川城昇
まだここに来たばかりの頃はよく通っていた。中級者向けの練習場といったところだろう。
強くなるにつれて行かなくなった居場所が必ずある。それは進路から進学に変わった時と似ている。
ガキはTシャツと半ズボンをユニフォームにし、大人ぶるガキは学生服を着て、本当に大人になればスーツを着ていた。懐かしいところに来ると思い出す。
「川城。そろそろ近い」
「分かっている。確かにテンバーの言うとおり、これだけの気配であるならば俺よりも強いのは確かだろう」
川城昇。
少し前まではこの世界の人間では最強の人物であった。その最強の人物でも、1人での行動は避けている。旅は戦闘ではなく戦場に近い。現在は自分を含め、8名で旅を続けている。全員、ここで出会った者達であり、時には争いもしていた。今はここの神様であるジャニー・立早の討伐で意志が纏まっている。
未だにジャニー・立早とは出会えていないが、詳細ある世界地図がもうすぐ完成しようとしていた。それは最終決戦が近いことであり、川城が戦力を補強したいのは当然であった。
NPCのランキングに興味はないが、旅に関しては参考にしている。唐突に現れた自分より強い人物。
「君が広嶋健吾か?」
「…………だからなんだ?」
広嶋はこの世界でなんの装備もつけておらず、魔物達の返り血に染まっていた。川城は初めて、魔物の死体に恐怖を抱けたほど残虐になった骸を見た。
「今、食事中だ。邪魔するな」
魔物は食べていない。広嶋は街で買って来た果物を食していた。解体はできるが、食える部分をいちいち捜すのが面倒なのだ。
広嶋は林檎を齧りながら、川城達と向かい合った。
「失礼。私は川城昇という者だ。この世界にいる以上、ここの神様というジャニー・立早を倒すために仲間を集めている。もうすぐ、彼との戦いが近い。力と成れる戦力は余す事無く、協力して欲しいんだ」
「はぁ?」
「ここに連れて来られたのなら、奴を倒したい気持ちはあるはずだ。その気持ちを私達と分かち合って欲しいのだ」
川城は広嶋の勧誘を始めた。テンバーから大金と情報を貰い、少し前にやってきた広嶋という人物の捜索に全力を当てた。
「もうすぐ、終わる。終わりにしたいのだ。君にも帰るべき場所があるはずだろ?」
「……くだらねぇな」
川城の勧誘を一蹴する広嶋の言葉。それと同時に川城の仲間達が広嶋に罵声を飛ばした。
「テメェ!こーゆう時こそ協力しろ!」
「川城さんがお前を捜すためにどれだけ苦労したと思っている!?」
通常、もっともな発言である。今こそ団結すべきだ。
広嶋がわずかに彼等の言葉に反応し、殺意を剥き出しにする一手前に川城が仲間に警告した。
「よせ。怒りで行動を共にできるわけがない」
「!す、すいません」
「ふん」
広嶋は川城の止めを受け、殺意を閉じた。彼にとっても川城にとってもまったく利益のない激突は避けたいものだ。
川城は協力を拒否している広嶋に目的を尋ねる。
「先ほどくだらないと言っていたが、それは私達では力不足というわけか?」
「性格に合わねぇだけだ。俺は確かにその馬鹿を殺すつもりでいるが、お前等と組むまでもない」
「いずれは協力すると、受け取って良いのか?」
広嶋はこの時初めて川城と出会ったわけだが、容姿と言葉の使い方がとても静かでありながら誰よりも熱い正義感を見れた。
「君の正義を信じていいか?私達と同じように、強くあるなら正しさを導くと信じて良いのか?逃げないと誓えるか?」
弱いことを望んでいない。しかし、強いことも望んでいない。強いからこそ、正義という名で悪を打ち砕く。やる事が増えるし、強い姿を常に出さなければいけない。
「俺に正義なんてもんはねぇ」
「なんだと」
「俺は俺のやり方をするだけだ。そーゆう正義もあるだろ(正義なんて思っていないが)」
帰れと伝えるように広嶋は川城に向けて林檎の食いかけを投げつけた。
「逃げる気はねぇさ。なにせ、俺が殺す馬鹿は今なお多くの人間を召喚している。迷惑な連中は殺すつもりだ。まー、もう帰れよ」
「……別行動になるのは残念だが、困った時があればいつでも力になる」
川城は一つのバッヂを取り出し、広嶋に投げて渡した。
「小さなお願いであるが、これを身につけていてくれないか」
「あ?」
「同じバッヂを付けていればお互いの位置を取得できる"科学"だ。テンバーの仲間の能力だそうだ。何かあればすぐに駆けつけられる、また駆けつけてもらえるからな」
「渡し方を考えろよ。失礼な渡し方だぞ」
「近づけば殺そうとするだろ?では、失礼しよう」
広嶋との交渉は失敗したが、最低限の出会いは完了できた。
確かな強者がこの世界にやってきた事は嬉しいことであり、誰でも良いからこの世界から解放するようにして欲しい。
「良いのですか?」
「あの者ならきっと立早と戦う。それさえ分かれば良い」
もっとも、川城は広嶋よりも先に立早と戦うことは分かっていた。彼がテンバーとの取引に乗ったのは自分の後釜、この世界の希望を見るためだった。雰囲気、思想は川城が感じる希望ではないが、このタダ1人の自己満足の世界を潰すには神様よりも悪魔にお願いする方が良いだろう。
川城達は再び、立早を捜す旅に出かけるのであった。一方で広嶋は川城からもらったバッヂを少し怪しんだが、付けて試してみる。付けられたバッヂは白く光を放ち、バッヂを押せばモニターが出現して自分の現在地と川城達の位置を映し出すデータが映った。
「なるほど、便利だな」
一度機能が分かればそれで良いと示す顔を出し、モニターを弄って消した。
広嶋はこの世界で最強であろうと、まだこの世界に来て3日。川城達は立早と出会うための旅をし、広嶋は立早を倒す旅をしている。
わずかな違いがある。