第31話 月 光 (2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
リナの父親・魁斗は、覆面をつけた男らに誘拐されてしまう。そしてマスターと呼ばれる男に、自らが開発したソフトのアルゴリズムを要求された。返事に躊躇を見せる魁斗に、マスターはリナを殺すと宣言。
一方ヒロは、羽鳥魁斗誘拐の容疑で逮捕されてしまうが、チームを組む安田の助けを借り、警察署から脱走。
テロリストがリナに迫る中、藤岡がリナの部屋に駆けつけると・・・
すでにリナの姿はなかった。
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第31話 月 光 (2008年)
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2008年12月7日(日)、午後9時2分。羽鳥邸。
3人の覆面男達は、庭先で警官を麻酔銃で眠らせた後・・・窓ガラスを割って、羽鳥邸内に侵入。
中で警護にあたっていた警官に銃を抜く暇すら与えず、麻酔銃で攻撃した。
ちょうどその時、羽鳥邸2階リナの部屋。
藤岡「・・・ ・・・」
藤岡はリナの部屋の中へ入り、室内をざっと見渡す。急いでクローゼットの中やベッドの下も確認するが・・・
リナの姿はない。
窓は開いていて、カーテンが冷たい風になびいている。藤岡は窓から顔を出し、辺りを見渡した。
(藤岡「まさか・・・ ここから?」)
藤岡の耳は、複数の足音がこちらに近づいてくる音を捕らえる。覆面男達の足音だ。
このままリナの部屋を出れば、武器を持った覆面男達と鉢合わせになる。藤岡は、窓の外を数秒見た後・・・ そこから飛び出していった。
5秒後、3人の覆面男が部屋の中に入ってきた。
男「いない!?」
珍「ベッドの下、クローゼットの中、全てチェックしろ!」
リーダーである珍が声を荒げる。
男「どこにもいません!」
珍「ぐ・・・」
一度リナの拉致作戦を失敗している珍は焦っていた。開いていた窓の外を見るが・・・対象の姿は見えない。
珍「邸内をもう1度調べろ! 隅々までだ!!」
指示された2名の覆面男らは、足早にリナの部屋を出て行った。
(珍「2度の失敗は・・・ 許されない・・・」)
リナの部屋に残った珍は携帯を取りだし、どこかに接続する。
珍「・・・ ・・・」
しばらく携帯の画面を凝視した後、再び部屋の外を見つめた。
・・・ ・・・。
約1時間前の午後8時。
リナは自分の部屋でTVを見ていた。しかしTVの内容は全く頭に入ってこない。
ここしばらくリナの身に起こった事は・・・ 15歳の少女にとって、すぐには受け入れられない事ばかりだった。
ふとリナの携帯にメールの着信音が鳴る。着信を見ると、英字の羅列で、送信者は未登録の人物だ。
タイトル【K.545 by MOZART】
タイトルを見たリナは、驚いて目を丸くした。クリスマス会で演奏するため、ヒロがずっとレッスンをつけてくれた曲だ。
(リナ「ヒロ先生!?」)
すぐにメールの内容を確認する。
内容
【リナに会えなくて寂しいよ。
そっちはアルビノーニのアダージョでも聞いてるんじゃないかな?
さっき警察を出た。
どうやらまた君を狙って、覆面男が動いているらしい。
いいかい。これから俺の言う通り順序よく動いてくれ。
①預けたコートのポケットに、俺の携帯を入れる。
②コートや君の下着、着替えを袋に入れ風呂場へ向かえ。
コートは必ず袋の奥、下着は一番上だ。
③君は普通にシャワーを浴びてくれ。
そしてコートの入った袋を、風呂の窓から外へ出す。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
⑦全てを覚えた後、必ずこのメールを削除する事。
今、俺は君のすぐ側にいる。
だが警察は俺に疑いを持っていて、そこに近づく事が出来ない。
それに1度攻撃を受けた羽鳥邸は、君にとっても危険だ。
俺の言う通り動いて欲しい。
早く君を抱きしめたい。君もそう思っている事を願う。
Hiro Hargreaves 】
目に涙を浮かべながら、メールを何度も読み返す。今すぐにでもヒロに会いたいが・・・
その気持ちを抑え、リナはヒロの指示した通り行動し始めた。
5分後。
羽鳥邸の1階でノートパソコンを操作していた藤岡は、2階の奥の部屋からリナが出てくるのを確認する。
藤岡「・・・ ・・・」
階段を下りてきたリナの前に立ち、声をかけた。
藤岡「失礼。どちらへ?」
真っ赤な目をしたリナは静かに応える。
リナ「あ・・・ お風呂に・・・ もうこんな時間だし・・・」
リナの右手に握られたカゴの中をちらっと確認すると、思いがけず白い下着が見えた。藤岡の視線に気づいたリナは、反射的にカゴを両腕に抱きかかえて中身を隠す。
藤岡「失礼・・・ どうぞ、ごゆっくり」
下着を見られ頬を赤らめたリナは、1階の奥にある風呂場へと小走りに向かった。
リナが風呂場に入ると、しばらくしてシャワーの音が聞こえてくる。
藤岡「・・・ ・・・」
シャワーの音を確認した藤岡は、静かに2階へと上がっていった。
手袋をつけた後、鍵のかかっていないリナの部屋に侵入する。
藤岡「・・・ ・・・」
勉強机の上にあったリナの携帯を見ると、躊躇せずそれを手にした。メールや着信履歴を確認するが・・・ ここしばらくヒロからの連絡はない。
(藤岡「 ・・・ 連絡はとってないか・・・ 」)
しばらく携帯を操作するも、ヒロにつながる情報を得られなかった。小さな溜息をつき、携帯を元の位置に戻す。
(藤岡「ハーグリーブス・・・ どう動く?」)
部屋の窓の外を1分程眺めた後、部屋を出て行った。
・・・ ・・・。
寒空の中、薄着のヒロは羽鳥邸付近にいた。人通りの少ない電柱の影で、小型双眼鏡を羽鳥邸に向けている。
捜査官の藤岡が、リナの部屋に侵入しているのが見えた。
(ヒロ「ま・・・ あちらも俺を捕まえるのに必死だからな。
とはいえ、俺以外の男が無断でリナの部屋に入るのは・・・
彼氏としては許せないな」)
指示通り、リナが風呂場へ向かったと確信したヒロは・・・ ついさっき店で買った帽子を深くかぶって、静かに羽鳥邸に近づいていった。
・・・ ・・・。
パジャマ姿のリナが、髪の毛をバスタオルで拭きながら風呂場を出てきた。藤岡はちらりとリナを見やるだけで、声をかける事はしない。
【④風呂から出た後は、パジャマに着替えて自分の部屋に戻ること。】
ゆっくり階段を上り、奥の部屋の中へ入っていくリナ。しばらくするとドライヤーの音が、1階まで小さく響いてきた。
リナ「・・・ ・・・」
髪をさっと乾かしたリナは、パジャマを脱ぎだした。
【⑤自分の部屋に戻り、髪を乾かせ。
ドライヤーの音を出したまま、動きやすい洋服に着替えろ。】
リナはヒロの指示した内容を1つ1つ行動に移す。今すぐにでもヒロに会いたい衝動を抑え、急いで洋服に着替えた。
【⑥着替えたら窓を開けて下を見ろ。
俺が君を抱きしめるため両手を広げているはずだ】
着替え終えたリナは胸の鼓動を抑え、すぐに部屋の窓の所へ走っていく。そして、静かに窓を開けて彼氏を探す。
リナの視線の先には・・・ 月光に照らされた男が、笑顔で両手を広げていた。
・・・ ・・・。
午後9時15分。
外国人観光客を装い、レンタカーを偽名で借りていたヒロ。助手席にリナを乗せ、高速を走らせていた。
この日初めて笑顔を見せたリナだが、誘拐された父親の事を思うと心から喜べない。運転しながらヒロは優しくリナに声をかけた。
ヒロ「迷惑かけたね。色々・・・ありすぎたようだ」
リナ「うん・・・」
リナはただただ、運転するヒロを見つめている。
ヒロ「金曜日に君を襲った連中いたろ?
今頃羽鳥邸を再度、襲撃している可能性が高くてね。
急いで君を連れ出したってわけさ」
リナ「うん・・・ これからどうするの?」
ヒロに全幅の信頼を寄せているリナ。
ヒロ「まずは君を安全な所へ移す。
その後、ミスターカイトを救出に向かう」
リナ「パパの・・・ 居所がわかるの!?」
ヒロ「今はわからないが・・・ 探すアテはある」
チームを組んでいる安田が、誘拐実行犯の男を探っている。そこから魁斗が拉致されている場所を突き止めてくれる事を、ヒロは期待していた。
ヒロ「必ず・・・ 助ける!」
ヒロはおもむろにラジオのFMをつける。
リナ「あ・・・ 月光・・・」
偶然にもラジオからは、ベートーベンのピアノソナタ「月光」が流れてきた。リナがヒロと初めて会った時・・・ 彼が弾いていた曲だ。
あの時、あまりにもステキなヒロのピアノ演奏にリナは心酔した。ラジオから流れるこの曲は・・・ ヒロとの想い出を回想させる。
(リナ「ヒロ先生なら・・・ パパを助けてくれる」)
少しずつ前向きな気持ちを持ち始めたリナ。
ヒロ「・・・ ・・・」
リナとは対照的に、ヒロは嫌な感じがしていた。
ベートーベン ピアノソナタ第14番 通称「月光」
このタイトルは、ベートーベン本人がつけたものではない。彼の死後、詩人のレルシュタープという男が、この曲の第1楽章を聴き、その印象を語ったときに「月光」という言葉を使った。
いつしかその言葉が広まり・・・ この曲を「月光」と呼ぶようになったのだ。
かつて・・・
ベートーベンには14歳年下の弟子がいた。
ジュリエッタ・グイチャルディ・・・イタリアの伯爵令嬢だ。彼女は弟子であると同時に・・・ 恋人でもあった。
ベートーベンは心から彼女を愛した。同時に心から苦しんだ。14歳という年齢差もそうだが、何よりも身分の違いに彼は苦しんだ。
それに加え、彼の難聴はこの頃かなり進行している。音楽家としては致命的と言える耳の障害。そして大きな身分の違いゆえ、ハッピーエンドを迎える事がないと確信した恋。
後に不滅の恋人と称されるジュリエッタのため・・・
ベートーベンは、このピアノソナタ第14番を作曲した。
第1楽章こそ静かな心穏やかになる曲調だが、第2楽章からは彼の胸の内に秘めた思いがしっかりと表れる。第3楽章にいたっては、スピーディーなテンポでその愛の深さが痛いほど伝わってくる。
しかしこのメロディは・・・ 愛の深さと同時に、成就することのない愛をも表現していると言われる。
深い愛で結ばれていたはずの2人・・・まさに相思相愛だったのだが・・・
ジュリエッタは後に貴族と結婚し、ベートーベンは生涯独身を貫いた。
ヒロ「・・・ ・・・」
ヒロとリナも14歳差。そしてピアノ講師と生徒という関係は、全く同じである。
ヒロ「俺は・・・ ベートーベンとは違う」
無意識にヒロは、独り言を口にしていた。
リナ「え?」
ヒロ「あ、いや・・・何でもないさ・・・」
とっさに作り笑いを浮かべる。
ヒロ「!?」
ふとバックミラーに見覚えのある車が映った。真っ黒な車体にブラックウィンドウ。かなりのスピードで蛇行しながら、こちらに近づいてきている。
(ヒロ「間違いない・・・」)
リナが最初に襲われた時、学校の駐車場にあった車だ。ヒロはバックミラーで車を確認しながら、リナに声をかける。
ヒロ「シートベルトをきつめに締めてくれ。
ジェットコースターより揺れるぞ!」
言いながらヒロは、アクセルを深く踏み込んだ。
(第32話へ続く)
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次回予告
黒の車は容赦なく、ヒロ達に迫ってくる。
市街地で激しいカーチェイスを演じながら・・・少しずつ追い詰められていくヒロとリナ。
ヒロはたまらず・・・ リナの前で銃を取り出した。
次回 「 第32話 カーチェイス(2008年) 」
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