第28話 ファーストキス(2008年)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗は、覆面をつけた男らに誘拐されてしまった。そしてマスターと呼ばれる男に、自らが開発したソフトのアルゴリズムを要求される。
要求に従わなければ・・・家族を1人失うだろうと男は言った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第28話 ファーストキス(2008年)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2008年12月6日(土)、午後10時過ぎ。羽鳥邸。
応接室に一人の男が入ってきた。警視庁捜査第一課の後藤源治郎だ。トレードマークの色あせた茶色のコートを脱ぐと、後輩の藤岡に声をかける。
後藤「ご苦労。犯人からの連絡は?」
1階中央、テーブルの前の椅子に座っている藤岡。テーブルの上には犯人から連絡があった時のために、逆探知機が置かれている。
藤岡は銀縁眼鏡をかけ直して応えた。
藤岡「いえ・・・。あのヒロという男の言うとおり・・・。
羽鳥瞳がイギリスから帰ってからしか、連絡はないかもしれません」
後藤「そうか・・・ 彼女は月曜日には戻る手はずになっている。
よし! 交代だ。また明日朝10時に頼むぞ」
藤岡「わかりました。俺は署に戻ってちょっと仕事していきます」
後藤「おいおい・・・ 少しは休めよ。
若いからといって、いざという時動けないと困るぞ」
藤岡は小さく笑った。
藤岡「はは。俺は3時間も寝れば大丈夫ですから。
それに調べたい事もあるので・・・」
後藤「そうか。まぁ、お前がきっちり仕事するのはよく知ってるからな。
じゃぁ、また明日10時に」
藤岡「了解です」
そう言うと藤岡は席を立ち、ノートパソコン片手に羽鳥邸を後にした。
・・・ ・・・。
リナは目を閉じていた。ヒロの唇が優しくリナの唇と重なる。
最初は弱々しいキスだったが・・・ だんだんと力が入ってくるのがわかった。
不意にヒロの舌が、リナの口の中に侵入してくる。
リナ「あ・・・」
思わず声が出たその瞬間。
ジリリリリリリリリリリ・・・ ・・・
突然目覚まし時計が鳴った。時計はAM7:30をさしている。
(リナ「・・・ あ、あれ?」)
リナはゆっくりと体を起こし、目覚まし時計のアラームを止めた。
リナ「・・・ ・・・」
まだよく理解出来ない。つい今し方、彼氏とファーストキスをかわしたばかりのはずだ。
(リナ「ま、まさか・・・ 夢?」)
ふと横を見ると・・・
ヒロが椅子に座って、こちらを笑顔で見つめていた。
ヒロ「おはよう。まぁ金曜日から土曜日にかけてはほとんど徹夜だったからね。
よく眠れたかい?」
さっき見た光景と全く同じ。リナは目の前にいるヒロが、夢の中の彼氏なのか、現実世界の彼氏なのか判断できない。
リナ「あ・・・ うん・・・」
元気のない返事を返すと、リナはほっぺたを思い切りつねる。
(リナ「痛・・・」)
どうやら今は、現実世界のようだ。
リナ「うん。おはよう・・・」
笑顔でヒロに挨拶をした。
リナ「ずっと・・・ そこにいたの?」
意識したわけではないが、夢の中の自分と同じセリフを言っている。
ヒロ「まぁね。2日連続、2人で朝を迎えた事になる。
でも俺は、君の彼氏として朝を迎えられたかな?」
ヒロも全く同じセリフを返してきた。リナはヒロから視線をはずし、窓の方を見る。
リナ「・・・ ・・・」
朝日が、カーテンの隙間から差し込んでいる。そして・・・
胸の鼓動が激しくなってきた。
リナ「ねぇ、ヒロ先生・・・」
窓の外を見ながらリナが呟いた。
ヒロ「ん?」
再び視線をヒロに合わせたリナ。
リナ「キスして」
ヒロ「え・・・?」
突然のリナのリクエストに、年上のヒロは戸惑う。
リナ「今日から・・・本当の彼氏だから・・・ だからキスして」
戸惑いながら、リナを見つめるヒロ。
ヒロ「・・・ ・・・」
リナの目を見れば、彼女の要求が【ほっぺにキス】でない事はわかる。
リナ「・・・ ・・・」
真っ直ぐヒロを見つめているリナは、先ほどまでの光景が正夢だと確信していた。
ヒロ「あ・・・ あぁ・・・」
逡巡したヒロは覚悟を決める。ゆっくりと立ち上がり、リナの側まで歩いていった。
リナの心臓はヒロが近づいてくると、さらに鼓動が早くなる。
リナは起こしていた体を横にして、ベッドの上から天井を見つめる姿勢をとった。そして両手を祈るように握り、静かに目を閉じる。
リナの緊張が手に取るようにわかるヒロは、苦笑いをした。
ヒロ「はは・・・ まるで、Snow Whiteだな・・・」
※ Snow White = 白雪姫
ヒロはゆっくりと・・・リナの顔に自分の顔を近づける。リナの唇は気配を感じると、ぎゅっと真一文字になった。
ヒロ「!?」
突然ヒロの耳は、羽鳥邸に似つかわしくない音を捉える。
ドタドタドタ・・・
ヒロはリナの肩をゆすって、目を開けさせた。
ヒロ「リナ・・・ 残念だが邪魔者が入った。
4秒後、この部屋に捜査官が入ってくる」
その言葉を聞いたリナは、驚いた表情で目を開ける。ヒロの耳はその足音のリズムから、足早にこの部屋に向かっている人物が誰なのか・・・そこまで特定していた。
リナ「な、なんで!?」
ヒロ「さぁ? ただ、今キスするのはマズイ事は確かだ」
ガチャ!
ヒロの言葉が言い終わったと同時に、1人の捜査官がリナの部屋に入ってきた。
ヒロ「・・・ ・・・」
予想通り、後藤だ。後藤はベッドの上のリナに視線を合わせ、早口で言葉を発した。
後藤「女性の部屋に入るのにノックもしなかった事は失礼した。
だが、どうしても急ぐ必要があったので・・・」
そう言うと隣にいたヒロに視線を移す。
後藤「ヒロ・ハーグリーブス。お前に逮捕状が出ている」
ヒロ「え!?」
リナ「!?」
想定外の言葉に、ヒロとリナは同時に目を丸くした。
後藤はヒロに近寄り、ズボンの後ろポケットから手錠を取り出す。そして腕時計を確認した。
後藤「12月7日、日曜日。午前7時34分。
ヒロ・ハーグリーブス、羽鳥魁斗誘拐容疑で逮捕する」
無抵抗のヒロの両手に、静かに手錠がかけられた。
ヒロ「・・・ ・・・」
自分の手にかけられた手錠を静かに見るヒロ。
キスされる直前で、彼氏を引き離されたリナは呆然とする。
リナ「な、なんでヒロ先生が・・・? 逮捕される理由がないわ・・・」
ようやく小さな声を絞り出した。
後藤「詳細は言えませんが・・・ 彼は誘拐事件の容疑者です。
署まで連行します」
後藤は優しくリナに声をかけるが、リナは納得いかない表情を浮かべた。
ヒロ「OK。誤認逮捕というヤツかな」
ヒロは頷きながら、小さく笑った。そして後藤に連れられ、部屋の出入り口へと歩いて行く。
ヒロ「おっと・・・」
ふと何かを思い出したような表情を浮かべると、踵を返してスタスタとリナの所へ歩いて行った。
後藤「あ・・・」
あまりにも自然なヒロの行動に、後藤は一瞬動けない。逃げようとするヒロを追いかけようとしたが、ヒロはリナの前で立ち止まった。
手錠のかかった両手をリナの頭の上からかけ、目の前の彼女をギュッと抱きしめる。そして後藤にも聞こえるよう、リナに大きな声をかけた。
ヒロ「大丈夫。警察もすぐ勘違いだと認めて、解放してくれるさ」
リナは、涙を流しながらヒロを抱きしめ返す。
リナ「私、怖い・・・」
ヒロ「すぐ戻ってくると約束する。ただ、1つだけ聞いてくれ」
そう言うとヒロは後藤に聞こえないよう、小さな声で囁いた。
ヒロ「君の机の上にある俺のコート。
俺が出た後、誰にも見つからないよう隠してくれ」
リナ「え・・・?」
ヒロ「あと、君のポケットに入っている物もな」
そう言うとヒロはつながれた両手をリナの頭から抜き取り、後藤の方へゆっくりと歩いて行った。
特に抵抗の様子を見せないヒロを、後藤は静かに部屋の外へ連行する。
リナ「ヒロ・・・ 先生・・・」
あまりのショックでリナは・・・部屋を出て行くヒロの背中を見つめる事しか出来なかった。
・・・ ・・・。
ヒロが部屋を出て10分が過ぎた頃・・・
リナはようやく、机の上にある白いコートに手をかけた。
(リナ「ポケット・・・」)
そして、思い出したように自分のポケットに手を入れる。
(リナ「携帯・・・?」)
リナを抱きしめた際、後藤にバレないよう入れておいたヒロの携帯電話だ。リナは言われた通り、コートと携帯をクローゼットに隠す。
その際・・・コートの内ポケットに、銃がある事をリナは気づかなかった。
・・・ ・・・。
2008年12月7日(日)、午前11時8分。湾岸警察署。
ヒロは取調室に押し込まれ・・・捜査官の後藤から取り調べを受けていた。
後藤はこれまでに調べ上げた、ヒロの不審な点を尋問する。
イギリスへ帰るはずだったが、その航空チケットを取っていなかった事。
学校で覆面姿の男達に襲われたと言っていたが、学校にはその痕跡が一切なかった事。
羽鳥邸1階書斎で、ロックのかかっている引き出しからヒロの指紋が採取された事。
ピアノ講師という立場を利用して、羽鳥リナに近づいた事。
ヒロが羽鳥家に関わる不審な点を、後藤は1つ1つ取り調べていく。ヒロはその1つ1つに、丁寧に反論していったが・・・
後藤「本当は羽鳥家に近づくためにした事では!?」
と、強く追求された。
ほぼ2日間、徹夜に近い状態で疲労困憊のヒロは・・・
やがて黙秘するようになる。
(ヒロ「リナ・・・」)
後藤の声は右から左へ聞き流し・・・どうすれば早くここを出られるかを考えていた。
(第29話へ続く)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回予告
羽鳥魁斗は、マスターよ呼ばれる男と、2度目の対話をしていた。
魁斗はヒロがリナを守りきってくれると願うが・・・マスターは、ヒロが逮捕された事を伝える。
そして・・・ 絶望感漂う魁斗に、マスターは衝撃の言葉を口にした。
次回 「 第29話 マスター(2008年) 」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~