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エピローグ

 あれから二日――。

 恐らく学生のほとんどが感じるであろう、月曜日特有の憂鬱感を抱えながら僕は通学路を歩いていた。

 空は快晴。雲ひとつなく太陽が爛爛と輝いているのにちょうどいい涼しさ。ある意味矛盾を抱えた冬近くのこの天気が僕は好きだった。なんとかこの月曜日も乗り越えられそうだ。

 思わず大きな欠伸が出た。休日明けなのに寝不足だ。何かの間違いでまたアノニムに襲われるのではないかと少し怖くなって中々寝付けなかったのだ。

 確か沓名によると――。


「おはよう」


 後ろから声がした。振り向いたが知り合いらしき姿はどこにも見えない。

 いや、よく見るといた。

 少し離れた電信柱から、制服の両端が見えていた。

 そこまでするか? というか、前も思ったが僕から隠れる必要性はあるのか!?


「お、おはよう」


 声からも判別できたが勿論沓名である。一応彼女の希望を重んじて前を向いたまま返事をした。少し前を歩いていた見知らぬ男子学生が怪訝な顔をして一瞬こちらを向いた。恥ずかしい……。


「夢のない睡眠はどう?」

「何だか少し寂しい気がするな。でも、もう夢なんて見たくないかも」

 

 限界まで声を絞って答える。


「え? どうして」


 沓名は意外、というような声を出した。彼女にとってはきっと夢のない生活など考えられないのだろう。


「夢の全てが操夢によって見せられていた物だってわかったからさ。正に夢がぶち壊れた気分だよ」

「ふむ、そういえば私もそんなことを考えたことも少しはあったかもしれないわね。もっともその他の犠牲が大きすぎて忘れてしまったけど」


 僕と同じことを沓名も……。


「あと二、三日もすればあなたに忠誠を誓った操夢が再び姿を現すわ。そうすれば、あなたは自分で好きに夢を創ることができる。いわゆる明晰夢ね。そうなって、朝登くんはどうするのか。少し考えておくといいかもね。

……それともう一つ言いたいこと」


「ん?」


 と、彼女は寄ってきて僕の横をすり抜けた、かと思うとくるりと振り返る。


「全快、おめでとう。そして、こ、これからもよろしく」


 こちらに手を差し伸べる。どうやら握手を求めているようだ。またもや顔が真っ赤になっている。よく見れば、髪がかかり、わずかに見える耳たぶまで。

 その思いもよらぬ行動に、呆気に取られながらもそれに応じようと僕も腕を上げる。


「ありが……」


 手と手が触れるその瞬間だった。

 ひゅっと沓名はその手を引っ込め、我慢できない、といった風に突然走り去ってしまった。

 いや「去る」といった感じではないな。以前スポーツテストの時に目にしたような、奇妙なダンスを披露しながら、ゆっくりと僕の視界から遠ざかっていった。

 何だったのだろう、と思っていると間もなくまた後ろから声がした。


「いやー。朝からいいもん見せてもらいましたよ」


 昴だった。

 なるほど、そういうことか。

 僕達二人は並んで歩き出した。流石に昴も沓名のことで僕をいじるのも飽きてきたのだろうか、いつものようにゲームの話を始めた。

 それにしてもアノニムは一体何を言おうとしていたのか。断片的にではあるが、『全ての終局と発端のキー』『貴様らにとっての悲劇』『世界を救済する』等の言葉。全てが不穏なる雰囲気を含んで入るが抽象的すぎて何もわからない。

 何か未来に起こる非常事態を示唆しているのか。

 或いは単にアノニムが僕を迷わせるための妄言だったのか。

 まだ沓名にも相談できてはいない。

 どちらにしても、だ。

 この一週間僕は何もできなかった。沓名に助けてもらってばかりで、今ここに存在できているのだ。

 だとすれば僕がやるべきことは……。


「どうした朝登。ぼーっとして。まさかまた夢遊病にでも……」


 昴は心配そうに僕を見る。なんだ、覚えてくれていたのか。


「夢はもう見ないよ」


 僕は何となく小走りをして、少し前に出た。

 そう決めた。夢はもう見ない。見るのは、現実だけにしよう。

 強く、なるんだ。

 アノニムは言った。『お前が救え』と。

 いいだろう。今度は僕が救う番だ。

〈闇〉は消えた。あとに残るのは〈希望〉だけのはずだ。

 少し、何かが見えたような気がした。

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