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12.絶望の中の希望

本日3回目です。最終話となります。

 目の前には、黒髪に一房白が混じったジュレイル。

 まさか、ジュレイルが魔王だったなんて、想像もしていなかった。


 視線を外せすにいる私の頬に、ジュレイルが手をのばしてくる。

 けれど、その指先が触れる直前で、彼はそれを思いとどまった。

 黒いもやのようなものが、ジュレイルの手を蝕んでいる。

 魔物達が持っていたものとは比べものにならない、濃いけがれ……絶望だ。


 ただの精霊なら、ジュレイルが近くにいるだけで、魔に堕ちてしまうことだろう。

 見られたくなかったというように、ジュレイルは手を背中に隠してしまった。



「ジュレイルは最初から、私に殺されるために近づいてきたの?」

「それは少しだけ違う。我は終わりを求めていたが、その希望が叶うことがないだろうとも、同時に思っていたのだ。お前が私を助けるとは、限らなかっただろう?」

 最初の出会いを思い出す。

 魔物に殺されそうになっているジュレイルを、私は騎士達に頼んで助け出した。


「他の魔物は、別に我を魔王として崇めているわけではない。我の分身も倒されればそこで終わりで、また魔に墜ちるだけの話だった」


 そもそも魔王とは人間を精霊から守るため、絶望をその一身に引き受ける存在らしい。

 魔王が絶望を受け入れられる間は、世界に魔物も出現しない。

 精霊達の絶望を彼が抱えきれなくなって初めて、他の精霊達も魔物へ墜ちていくのだという。

 

「先代の魔王が聖女の器の中で浄化、再生され、今の我は魔王という役割を持った精霊として生まれた。先代と我は別の存在なれど、存在の意義と役割は引き継がれるのだ」


 同胞と人間が一緒に暮らしていけるよう、絶望を肩代わりするのがジュレイルの役目。

 ジュレイルは魔王として生まれ、精霊達の絶望をずっと受け入れ続けてきたのだという。

 しかし、繰り返しの中で染み付いた魔王の絶望は引き継がれてしまっていた。


「我はもう、人間を愛するのに疲れていた。同胞を虐げ、我らを思ってくれない相手に尽くし続ける。それでも好きだから止められなくて、報われなくて……ずっと苦しかったのだ」

 だから、自分を殺してくれる存在をジュレイルは望んだのだという。


「だが、いくら消滅を望んでも、われが心から愛し、そして我を愛してくれる人間がいなくては無理だ。ゆえに望みながら、諦めていた。また人を好きになれるとは思えなかったからな」

 

 ジュレイルが、愛おしむような視線を私に向ける。

 精霊の剣を掴み、その切っ先を自らの胸に当てた。


「お前だけが、我を殺すことができる。リディは聖女の責務から解き放たれ、我は楽になれる。それで全てが終わるのだ」


「ジュレイルは楽になれても、私は楽になれないよ。ジュレイルを殺した後、私はどうすればいいの?」

「これは我の望み、リディが気に病むことはない」


 やっぱり、ジュレイルは大切なことをわかっていない。

 残された私がどんな気持ちになるかなんて、考えちゃいないのだ。


 私がどれだけ、ジュレイルを好きか。

 全然、わかってない。


 精霊の剣を投げ捨てる。

 絨毯の部分をはねて、硬質な床へと転がった剣がうるさい音を立てた。

 

「リディ、何をす……んっ!?」

 私の行動に驚くジュレイルの頬を掴み、唇を奪う。

 触れた場所から、ぴりぴりと痛みが走った。

 魔物の魔力を受け入れるときの、あの感覚だ。


「ジュレイルがいない世界を救う気なんて、私にはないのよ!!」

「だが、それではダメなのだ。我の絶望は、世界を滅ぼしてしまう。今はジュレイルの意志が強いからよいが……それも長くは持たない」


 ジュレイルはわかってくれと言う。

 けれど、それを聞き入れる気はなかった。


「ジュレイルの本当の望みは、何?」

「それは死であり、終わり――」


「違うよね。ジュレイルの本当の望みは、私に愛されることでしょう!?」

 かなり傲慢で、自意識過剰なセリフだ。

 自分でも、かなり凄いことを言っている自覚はあった。


 ヒューと茶化すような、騎士らしくない口笛が背後から聞こえた。

 振り向かなくても、ゲイルだなとわかる。


「我は……」

「希望があるから、絶望があるって、ジュレイルは言ったよね。私がいつかジュレイルを嫌いになるときがくるって、どこかで怖がっているんじゃないの?」

 ジュレイルは口ごもった。

 逃がさないように手を掴めば、私の皮膚が焼けただれていく。


「リディ、離せ」

「大丈夫。私はジュレイルの聖女だから」

 この痛みも何もかも、魔物を受け入れるときに味わったものだ。

 痛いことには変わらないけれど、慣れている。

 ジュレイルから受ける痛みだと思えば、辛くはなかった。

 指と指を絡ませ、ジュレイルと手を繋いだ。

 私に触れた黒いもやが、ゆっくりと浄化されていく。

 ジュレイルが、驚いた顔になる。


「私が好きだっていうなら、絶望を受け入れないで一緒に戦おうよ。絶望していた私を、ジュレイルは救い出してくれたでしょう?」


 ずっと、寂しかった。

 愛されたいと思っていた。

 聖女に選ばれたのに、聖女になりきれなかった。本当はこの世界が大嫌いで、なによりも自分が嫌いでしかたなかった。

 誰よりも世界に絶望していたのは――私だ。


 ジュレイルはそんな私の醜い部分も、全部受け止めてくれた。

 甘やかされて、飼いならされた。

 幸せを知ってしまった。包みこまれるような愛情を知ってしまった。

 もう、1人だった頃には戻れない。


「ジュレイルが絶望しているなら、私が希望になるわ。側にいて、ずっと穢れを浄化し続けてあげる。私の寿命がきたそのときは、精霊の剣でジュレイルも一緒に連れていく!」


 驚きに目を見張るジュレイルに、まくし立てる。

 むちゃくちゃなことを言っていたけれど、止まらなかった。


「私を甘やかしてくれるっていったでしょ? 最後のときに、私の力になるって約束したよね? なら、そのときまで私と生きてよ!!」

 ジュレイルの胸に顔を埋め、すがりつく。

 荒れ狂う感情の制御が効かない。

 どんな理不尽だって、飲み込んできたというのに、これだけは譲れなかった。

 こんな激情が自分の中にあったのだと、はじめて知る。


「リディ」

 優しく名前を呼ばれた。

 うつむいたまま、ふるふると首を横に振る。

 きっと、ダメだと言われるんだと思った。


「顔をあげてくれ」

 そっと頬に手を添えられ、上を向かせられた。

 優しくジュレイルが微笑んで、キスをしてくる。


「リディの言うとおりだ。我の本当の望みは、お前に愛されることだ」

 私と繋いでないほうの手を、ジュレイルが精霊の剣へとかざす。

 ふわりと浮かび上がった精霊の剣は、形を変えて指輪へと変化する。


「これから先、我はリディを苦しませることもあるだろう。それでもずっと共にいたい。最後のときまで、我と生きてくれるか?」

 ジュレイルが、左手の薬指に精霊の涙でできた指輪をはめてくれる。

 その瞳には、決意が宿っていた。


「……うん、もちろんだよ。ジュレイル!」

 嬉しくて、ボロボロと涙が溢れる。

 そんな私を、ジュレイルは力強く抱きしめてくれた。


 ◆◇◆


「はいはい、お2人さん。話がまとまったところ悪いけど、状況は変わってないからな。これからどうすんの?」

 ゲイルとデルタがいることを、私はすっかり忘れていた。

 呆れたように言うゲイルだが、その表情は明るい。


「聖女が側にいて、魔王の絶望を取り除き続ければ、今すぐ世界が終わることはないだろう。しかも聖女が責任を持って、魔王にトドメを刺すと言う。これで次の聖女が苦しむことも、魔王が復活することもなくなるのだ。何の問題もないだろう」

 デルタが意地の悪い笑みを浮かべる。

 どこかすっきりとした様子だった。


「聖女の器を使った魔王の封印と再生は、教会がいつまでも精霊の力を使うための装置でしかない。その仕組みが壊れようと、私はどうでもいい」


 私の前にやってきて、デルタが剣を抜く。

 胸の前で構え、それから水平になぎ、膝を折って私に剣を捧げてきた。

 これは、騎士としての契りの儀式だ。

 私の契約騎士になった際にも、同じことをデルタはしていた。


「改めてここに契約を。私、デルタ・クロイセンは教会ではなく、リディ・プライアス、そしてジュレイルの騎士として、剣を捧げましょう。御身を守り、その幸せを見守ることを誓います」

「デルタ……」


 見上げてくるデルタと視線が合う。

 教会第一主義だった彼が忠誠を誓ってくれるなんて、最初の頃からは考えもつかないことだ。


「最強の騎士である私がいれば、教会の老いぼれ共がきたところで、お遊びにもならないからな。世界の平和のため、お前達の幸せを見守る義務が私にはある」

「デルタ様、ずるくないですかそれ。俺もって、言いだし辛いじゃないですか」


 頼もしいデルタの言葉に、ゲイルが肩をすくめる。

 それからゲイルもデルタと同じように、忠誠の礼をとった。


「俺、ゲイル・シュトレーゼも、リディ・プライアスの騎士として、剣を捧げます。御身を守り、その幸せを見守ることを誓います」

「ありがとう、ゲイル」

「まぁ、乗りかかった舟だし……仲間だろ」


 仲間という響きに嬉しくなって、緩くなった涙腺から涙がこぼれる。

 横を見れば、ジュレイルが少し不満げな顔をしていた。


「ゲイル、我には忠誠を誓ってくれないのか?」

「魔王なんだから、自分の身くらい自分で守れよ。俺はリディの騎士だからな」

「ゲイルは我に冷たい……」

「悔しかったら、俺が忠誠を誓いたくなるくらいにカッコイイところを見せるんだな」


 ジュレイルとゲイルは、なんだかんだで仲がいい。

 言い合うその姿は、まるで兄弟のようだった。


「そうと決まれば、ここを爆破してそれから姿をくらますとしよう。死体を探すのが困難なくらい、むちゃくちゃにするべきだ」

「デルタ様、意外と大胆ですね……」

「そうだろうか?」


 少しひいているゲイルに、デルタは淡々と答え、魔法式を組み始める。

 その術式からすると、本当に大爆発を起こすつもりみたいだ。


「平穏に暮らすのなら、東の大陸がいいだろう。あそこは温泉がとてもいいと聞く。だが南のパルデシア諸島もすてがたい。温暖な気候と自然豊かな土地だというぞ」

「俺はエルドラントっていう街に行ってみたいです、デルタ様。文化の発信地って言われているところで、色んな国の品々が集まるらしいんですよ」


 デルタとゲイルは、楽しそうに旅の相談をはじめる。

 多くの術者が頭を悩ませる、難しく物騒な術式を片手間で組み立てながら。

 このメンバーなら、この先たとえどんな困難が待ち構えていても、負ける気がしない。


 そっとジュレイルが手を繋いでくる。

 温かな手は、人のそれと変わらない。

 満たされていく気持ちは、きっとジュレイルにも伝わっているはずだ。


「最後のときは、私がちゃんとジュレイルを殺すから。だからずっと好きでいてね」

「あぁ、最後までお前を愛そう」


 心を痛めていたはずの約束は、もはや永遠の愛の誓いへ変わっていた。

 視線を合わせて、笑いあって。

 私ようやく、幸せを手に入れた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ヒーローが融合するエンドを書きたくて、勢いで書いたのですが楽しんでいただけたのなら幸いです。

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