいんだけどさ、待ち望んでいた世界じゃないよね」
「わかります」
何となく思いついたことをポロリと零すと佐藤くんはそれにすぐ同意した。
「基本的にはほのぼのとしていて楽しいんですけど場所がコンビニだし、オーナーの家とか異世界感ゼロですよね」
蛇の力でそのままこっちに持ってきたようなものだからね。正確に言えば異世界と私の部屋をつなげたのだけれど。
「そうなの。まあいきなりポーンと放り出されてサバイバル!ってなっていたら私今生きていないと思うけどさ。でも魔法とか剣とかには憧れるんだよねえ」
「獣人とかいたりしないんでしょうか」
「夢あるね!あとはエルフに妖精にドラゴンなんていたら素敵じゃない?」
「うわぁ見事に美形攻めですね。女子が好きそう」
「男子だって可愛い子好きでしょうよ。君だって仮にもぴっちぴちの現役男子高校生じゃないか。猫耳幼女とかサキュバスのお姉さんとかに憧れたりしないのかね?」
ここで佐藤くんはうーんと少し考えてから言った。
「俺はどっちかというと人間の方がいいですね。コスプレさせて恥じらう姿にグッとくるというか」
初めて聞いた佐藤くんの趣味にそっか、としか返事できなかった。ごめん。引いたわけじゃないのよ。ただいつも冷静な君がこんな事を考えていたりするんだって思っちゃっただけだから。
「今度オーナーやってくださいよ。俺色々持ってくるんで」
「いやいいよ……なんかごめんなさい」
色々って。まさか持っているわけじゃないよね、仕入れてくるってことだよね!?ねえ!?
佐藤くんが今日の会話で一気に謎の生命体となってしまった事に呆然とした。私の体を隠すように巻き付きながらシャーと言っている蛇の方がよっぽどわかりやすい。
蛇よ落ち着け。彼は特殊な性癖を持っているだけで敵ではないのだよ、という気持ちを込めて胴体を撫でると蛇はフンと鼻を鳴らしたような音を出して落ち着いた。正確に言うとまだ私の体に巻き付いてはいるのだけど、胸より上は出してもらえた。この心配性さんめ。
「佐藤くんは何になりたかったとかある?ジョブとかさ、種族でもいいからなんかない?」
もし異世界のコンビニ店員じゃなくて別の何かとして呼ばれていたら。
「つまらないと思われるかもしれませんが勇者ですかね。王道は飽きるほどやりましたが、誰しもが憧れを抱くからこそ王道じゃないですか。物語のようにチートになれなくても仲間と切磋琢磨してレベルアップしていきたいです」
そして魔王城を目指す!と佐藤くんは顔をキラキラさせながら言った。チートにはなれない、か。凄く佐藤くんらしくていい。彼はチートとか才能とかを持っているタイプではない。努力家という方が合っている。
「佐藤くんなら仲間を大事にするんだろうなあ。私も佐藤くんのパーティーに入りたいわ」
「はは、その際は是非」
佐藤くんは少し照れながら笑った。蛇はそれを黙ったまま聞いている。勇者とかパーティーとかわからないと思うが一応耳を傾けているらしい。
「オーナーは何かないんですか。なりたいと思うもの」
実は私はもし何々だったら、系についてはしっかり考えていたりする方だと思う。それはファンタジー小説だったり恋愛小説だったり、ゲームだったり。もし自分がその世界にいたらという空想はほぼ毎回のようにしているのだ。それが密かな趣味だった。だから考えはまとまっている。私は自信をもって言おう。
「裏切者の恋人になりたい」
佐藤くんに引かれたのがわかったが私は止まらない。いや止めさせるものか。今まで誰にも言わず懐で温め続けていた思いを解き放つのだ。
「ほらよくあるじゃん?主人公の近くでいつもニコニコ笑っていた奴が実はスパイで、主人公と触れ合ううちに祖国の考えに疑問をもつようになって。悩んだ末にギリギリのところで祖国を裏切る。そのおかげで主人公達は自分達と自国の平和を守れて、「「やっと本当の意味で君達の仲間になれた」」とか言うのだけれど結局上司に殺されてしまうっていうやつ」
「……」
「私が彼を受け止めるの!」
「……」
本当はもう少し語っていたのだけれど割愛。佐藤くんが顔を引きつらせながらそろそろ帰らなきゃなんで、と言ってそそくさといなくなってしまったからだ。残念。
「……」
佐藤くんがいなくなると蛇はするすると締め付けを解いて再び私の膝に頭をのせた。やっぱりまだ離れる気はないらしい。
「あれ、蛇さんどうしたんです?熱中症ですか」
ぺたりと蛇の顔を触ると冷たかった。蛇って変温動物ではなかったか、いや違ったか?などと考えていると蛇は我は神体なのだ。たかが気温ごときで体調が左右されるわけがなかろうと偉そうに言った。うん、そこまで言えるなら多分大丈夫だろう。私は一先ず安心したが、蛇は不機嫌のようだ。頬が膨らんでいる。
「もー。どうしちゃったんですか」
私はそう尋ねながらも、実は蛇が何を考えているのかなんてわかっていた。’嫉妬’だ。蛇は間違いなく佐藤くんに嫉妬していた。
暫くの間無言の時間が続いた。何となく手持ち無沙汰になって蛇の頬をぷにぷにしていると、蛇はぽつりと零した。
「我のだ」
「……」
きた、と思った。私は堪えるようにそっと目を閉じた。
「其方は我のものなのだ」
そうだ。もっと。もっと言って。
「何故他の者と戯れる?我がいるではないか。ずっと一緒にいる。誰よりも近くに。それでも足りないのか?それとも……我では不足するのか」
足りないの。貴方が足りない。そう言えば済むことなのに私はそれでも黙っている。まだ足りない。
「其方が向こうの世界を恋しくならないように部屋もそのまま持ってきて、生活水準も合わせて、未練もすべて断ち切って。それで其方が我だけのものになったと思ったのだ。だが違った。何かが違うのだ。其方が望むものがわからない。この世の正しい道標は映せても、其方のことは水面には何も映らないのだ」
蛇は嘆くように首を振った。もう少しだ。あと一押し。
「じゃあ蛇さんだけしか見えないようにして」
蛇はハッと私を見た。私は出来るだけ穏やかに見える様微笑むと、蛇の頬に顔を寄せた。しっとりとした感触がとても気持ち良い。
「大好きだよ。私はもう蛇さんしかいらない」
蛇に口付けるとそこからじんわりと熱が広がっていった。私の熱が彼に広がっていくのだと思うと気持ちが高揚していく。私を大胆にしていく。蛇は応えるように長い舌を私のそれに絡めた。そして私の体に文字通り蜷局を巻いていく。ゆっくりとゆっくりと味わうように。
彼はどんな方法で私の目を塞ぐのだろうか。私は色々な想像に心を躍らせていた。
お読み頂きありがとうございました。年内完結を目指して進んでいこうと思います。よろしくお願いします。




