Which king of Heilon guard
決して世の男が、味わう事のない痛みがある。息も絶え絶え、身が裂け火照り羞恥を超えた感情の坩堝の先に───私は小さな光を見る。
最初に感じるのは征服感と受動的悦び。絶頂と共にそれは突如として二分化し、暫しの別れを告げる。やがて訪れるのは、静寂という真実の愛。小腹に蠢く新たな生、赤ちゃん。
───名前は何にしようか、そう……
「マザー!もう少しですよぉ!ふぅんひっひ!ふぅんひっひ!」
私の閨は、太古アルフヘイムの樹洞から切り取られた根で出来ている。ここに座ると、微かに故郷の温もりを感じ破裂しそうな心が安らぐのだ。出産はいつだって孤独だ。無論、子供達がせっせと世話をしてくれる。時に難産を迎えた際は、その大きな翼で私を摩り導いてくれる。
精神の昂りから僅かに股間が聳り立つ。やがて喉に強烈な異物感がやって来た。───来る!
─こぷぅぁぁあっっ!!!!─
「やったぁ!やりましたわぁマザー!元気な女の子です!」
「マザーヘイロン566回目の出産よ!ほら赤星、早く膜を引きちぎってあげないと」
「ちょっと急かさないでよ!そんなに言うならアンタがやりなさいよ青星!」
目の前で騒々しく騒ぐ妖精三姉妹は、私が自身をヘイロンという個体であると認識してから初めて産んだ子供達だった。人間の拳にすっぽり収まってしまう程の儚い身体と、シワクチャに萎んだ老婆の顔、個体差を示す赤青黄をベースにしたドレスを纏いバサバサとその黒い羽で宙を舞う。
「…ハァ…ハァ…退きなさい、お前達に任せていては、せっかく産んだ赤ちゃんが死んでしまう」
ヘイロンは懐から短剣を取り出し、内側から必死に蠢く赤ん坊を傷つけないようそっと琥珀色の膜を切りつけた。羊膜を裂かれ、中から羊水が一気に溢れると同時に可愛らしく強烈なノイズ音が妖精の閨に響き渡った。バタバタと膜の中から見事な黒翼で羽ばたきながら、四つ脚の八目鰻が初めて自らの母との邂逅を果たす。
「さぁ、立ってごらん?───ゆっくり、ゆっくりと……」
文字通り生まれたての小鹿である”Fell beast”は優しく微笑む母の胸を目掛け、ヨチヨチと這い蹲りながら歩き始めた。
手を貸してやりたい、助けてあげたい、それは母の傲慢だ。自分の劣等感を、劣った存在を救う事で満たしたいがだけのエゴに過ぎない。求められぬ救いの手ほど邪悪なものは無い。決して否定できない善意の刃、そんな苦しみを我が子に与えたく無い。だからこうして、苦虫を噛みながら待つのだ。我が子の最初の自立を。
「…アッ…アッ…」
ふらつく足で何度も転びながら八目鰻は歩みを進め、周りではハエのように長女達が群がり、産まれたばかりの妹を応援する。
「もう少しよ!ほら頑張れ!頑張れ!」
「早く立ちなみっともない!私は三姉妹の末っ子だけど1番最初に立ったのよ!」
「あぁっ!見てられない!マザー助けてあげましょうよぉ!」
「───必要ないよ、ほら」
ヘイロンガルドを覆う紅い空を背景に、敢然とその赤子は佇んでいた。
「お前の名前はauroraだ」




