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結婚式

 カランカランと鐘の音がなる。たくさんの人が祝福する中心では、ガリオとエクレールが笑っていた。


「エクレールさん、素敵ですね」


 パーティドレスに身を包んだルーテシアは胸に手を当ててほうっと感嘆のため息をつく。目線の先には純白のウエディングドレスを着たエクレールがいる。


「元々美しい方ですが、赤い髪の毛が純白のドレスに映えて綺麗です」


 ルーテシアはうっとりと眺めながら、隣に立つヘルマンに一方的に感想を述べ続けていた。そのヘルマンは複雑な表情で花嫁を見つめている。


「やっぱり結婚式って素敵ですね。お二人が幸せそうでよかったです」

「この日を迎えられて、ガリオも安堵しているでしょう」


 ヘルマンは複雑な表情のまま言う。


「相当大変だったみたいですから」

「急でしたものね」


 ヘルマンがアンジェリカ王女の近衛騎士に選ばれるであろうことはある程度予想はついていたが、ガリオはそうではなかった。誰もが予想しなかった中、ガリオも突然に近衛騎士に選ばれたのだ。


 ガリオが選ばれたのは、小隊長であるアルセフとヘルマンという優秀な騎士を二人も引き抜いて、もう一人も同等の能力を持つ騎士を選べなかったことにもあった。ただ、王女を守るのに能力が低すぎるようでも困る。そこで、若くて経験は浅いが能力は平均かそれ以上のガリオが選ばれた。


 また、まだ女性であるアンジェリカ王女の騎士になるには既婚であることが望ましい。若手で結婚が決まっている人間が少なく、その中で婚約中のガリオが選ばれたのだ。


 寝耳に水だったガリオの周囲の人間は大変に戸惑った。特に、婚約者であるエクレールとその家族には大変な衝撃だ。何しろ、ガリオと結婚するとなればプルガトルに行かなくてはならない。


 両親はこの結婚を破談にするかというところまで考えたようだが、その障害を二人は乗り越えた。エクレールもプルガトルに行く覚悟を固め、急ピッチで結婚準備が進み今日という日を迎えている。その間のガリオの心労と苦悩を近くで見ていたヘルマンは十分に理解しているので、ただめでたいという感情だけではこの結婚式を見ることはできないのだった。


「私、個人的には嬉しかったりもするんですけれどね」


 ルーテシアはヘルマンと目を合わせて少しだけバツが悪そうな顔で笑う。


「エクレールさんとは何度もお会いして、お話もしていますから。そういう方も一緒にプルガトルに行けるかと思うと、心強いです」


 正直な気持ちを伝えるルーテシアをヘルマンは気遣うように見る。


「……やはり、不安ですよね。プルガトルに移住するのは」

「あ、いえ!」


 ヘルマンを心配させてしまったことに気が付き、ルーテシアは慌てて両手を振った。


「私にはヘルマンさんもいますし、本だって待っていますから、楽しみの方が大きいですよ? ですが、女性のお友達がいるのは頼もしかったりもして……」

「そうですよね」


 どちらもルーテシアの本音だろうとわかり、ヘルマンは頷く。わかってもらえたことにルーテシアは安堵した。


「大変なこともあると思いますが、楽しみですね」

「はい」


 そう言って二人は微笑み合う。ガリオ達の結婚式であるのに二人の世界に入りかけたが、いる場所を思い出して再び新郎新婦に目線を戻す。会は立食パーティが始まっており、ガリオとエクレールは次々と挨拶に来る賓客に対応しているところだ。


「私達が挨拶に行くのはもう少し後にしましょうか」

「そうですね」


 自分達も結婚式を行ったからわかる。次から次へと挨拶に訪れるので、新郎新婦は大変なのだ。特に普段直接の交流はないが、親などとの繋がりがある貴族達との挨拶には気を遣う。先輩ではあるが、普段から友人のように接しているヘルマン達の挨拶は落ち着いてからでいいだろうと判断した。


「私達の時も大変でしたよね。粗相のないようにしようと気を遣うばかりで、楽しんでいる余裕なんてありませんでした」

「そうでしたね」


 ガリオ達を見ていると思い出すのは自分達の時のことだ。それほど時間は経っていないはずなのに、あの結婚式の時はほとんどお互いのことを知らなかったのだと思うと、随分前のことのように思える。


 ルーテシアはちらりとヘルマンの横顔を見た。あの日のヘルマンは今日のガリオと同じ式典用の真っ白な騎士服を着ていたことを思い出す。


 それを見た時、初めてヘルマンのことをかっこいい人だと見惚れた。今見たらあの時よりもさらに見惚れてしまうだろうと思うと、もったいないことをしてしまったと思う。


 そうして見ているとヘルマンに気が付かれて目が合ってしまう。


「どうかしましたか?」

「いえ……」


 ルーテシアは僅かに頬を染めて俯く。正直に言うのは恥ずかしいことだったので、誤魔化すことにした。


「結婚式って準備は大変で長く感じましたけれど、いざ当日になるとあっという間でしたよね」

「ええ、そうでしたね。当日も挨拶ばかりで疲れたんじゃないですか?」

「はい、そうですね。でも、私は本当に結婚するんだって実感できた日でもありましたよ」


 そう言ってルーテシアは微笑む。


「それまではあまり実感が湧かなくて」

「私も同じです。控室でルーテシアの姿を見るまでは」

「ドレス、姉のお下がりじゃなくてわざわざヘルマンさんが買ってくださった素敵なものでしたから。ドレスでこんなに見られるようになるのかって、自分でも驚いてしまったんですよ」


 ルーテシアはその時のことを思い出してくすくす笑う。いつも容姿に無頓着だったルーテシアでも、自分がまるでお姫様になったような気持ちになって気分が高揚したものだった。


「ルーテシアにとてもよく似合っていましたよ」


 ヘルマンはその時のことを思い出すかのように目を細める。


「改めてちゃんと見たいと思ってしまいます。あの時は……その、あまり交流も図っておらず、申し訳ないことをしました」

「謝らないでください。私達の初めはそういう結婚だったのですから」


 今は違うのだと態度でも示すように、ルーテシアはヘルマンの腕に自分の腕を絡める。


「せめて……」


 それでもヘルマンは苦しそうな顔をして、ルーテシアを見た。


「正直に言えたらよかった」

「? 何をですか?」

「ルーテシアにとても綺麗だと」

「!」


 ヘルマンの言葉にルーテシアの頬が一気に赤く染まる。


「あの日のルーテシアは特別に綺麗でした。直視できなくなるくらいに」


 結婚式の日、自分の姿を見ても表情1つ変えなかったヘルマンを思い出した。まさかそんな風に思ってくれていたなんて、ルーテシアの心がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。


「同じ気持ちだったのですね……。私もヘルマンさんのこと、とても格好いいなって思っていたのですよ」

「そうだったのですか?」


 ヘルマンは僅かに目を見開いた後、目尻を下げた。


「同じだったのですね」

「ええ」


 ルーテシアはヘルマンに身を寄せる。あの時はヘルマンが何を考えているかまったくわからなかったけれど、今あの場に戻れたらわかるのではないかと思った。


「もう一度式を挙げたいくらいです。今度は盛大なものではなく、ゆっくりできるような」


 悔しそうにヘルマンがそう言ったのを聞いて、ルーテシアは幸せそうな顔で微笑む。


「結婚5周年の節目に家族だけでしましょうか? まだドレスは大切にとってありますから」

「はい、ぜひやりましょう」

「でも、あと5年も年を取ってしまったら、あの時よりも劣化してしまっているかもしれませんね」

「そんなことはありませんよ」


 ヘルマンはそう断言して優しい眼差しをルーテシアに送る。


「ルーテシアは何年経っても可愛らしく、綺麗ですよ」

「いずれは私もシワシワのおばあちゃんになってしまいますよ?」

「例えそうなっても、ルーテシアはあのドレスが似合う素敵な女性です」

「まあ」


 ルーテシアは気恥ずかしさと嬉しさからヘルマンにすり寄った。ここがガリオ達の結婚式でなかったら、きっと抱き合っていただろう。


「さあ、そろそろガリオ達に挨拶に行きましょうか」

「はい」


 そう言ってヘルマンとルーテシアは、主役に負けないほど幸せな表情で二人の元に向かったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何気に、殺し文句を口にするヘルマンさん。侮れない。 そして、ときめきます。 ハッピーエンド万歳!
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