第17話 危 機(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗が開発したセキュリティソフトを狙ったテロリストがいる。ヒロは、リナの新しい英語教諭・江口がテロリストと繋がりがあるとよみ、敵を誘い込むための罠をしかけた。
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第17話 危 機(2008年)
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2008年11月30日(日)。
リナの通う学習院女子高は、外部からの客を招いて盛大に学園祭が行われていた。皇族や高額納税者の令嬢が多く通う学習院女子高。
校内のいたるところで、スーツにネクタイ姿の男が見える。女子高の校内にはいっけん場違いな男達だが、それぞれ企業や会社で名を馳せた社長達の姿だ。愛娘の晴れ姿を見ようと顔をほころばせる姿に大企業の社長のオーラはなく、ただの親バカといったところだ。
リナのクラスでは【たこ焼き】と【焼きそば】を作って販売するという、学園祭の定番出店で客をよんでいた。
たこ焼き係のリナは、ひたすらたこ焼きを焼いては客に販売する。冬場とはいえ、たこ焼きから出る熱気で、リナは額に汗をにじませていた。たこ焼き作りに夢中になり、目の前に立つ男の存在に気づかない。
男「忙しそうだな」
リナ「?」
目の前の男に視線を移すと、リナは笑顔になる。
リナ「パパ!」
そこにはリナの父親・羽鳥コーポレーション社長、羽鳥魁斗の姿があった。魁斗の横には家政婦の新城美也も立っている。さらにその後ろには運転手の安田の顔も見えた。
リナはキョロキョロと視線を巡らせる。
魁斗「はは。ヒロは一仕事終えて午後に来るそうだ」
リナ「あ、いや・・・そんなつもりじゃ・・・」
図星をつかれたリナは、苦笑いを浮かべた。焼きたてのたこ焼きを、そそくさと折り詰めに詰め、父親に手渡す。
リナ「あんまり美味しくないけど・・・」
魁斗はたこやきを1つ、爪楊枝で刺して口に頬張った。出来たてのたこ焼きの湯気は、魁斗の眼鏡を曇らせる。
魁斗「いやいや。美味いよ。リナの作ったたこ焼き、最高さ」
ハフハフと口の中でたこ焼きを転がしながら、魁斗は笑顔を浮かべた。
リナ「はい、コレ。美也さんと安田さんに」
そういうとリナは、さらに2つの折り詰めを父に渡す。
魁斗「私はまた会社に戻るが・・・。
リナの元気なたこ焼き職人の姿を見られて満足だ」
魁斗は優しい笑顔でリナを見つめた。
リナ「ふふ。ありがと。お仕事頑張ってね」
リナはきっちり3箱分の料金を受け取り、笑顔で父親を見送る。
リナ「午後か・・・」
父親の背中を見ながら、自分の彼氏が訪れるのを心待ちにしていた。
昼過ぎ。
1台の車は、駐車場となっている校庭に車を止めた。白いコート、黒いサングラスのヒロが車を降りる。
駐車場係であろう江口が、他の車を誘導している姿が見えた。
ヒロ「こんにちは。江口先生」
サングラスを胸ポケットにしまったヒロは、テロリストと繋がりがあるであろうその男に声をかける。
ヒロに気づいた江口は笑顔で握手を求めてきた。
江口「やぁ。ヒロ先生じゃないですか。
先ほどリナさんのお父さんや、家政婦さんも見えましたが・・・。
まさかピアノの先生まで来校下さるとは」
江口の握手に応じるヒロ。
ヒロ「えぇ。生徒の晴れ姿を見るのはお互い様ですよ。
リナのクラスはどちらでしょう?」
江口「1年生は、校舎の2階です」
握手を解いたヒロが軽くおじぎをする。
ヒロ「ありがとうございます。早速見てきますよ」
校舎へ向かおうとしたヒロを江口が止めた。
江口「あぁ、ヒロ先生・・・」
ヒロ「何か・・・?」
踵を返し、再び江口に視線を合わせる。
江口「あぁ、いえ・・・ヒロ先生は、イギリスに戻る事はないのかと思いまして。
何でも、ヨーロッパでは名のあるピアニストとか聞いておりますが」
ヒロ「・・・」
江口に鋭い視線を突き刺したヒロは、ゆっくりと応えた。
ヒロ「えぇ、それが・・ちょっと祖父が体調崩したみたいで入院しまして。
実は今度の木曜日に一度イギリスへ戻るんです」
それを聞いた江口はニヤリと笑って声をかける。
江口「それはそれは・・・ おじい様が入院とは」
(ヒロ「声のキーが2つも上がった・・・」)
江口「こういうとき英語では【I’m sorry.】って言うんですよ」
(ヒロ「わかりやすい嘘の付き方だ。
あらかじめ知ってました・・・って事か」)
羽鳥邸でヒロが電話した内容・・・江口はそれを知っていると確信する。
ヒロ「祖父は大丈夫とは聞いてます。
まぁ、1年ぶりに顔を見て来ようかと思いましてね」
そう言うとヒロは江口に軽く頭を下げ、校舎へ向かっていった。
・・・ ・・・。
校舎に入ると、1階の催し物はスルーして2階に上がる。賑やかな廊下を歩きながら、ヒロはすぐにたこ焼きを焼くリナの姿を見つけた。
ヒロ「やぁ、そのたこ焼き。
ハイドンの作った交響曲の数だけもらおうか」
たこ焼きを見つめていたリナ。すぐに視線を前に移す。
リナ「ヒロ先生! ちゃんと来てくれたんだ!」
ヒロ「当たり前だろ。彼女の学園祭に来ない彼氏っているかい?」
数時間もたこ焼きを焼き続けた疲れはどこへやら。リナの顔は、あっという間に笑顔で満たされた。
リナ「うん。ありがとう! あ、あと10分で交代だから待ってて。
案内するから!」
ヒロ「OK! じゃぁ、少しブラブラして、またここに来るから」
リナ「うん!」
そう言うとヒロは、学園祭で賑わう人混みの中に消えていく。
秀美「ねぇねぇ、リナ! 今のハーフっぽい人、あんたの彼氏!?」
クラスメイトの秀美が声をかけてきた。リナは「ふふん」という、勝ち誇った表情を見せる。
リナ「さ~ね~」
秀美「ちょ、白状しなさいよ。ちょっとみんな!
今のイケメン、リナの彼氏ってよ!」
たこ焼きそっちのけで、きゃっきゃっと騒ぐ女子高生達。リナは終始ニヤけ顔だった。
・・・ ・・・。
リナ「ここが理科室。今日は【おもしろ実験】やってるよ。見ていく?」
ヒロ「あぁ是非。こう見えても理科と数学は得意なんだぜ、俺」
リナ「うっそ! ピアノばっか弾いてるピアニストのくせに」
笑いながら2人は理科室に入っていった。
ヒロ「お?」
理科室中央にある、棒状の物に球体がついた銀色の装置。ヒロは真っ先に目に入ったその機械の元へ歩み寄る。
ヒロ「へ~。ヴァンデグラフじゃないか。懐かしいな~」
リナ「バンデグラフ?」
ヒロ「あぁ、静電気を発生させるヤツだよ。よくTVで見るじゃん。
触ると髪の毛が逆立つヤツさ。あれだよ」
リナ「あ~! わかる!」
機械の正体を察したリナの目が、大きく見開いた。
ヒロ「構造がシンプルでね。
でも電圧は高いから小さな雷だって起こせるんだ」
リナはヒロの顔を覗き込む。
ヒロ「何か?」
リナ「いや、ホントかなって。適当な事言ってない?」
ヒロ「ははは。小さい頃から、俺は機械が好きでね。
俺みたいな理系のピアニストだっているのさ」
子供のような笑顔を見せ、ヴァンデグラフに電源が入っているのを確認した。
ヒロ「ほら、髪の毛逆立てようぜ」
ヒロはリナの手を握る。
リナ「あ・・・」
反射的に照れるリナ。ヒロはその手を球体に押しつけようとした。
リナ「ちょっと! ちょっと怖いんだけど・・・。痺れない?」
リナは力を入れて、手を引っ込めようとする。
ヒロ「電気だもん。痺れるよ?」
リナ「うそ! 絶対やだ!!」
ヒロはニヤリと笑い、リナの手を無理矢理機械に押しつけた。
リナ「きゃー!!」
・・・ ・・・。
1時間後、2人は校舎の屋上で冷たい風にあたっていた。
ヒロ「ふ~。校舎は熱気があって暑かったな。ここは涼しくていい」
ヒロはコートを手にかけ、気持ちよさそうな表情を浮かべる。しばらく屋上から見える街並みを見ていたリナが、静かに口を開いた。
リナ「ここね・・・ 朝方、最高の景色なんだ。ほら、あそこ」
リナは街並みのある方向を指さす。
リナ「あそこからね。と~っても綺麗な朝日が昇るんだ」
ヒロはリナの指さす方向を見つめた。
リナ「以前合宿でさ。みんなで学校に泊まった時があるの。
その時ここから、すっごい綺麗な日の出を見たんだ。
最高だった・・・ あんなに綺麗な朝日は見た事がない」
リナはその時見た美しい太陽を思い出しながら目を細める。
リナ「ヒロ先生と・・・ あの朝日を見たいな~」
ヒロ「ほ~。一緒に朝日を見たいって? なかなか大胆だね」
リナ「うん・・・」
照れ笑いするだろうという予想を裏切り、リナは落ちていて肯定した。
ヒロ「・・・」
目を細めたまま、街並みを眺めるリナ。セミロングの髪が冷たい風に揺れるのを、ヒロは優しい目で見つめていた。
ヒロ「・・・ ・・・」
ふとリナの肩にコートがかけられる。
ヒロ「さすがに冷えてきたろ。さ、戻ろう」
リナはヒロの目を見つめた。
リナ「うん・・・」
小さく頷く。大きなコートに香水のにおいを感じながら、ヒロと共に校舎内へと戻っていった。
・・・ ・・・。
ヒロ「じゃぁ俺はこれで。明日また夜にレッスンに行くから」
リナ「うん」
人混みで賑わう校内。ヒロは小さな声でリナに別れを告げた。
ヒロ「こんな人混みじゃ・・・お別れのキスはできないな」
リナはニコッと笑う。
リナ「うん!」
リナの落ち着き払った表情は、ヒロを妙な気持ちにさせた。
ヒロ「・・・ ・・・」
いつもなら、恥ずかしい表情を浮かべるはずなのに・・・この日のリナは、何かしら大人の女性の雰囲気を漂わせている。
ヒロ「・・・ ・・・」
車に乗りながらヒロは、リナに対しての感情が少しずつ変わりつつあるのを意識していた。
・・・ ・・・。
その夜。
江口「あぁ、あのピアノ講師は今度の木曜日からイギリスに発つと言っていた。
あんたの言う通りだよ」
自宅の庭先でコソコソと携帯電話を握る江口の姿があった。携帯の向こうからは、冷徹な男の声が聞こえてくる。
男「そうか・・・では最後の指示を出す。
次の金曜日。放課後、リナを学校に残すんだ」
江口「え? あ? 残せとは・・・どうやって?」
男「頭を使え。補講とか面談とかで午後8時まで学校に足止めするんだ」
江口「わ、わかった・・・8時まで学校に残せばいいんだな。
しかし・・・いったい何を?」
男「知らない方がいい。ちゃんと仕事をしてくれれば・・・。
来週には50万円を振り込むことを約束しよう」
江口「そ、そうか。危害は加えるなよ。
だ、大事な生徒なんだから・・・」
電話の向こうから笑い声が聞こえた。
男「はっはっは。大事な?
生徒を金づるにしている教師が言うセリフか?」
江口「・・・」
返す言葉が見つからない。
男「まぁいい。午後8時まで学校に足止めだ。わかったな?」
江口「あぁ・・・」
江口は不安な表情を浮かべながら携帯を切った。
・・・ ・・・。
電話の向こうの男は携帯を切った後、再びどこかへと電話をかける。1コールで電話は繋がった。
男「今度の金曜日だ。夜8時半に決行する」
冷徹な声のまま、携帯の向こうの何者かと会話を続ける。
男「5人で十分だ。指示は俺が出す。対象は娘の羽鳥リナ。
人質として確保するんだ」
男はリナの誘拐を指示した。
男「あぁ、そうだ。いいか、間違っても・・・殺すなよ」
(第18話へ続く)
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次回予告
2008年12月5日(金)。
リナは嫌々ながらも、成績の悪い英語の補講授業を受けていた。
授業する教諭はもちろん江口・・・。
夜8時過ぎ、ようやく学校での補講を終えたリナ。その帰り道、何者かがリナに近づいていく。
次回 「 第18話 忍び寄る影(2008年) 」
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