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アマデウスの謎  作者: 伊吹 由
第2章 リナの過去
32/147

第31話  月  光 (2008年)

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  慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2


       「アマデウスの謎」 


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前回までのあらすじ


リナの父親・魁斗かいとは、覆面をつけた男らに誘拐されてしまう。そしてマスターと呼ばれる男に、自らが開発したソフトのアルゴリズムを要求された。返事に躊躇を見せる魁斗に、マスターはリナを殺すと宣言。


一方ヒロは、羽鳥魁斗誘拐の容疑で逮捕されてしまうが、チームを組む安田の助けを借り、警察署から脱走。


テロリストがリナに迫る中、藤岡がリナの部屋に駆けつけると・・・

すでにリナの姿はなかった。


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   第31話  月  光 (2008年)


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2008年12月7日(日)、午後9時2分。羽鳥邸。


3人の覆面男達は、庭先で警官を麻酔銃で眠らせた後・・・窓ガラスを割って、羽鳥邸内に侵入。


中で警護にあたっていた警官に銃を抜く暇すら与えず、麻酔銃で攻撃した。


ちょうどその時、羽鳥邸2階リナの部屋。


藤岡「・・・ ・・・」


藤岡はリナの部屋の中へ入り、室内をざっと見渡す。急いでクローゼットの中やベッドの下も確認するが・・・


リナの姿はない。


窓は開いていて、カーテンが冷たい風になびいている。藤岡は窓から顔を出し、辺りを見渡した。


(藤岡「まさか・・・ ここから?」)


藤岡の耳は、複数の足音がこちらに近づいてくる音を捕らえる。覆面男達の足音だ。


このままリナの部屋を出れば、武器を持った覆面男達と鉢合わせになる。藤岡は、窓の外を数秒見た後・・・ そこから飛び出していった。


5秒後、3人の覆面男が部屋の中に入ってきた。


男「いない!?」


珍「ベッドの下、クローゼットの中、全てチェックしろ!」


リーダーであるジャンが声を荒げる。


男「どこにもいません!」


珍「ぐ・・・」 


一度リナの拉致作戦を失敗している珍は焦っていた。開いていた窓の外を見るが・・・対象の姿は見えない。


珍「邸内をもう1度調べろ! 隅々までだ!!」


指示された2名の覆面男らは、足早にリナの部屋を出て行った。


(珍「2度の失敗は・・・ 許されない・・・」)


リナの部屋に残った珍は携帯を取りだし、どこかに接続する。


珍「・・・ ・・・」


しばらく携帯の画面を凝視した後、再び部屋の外を見つめた。



・・・ ・・・。



約1時間前の午後8時。


リナは自分の部屋でTVを見ていた。しかしTVの内容は全く頭に入ってこない。


ここしばらくリナの身に起こった事は・・・ 15歳の少女にとって、すぐには受け入れられない事ばかりだった。


ふとリナの携帯にメールの着信音が鳴る。着信を見ると、英字の羅列で、送信者は未登録の人物だ。


タイトル【K.545 by MOZART】


タイトルを見たリナは、驚いて目を丸くした。クリスマス会で演奏するため、ヒロがずっとレッスンをつけてくれた曲だ。


(リナ「ヒロ先生!?」)


すぐにメールの内容を確認する。


内容

【リナに会えなくて寂しいよ。

 そっちはアルビノーニのアダージョでも聞いてるんじゃないかな?


 さっき警察を出た。

 どうやらまた君を狙って、覆面男が動いているらしい。


 いいかい。これから俺の言う通り順序よく動いてくれ。


 ①預けたコートのポケットに、俺の携帯を入れる。

 ②コートや君の下着、着替えを袋に入れ風呂場へ向かえ。

   コートは必ず袋の奥、下着は一番上だ。

 ③君は普通にシャワーを浴びてくれ。

   そしてコートの入った袋を、風呂の窓から外へ出す。


    ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・


 ⑦全てを覚えた後、必ずこのメールを削除する事。


 今、俺は君のすぐ側にいる。

 だが警察は俺に疑いを持っていて、そこに近づく事が出来ない。


 それに1度攻撃を受けた羽鳥邸は、君にとっても危険だ。

 俺の言う通り動いて欲しい。


 早く君を抱きしめたい。君もそう思っている事を願う。


               Hiro Hargreaves 】


目に涙を浮かべながら、メールを何度も読み返す。今すぐにでもヒロに会いたいが・・・


その気持ちを抑え、リナはヒロの指示した通り行動し始めた。



5分後。


羽鳥邸の1階でノートパソコンを操作していた藤岡は、2階の奥の部屋からリナが出てくるのを確認する。


藤岡「・・・ ・・・」


階段を下りてきたリナの前に立ち、声をかけた。


藤岡「失礼。どちらへ?」


真っ赤な目をしたリナは静かに応える。


リナ「あ・・・ お風呂に・・・ もうこんな時間だし・・・」


リナの右手に握られたカゴの中をちらっと確認すると、思いがけず白い下着が見えた。藤岡の視線に気づいたリナは、反射的にカゴを両腕に抱きかかえて中身を隠す。


藤岡「失礼・・・ どうぞ、ごゆっくり」


下着を見られ頬を赤らめたリナは、1階の奥にある風呂場へと小走りに向かった。


リナが風呂場に入ると、しばらくしてシャワーの音が聞こえてくる。


藤岡「・・・ ・・・」


シャワーの音を確認した藤岡は、静かに2階へと上がっていった。


手袋をつけた後、鍵のかかっていないリナの部屋に侵入する。


藤岡「・・・ ・・・」


勉強机の上にあったリナの携帯を見ると、躊躇せずそれを手にした。メールや着信履歴を確認するが・・・ ここしばらくヒロからの連絡はない。


(藤岡「 ・・・ 連絡はとってないか・・・ 」)


しばらく携帯を操作するも、ヒロにつながる情報を得られなかった。小さな溜息をつき、携帯を元の位置に戻す。


(藤岡「ハーグリーブス・・・ どう動く?」)


部屋の窓の外を1分程眺めた後、部屋を出て行った。


・・・ ・・・。


寒空の中、薄着のヒロは羽鳥邸付近にいた。人通りの少ない電柱の影で、小型双眼鏡を羽鳥邸に向けている。


捜査官の藤岡が、リナの部屋に侵入しているのが見えた。


(ヒロ「ま・・・ あちらも俺を捕まえるのに必死だからな。

     とはいえ、俺以外の男が無断でリナの部屋に入るのは・・・


     彼氏としては許せないな」)


指示通り、リナが風呂場へ向かったと確信したヒロは・・・ ついさっき店で買った帽子を深くかぶって、静かに羽鳥邸に近づいていった。



・・・ ・・・。



パジャマ姿のリナが、髪の毛をバスタオルで拭きながら風呂場を出てきた。藤岡はちらりとリナを見やるだけで、声をかける事はしない。


【④風呂から出た後は、パジャマに着替えて自分の部屋に戻ること。】


ゆっくり階段を上り、奥の部屋の中へ入っていくリナ。しばらくするとドライヤーの音が、1階まで小さく響いてきた。


リナ「・・・ ・・・」


髪をさっと乾かしたリナは、パジャマを脱ぎだした。


【⑤自分の部屋に戻り、髪を乾かせ。

 ドライヤーの音を出したまま、動きやすい洋服に着替えろ。】


リナはヒロの指示した内容を1つ1つ行動に移す。今すぐにでもヒロに会いたい衝動を抑え、急いで洋服に着替えた。


【⑥着替えたら窓を開けて下を見ろ。

 俺が君を抱きしめるため両手を広げているはずだ】


着替え終えたリナは胸の鼓動を抑え、すぐに部屋の窓の所へ走っていく。そして、静かに窓を開けて彼氏を探す。


リナの視線の先には・・・ 月光に照らされた男が、笑顔で両手を広げていた。


・・・ ・・・。


午後9時15分。


外国人観光客を装い、レンタカーを偽名で借りていたヒロ。助手席にリナを乗せ、高速を走らせていた。


この日初めて笑顔を見せたリナだが、誘拐された父親の事を思うと心から喜べない。運転しながらヒロは優しくリナに声をかけた。


ヒロ「迷惑かけたね。色々・・・ありすぎたようだ」


リナ「うん・・・」


リナはただただ、運転するヒロを見つめている。


ヒロ「金曜日に君を襲った連中いたろ? 

    今頃羽鳥邸を再度、襲撃している可能性が高くてね。


    急いで君を連れ出したってわけさ」


リナ「うん・・・ これからどうするの?」


ヒロに全幅の信頼を寄せているリナ。


ヒロ「まずは君を安全な所へ移す。

    その後、ミスターカイトを救出に向かう」


リナ「パパの・・・ 居所がわかるの!?」


ヒロ「今はわからないが・・・ 探すアテはある」


チームを組んでいる安田が、誘拐実行犯の男を探っている。そこから魁斗が拉致されている場所を突き止めてくれる事を、ヒロは期待していた。


ヒロ「必ず・・・ 助ける!」


ヒロはおもむろにラジオのFMをつける。


リナ「あ・・・ 月光・・・」


偶然にもラジオからは、ベートーベンのピアノソナタ「月光」が流れてきた。リナがヒロと初めて会った時・・・ 彼が弾いていた曲だ。


あの時、あまりにもステキなヒロのピアノ演奏にリナは心酔した。ラジオから流れるこの曲は・・・ ヒロとの想い出を回想させる。


(リナ「ヒロ先生なら・・・ パパを助けてくれる」)


少しずつ前向きな気持ちを持ち始めたリナ。


ヒロ「・・・ ・・・」


リナとは対照的に、ヒロは嫌な感じがしていた。


ベートーベン ピアノソナタ第14番 通称「月光」


このタイトルは、ベートーベン本人がつけたものではない。彼の死後、詩人のレルシュタープという男が、この曲の第1楽章を聴き、その印象を語ったときに「月光」という言葉を使った。


いつしかその言葉が広まり・・・ この曲を「月光」と呼ぶようになったのだ。



かつて・・・


ベートーベンには14歳年下の弟子がいた。


ジュリエッタ・グイチャルディ・・・イタリアの伯爵令嬢だ。彼女は弟子であると同時に・・・ 恋人でもあった。


ベートーベンは心から彼女を愛した。同時に心から苦しんだ。14歳という年齢差もそうだが、何よりも身分の違いに彼は苦しんだ。


それに加え、彼の難聴はこの頃かなり進行している。音楽家としては致命的と言える耳の障害。そして大きな身分の違いゆえ、ハッピーエンドを迎える事がないと確信した恋。


後に不滅の恋人と称されるジュリエッタのため・・・


ベートーベンは、このピアノソナタ第14番を作曲した。


第1楽章こそ静かな心穏やかになる曲調だが、第2楽章からは彼の胸の内に秘めた思いがしっかりと表れる。第3楽章にいたっては、スピーディーなテンポでその愛の深さが痛いほど伝わってくる。


しかしこのメロディは・・・ 愛の深さと同時に、成就じょうじゅすることのない愛をも表現していると言われる。


深い愛で結ばれていたはずの2人・・・まさに相思相愛だったのだが・・・


ジュリエッタは後に貴族と結婚し、ベートーベンは生涯独身を貫いた。


ヒロ「・・・ ・・・」


ヒロとリナも14歳差。そしてピアノ講師と生徒という関係は、全く同じである。


ヒロ「俺は・・・ ベートーベンとは違う」


無意識にヒロは、独り言を口にしていた。


リナ「え?」


ヒロ「あ、いや・・・何でもないさ・・・」


とっさに作り笑いを浮かべる。


ヒロ「!?」


ふとバックミラーに見覚えのある車が映った。真っ黒な車体にブラックウィンドウ。かなりのスピードで蛇行しながら、こちらに近づいてきている。


(ヒロ「間違いない・・・」)


リナが最初に襲われた時、学校の駐車場にあった車だ。ヒロはバックミラーで車を確認しながら、リナに声をかける。


ヒロ「シートベルトをきつめに締めてくれ。

    ジェットコースターより揺れるぞ!」


言いながらヒロは、アクセルを深く踏み込んだ。



             (第32話へ続く)

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次回予告


黒の車は容赦なく、ヒロ達に迫ってくる。


市街地で激しいカーチェイスを演じながら・・・少しずつ追い詰められていくヒロとリナ。


ヒロはたまらず・・・ リナの前で銃を取り出した。


次回 「 第32話  カーチェイス(2008年) 」

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